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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
30/73

レイン川の戦い2

 ダガーレン・トクワの捜索はハミの兵によって行われた。

 これは、ワーズが「トクワの捜索はハミによってなされるべき」とクルエに意見したことによる。

 トクワの身柄は何としてもハミが押さえる必要があった。

 その他の豪族やらが先に捕えてしまえば戦功はその豪族のものとなってしまい後々までしこりを残すことになる。

 まさかトクワの身柄を条件に強気に出てくることはあるまいが、ハミの戦功は多くあった方がいい。此度の水攻めも豪族連合の長という立場であるエキル・シュトラの策だ。

 それにしてもシュトラの武勲は巨大過ぎるのではないだろうか。

 ワーズは不安を覚えていた。

 そもそも奴は何者だ。

 いや、エキル一族の若き当主であり相当な才覚の持ち主であることは分かる。

 だが、奴が代々の当主と同じくハミ家に忠節を尽くす忠義の士であるのか、それとも姫様を利用しようとする野心家であるのか、それをはっきりさせなければなるまい。

(姫様に一言ご忠告申し上げねば)せめて出来ることはこのくらいか。


 南側のダガール軍が壊滅したものの、レイン川を挟んで北側のダガール軍とマサエド軍の睨み合いが続いた。

 激流が収まれば今にも激突するであろう。

 数日間睨み合いは続いた。

 マサエド軍からは降伏を促す呼びかけが幾度もあった。

 兵士達が何人か前に出て、

「降伏なされよ!もはや勝ち目はなし!」

「姫様は寛大なご処置を取られる!」

 と叫んだ。 

ダガーレン・アンミは歯軋りした。

(弓で射殺してやる……)

 だが実行しなかった。

 武人として恥をかきたくなかった。

 もはや死を賭して突撃し、刺し違えてもハミ・クルエを討ち取りたいとの思いが募るばかりであった。

 そして父親の安否が非常に気がかりであった。

 陛下がご無事であればダガールは何度でも復活するであろう。だがもしも……。

 アンミは不安を頭から振り払おうとした。

「こういう時に臆病さが出てしまうな」

 苦笑する。

「お前達がいなければ、私などすぐに挫けてしまうかもしれん」

「何を仰せですか」

 部下達の反応は一様であった。

「姫様あってこそ、我らも奮い立つのです」

 アンミは決断した。

 兵を動かし始める。

 川岸を何度も移動する。

 兵達の足音や鎧のきしむ音が鳴り響き天まで届かんばかりであった。

 当初は非協力的であった豪族達も彼女の軍に動きを合わせた。


 対岸ではダガール軍の奇怪な動きに注視していた。

「何を企んでいるやら」

 ワーズは呟いた。

「恐らくは、陽動でしょう」

 シュトラが明朗な調子で言う。

 ダガール軍のこの行動は2日続いた。

 とうとう、川の水量が収まろうという時が来た。

 それは、記暦3340年9月3日であった。

 2日かけてダガールのやった陽動は役にたったといえるだろう。

 マサエド軍の豪族達や、トクワの戦所離脱後降伏しマサエド軍に加わった豪族達が、そわそわと兵を動かしている。

 クルエは命を出し、余計な動きは控えるよう伝達した。

 だが、あまり効果が出ていない。

 その間隙をつき、ダガール軍は最後の陽動の後に突撃した。

 混戦となった。

 マサエド軍はここで、烏合の衆なるを露呈した。

 連携を上手くとれず、アンミ率いるダガール軍の一点突破攻撃に怯んでしまった。故にクルエのいる本陣までダガール軍が肉薄することとなった。

 これまでほんの数時間のうちである。

「姫様、お下がりください!」

 ワーズが叫ぶ。

「一時、後退!」

 クルエは陣を下げた。

 そしてシュトラにより、巧みな挟撃がとられた。

 隊列が伸びきったダガール軍は手痛い反撃を受けることとなったのだ。

 フクサマ、カワデの奮戦により、クルエの陣は見事退却を成功させた。

 ダガール軍はなおも前進を続けていた。

 その最中、急に方向転換をし、クルエの陣を霞めていく。

 クルエは剣を抜き、眼前を横切っていくダガーレン・アンミを目の当たりにした。

 アンミは咆哮している。

 そしてクルエを睨み付けたかと思うと、馬を蹴飛ばし兵とともに駆けていった。

 クルエは剣を握ったまま固まっていたが、剣を持つ右手をちらりと見たかと思うと、呆れるようにふうと息をついた。



 何とそのままマサエド軍を突破してしまった。

 後世に名高いダガールのこの戦法は、レイン川の戦いを語る際挙げねばならぬ事柄として歴史愛好家から知られている。

 ここで、クルエが討ち取られていた可能性は?もしアンミがあのまま方向転換せずに一気にクルエの陣に突撃したら?

 楽しげに語る者もいれば、それを嫌悪する者もいる。「そもそもあの時、ダガール軍がクルエの本陣に突っ込もうとしても多勢に無勢、不可能である。有り得ぬ仮定を楽しむなど歴史を知らぬ者のすることだ」「アンミがあそこで方向転換をしたからこそ、マサエド軍の攻勢が弱まり突破が出来たのだ。あのまま本陣まで向かったら激しい抵抗にあい、マサエド軍の只中で壊滅したであろう」との意見も多い。

 ダガール軍はアンミが通り過ぎた後、ばっと振り返り陣形を固めた。

 マサエド軍からの追撃を受ける。

 アンミは本当はクルエを討ち取ってやりたかったが、それは無理らしいので当初の目的を果たすことにした。敵の中央突破である。もはやこれしかなかった。

 降伏など有り得ない。

 だが、こんなところで討ち死にする訳にはいかない。

 アンミは夢中で剣を振るい駆けた。

 ふと、脇腹に痛みを感じた。手で触ると赤く染まっていた。

 思わず笑ってしまった。

 しかし次の瞬間、背中に強烈な痛みが遅い、ぐらりと視線がひっくり返ったかと思うと暗転した。


 ソレイが叫ぶ。

 そして彼はアンミの前に踊り出、弓を構えた。

 アレスはアンミに駆け寄り、馬上に引き上げようとする。

 サライは既に、突撃してきたマサエド軍と激しい斬り合いを演じていた。

 歴戦の勇士はマサエド軍兵士を次々となぎ払っていく。

「アンミ様!」

 アレスは引きあげ、馬に乗せる。

「アレス!」

 ソレイが振り返って叫ぶ。

「お前がお運び申し上げろ!」

「ソレイ!」

「俺はここで食い止める。さらばだ!」

 ソレイは兵を叱咤し、指示を下し始めた。

 アレスは頷き、アンミを抱えたままその場を後にした。

 アンミは矢を背中に受けていた。

 早く治療せねば危ない。しかしまずはここを脱せねば。

 馬で駆ける。

 こんなにも馬が遅く感じるなんて始めてだ。

 アンミが呻く。

「姫様!」

 アレスはどきりとした。

 家臣としては主君の苦しむ姿など気持ちのいいものではない。

 

 サライは槍を振り回し、雄たけびを挙げる。

「このラーレン・サライを討ち取りたい者はおらんのか!」

 マサエド兵達は慄いてサライを遠巻きに見る。

 そこにソレイの矢が命中した。

「がはは、間抜けめ!マサエドの弱兵などこんなものよ!」

 彼は豪快に笑って見せた。

 彼の部下も一緒になって大笑いする。

 ソレイのそうしたところに部下は元気づけられるのだ。

 だが、部下達は横から飛んできた矢に次々と射たれ倒れていった。突然の出来事ではあったが、予期はしていた。

 真正面から厳しいと分かれば横から来るであろう。

 ソレイとサライの真横に弓を構えた部隊がいる。

「射てー!」

 雨のように矢が飛んでくる。

 ソレイとサライはかろうじてかわし、ソレイは弓を構えて射る。

 まずは一人。

 サライは敵兵の中に突っ込んでいった。

 ソレイが何発かそれを繰り返し数人を倒した後、彼のこめかみに矢が命中した。

 

 サライはなおも抵抗した。

 だが、とうとう槍を落とし、周りから一斉に突き立てられた。

 サライは呻いて暴れた。

 兵士達は彼を押し倒し、なおも刺し続け、気づいた頃にはサライは動かなくなっていた。

 武人二人の見事な死であった。


 

 レイン川周辺には倒れこんだ兵を一人ひとり確認し、とどめをさしていく光景が繰り広げられた。 

 それに、ダガーレン・トクワ、アンミ、そしてアンミをつれた忠臣アレス。彼らが見つかるのは時間の問題と思われた。

 マサエド軍は周囲をくまなく探し続けている。

 だが時間がかかり過ぎればまた、事態はどう転ぶか分からない。

 マサエド軍はまさに血眼であった。

 そんな中、9月7日、洞穴に潜んでいたアンミが発見された。

 アレスは抵抗したが、アンミが抵抗の意思を否定したため、彼も大人しく縄に括られた。

 発見時、アンミは洞穴の壁に横たわっており、アレスは水を汲んで戻ろうとした矢先であった。


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