式目制定
3340年1月1日、新年の祝賀の為にハミ・クルエに多くの豪族が謁見した。
クルエは一人ひとりと言葉を交わし、その後には宴会が催された。
これはあからさまなダガールへの対決姿勢であって、名実ともにダガールに代わるマサエドの支配者となったことを内外に示した。
クルエに目通りをした者の中でも特に注目された人物は2人いた。
マサエドの共同統治者と言っていいエキル・シュトラ、ワミの豪族連合の長オイロンミである。
「拝謁の議光栄に存じます」
シュトラの見事な作法と非の打ち所のない挨拶にその場にいた者はため息を漏らした。
「シュトラ殿、はるばる大義」
「姫様こそ、マサエド領主にふさわしい器量を示され、敬服の極み」
クルエはにっこりと笑った。
ここでは誰も口に出さぬがシュトラが領主でも構わないという声はある。しかしこの2人はあくまで序列をはっきり示そうとしていた。思惑はどうであれ、内外にもハミ・クルエとエキル・シュトラの名目上の地位を見せ付けることに重きが置かれているように思えた。
ハミ家臣団の思惑もそれに一致するところであったが、シュトラが粛々と行ってしまった。
次にオイロンミである。
今回はちゃんとした礼服を着させられ、クルエに謁見した。
「姫様、ご尊顔を拝し恐縮の至り」
「恐縮はしていないのではないか?」
クルエはいたずらっぽく言った。
オイロンミは顔をしかめた。
彼女はクルエか兵を借りた後ワミに戻り、部族間を武力で威圧しつつ纏め上げ豪族長になっていた。
特に反ダガールの一派に支持されているのが強みである。
「此度はワミを束ねる豪族長への就任大義であった。これからもマサエドとは懇意にしてほしい。ともに繁栄を求めよう」
「ありがたき幸せ」
オイロンミは恭しく言った。
クルエとしては予想外である。
彼女が自分にここまで傅くような素振りを見せるのは。もっと誇り高く、自分との会見も対等な関係で行いたかったのではなかったのだろうか。
そもそもオイロンミが支持を受けるのはワミの独立独歩を体言した象徴だからではないのか。
「それにしても、オイロンミ殿もこうしてマサエド領主に付き従うこととなり、とりあえずはめでたい」
サカヒが言った。
ハミ家臣達も次々と同意の声を上げる。
オイロンミへのちょっとした子供じみた仕返しであった。
謁見が終わるとクルエは矢継ぎ早に箇条書きにしたためられたものを読み上げる。
これは豪族間での決まりごとを文書にしたものであって、豪族同士の私闘の禁止、豪族間の協力の徹底、ハミ家への忠節、などなど、いわゆる不文律であったものをあえて文章化させたものであった。そしてそれらを破ったものへは厳しい罰を下すとも。
しかし例えばこれを豪族連合の長シュトラが破った場合、シュトラを罰する程の力があるか、というのは疑問であった。だが大多数の小さな豪族には非常に効果的であるといえた。
また、この文には今はなきオーエン王国の名を借りた部分もある。
もともとオーエンによりマサエドの支配権をハミ家が得たこと、そしてそれを取り戻したということ。
ハミ・クルエが傍流とはいえ正当にオーエンの血筋であること。
これによりハミ家によるマサエド支配は形式的にも権威的にも根拠を得たといえる。
マサエド式目と呼ばれたそれはハミ家により出され、マサエド豪族連合にも承認を得、この祝賀の際に制定された。
今この瞬間から有効であった。
「これで、いちおうマサエド領主として体裁も整ったわけね」
祝賀の後、クルエが家臣達の前で言った。
「確かにその通りですが姫様」
とサカヒ。
「ハミ家の弱みの一つとして自前の軍が少ないところがありまする」
「そうでございまする」
ワーズが同調する。
「もし豪族共が徒党を組んで式目違反を行いハミ家に反旗を翻せばそれを止められるかどうか」
「それは分かる。でも、あなた達が今この場で私を殺すかということと同じことではないかしら」
クルエは言った。
「そのように仰せられては我等は何も言えませぬ」
サカヒが顔をしかめた。
「豪族共にはダガールが目を光らせております。ダガールの強さの一つに自前の軍の強大さがございます。しかし今のハミ家にはそれがない。豪族に助けられ領主となった御身など砂上の楼閣でございます」
ワーズが口を開いた。
「サカヒ、ワーズ、姫様にその物言いはないだろう!」
フクサマが声を上げた。
「姫様の威光はマサエドを照らし、豪族共も頭を垂れるのみでございます」
「豪族共が裏切りなど容易く行うのは前の戦いでも分かっておるだろう」
ワーズが吐き捨てる。
サカヒとワーズは豪族弱体化計画を立てているのであった。
「それで、二人は何をしたい?」
「は、姫様、豪族の力を削ぎハミ家をより強大にするのです」
クルエは笑った。
「とすると、式目を利用するのね?」
「それもありまする」
サカヒも微笑む。
「あなた達は難癖でもつけて豪族の領地を取り上げるか流刑にでもするのかしら」
「死罪もありえましょう」
「しかし、下手をすればハミ家への信望を失いかねない。ダガールが甘い条件を出せば豪族達はこぞってダガールの味方をしよう」
「左様、まずはダガールの脅威を取り除くのが最優先です」
「取り除けた暁には、次はこれまで共に戦った豪族を……」
クルエが呟いた。
「左様でございます。全てはハミ家の御為」
クルエは1月末、ダガールに書状を送った。
和平を求める文書である。
よしみを通じ、懇意にしていこうというものであった。
ダガールがそれを認めるわけもなく、挑発行為と受け取り挙兵の準備を始めた。
「マサエドの支配権を乞うならまだしも、ダガールと対等に付き合おうなどという時点で、途方もない挑発とみていい」
ヴァイレンは語気強く言った。
家臣一同彼の意見に同調した。
「おのれハミめ!」
「ダガールを舐め腐っておるのよ!」
「いっそ一思いに!」
「静まれ」
その声にしいんとなった。
ダガーレン・トクワであった。
誰よりも期待した嫡男を失って以降覇気に陰りが見えたが、その沈着さと大器は未だ健在のように思えた。
「次こそはハミを滅ぼす。この前は片手でやったも同じだ。故に目的を達せれずハミを調子づかせる結果となったのだ。だが次は容赦せん。ダガールの名にかけて全力を以て叩き潰す」
「陛下、ハミ家とはいいますが事実小娘一人のみです」
とヴァイレン。
「小娘一人殺せば終わりまする。簡単なものです」
「それでは済まさん」
トクワは部屋中に響き渡る声を上げた。
「これはヤイルの弔い合戦じゃ。ハミ家だけでは済まさぬ。マサエドの腹の腐った豪族共もただでは済まさん。いずれはキュエトもじゃ。キュエトは後一歩というところでヤイルが志を遂げず死んだ場所じゃ……キュエトも滅ぼすこともヤイルの為じゃ」




