非公式の婚約者
エキル・シュトラはハミ家臣、サカヒ・ダイからの働きかけに驚きを禁じえなかった。
あの、ハミ・クルエとの縁談!
それには弟である、エキル・アキリも興奮した面持ちであった。
「兄上!これは僥倖!ここであの姫と結びついておけば。いずれエキル家の栄達も!」
アキリは兄とは違い、直情的な部分があったといっていい。
「もし、これが実現すれば、マサエドはいっそう団結するであろう」
シュトラはそれだけ言った。
シュトラ家は、マサエドという土地にハミ家が下りた際、ともについて来た豪族達の一つである。
いわゆる開拓者としてマサエドを開いた誇りをエキル家も代々受け継いでいる。
シュトラの父親、つまり先代はダガールに与しハミ家を見捨てた。
ハミ家は滅んだと誰もが思った。
だがここ数年のうちに、忘れ形見の出現、マサエドからのダガール退却、ハミ・クルエのマサエド領主就任、と大きく時代が動いた。
そしてついには自分がハミ家との婚姻に至ろうとしている。
この、クルエとシュトラの縁談はハミ家内においても非常な衝撃を以て迎えられた。
ある者は思考を停止し、ある者は納得し、ある者はサカヒに対して憤激を覚えた。
「サカヒおのれええ!」
フクサマが怒り狂い、しかしどうすることも出来ないもどかしさと共にあった横で、その友カワデもサカヒに対しての罵詈雑言を友相手に言いまくった。
そしてそのままの足でクルエのもとに向かった。
クルエは出兵に際して、政務もだいぶ減ったので部屋で椅子に寄り掛かっていた。
慌しいのは彼女よりむしろ部下の方であるといえた。
フクサマとカワデはクルエにこう訴えた。
サカヒの専横目に余るもの有り。サカヒは姫様を傀儡にしてハミ家をはてはマサエドを牛耳ろうと企んでいる。此度の件で明らかではないか。奴はシュトラと組んで自らの野望を達せんとしているのだ。
クルエは頬杖をついた。
「では、あなた達はサカヒを君側の奸とみていると」
「そこまで申してもよろしいでしょう」
フクサマが真剣な顔をして答えた。
「サカヒは姫様にも断りなく、シュトラ殿との縁談を進めた。これを専横といわずして何と申せましょう」
カワデも続く。
「もし私が、サカヒの勝手に進めたことと言って、彼との縁談を破却すれば、シュトラ殿だけでなくエキル家そのものに泥を塗ることになるでしょう」
「それはそうかもしれませぬが」
「もはやサカヒを亡き者として……」
「待ちなさい。ダガールとの決戦が間近に迫っているというのに」
「だからこそ、奴を取り除くのです」
フクサマはこれまでになく過激であった。
「姫様、どうかサカヒ・ダイが行使している力を、本来あるべき姫様のもとへ取り戻しください。サカヒが好き放題できるのは姫様あってのことです」
クルエは考え込んだ。
「とりあえず、此度のサカヒの暴挙は私としても看過出来ない。公の場で詰問しましょう。彼の返答次第では蟄居を命じるかもしれない」
彼女としては非常に厳しい表明であり、フクサマとカワデはより過激なことを言っていたくせに息を飲んだ。
サカヒは跪いた。
「このサカヒ、どのような罰も受ける所存でございます」
「サカヒ、お主の行いが、家中に乱れを生じさせている。この大事な時に何故誰の断りもなく事を運んだのだ」
クルエは厳しい口調で言った。
ハミ家臣達はその光景を見るにつれて、ついにサカヒ失脚かとの思いを強くした。
「言い訳は申しませぬ。ただ、ハミ家の恩為を思ったまで」
「恩為を思ってやったことが、独断専行か?私の許しもなく、公で討議もせず、シュトラ殿と勝手に話を進めた。
これはシュトラ殿に対しても礼を失する行いであり、ハミ家においてもおよそ道義に沿わぬこと。かくなる上は厳罰を以て処さなければならぬがよろしいか」
「は、構いませぬ。ですが姫様、シュトラとの縁談必ずやハミ家の為となりましょう。しかしながら反対もあろうかと思いました次第」
「サカヒへ厳罰を!」
フクサマが叫んだ。
彼の周りの家臣達も一斉に叫ぶ。
それは大きなうねりとなって場を包んだ。
ワーズは黙りこくっていた。
「皆、そう申しておるが」
クルエは言う。
「姫様の命に従いまする」
サカヒは恭しく答えた。
クルエは考え込んだ。
そして口を開いた。
「ひとまずこの件は保留として、皆と話し合う必要があろう。サカヒ、お主にはそれに参加する資格はないと思え。ダガールとの戦が終わったとき、改めて申し渡す」
サカヒは跪いた。
家臣達はクルエの決定に不服のようであった。だが、仕方のないことだとも分かっている。
サカヒへの罰は非常に難しい問題であり、ハミ家だけの問題ではないのだ。
クルエはマサエド城内の墓にやってきた。
ここにはハミ一族、またはクルエの育ったキロ村の住民が眠っている。いや、死体は埋まっていないのだから、あるのは墓石だけである。
だが、クルエにとってはそんなことは問題ではなかった。
此度の戦でマサエドを一旦捨てるということは、ここも見捨てるということである。
ダガール軍に占拠されれば墓石を徹底的に破壊されるということも在り得る。
正直クルエは、これらも持ち去りたいという欲求にかられていた。
彼ら一人ひとりに謝り、いずれまた弔うから許して欲しいと言って回った。
かなりの時間をかけてそれを終わらせると、侍女のフレーが待っていた。
彼女はフクサマの妹であり、兄が粗暴だと下の生まれの者はその逆になるのであろうか。
「姫様、夕食の時間です」
非常におしとやかで清楚であった。
血筋こそクルエの方が高貴といえたが、育ちが育ちなのでクルエの素はよく言えばお転婆なのだが、フレーはちゃんとした教育を受けた女性というのがはっきりと分かる。
自分より2歳年下の彼女に微笑みかけ、頷く。
「もう、そんな時間なの」
記暦3340年7月28日、住民を全て退避させたうえで、ハミ・クルエは軍勢を率いてマサエドを後にした。




