君主の罪
記暦3339年9月10日、ダガール軍がマサエドに侵攻した。
無論これは賊の討伐という体裁をとっているもので、ハミは侵略と評したがダガールにおいてはあくまでダガール国における内乱鎮圧と表現している。
ハミではオイロンミを帰還させる為に兵を割いており。その隙を突いてのものだと思われた。
「故に、準備してきたというものではあるまい」
とサカヒ。
フクサマとカワデが迎え討つ為に出兵することとなった。
「必ずや姫様のご期待に沿いまする」
とカワデ。
「ダガールめの追い払って見せまするぞ!」
フクサマは意気揚々と言った。
マサエド豪族連合からも迎撃軍が出動することであろう。
「つくづく不便だ」
ワーズは不満たらたらであった。
「姫様に兵権の全権があれば、シュトラとの連携も気にする必要すらないのに」
「彼なら足手まといどころか、我らが足手まといになりかねぬ」
クルエは言った。
「姫様はシュトラを高く評価しておいでですな」
「あれを高く評価しなければ何を評価すると?」
ワーズはなんだか気に食わなかった。
姫様が彼をそこまで買うのは分かる。
だがシュトラはあくまで外の勢力の者である。
そういう者がマサエドにおいて姫様と比肩する権勢を誇るのはまずいのではないか。
ハミ家を脅かしはしないか、という危惧がある。
(姫様はどうお考えであろうか)
ダガール軍は撤退して行った。
小競り合いをした程度で、大きな戦にはならなかった。
こうした群発的な戦がマサエドとダガールの境で頻発した。
ダガールから仕掛けられたものもあれば、マサエド側から仕掛けたものもある。
「ダガールとの国境地帯では緊張状態が続いております」
サカヒは言った。
彼はあえて『国境』という言い方をした。
「村々も損害大きく、いずれ大きな戦があるものと」
互いに略奪し合う戦であった。
クルエもそれは分かっていた。
戦というのは、小さかろうが大きかろうが民を苦しめることになる。
彼女が最初から豪族の長の娘として育っていれば、知識としては分かっていても実感はわかないしあまり気にも留めなかったかもしれない。
だが、クルエの育った村は政治権力の闘争の犠牲となってしまっている。それを目の前で見た。
忘れようにも忘れえぬ光景が彼女を今も苦しめている。
あの光景を、今まさに自分が生み出しているのではないか。
こういう感情は君主として邪魔なものなのかもしれない、とクルエは思う。
だが、目の前のサカヒに言っても仕方ない。
「引き続きダガールの動向を注視せよ。そのうえで準備は抜かりなく徹底させるように」
「はっ」
ワーズは行政に関する話でクルエのほうに出向いた。
一通り済むとクルエが深い息をつきながら言った。
「ロダでは民を篭城戦に付き合わせ困窮させ、その他の戦でも徴収を繰り返し、そのうえ此度は村々の略奪を黙認している」
「姫様」
とワーズ。
突然の話題に驚きつつも、彼は努めて冷静であった。
「姫様」
ワーズは言った。
「この私がいることで、多くの人々の人生が変わってしまった」
「姫様はハミ家当主であるだけでなく、マサエド領主でございますれば。姫様の意思を越えたところで人々が勝手に営むだけでしょう」
クルエは元気なく俯いた。
どうも最近はさらに気持ちが沈んでいるようである。
「タダキも私の為と言って死んだ。また誰か死ぬのだろうか」
「皆、姫様の為に喜んで死ぬ覚悟は出来ております。姫様がことさら悲しまれては、死んだ者も浮かばれますまい」
ワーズは諭すように言う。
「でも、それは私の家臣であればこそさもありなん。巻き込まれ死んでいった民達は?」
クルエは小声だった。
ワーズは何となく察しがついていながらも口には出せずにいた。いや出さぬ方が良いと思った。
彼女にとってキロ村の惨劇はかなり深い傷となっていたのだ。
そして今の自分の行いが更にその傷をえぐっている。
ワーズにはそれを癒す力など有りはしない。
ただ、発破をかけて彼女を頑張らせるだけである。
そうでなくては、ハミ家再興の悲願は達成できない。
(やはり、ハミ家再興という夢は、姫様よりも我々家臣一同の夢といったほうが正しいのかもしれない)
ワーズはふと思った。
しかし彼は問いただすことは出来ない。
クルエは微笑んだ。
しかしその表情は暗い。
「当然のこと、ハミ家再興は私の悲願だわ。それは間違いないのよ。あなた達が示したとはいえ、選んだのは私」
選んだ、と呼べるものであろうか。
「私はキロ村で一度死んだ身。だからこそ嫌なら命を絶って良かった。一度の死が二度目になるだけよ。少なくとも、この道は私が納得して選んだ道。そうであるからこそ、己の責務と罪に……」
クルエは言葉を続けなかった。
記暦3339年は前半はともかく後半の月日は小競り合いのみで終わるかと思われた。しかし11月11日に事は動く。ダガーレン・ヴァイレンが夜道で襲撃を受けたのである。