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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
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奇襲

川の二つの支流に作られた土塁は、確かに機会を見計らって決壊させる手はずになっていた。だがしかし、ダガール軍を分断させる策とはいえど、このような結果は誰も予期していなかったというのが主流の説である。

山の上から流れ来る轟流はダガール兵を蹴散らしたとはいえ、二つに断たれたダガール軍はそれぞれ強力であった。

だが、士気に関しては別である。こんな事態となっては兵達も混乱に陥った。


――「ダガール軍を分断するのです」

シュトラは恭しく言った。

 ワーズは口を開いた。

「どういう事でございまするか」

「水攻めです。パラマ城に迫るにはレイン川を横断しなければなりません。そこに水が押し寄せればダガール軍は押し流されてしまうでしょう」

 皆がクルエを見た。

 クルエは考え込んでいた。

「あの川は、民にとって貴重な水源となっていよう。それを塞き止め、あまつさえ下流に一気に流せば」

「領主様、田畑も既に焼き払ったのです。民はパラマにおります」

 クルエは考えこんだ。

「どうせ、ダガール軍が来るのだ、一緒のことか・・」

 此度の焦土作戦もシュトラの妥協案に賛成したに過ぎない。基本的にクルエは軍同士による決戦を望んでいるようだった。

軍同士のみで戦いが済めばそれに越したことはない。だがそんなことは不可能だ。

ワーズは見てきた。

クルエ自身は戦は嫌いではないのだ。どちらかと言うと好きなのかもしれない。

戦場で自らの部下を率い、兵を鼓舞する様は生き生きとしていた。

自らの軍が敵を討ち払うのを見れば誰もが気持ちを高揚させるであろう。クルエもそうした稚気を宿したのかもしれなかった。


クルエ率いるマサエド軍はレイン川の流れる山の斜面にいる。

兵達はそれぞれ間隔が開いており、まばらな陣形といってもよかった。

巧みな伏兵だった。

このような戦い方になじみのある者は少ない。

マサエドの諸将も、ダガールも、陣形といえばある程度兵を密集させているものだ。

なかには見栄えにもこだわる者もいた。

オーエン王国建国者、初代国王ヴェンター一世は密集陣形や騎馬戦法を多用したとされており、その流れでオーエンでは皆それに倣う。

「オーエンは滅んだ、新たな世が来ようとしているのなら、戦い方も変わっていく」

 オイロンミは呟いた。

 ワミ族を率い、参戦した彼女は、クルエに策を授けた。

 だが、クルエは兵が多すぎるとこの策は逆効果だとして、数千程度の兵を潜ませた。

「連携が密なら、兵が多くても出来ようものを」

 オイロンミは言った。

 彼女からすれば数千だって相当の大軍であるはずだった。にも拘らず、その言葉が出たのはあくまでマサエドの総兵力と比較しての話であったろう。

 オイロンミはこう吐き捨てたが、クルエもこれでは終わらない。

 シュトラが率いる別働隊が駆けつけてこよう。ただし、本隊より遥かに多い別働隊である。

――「姫様、危険です!」

「役目は逆にすべきです!」

 フクサマとカワデが顔色を変えて言ったが、クルエは固辞した。

 サカヒには発言権がない。ワーズも気がかりであった。

 結局、カワデも同行することとなった。

「姫様にもしものことあらば」と、その場の雰囲気は言っていた。カワデに科せられた責は重い。 

いつの間にか、ハミ家臣達の政策決定への関わりが弱くなっていた。

 これはサカヒが大人しくなった為か、それともクルエの独裁制が増しているからか、恐らくはその両方であった。

 クルエとシュトラの二頭体制は強化されるばかりであり、こんなはずではなかった、という思いがあれど、ハミ家振興が果たされるならよし、という意見もあるのだ。

 だが、このままでよいのか。

 ハミ家譜代の家臣達が軒並み失脚し、新興勢力に取って代わられることがあったら。

 ハミ家に何かあれば、新興勢力なんてものは野心を引き起こすのではないか。

 そんな危惧がワーズには渦巻いた。

 実際のところ、譜代だから安心、譜代だから忠誠を尽くす、というものでもないのだが、ワーズは自身の忠誠心に絶対の自信を持っていた。


クルエがじっとダガール軍の様子を伺った。

「今行くべきだ」

 オイロンミが言う。

 クルエはちらりとカワデの方を見る。

「姫様、合図を」

 激流で分断されたダガール軍は混乱状態であるようであった。

 北側にはアンミ、南側にはトクワ、クルエ軍はレイン川の南側で待機している。このままならトクワのいる軍に攻撃を仕掛けることになる。

「姫様!」

 物見が走り寄ってくる。

「南側の軍にはダガーレン・トクワがいる模様!」

 クルエは目をまん丸にする。

 レイン川で分断された敵軍を攻撃するのはシュトラ率いる軍も同じである。そのシュトラ軍も南側を攻撃すると決まっていた。

 クルエ軍はあくまで奇襲部隊である。

「姫様」

 カワデが静かに言った。

 敵を分断して、まず南から攻略すれば、単純計算で半数に近いくらいの敵軍を相手にするだけで済むかもしれない。さすれば残った北側の敵軍も同様である。

 そう考えていたが、南側にトクワがいるとなれば、南の敵軍を倒すだけで勝利が得られるかもしれない。

 今、そうした期待がクルエにある。

「姫様、敵が混乱している今こそ、突撃の機です」

「シュトラの軍は?」

「狼煙が」

 平野の遠くを見やると煙が上がっている。

 一時間もせぬ内にで駆けつけるであろう。

 数千の兵で一時間もつか。

 実際のところ川の南側の兵はいくらだ。

 8万のうちの半分でも4万、いや、もっと多いかもしれない。少ないことを祈るばかりだが。

クルエは首を振った。

 いや、違う。

 皆は突撃するを今か今かと待ちわびている。

 ためらいなどもはやない。

 我等は死ぬ覚悟など当に出来ている。

 敗北や死など恐れる段階ではない。

 自分が今命じればいっきに突撃にかかるであろう。

 皆が自分の命令を待っているのだ。

 クルエは剣を頭上に掲げた。

 そして静かに振り下ろした。


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