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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
11/73

逆転

 ダガーレン・アンミは陣中でお茶を啜っていた。

「姫様、クルエはこの先の寺に立てこもっており、退却していった敵軍もそこに合流しようとするでしょう」

アレスは跪いて言った。

「このアンミは巧遅よりも拙速を尊ぶこととしたい。故に追撃の手を緩めてはならぬ」

「は」

「この勢いのまま滅ぼせ」

「は」

アンミは谷の奥を睨み付けた。

もはや猶予は与えまい。

倒せるときに完膚なきまでに倒すべきなのだ。

日はもう昇っていた。

しかし吹き付ける風は冷たい。

「申し上げます!」

静寂をかき消す声にアンミはばっとその声の方を向く。

「どうした?」

アレスが言う。

「レン殿の陣が敵襲を受け壊滅とのこと!」

「何っ」

 アンミは思わず立ち上がった。


 クルエは山の中腹で剣を構えていた。

 そして黙って剣を前へ振り下ろす。

 ハミの軍はダガールの陣へとなだれ込んだ。

 

 

「さて、どちらが勝つとお見受けしますか?」

 微笑を浮かべ、タカラ・エーリは乾杯のしぐさをする。

 オポ・マソはそれに答えた。

 豪商であるオポは仮家としていくつもの館を持っている。拠点がいくつもあった方が商売には有利なのだ。

 そこにエーリは世話になっていた。

「私は姫様を信じております」

 マソは毅然とした表情で答えた。

「それよりも何故あなた方タカラ家はハミを裏切ったのですか」

「そんな輩と一緒にいるオポ家も危ないと思いますよ」

 エーリは淡々と言う。

「商売が出来る相手となら、誰とだってする。それが商人です」

「生き残る為なら何だってする。それが父上です」

 エーリはそう言ってにこりと笑った。

「姫様は、たとえ裏切った相手でも許すお方でしょう。しかし裏切る者はまたいずれ裏切る」

 マソも笑った。

 二人は大きなテーブルで向かい合う。

「裏切り者を匿うのも裏切りと同じですよ」

「まあ、そうですね」

 マソは茶を啜った。

 エーリはじっと彼女を見つめる。

「とりあえず、高みの見物というわけ?」

 マソはぎょっとした顔をする。

「高みとは……」

「姫を信じているのなら、全面的に支援すべきです。金銭の献上でも何でも出来るでしょ。傭兵だって貸し出せる」

「私は当主でないのです」

「このエーリも当主ではない。しかし出来ることはやろうと思っているの」



 クルエによる奇襲で数個の陣が崩れたダガール軍は、ちょっとした混乱に陥った。

「慌てるな。最期のあがきだ。焦りは身を滅ぼす」

 アンミは冷静に勤めて部下に言った。 

しかしそれでは終わらなかった。しばらくもせずに壊滅した陣の側の豪族が裏切りだした。  

「タカラ殿、大変でござりまする!」

 ピンという豪族の長がタカラの陣に遣いを出した。

「知っておる」

 タカラは微笑んだ。

「左様で……」

 遣いはほっとした表情を浮かべた。

「お主らも大変じゃの」

「タカラ殿……痛みいりまする……」

「わしらも裏切る」

 遣いはきょとんとした。

 即座に横からタカラの家臣が剣や槍で襲いかかった。

 使者は必死で抵抗し、逃げ回ったがついに槍に突かれた。

タカラは立ち上がる。

「風向きは変わった!いざ!」


 

 アンミは机を蹴飛ばした。

「日和見の節操のない者共め!」

 家臣達が重い表情を浮かべている。

「我らダガールはそんな連中になど負けぬ」

「左様でござります」

 アレスが言う。

「返り討ちに」

 側に控える若き将ソレイが頷いた。

 彼はアレスと共にアンミの両翼で、沈着なアレスと勇猛なソレイの分担が為されていた。

 まだ、状況は逆転可能である。

 裏切ったのは近くの陣が壊滅されて、生き残りを図ろうとした豪族であり、全体としては一部に過ぎない。

 ダガールの軍はいまだ強固である。とアンミは思う。

「ハミの本隊を叩け。さすれば裏切り者も敵の奇襲の軍も離散する」

 ダガール軍の動きは速かった。

 退却していったハミの軍に迫った。

 しかしダガールの左翼の方から、クルエが軍を整えつつあるとの情報も流れてきていた。

 そしてそれに呼応し右翼側からも。

 下手をすると包囲殲滅される恐れすら出てきた。

 包囲軍が中央突破されるのは古来よりよくある話であった。

 しかし、ここは谷である。

 谷では、大軍の利が上手く働かない。

 ハミ軍は裏切りの発生を知ったのか、後方に細長くどんどんと後退していった。

 アンミは武人である。

 戦わずに退却はしたくなかった。

 兵を突撃させた。

 数時間の戦闘でダガールは徐々に不利になっていった。

 アンミは結局兵を退かせた。

 数日にらみ合いと小競り合いが続き、ダガールの兵は減るばかりであった。

「このままではまずい」

 アンミは苛立ちを隠せなかった。

 ハミ軍とワミの諸部族との挟み撃ちになる。オイロン族を壊滅させたとはいえ、まだまだ安心できるとは言えなかった。

  

「姫様、我等を囮に使いましたな」

 サカヒが言った。

「囮とは心外、挟み撃ちにしようと思っただけよ」

 クルエは答える。

「はあ……」とカワデ。

「さすが姫様じゃ。サカヒの元では誰も動かん!」

 フクサマが笑い出す。

 クルエが呆れたような顔をする。

「まとまりを欠いていたというわけね」

 そして姿勢を正す。

「しかし、とっさの用兵見事であった。地の利を生かしておる」

「姫様、我等は姫様よりも経験が豊富でござりまするぞ」

 サカヒがにやりと笑った。

「さて」

 とサカヒ。

「タカラがこちら側に寝返った」

 クルエが微笑む。

「喜ばしいことね」

「とことん反吐が出るわ!」

 フクサマがはき捨てる。

「左様、きやつばらは参陣しても許さぬ」

 ワーズが言う。

「裏切った者全てを裁くというのか」

 クルエの言葉に皆が驚く。

「何を仰せです」

「もともと今のハミに味方する道理のある豪族はいない。ダガールにつくのはもっとも。そして今回の裏切りは我らに追い風となっている。恩賞は無理でも賞賛したっていい」

「姫様!」

 とフクサマ。

 顔は戸惑いと怒りに溢れていた。

「タカラはあそこまで姫様に忠義を誓った一族ですぞ」

「他の豪族とはわけが違いまする」

 カワデも言った。

「だがタカラ家の武力は必要、ここで殺せば良いというものではない。まだダガールの軍がひしめいておる。ここは寛大さをお示しになるのも一つの手」

 とサカヒ。

「しかしだな!」

 カワデが反論しようとする。

 だが言葉が出てこないのかすぐに黙ってしまった。


「やはり、姫様とサカヒの同調には逆らえぬな」

 フクサマが寂しそうに呟く。

 夕焼けを眺める。

「いや、サカヒは姫様の心を聡く読み取っているだけよ。気に食わぬ」

 カワデが言った。

「最近はの、特にそういう様子が見て取れる。初めのころはむしろ操っておったが、最近は手に余っておるのだろう」

「ふん、我らが戴く姫様がサカヒごときの傀儡などあってはならぬわ」

 フクサマは頷きながら言った。


 

 結局ダガール軍は退却を始めた。

 ハミの陣では追撃の是非が議論された。

「罠かも知れぬ!」

ワーズが言った。

「広い平野に誘い込むつもりであろう」

「故に追撃するのは谷の出口までがとりあえず、それ以降は大勢を見ましょう」

 とサカヒ。

 動きは迅速だった。

 退却するダガール軍に激しい攻撃がなされた。

 ダガール軍が平野に抜け出る頃には、アンミ麾下の軍とわずかな豪族のみになってしまった。

 すっかり兵力差は逆転してしまった。

 ハミ軍は追撃を続けた。

 ダガール軍は撤退戦となった。

「こんなこと、誰が予想したのだろう」

 クルエはぽつりと呟いた。

 ダガールには残された道があった。

 ハミ軍とワミとの挟み撃ちを避けるために南に逃げる手である。

 もしくは一気呵成に突っ込み決死の戦闘で以てクルエの首を取ることである。

 そしてまたはワミに残した軍勢と合流すること。

 ダガール軍はワミの方面に退却した。

 クルエは追撃を命じた。


 年が変わった。

 追撃を受け続け、ダガール軍は離散したように軍勢としてのまとまりを欠き始めた。

「姫様、勝利ですな」

 とワーズ。

「うん」

「やはり姫様の御威光でござる」

 とサカヒ。

「これ程までに完膚なきまでに叩き潰せるとは思わなんだ」

 フクサマが笑いながら言う。

 軍議の場も和やかな空気が流れていた。


 クルエは軍議の後、この戦いで討ち死にしたハミ軍の供養場に向かった。

 陣中に余裕が出来たので形見などを簡易に保管する敷居を作らせたのだ。

 クルエは彼と彼の部下の形見を眺めた。

 タダキの亡骸は無残なものであった。首は取られ、装飾品も盗られていた。

 かろうじて残ったものを保管してあった。

 他にも見知った顔が大勢死んだ。

 クルエはしばらく佇み、身体を翻してそこを後にしようとする。

 ワーズが跪いていた。

 クルエはじっと彼を見据える。

 彼は黙って顔を上げようとしなかった。



 ハミ陣中に知らせがもたらされたのは3339年の1月26日であった。 

 

 馬が走る。

 人が走る。

 雲のような大きな影が大地を移動する。

 土煙をあげながら、地響きを立てながら。

 ダガール国王ダガーレン・トクワ率いる軍は疾風怒濤の迅さで行軍していた。

 アンミの危機に雷神の如く馳せ参じたのだ。 

 アンミはというと、アレスとソレイを囮にしこっそり軍を抜け出、トクワと合流したのだ。

 ハミの裏をかいたのであった。

 クルエ達がそれを知るのは、両軍が激突する1日前である。

「父上、お恥ずかしい限り」

「何を言う。お主が無事であってわしは安堵しておる」

 トクワがにこりと笑いかける。

「戦支度もかなり急がせたものじゃ」 

アンミが顔を上げた。

「有難き幸せ」

「して、アレスとソレイはよくやっておるようだの」

「はっ」

「相手はオーエン王家の血を引くものだ。それにこの戦いぶり、極めて油断ならぬ」


 一方、ハミの陣にはようやく知らせがもたらされた。

 大軍ゆえに情報の行き来が上手くいっていない。

 あくまで烏合の衆じみている。

 クルエは頭を抱え、椅子に座り込んだ。

 家臣団はうつむいた。

「姫様、これはまずいですぞ」

 とサカヒ。

「このまま逆にこちらが挟み撃ちにされる危険が出てきたのです」

 

 トクワ率いる軍はハミ軍が態勢を整える暇を与えなかった。

 ハミの軍勢に出くわしたその瞬間に、そのまま勢いを頼みに突っ込んだ。

 ハミ軍はあっさりと崩れ、離散した。


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