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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
16/73

戦いの後

 クルエは壁にもたれかかった。

(疲れたわ……)

 疲労が一気に襲い掛かってきた。

 このまま突っ伏してしまいそうだ。

 石畳の床で怪我はしたくないので寝室に戻る。

(皆がまとまらぬのは私の器量が足りないせいだわ)

 オーエン王国初代ヴェンター一世の話は聞いたことがある。書物でも読んだ。

 皆を惹きつけ鼓舞し、その武勇知略、求心力、どれをとっても英傑にふさわしかった。

 伝わっている人柄も気宇壮大そのものであった。

 記暦2810年に貴族の子として生まれた彼は乱世で荒廃した国を纏め上げ、2848年にオーエン王国初代国王となった。

 こんな話がある。

 長年ヴェンターの一族の領地を圧迫していた敵と争い、戦で大勝した。

 敵は講和を求めてきた。

『領地の半分を譲る』とあった。

 しかしヴェンターはこう答えたという。

『全てを手に入れる故譲り受ける必要はない』

(そのオーエンもダガールによって滅び、今ダガーレン・トクワという英傑がいる)

 クルエはすねたくなった。

 時代を動かすのは必ずしも素晴らしい人物ではない。それはダガーレン・ヤイルの死で思い知った。だがそれにしても、自分に課せられた責務とやらは重過ぎるのではないか。

 クルエは何度も故郷の生活を懐かしがった。

 薪を集めていた方が育ちからして自分に合っているのではないか。

 あの頃は悩みなんてなかった。強いて言えば両親の不在だが、そんなものは大したことではなかった。

 むしろ今のほうが自分の家族の不在というものに胸を締め付けられる。

小さい頃は寂しさも時折感じる程度であったのに、大きくなってから常に感じるようになったなんて……変な話だ。


 

 苦肉の策としてシュトラを豪族連合の代表としてハミ家当主兼マサエド領主であるクルエとほぼ同格とすることに決まった。

 形式上の上ではクルエの方が上ではあるが、兵権などはクルエと同等のものを有する。

 どちらかが挙兵する際は相手に通達して、というのが形式的な決まりとなった。

「謹んで身に余る光栄をお受けいたします」

 シュトラが恭しく頭を下げた。

 記暦3339年4月27日、実質的な双頭体制が始まった。この、軋轢が具現化したといえる体制は、一時しのぎの禍根を残す結果と終わるのか、それとも理想的な決着といえるのかはまだ誰も知らない。


 5月5日、クルエはマサエドに帰還した。

 民衆の歓迎は盛大だった。

 クルエはさっそくマサエド城に入り精力的に働いた。

 戦後処理がまだ済んではいないのである。

 豪族達の所領安堵と、恩賞の問題である。

 クルエは一人ひとりの豪族に書状をしたため、安堵の旨を保証した。

 ロダには所領を加増した。それはこの度の戦いで得たダガールの支配地域であった。

「これで彼の働きも報われるでしょう」

 サカヒは頷いた。

 他の家臣達も異論はないようだった。

 それほどまでにロダの働きは皆の認めるところだった。

「さて姫様、凱旋式典の件ですが」

 書状を山積みにし、クルエはワーズを見た。

 マサエドほとんどの豪族に書状を出すというのは大変であった。むろんシュトラにも出している。

 彼はあくまで兵権が同格なだけで、豪族達への安堵の保証はクルエが出している。

「5月21日、真昼から行われまする。民もきっと喜ぶことでしょう」

 戦勝を祝って、内外に示すのである。ハミ家の威光を。

「10日後ね」

「姫様のマサエド御入城からちょうど一年の節目にございまする」

「そう……そんなものなのね」

 クルエは呟いた。

「あっという間に過ぎたかといえばそうだけど、あまりにも長い歳月であったような気がする」

「ひと段落つきましたな」

「でも、これからよ」

 クルエはにやりと笑った。

「私のやるべきことはいっぱいある」

「左様ございますぞ」

 ワーズも笑った。


 オポとその娘マソ、そしてそれに伴われてタカラ・エーリが謁見したのは数日後のことであった。

「麗しきご尊顔を拝し恐縮の極みでございまする」

 オポが恭しく跪く。

 マソとエーリの二人も礼節に乗っ取った挨拶であった。

「して、要件とは」

 クルエは淡々としていた。

「は、我がオポはハミ家の繁栄の手助けを致しとうござります」

「オポはこのクルエを匿ってくれてもいた。そのうえ何をしてくれるのだ?」

「金の工面をお助けしとう存じます」

「例えば?」

「戦の資金、内政、情報網、などなど、我らの培ってきた全てを姫様に託しまする」

「商人は儲けなければならないのではないか?」

「左様、故に厚く遇して頂きたいのでございます」

 オポはにやりと笑った。


 マソとエーリはクルエの部屋に呼ばれた。

 マソはふと横のエーリを見る。

 厳しい表情を浮かべ、震えているようにも見えた。

「大丈夫ですか」

「ええ」

 エーリは言ったが、声は震えていた。

(やっぱり姫様を裏切ったとことが。許してくださるかどうか……)

 マソは少し境遇に同情もした。 

 クルエはにこにこしながら二人を出迎えた。

「久しぶりね」

 二人は跪く。

「いいのよ、今日は友人として、話したいの」

 クルエは自ら二人に椅子を引いた。

 マソとエーリは固まった。

 しかしクルエが座ったすぐ後にそれに従った。

「姫様、ご壮健であらせられ、これに勝る喜びはありません」

 とマソ。

「ご尊顔を拝し、恐悦至極にございまする」

 とエーリ。

「こうして、3人無事に話す機会を再び得られて嬉しい」

 クルエは本当に嬉しそうに言った。

「姫様」

 エーリが震える声で言う。

「このわたくしめがした行いを許して頂きたいなどとは申しません。姫様の御意のままに」

 クルエは微笑んだ。

「父親のオムを許したのに娘を咎めては、私も頭がおかしくなったと言われそうだわ」

 マソはクルエとの別れを思い出していた。

 恥ずかしくも号泣して、姫様を困惑させてしまった。

 今度会うときは立派な当主とおなり遊ばした時と心待ちにしていた。もはやそれにかなり近づいてきている。

 自分のことのように誇らしかった。

 姫様はあの時とは比べ物にならないほど、威厳に満ちている。

 自分も成長したと思っていたが、全然比べ物にならない。

「マソは今どんなことをしているの?父の手伝い?」

「はい、父上の行商のお供をしたり、留守の間商館を仕切ったりしています。また来客の応対も最近は私が……」

「そう」

 クルエはにこにこしていた。

 同い年である二人は立場は違えどそれぞれの道を歩み始めている。

 

「決めたわ」

 エーリが帰りにぽつりと言った。

「何をです?」

 マソは訊いてみた。

 クルエ相手なら恐れ多くて訊けなかったろう。不思議な話だと彼女自身思った。

「タカラ・エーリ、姫様を生涯の主として仕えるわ。父上も説得してみる。変節が生き残る時代ではなくなった。これからはハミ・クルエに仕えるか、ダガールに仕えるか、二つに一つよ」

「シュトラ殿は?」

「シュトラ殿は姫様側になると確信しているわ。豪族連合がシュトラを旗印にしたとて、姫様に敵うとは思えない。ダガールに与すればあるいわ……だけど、シュトラ殿にはそんな博打を打つより確実な方法があるわ。もしシュトラの方針に逆らうようなら豪族連合はすぐに有象無象と化すでしょう。でも従えばマサエドにくすぶる火種はいったん収拾がつく。これはハミ家にとっても有益なこと」

 マソはエーリの物言いにぶるっと震えた。

「それはいったい……」

「ごめんなさい……冗談よ……忘れて」

 エーリは重々しく言った。

 マソも彼女の言わんとしていることは何となく分かった。



 式典は滞りなく行われた。

 クルエが街を練り歩き、民は熱狂した。

 権威にはこうした色彩付けが必要であると、クルエは理解していた。ただ単なる力のみでは人はついてこない。

 たとえそれが虚像でも、もっともらしくなくても、人が求める自分を演じることが、自分に課せられた責務の一つだとクルエは知っている。

 

 

 7月、報がもたらされた。

ダガールの動きは常に注視していた。

 第一王子ヤイルを殺したギビーとその一族は皆、拷問の末、地面に首だけ出され少しずつ首を切られ鋸引きの刑に処せられた。女も子供も関係などなかった。

 そしてその遺体は一つの穴に放り込まれ、侮辱の言葉が並んだ石碑が上に乱暴に立てられた。

 ギビーはその一部始終を見せられた上処刑されたという。

 ダガールの怒りがどれほど激しいものであったかを物語っていた。 

 クルエはその報告を聞き、息を飲んだ。


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