ロダ城の戦い
記歴3339年2月2日、ダガール軍により戦端は開かれた。
寄せ手は波のように攻めてきた。
ハミ軍は上から石を落としたり、熱湯を浴びせかけたりして応戦した。
クルエは兵士を見回り発破をかけた。
「ダガールの者共に目に物見せてやれ!」
どこか楽しそうに言った。
「まったくその通り!」
フクサマもはしゃいでいた。
カワデがその様子をにっこりと笑う。
クルエは鞘に収まった剣を杖代わりにし、じっと見回しす。
「姫様のあの様子は何だ」
ワーズはため息をついた。
「しかし、姫様の意気軒昂なること喜ばしい限り」
ロダが言う。
「そう思いまするか」
「ワーズ殿は先日申された『姫様が死にたがり』のことが気がかりのようですな」
「いや……まさか姫様が戦を嗜むとは思いませなんだ」
ワーズは言った。
ダガールの大軍は攻めあぐねた。
彼らとて必死ではあった。
短期戦に望まなければならぬ。
何故ならトクワがあまり都を空けるのはよろしくないのだ。かといってアンミだけを残せば悪夢の再来となる恐れがある。
既にハミ・クルエはトクワでなければ手に負えぬ相手だとダガールは見なしていた。
それはクルエ自身の資質というより、血筋の、そして反ダガールとしての受け皿としての脅威であった。
ロダ城に篭るハミ軍の士気は非常に高かった。
アンミは歯がゆかった。
自身の手で決着をつけたかったが、もはやそれが叶う状況ではない。
己の力不足故に父の手を煩わした。
「だが、焦りは禁物だ。功を焦り、ダガールを危うくしてはならぬ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
一進一退の攻防が続いた。
一週間ほど経ったとき、ダガールは一際強い攻撃を仕掛けてきた。
ハミ軍は何とかしのいだものの、昼夜を問わない攻撃に疲弊していた。
ダガールはいくつかの軍に分け、日中に攻める軍、夜に攻める軍と役割を決めていたのだ。そしてそれぞれが休む時間を与えられていた。
「さすがトクワじゃわい」
サカヒが噛み締めるように言った。
ハミ軍は小勢である故に、休む暇があまりないという状況だった。
大軍の利を上手く使われた感があった。
クルエは頭をぼりぼり掻き、椅子にゆったり座っている。
「そういえばここ最近風呂に入ってないわねえ」
「姫様、今は戦でずぞ」
サカヒが嗜めようとした。
クルエがにこにこと笑った。
サカヒはばつの悪い顔をする。
彼ですらクルエを最近持て余すようになった。最初のころはわりと皆の言うことを聞いて従順で弱弱しい感じさえ受けたが、今や妙な強情振りがあった。
それが将来よく出るか悪く出るかが気がかりであった。
(そもそも傀儡など育てる気はなかったのだ。止むを得まい)
クルエ姫が立派なハミ家の君主たらんと教育したのは自分達だ。その効果のほどはまだ分からないが、少なくとも自分で決断出来る当主へと成長したことは確かである。
「サカヒ、今戦況は我が方に不利である。このまま篭城を続けていて展望が見えるや否や?」「……。はっきりとは申せませぬ。しかし敵も焦っております。少なくとも、篭城戦を長く耐えれば敵に大きな打撃を与えまする」
「私がサカヒの篭城策を受け入れたのは何故だか分かる?」
クルエが神妙な表情で言った。
サカヒは考え込んだ。
「いずれ、トクワは引き上げまする……。それが全軍の引き上げなのか、それとも軍を攻城戦に残して引き上げるのかは、おそらく後者でしょうが・・。姫様はそれが狙いとか」
「それはサカヒの策だったでしょう」
「姫様の心中にもある策とお見受けしましたが」
クルエは立ち上がった。
「随分と高く評価してくれますね」
「何故?」
「サカヒと同等の考えを持つ者ということになる」
「姫様にはもっと名君になって頂きまするぞ」
サカヒも微笑んだ。
クルエはサカヒが去った後、一人で考え込んだ。
(マサエドで篭城するのを私は拒んだ。マサエドを灰燼に帰すような真似はしたくないと。だがロダでは篭城策をとっている。この矛盾をどう説明する……?ロダのことなどどうなっても良いとは思ってなんかいない。
では、時勢が変わった故の篭城策と?確かに篭城策はとらなければならない場合が必ずある。でも長引かせる前提の篭城策とは……。
そもそも、自分が篭城策を了承したのは、サカヒの言う長期戦の有効さに納得がいったことと、討って出て野戦を挑むのはそう何度も上手くいくはずがなく博打に過ぎると思ったからだ。ダガーレン・トクワが恐ろしかったのだ)
どう自分の中で取り繕っても、マサエドとロダへの扱いの違いに自分を責めてしまう。
キロ村で兵士が自分以外の村人を皆殺しにした光景が頭に浮かぶ。ロダの民もああなってしまうのか。
そしてそのまま篭城は一月が過ぎた。
3月5日、ダガールから降伏勧告が届いた。
『城を明け渡されよ。さすればロダ殿は不問に致す。ハミ殿には所領を安堵する』
「罠でござる!」
カワデが叫ぶ。
「そうじゃ!」とフクサマ。
「まだ、篭城は続けるべきです」
ワーズも力強く言う。
クルエも頷いた。
「そうね、まだまだこれからよ」
西の方ではワミの部族達はいったいどうなったのか。もしやロダまで助けに来てくれはしまいか。とクルエは淡い期待を抱いていた。
しかし助けに来たのは予想外の軍だった。
それから更に一月経過しても、ロダの城は落ちなかった。ハミ軍はさすがに兵をかなり減らし、もうあまり長くないと思われた。
東の方から、大挙してくる軍があった。
それはマサエドの諸豪族が連合を組み、ロダ城を包囲するダガール軍に襲い掛かった。
連合軍の代表的に指揮していたのは、エキル・シュトラという若い豪族であった。
ダガール軍は思わぬ敵の来襲に撤退を余儀なくされた。
しかし半日で戦列を整え、突撃をかけようとする。
クルエらハミ軍はその隙にロダ城を出た。
「ハミの姫君!助太刀参った!!」
エキル・シュトラは城から出てきたクルエの前で馬を止め叫んだ。
クルエはちょっとの間言葉がつまった。
「痛み入る!」
やっとのことでそう返す。
「全軍に下知を。マサエド領主」
クルエは頷いた。
剣を抜く。
「敵が盛り返す前に叩く!マサエドの為に!」
怒号のような歓声が上がった。
かつてマサエドを陥落させた際集まった何倍もの大軍であった、
ダガールがロダ城攻めを開始した同日。ワミでは大事件が起こった。
「やめろ!やめるんだオイロンミ!」
部族長たちは慌てふためいた。
彼ら老人の狼狽する姿は滑稽にすら思えた。
祝勝の宴の席を急襲したオイロンミとその配下は彼ら全員を人質にとっていた。
「黙れ!オイ族をよくもダガールに引き渡したな!」
オイロンミは恐ろしく響く声で怒鳴った。
「許さぬ!大地の民の風上にも置けぬ!」
剣や弓を向けられた部族長達は跪いていた。
「お主と我々は共にダガールを追い払ったではないか」
長達が言う。
確かに、ダガールを撃退させた戦は、雌伏していたオイロンミが諸部族に説いて回り結束させた故の結果だ。
「オイロンミ、許されよ。部族を生きながらえさせるにはあれしか……」
オイロンミはそう言った部族長を鞘で殴った。
「黙れと申したはずだ!」
オイロンミの顔は焚き火に照らされ恐ろしい形相に見えた。
「しかし貴様らが生きる術は唯一つだ!」
オイロンミはまた鞘を振るう。
「大地の民としての誇りを行いで示せ!」