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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
23/73

作戦

 ダガーレン・アンミは謹慎を解かれ、挙兵の準備を始めている。 

 トクワ王の計らいで、雪辱の機会が与えられたのだ。

「もっとも、雪辱せねばならんのはわしも同じじゃ」

 ダガール王はそう言った。

 父王の厚意にアンミは胸が熱くなった。

 ヴァイレンとの争いもまだ続くであろうが、とりあえずはマサエドに巣食う亡霊ハミ家を滅ぼすことだ。

 

 記暦3340年8月、ついに8万もの大軍がマサエド攻略の為に進発した、

 これはキュエト出兵の際より倍ほども多い大軍勢である。

 とはいっても進発当初からこれほどの軍勢だったわけではなく、徐々に豪族達が合流していっての結果である。

 アンミにとっては苦い記憶が燻っている。

 コハンの原での戦いの際、豪族共が裏切りハミ側についた。この再現が今回もないとどうして言い切れよう。

(いや、考えすぎだ。あれはハミ家がマサエドの領主であったからこそマサエドの豪族共が、その威光に惑わされたに過ぎない)

 この度は豪族とはいっても、マサエドの豪族ではないし、ハミ家と同じような領主の家柄もいる。

 我ながら弱気になっている。

 アンミは苦笑した。

 以前までならダガールの威光に全くの疑いを持ちはしなかった。

 しかしどうしてこんな事を考えているのだろう。

 一度の敗北で、気がすっかり弱くなってしまったのか。

 これではいけない。

 将の不安は部下にも広がるし、ひいてはダガール全体に。

 ダガーロワの留守はオンダとヴァイレンが任された。

 亡き第一王子ヤイルの弟、第二王子オンダと第三王子ヴァイレン。

 オンダはいい。

 しかしヴァイレンが国王とアンミの留守中に何を仕掛けてくるか分かったものではない。

 あの賢しい男が今度はどんな姦計を以て来るか。

 しかしアンミは気持ちを振り切った。

 此度の戦いでそれすら消し飛ばす武勲を立てれば良いのだ。

 さすれば奴も黙るだろう。

 とくにアンミの家臣団の間でそういった雰囲気があった。

 アンミも高揚と共にそれを受け入れた。


 それに遡って6月下旬、ハミとマサエド連合との軍議が開かれた。

 堂々と全軍で迎え撃つという意見も出れば、敵の離間を狙う、奇襲をかける、など色々な意見が出て紛糾した。

 だが、結局のところ、大勢はひとつの意見にまとまった。

 それはまともに戦っても勝ち目はないこと、また落ち目のダガールに効果的な策であること、そしてこの策により奇襲も大いに仕掛けやすく、敵の分裂も誘えること、が理由であった。

 サカヒ、ワーズ、そして豪族連合の長エキル・シュトラが中心となって主張したのである。

 それは焦土作戦であった。

 小さな村々は焼き払い、街からは一人残らず民を追い出す。兵糧を集め、軍勢はマサエドに留まらない。 

 クルエは難色を示した。

「ダガールに代わって、このマサエドの地に新たな盟主として統治を始めたというのに、このようなことをしてよいものか。マサエドに暮らす者は皆、ダガールが追い出された今、ハミとマサエド連合の治世に期待し、平穏な暮らしを望んでいたのではないか」

「姫様」

 口を開いたのはサカヒであった。

「これが勝つ術でございます。ダガールはマサエドに着いても敵もおらず街もなく、ただ飢えるばかり、そしてダガールについた豪族共もいつまでもダガールについてはいますまい」

「ならば、問う。焼き払われた街や村はどうなる。民は?」

「民は離散致しましょう。そしてまた街など作れば良いのです。そうすれば勝手に戻ってくるでしょう」

 サカヒはさらっと言った。

「家が焼かれ、食べる物も奪われ、それでは……」

 クルエの声は震えていた。

「ダガールには飢えて貰わねばなりません」

 クルエはサカヒを睨みつける。

 サカヒは微笑みながら続ける。

「ダガール軍が来れば、民などひとたまりもありません。それを考えればこちらから焼き払ってしまえば、敵に街を滅ぼされ、食料や金銀、そして宝なども敵の手に落ちずに済みまする。民にしてもどうせ殺されるのなら、焼き出されたり追い出された方が、いくらかマシというものでございましょう」

「姫様、どうかご理解を」

 ワーズが割って入った。 

「結局は、焼き出されて散り散りになって、その分敵の手に落ちやすくなるだけではないか」

「そうではございましょうな」とサカヒ。

「領主様」

 シュトラが口を開いた。

 クルエが彼の方を見る。

「領主様にもいくらか理がありましょう。無理やり追い出せば、民が抗うでしょう。そこで、民を自身の荷物を抱えさせて逃がすのです。先導はこちらでして、散り散りにならぬようまとまって退避させる。兵糧は徴収した分で充分でしょう」

 クルエは頷いた。

「それでいこう。民の退避場所は如何とする」

 それは北の天然の要害、パラマ城となった。

 誰あろうシュトラの居城である。

 民の逃避行は簡単なものではない。

 かなりの強行軍が予想された。

 だが、ダガール軍がついた時、街にさえいなければいいのだ。

 そう考えれば、民も、民を先導する豪族やクルエの命を受けたワーズも少しは気が楽になったような気がした。


 この決定はサカヒやワーズにとって面白いものとはいえなかった。彼らの家臣達にしてもそうである。

 主君のクルエがハミ家臣である二人の意見を廃して、こともあろうに豪族連合の長シュトラの意見を是としたのである。

 サカヒ、ワーズの部下である陪臣達は、口々に不満を漏らした。

 当の二人も思いは同じだろうと彼らは言った。

 クルエの中でシュトラの存在が大きくなっているのもそうだし、そして何より今回はマサエドの民をシュトラの手中に収めるが如きものなのが、納得いきかねた。

 民達を逃がすのに兵を浪費するだけではないか。

 サカヒがクルエに直談判に向かった時、彼女は陳情を読んでいた。

 彼は自分の戴く姫に複雑な思いを抱く。

「サカヒ、何用?」

「姫様」

 サカヒは重々しく言った。

「恐れながら申し上げます。姫様はハミ家当主であらせられます」

 クルエは手に持った紙を手元に置く。

「さすれば、我らは姫様の家臣でございます」

「決定は変えぬ」

「それはもう結構でございます。今申しているのは、姫様に対して家中で不満が高まっておるということです」

 サカヒは強く言った。

 クルエは眉を顰める。

「貴方の言うことに理があれば、私も悔い改めましょう」

「姫様は、兼ねてよりハミ家に害する恐れのある者を除こうとするばかりか、平然と信用なさる。それは非常にまずうございます。裏切ったマサエドの豪族達、タカラ・オム、オイゲントなどの身中の虫!彼らはいずれ姫様に災いをもたらすことでしょう」

「来るべきダガールとの戦いにおいて、味方は多い方が良いでしょう」

「そうお思いなら、我らとて安心して、姫様に忠を尽くせましょう。ですが、シュトラのことに関してはそうは思えませぬ」

「シュトラ殿は兵を率いさせても良し、政に関しても有能で、見識にも富んでいる。それに信用に足る人物だと思うけれど」

「だからこそです。あまりに信じては、いずれハミの中に深く食い込み、姫様を害するやもしれませぬ!」

「そこで、式目の出番となろう。貴方達にはシュトラ殿を排する手段があるはず」

「ですが、それは姫様の威光あってのことです」

 二人は表面は主君と家臣という恭しい態度であったが、実際はその眼光をぶつけ合っていた。

「つまり、私が彼を守ろうとすれば、貴方達にはどうすることも出来ないということ?」

「誠に恐縮ながら、そういうことになりまする」

 クルエはサカヒをじっと見つめた。

「貴方は、私がシュトラに執心だと、家中で噂になってると言いたい訳ね」

 声には不機嫌さが漂っていた。

「包み隠さず申せば、そうでございます。姫様も麗しき乙女なれば、致し方なきことと思いまするが」

 サカヒは淡々と言ってのけた。

「そんなはずはないでしょう。私とて、彼を完全に信じきっているわけではなし、だからこそ丁重と礼節を以て接しているのに」

 クルエはふふっと微笑んだ。

「ま、お隠しになりますな。姫様がよろしければこのサカヒ、婚姻の準備を承りまする」

 サカヒもにやりと笑った。 

 彼のその言葉にクルエは固まった。

「ただ、シュトラ殿には一度このサカヒの養子となってもらうことにもなりましょうが」    

 クルエは口をあんぐりさせている。

「ちょっとサカヒ……!」

「ではこれにて」

 彼は退室した。

 我ながら、礼儀を欠いたと思った。

 だが、一度姫様には釘を刺しておきたかったし、シュトラをどうするかは悩みどころでもあった。

 これでシュトラに恩を売ることも出来よう。

 姫様の結婚相手は彼をおいて他にはいない。

 ハミと豪族連合を一つにする必要があるのだ。

 当然反対はあろうと思った。

 下手をすれば姫様がシュトラの傀儡に成り下がる恐れや、色恋に目覚めた姫様が政務を放り出して愛に胸を焦がすだけの日々を送るようになるかもしれない。

 だが、彼は最後のところで自分の当主を信じていた。

 姫様自身が拒んでくることもあろうが……。

「じゃが、とりあえずはダガールをどうにかせんといかんの」

 彼は呟いた。


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