表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
31/73

波濤

 コレニヤン・ワーズはほっとした思いだった。

 ダガーレン・アンミを捕らえたのはハミの兵達だった。これでハミの面目も立ったというわけだ。もしもそれすらシュトラの功となっていようものなら、想像するだけでぞっとした。

 捕えられたアンミは食事と寝床を与えられ、敬意を以て扱われている。

 彼女を守っていたアレスも同様であった。

 しかし本命のダガール王、ダガーレン・トクワは未だ見つからない。

 恐らくはお供を連れているであろうが、一旦発見すれば何の問題にもならない。

 だがこのままダガーロワに帰還でもされれば、また態勢を立て直してくる可能性も否めない。

「しかし、これほどの敗北を喫すれば、しばらくはダガールも攻めては来ないでしょう」

 とクルエは言った。

 レイン川から東へ一時間程の場所に寺院があった。豪族達が一同に介しクルエは上座にいる。

「だが、トクワは捕えなければならない」

 戦勝の席だというのに、重々しい空気が漂っている。無理もない。ダガールを途中で裏切った豪族達も大勢集っているのだ。そのうえダガール王の行方が知れぬというのだから、決まりが悪い。

「それにしても、今回勝ち戦になり得たのはあなた方のおかげである。戦勝を祝おうぞ!」 

 クルエは微笑みながら杯を持ち上げた。

 一人だけで明るく振舞うというのはなかなか辛いものがある。

 クルエに改めて豪族達が挨拶をしにきた。もう既に一度目通りは戦の直後行っているのだ。戦の生き残りにとどめをさしていたまさにその時、豪族達とクルエは会っていた。

「さすがはハミ家ご当主にして、マサエド領主。ダガールごとき僭称王など敵ではありませんでしたな」

 パンサール・アイガという領主が笑いながら言った。

 彼はダガール不利とみるやマサエドに寝返った者の一人である。

 やや年配で食えない感じのする男である。

「いや、私など大したものではない。皆の協力あってこそダガールに勝利せしめたのだ」

「領主様、御謙遜なさるな。皆貴女様に集ったのです」

「そうだったわね」

「わたくしとて、領主様の御為に……」

 と恭しく言う。

「お主はこちらが勝っているとみて、途中で鞍替えしたのであろう?」

 クルエがあまりにさらっと言うので面食らったようであった。

「まあ、ここにはそういう者たちは多い。何の心配もいらない」

「そのようでございますな……。領主様は寛大であらせられる」

 調子を崩されたように目を丸くして答える。

「パンサール殿、お主も領主ではないか。何をそこまで謙る?」

 クルエがくすくすと笑う。

「……いずれ、女王陛下へとおなりになるからです」

 クルエは笑うのを止めた。

「ダガールに代わるハミ王家を領主様はお作りになるのです。いえ、もはや作られつつあるのです」

 パンサールが不適な笑みを浮かべる。

「ダガールを滅ぼした後に王家不在では、領主や豪族がまとまることが出来ません。王朝を作るものは自分の欲によってではなく、大抵の場合必要に迫られて作るのです。そして建国者としてあがめられる英雄は大抵がそうです」

「そう……?」

「これは歴史が証明しております。貴女が例えそうはなりたくなかろうと、周りが、世界が、時代が、貴女を女王にします」

 クルエは神妙な顔をして言った。

「パンサール殿、古来より王となれるのはオーエン王家の者のみ、この私に、ダガーレン・トクワのように王を僭称せよと使嗾しておられるのかな?」

 相手は困った顔をしていた。

「領主様、確かに我ら領主達は在りし日のオーエン王家の威光を知っておりますし未だに畏敬を覚えもします。ですが、オーエン王家は滅亡したのです」

「パンサール殿」

 横からワーズが割って入った。

「後が控えております。またの機会の時までお待ちなされ」

「お許しくだされ、私とてお主達とは仲間であるつもりだ。共にダガールを撃退せしめた……」

「もったいなきお言葉」

 パンサールは恭しく頭を下げて、別の席に移動していった。

「ごめんなさい……」

 クルエは俯いた。

「つい、むしゃくしゃして」

「分かりまする」

 ワーズは囁くように答えた。

 いや、本当は分かったつもりではなかった。ただ、想像は出来た。

 豪族達のあまりの無節操振りにほとほと呆れたのであろう。だが、仕方のないことだ。勝ち馬につくのは当然のことだ。生き残るためには仕方なかろう。

 だが、ワーズにとっては清々しているのだ。むしろやり易くなった。ハミ家一人勝ち状態を作り出すには相手に非がある方がいい。この前とは違って豪族達に遠慮する必要はないだろう。

 それにさっきので、ただの担ぎ上げられた小娘という認識は崩壊したであろう。

 問題は、日に日に存在感を増し続けるエキル・シュトラだか……。


 宴は終わり、トクワの探索も続けられたまま、マサエド軍は勢いのままにダガーロワを攻めることとなった。

 これ以上の機はそうそう訪れないであろうし、このまま軍を解散など出来るような状況ではなかった。

 大軍の有する波濤は大将といえど止める事は出来ない。

 豪族達も武功を挙げる機会を得たがっていたし、マサエド軍自体がこの勢いを活かしたがっていた。

 それに、トクワがダガーロワに帰還し、態勢を整える恐れもある。

 機を逃してはならない。

 それが誰しもが抱いた思いであった。

 クルエは諸将の前に歩み出た。

「皆の言う通り、今こそ好機と思う。かつてダガールはオーエン王家を弑逆し王国を滅亡せしめた。だが今やダガーレン・トクワは大逆の罪を贖う時が来ている。

 このハミ・クルエはオーエン王家の血を受け継ぐ者として、トクワに贖わせる責務がある。そしてその機会が巡ってきた。

 だが、私に無理に協力してくれとは言わん。図らずもハミに味方した方々もおろう」

 諸将はざわっとした。

「そういう者は去ってくれても構わん。自らの主君に忠義を尽くす者は敵であろうと私は賞賛する」

 しばらくの沈黙。クルエは見回した。そして口を開く。

「どうか、方々、私に命を預けてくれるか?」

 クルエは訴えるように言った。

「何を迷うか!?わしは領主様に従う!」

 立ち上がったのはパンサールであった。

 すると諸将が次々と立ち上がって歓声を上げた。

「マサエド領主様万歳!オーエン万歳!」

 

 ダガーロワへの進発は記暦3340年9月15日のことである。

 ダガール王トクワの娘ダガーレン・アンミとその臣下アレスは一足早くマサエドへ移送された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ