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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
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二人の会談

 マサエド軍は8月5日にはマサエド以北のトマール山脈の攻略を初め、それからわずか2日で突破するという強行軍を成し遂げた。

 これは士気の高さの現れであろうが、ワーズによる連携と調整の賜物であた。

 一度渡った時に山脈を通るコツのようなものを掴んでいたのである。

 どこが大軍が通るに都合がよいか、休憩はどこで取るのが効率的か、全てが理にかなった運用であった。

 そしてしばしの休憩をとった後、パラマ城へと向かう。

 クルエ以外の女性は輿や馬車などでついていったが、クルエは馬で駆けた。

「姫様お疲れではないですか」

 ワーズが言う。

「そうね。でも輿で揺られたり、馬車の車輪が岩肌にがたがたとするのに耐えるより、馬に乗ったほうが楽と思う」

「姫様は馬上で取る天下こそお望みですかな」

 ワーズは笑う。

「私は別に天下など望んでいないわよ。それこそオーエン王国の後釜など考えてもいない」

「天下こそがハミ家存続に残された道となったならば如何致しまするか」

 その問いにクルエは苦笑いして答えただけであった。

 

 マサエド軍は民を全て避難させたというが、マサエドから人っ子一人いなくなったという訳ではない。

 連れてはいけない人種というのが必ず存在するのだ。

 それは山賊や盗賊といった荒くれ者であった。

 なかには民に紛れ込んで上手く逃げおおせた者もいたが、彼らは民を避難させようとするマサエド軍によって討伐されたり、軍に取り込まれたりしていった。

 クルエ自身が総大将となったこの行軍ではほとんど邪魔にならなかった。

 8月10日ついにパラマ城に到着した軍は待機していたシュトラの軍と合流した。

 そこで酒宴が行われた次の日、クルエとシュトラが会談した。

 クルエはほとんど寝られなかった。

「姫様、大丈夫ですか」

 フレーが心配そうに言った。

「大丈夫」

 だが、顔は固い。

 大広間に主だった家臣をつれて互いに集結し、そして二人は家臣を後ろに真正面で向かい合った。

 互いに双方の家臣の刺すような視線を感じている。

 クルエは深く深呼吸してから、開いた大きな扉の中に入っていった。

 中は豪華な装飾品で彩られ、真ん中に大きな卓があった。

 シュトラは彼女に促す。

 クルエは椅子に深々と座った。

 シュトラも彼女の目の前に座る。

部屋の外には互いの家臣団がおり、ぴりぴりとした雰囲気が漂っている。

「この度はご迷惑をお掛けした」

 最初に口を開いたのはクルエであった。

「むしろわたくしには光栄でございました」

 シュトラは微笑んだ。

 好青年然としたシュトラはハミ家侍女の間でも人気があったりする。

 クルエは目の前の砂糖菓子に手をつけた。

「お味の方は、如何ですか」

「うん、おいしい」

 クルエは微笑む。

「ところでシュトラ殿」

 口の中に菓子を残したまま言う。

 シュトラは身構えた。

「お主の家臣達はこのままでは済ますまい。もしこのまま破談になれば恥をかかされたと思うであろう。それはお主とて同じこと」

「わたくしはお気に為さらないで下さい」

「家臣達はかなり怒っていた」

 クルエは思わず小声になる。

「サカヒには然るべき罰を与える」

「領主様」

 シュトラが声の調子を低くして言った。

「わたくしは構いません。ですがわたくしの弟や我が家臣達をどう納得させようかと思い悩んでおります」 

「サカヒがしでかしたのは、公をないがしろにしたこと、ただその一点のみ。少なくとも彼の目的は間違っていたとは思えない。だが、ここまで拙速を極めたのは強引にでも進めたかったのであろう」

 クルエは淡々と言った。

「領主様……」

 シュトラが重々しく答える。 

「この件は、もう少し話し合って決めたい。私はそう思う」

「わたくしもです」

 クルエに恭しく答えてからシュトラは大きく息をついた。

 

 そしてしばらく談笑した。

 当初は世間の流行歌からだったが、途中からクルエのキロ村での暮らしの話になった。シュトラが興味を以て聞きたがった。

「わたくしは、生まれも育ちも豪族として生きてきました。下々は子供の時分に時々遊ぶ程度です。ほとんどの場合は税を取り立てるべきものとしてしか見てきませんでした」

「私の村にも役人が来てたわ。あまり近づきたくなかったけど」

「あの頃の暮らしが恋しいですか?」

 とシュトラ。

 彼としては何気なく訊いた質問ではあったが、クルエは寂しげな表情を浮かべる。

「恋しいわね。でももう戻れない。戻りたくはない。今この生き方が私なのだし、ハミ家再興こそが私の生きる理由」

 この話題はここで打ち止めになった。次はシュトラの生い立ちに話は移った。

 クルエにとってはもしかしたら経験していたかもしれない、幼い頃から受ける帝王教育がどのようなものなのか気になったのであった。

 クルエは15歳以降になって非常に短期間だけしごかれたに過ぎない。


 家臣達がそわそわする中クルエは出てきた。

 クルエは微笑んでみせる。

 彼らはほっとした様であった。

だが「これから、この件はよく話し合っていくことに決まった」

 との一言に落胆した者もいたようではあったが。

 

 ちょうどその日、ダガール軍がマサエドに侵入した。


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