人は意地を通したい。でも、意地っ張りは格好悪い。
注意:冒頭の引用文に関して、決して調べてはいけません。
では、今回も張り切ってどうぞww
神様どこまでやっていいんですか?
なにをやってはいけないんですか?
(東方アクロバティカ In カナダ / ウモ屋)
なにやら酷い夢を見たような気がする。
とても凶暴そうな野郎に拉致されて、ぶっ殺されそうになった夢。
しかも、それが思い切り八つ当たりときている。基本的にはくーちゃんのせいで、応用的にもくーちゃんのせいなんだけど、それが回り回って僕の所にやって来る。
いや、まぁ確かに色々と酷い生き方はしてきたつもりだけど。
殺されるようなことは……したような……してないような。
「ま、いいか」
すっきりとした気分で起き上がる。アルコールを適量飲んだ後がこんな感じ。
色々と溜めこみやすい性格なのでアルコールは普通に飲みますよ、ええ。
アルコールの話はともかく、手足に力を込めて傷の具合を確認。
「おや?」
痛くない。足の裏なんかを確認してみるが、傷一つない。
一番痛かった銃弾を掠めた部分を確認して見るけど、なんともなかった。
「おお……まさかの夢オチ……」
夢オチ。
夢オチである。
漫画とかでうっかりやってしまうと、大ひんしゅくを買う夢オチである。
不細工五人組がなんやかんやする、腰がガラスな漫画家が描いてていた漫画なんかは散々編集部に引き延ばされた揚句、夢オチになったということで色々あったそうな。
ちなみに、完全版で加筆修正という名のフォローが入ったとかなんとか。
また、夢オチとは別だけど、ゲームの続編でそれまでの世界観を台無しにする設定を追加してしまい、シリーズに大打撃を与えたこともある。
世界観は大切にしなければいけない、という分かりやすいお話。
でも、まぁあからさまに都合の悪いことは夢オチでもいいと思う今日この頃。
「たまにはこんなのもいいよね」
そう呟きながら、僕はベッドから降りて洗面所に向かう。
ところで、この白い部屋は一体どこだろうとか、あのやたら眠りやすいベッドは一体どんな素材でできているんだろうとか、色々と疑問はあったけども。
たぶん、どこかのホテルの一室だろう。間取りがそれっぽいし。
幾島さん絡みっぽいなぁ……。
そんなことを思いながら、洗面所の鏡を覗き込む。
分かってはいた。分かってはいたんだ。夢オチなどないということを。
頭の先がなんだか敏感肌みたいになってるし、ちょっと力を込めると頭のあたりでなにかが動くのが分かったし、お尻のあたりに意識を向けると、ふわふわと左右に揺れる。
夢オチ以上に酷い結末が、そこにあった。
「なんじゃこりゃああああああああああああぁぁぁぁぁ!」
しかし、叫んだところで迫力があろうはずもない。
鏡に映った僕は、猫耳と尻尾の生えた、不気味な『猫女』になっていた。
仕方なく、部屋の中で待つこと三十分。
残念無念と言うべきか、期待していた犯人は姿を現さず、部屋のドアを開けたのは貧乳レイプ目の親友こと、くーちゃんだった。
くーちゃんは、ドアを開けた瞬間に喜色満面の笑顔を浮かべていた。
「巨乳、猫耳と尻尾、ノーブラ、パジャマ、物憂げな態度、……パーフェクトだ、ウォルター!」
「パーフェクトじゃねぇよ! どんだけテンション高いんだ!」
「君が寝る時はノーブラ派だったことに乾杯!」
「ノーブラ派じゃねぇんだよ!」
なぜか外されていた。そしてなぜかブラがどこにもない。
これでも一応恥ずかしいから探したんだけどね!
「まぁ……ブラはいいや……とりあえず、説明!」
「幾島に連絡して色々と手を回してもらった感じ。あ、でもやったのは多分チェルシーじゃないかな? 傷の手当てを任せたのがチェルシーだそうだし」
「……状況は分かった」
犯人はチェルシーである。間違いない。
こんな人外魔境な真似をやらかすのは、自称魔法使い以外にはいない。
意図が掴めないけど、それは後で力づくでもなんでも聞き出そう。
「つーか……幾島さん、よく協力してくれたな」
「自社ビル爆破するって言ったら快く協力してくれたよ♪」
「サイテーだな!」
「冗談だよ。君の名前を出したら快く協力してくれた。なんかよく分からないけど、滅茶苦茶怒ってたね」
「………………」
なんていうか、マジで良い人だな、幾島さん。
そう考えるとあの人を敵に回している僕は、とんでもなく悪い奴みたいな気がする。
いや、多分悪い奴なんだろうけども。
と、僕が自分の存在に色々と思いを巡らしていると、不意にくーちゃんはばつが悪そうに顔を逸らし、頬を掻いた。
「えっとさ……あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「なに?」
「その……私のやったことで巻き込んじゃって……やっぱり怒ってるよね?」
「いや、別に。どーせいつかこんなことになるだろうとは、思ってたし」
「うっ……」
「まぁ、巻き込まれたのが僕で良かったのかもしれないけどさ」
結果的に被害はほとんどなかったわけだし。
失ったものは怪我と出席日数。心絶陣を受けたあの男がどうなったかなどは、僕の知ったことじゃない。思い返すと陰鬱になるけど、それだけだ。
取り返しがつかないものは、ない。
「でも、取り返しがつかないことになるかもしれない。そんなモノはもう何回も見たと言うのかもしれないけど、後悔は少ない方がいい。傷の数だけ人は強くなれるとクソみたいな歌は高らかに謡うけれど、あれは嘘だ。傷の数だけ人は弱くなる」
「……それは、お説教かなにか?」
「経験談です」
くーちゃんの目を見つめながら、僕は口を開く。
「僕としては、くーちゃんの生き方に口を挟むつもりはあんまりない。くーちゃんが誰かと敵対しなきゃ生きていけないなら、それでもいい。……それでも、今回巻き込まれたのが僕じゃなかったら、くーちゃんと《たまたま》仲良くなった普通の人なら殺されていたってことについてはちゃんと考えて欲しい」
「自分のことは棚上げして、好き放題言うんだね?」
「今は多少の覚悟があるからね、棚上げもするし多少は好き放題言うよ。くーちゃんがちゃんと努力の上に熟慮を重ねて今の形に至ったのだとしても、友達として今ここで言わなきゃいけない。今回巻き込まれてそう決めた」
「覚悟? なんの覚悟さ?」
「僕は『君に嫌われても構わない』という覚悟を決めた」
だから、怒らない。非難もしない。ただ結果を考えて欲しいと言うだけにする。
怒られてどうにかなる子じゃないし、非難したって意味なんてない。
くーちゃんは、もうとっくに開き直っている。自分には人並みの幸福なんて得られないと決めてかかって、諦めている。
それでも、失って悲しいものがあるのなら、諦める前に考えろと僕は言う。
巻き込まれたから、言うことにした。
「言ってもどうにもならない部分の方が多いことも分かってる。ままならないことだらけだってことも分かってる。そもそも今回のことはくーちゃんのせいでもなんでもない。発端がくーちゃんだったとしても、やったのは別の人だ。それでも、憎悪はぐるぐると廻って、必ずどこかで戻ってくるんだ。……それは、少しだけ考えて欲しい」
「それも、経験談?」
「うん」
「………………」
僕から目を逸らして、くーちゃんはゆっくりと溜息を吐いた。
なんだか、呆れているような、諦めているような、そんな溜息だった。
「考えるだけでいいなら……少しだけ考える」
「うん、それでいいよ。ありがとう」
「その代わり、今回のことはちゃんと怒っておいて」
「へ?」
「へ? じゃない! とんでもない理不尽に巻き込まれたんだから、怒って恨んで憎んで蔑んで当然でしょうが! 危機管理能力がないのか、君は!」
怒られてしまった。
うーむ……怒るくーちゃんというのも、なかなか新鮮だ。
「殺されかけた挙句に猫耳にされて、これで笑って済ませるってのは駄目だ! 君はもっとちゃんと、文句を言ったり、怒りを相手に向けたり、そういうことを少しずつでも身に付けていくべきだ! 危険な場所や相手には近寄らない。ストレスは少しずつでもいいから吐きだす。そういうことをやっていかなきゃ!」
「自分のことは棚上げして、好き放題言うんだね?」
「ぐっ……い、言うよ! 自分の言葉がブーメランのように突き刺さったとしても、こればっかりは言わずにはいられないからね! 最悪嫌われても構うもんか!」
怒りながらも涙目である。くーちゃん、ある意味では豆腐メンタルだった。
そういう態度の女の子相手に『嫌悪』という感情は向けにくいどころか、むしろ好みのドストライクなのだが、それはまぁどうでもいいだろう。
今の政党に見習わせたい態度である。
「でも、断る」
「うわきっぱり拒絶しやがったこの野郎! 少しは妥協しろよ!」
「性根は直らない。直そうと努力はしてきた。中学二年の頃からずっとね。でも、僕は根っこの部分で冗談抜きのクソ人間だ。幸せそうな奴や、才能がある奴や、感情を簡単に吐露できる奴らが憎くて憎くてたまらない。死ねばいいと思っている」
「……みんなそうだし、私だって似たり寄ったりだよ」
「みんながそうでも、くーちゃんが似てても、これは僕の問題だ」
憎悪は消えない。許容もできない。余裕もない。臆病者で弱虫で、意気地もなく意地しかない。そんな人間がクソでなくてなんなのだろう?
それでも、逃げずに戦えと人は言うのだろうか?
お前の心臓をくれたら戦ってやると言ったら、甘えるなと言い放って即座にその言葉を撤回し、上から目線でお前にはがっかりしたと言い放つだろう。
そんな言葉は他人事だから言える。自分のことじゃないから言える。
自分を犠牲にするつもりがない奴ほど、他人に向かって偉そうなことを言い放つ。
そして、自分を犠牲にするつもりがある奴に対しては、心臓をくれみたいな犠牲を強いることは言えやしない。
憎悪ばっかりでも、意地と恥くらいは、持っているつもりだ。
「いや……まぁ、『僕の問題』とか大きく言っちゃったけどさ、本音を言っちゃうとどうすりゃいいのかさっぱり分からないんだ。折り合いをつけなきゃいけないのは分かるけど、練磨以外の意見が当てになったことはないし、憎いものは憎いし、それが消えることはないってことも、よく分かってる」
「……ん? なんで練磨の名前が?」
「練磨は全部知ってるよ。中学校時代に色々ごたごたがあって、その関係でね」
「ちなみに、練磨の意見って?」
「カラオケ。なにはなくともとにかく叫べって。週一くらいで行ってるよ」
「誘えよ!」
くーちゃんは叫んだ。それは、今までにない魂の叫びだった。
必死さがまるで違う。
「な、なんで私を誘わないんだ!? ハブか!? いつも通りにハブられてるのか!」
「最初に誘ったじゃん」
「………………いや。いやいやいや! 確かに誘われたことあるけど、その時期は普通に仲悪かったし喧嘩の申し出かと思ったよ! 仲良くなった今だからこそ誘えよ! 好感度上げるチャンスだよ!?」
「歌を謡う時はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。独りで静かで豊かで……」
「うるせー! 歌唱力を披露するのが恥ずかしいだけでしょうが!」
図星である。こういう時のくーちゃんの勘繰りの冴えは半端ない。
まぁ、正直予約した時間を持て余している部分もあるので、誘えと言われれば喜んでお誘いしようかとも思うけど……恥ずかしいのもまた事実。
誰にも言われなかっただけで、実は音痴だったらどうしようと思ったりもする。
「ま、邪魔ならいいけどさ。どーせ、私はハブにされる側だし」
「孤独のカラオケよりはずっとましだと思うけど……ま、そういうことなら今度一緒にカラオケに行こうか」
「あと、話が逸れちゃったけど……私に考えろって言ったんだから、君もちゃんと逃げる以外の選択肢を考えて欲しいな。最後の最後まで、足掻いて欲しい」
「……分かったよ」
考えるだけならなんとでもなるので、僕は軽く請け負った。
考えても無駄だとは思うけど、そう思っているのは僕だけかもしれない。
そんな風に思っていた時期はとっくに過ぎているけれど、考えよう。
とりあえず、早急にやるべきことは、この猫耳をどうしようってことなんだけども。
「話はまとまったかな?」
どこから聞いていたのか。それとも最初から聞いていたのか。
あるいは監視カメラでも付けて話を聞いていたのかは分からないけど、タイミング良くその人はドアを開けて現れた。
金髪碧眼の高身長に高そうなスーツ。
どこにいても目立ち、どんな風に生きても際立ち、故に普通にすごい人。
幾島光輝という名前の、普通の人間。
「まずは、謝らなきゃいけないな。すまない。私たちの仲間が君に迷惑をかけた」
「別に幾島さんに迷惑をかけられたわけじゃないし、謝られても困ります。……そういえば、あの人どうなりました?」
「リタイヤだ。もう君に関わることはないだろう」
「そんなもんで済んだんですか。なんとまぁ、強靭な方だったようですね」
僕が薄く笑顔を浮かべると、幾島さんは少しだけ眉をひそめた。
「君は『最低』を殺すつもりだったのか?」
「はい」
結果的に、死んでも構わないとは思っていた。
殺意に憎悪を持って返答するということは、そういうことだと僕は思う。
幾島さんはゆっくりと溜息を吐いて、それからぽつりと呟いた。
「……個人的には、いっそ殺してくれても……」
「おいコラ待て」
「いやぁ、正直あいつとはそりが合わなくてさ。なんかいつもイライラして空気悪いし、さすがお金持ちが違うよなとか色々嫌味も言われてるし、作戦の邪魔なんてしょっちゅうだったしさ。私以外の他の連中とは上手くやってたらしいんだけど」
「………………」
僕が普段口に出さないことや、オブラートに包んでいたことをそのまま口に出しちゃうような人だったらしい。
今となっては分からないけど、僕と微妙にキャラがかぶっていたのかもしれない。
「それはそれとして、その猫耳は似合うね」
「やったのは幾島さんでしょうが」
「あれ? なんでばれたんだろう?」
「大方、猫耳をだしにくーちゃんと似たり寄ったりなことを言おうと思ったら先に言われてしまったんじゃないかと、くーちゃんと話しながら推測しました」
そもそも、チェルシーには僕をどうこうするメリットがないわけだし。
チェルシーに好かれている幾島さんなら、チェルシーから薬をもらったり調合を頼んだりするのも簡単なんじゃないかと、思い至っただけのことだが。
「最初はそう思ってたんだけど、もうそこの死人みたいな目をした子が言いたいことは大体言ってくれたわけだし、それはそれとして可愛いよね」
「おい!」
「私、猫も犬も大好きなんだ。家では犬を飼っている。ほら、可愛いだろう?」
そう言いながらタッチパネル式の携帯電話を取り出して、画像を見せてくる幾島さんの顔は犬を飼っている人特有の『ウチの子が一番』といった感じの緩み切った笑顔で、それはそれでまぁ可愛かったのだが、今の状況ではそれは危険な笑顔にしか見えなかった。
ちなみに、飼い犬の犬種はドーベルマン。
ピンク色の服を着せられている。
ピンク色の服を着せられている……ッ!
「ええ……可愛いですね。なんかこう、犬種特有の凛々しさがちょっと台無しですけど、それもギャップがあっていいんじゃないでしょうか……」
「やっぱり君は私の敵だけあって分かってくれるな。そこのくーちゃんなんて、小型犬の方が断然いいとか言うんだ。飼うのが楽そうだし、人間の保護なしでは生きていけなさそうないじらしさがいいとかなんとか」
「幾島は庶民感覚が分かってないな。大型犬は散歩だのブラッシングだの色々めんどいだろ。それを言えば小型犬もめんどいっちゃめんどいけど、少なくとも体力的、土地的な手間はそんなでもないし。誰も彼もが幾島みたいに背丈がでっかくて体力があるわけじゃないんだから、強要はよくねーと思うな」
「………………」
幾島さんは笑っていたが、その目は笑っていなかった。
どうやら、背丈のことはかなり気にしている様子。
いや……まぁ、男でも低身長はかなり気にするからね。女性の高身長もかなり気にするんだろう。僕的には高身長の女性はすごく好きだけど、自分より身長の高い女の子は嫌だという訳の分からない主張をする男も、いるにはいるのだ。
単純に、見下されたくないという心の奥底の願望が拒絶感になっているだけだったりするけど、本人的にはそれはそれで切実な願いなんだから、ある意味仕方がないのかもしれない。
自分の気持ちを客観的に観察するのは、なかなかに難しい。
「まぁ……わんこのことはともかく、早く元に戻る薬なりなんなりをください」
「え?」
「なんで意外そうな顔してんだ!? 可愛いからこのままでいいなんてのは、上位者のエゴでしかないって一応言っておくぞコラァ!」
「怒った所も可愛いな!」
「アンタそういうキャラじゃねーだろ!」
「分かった。じゃあこうしよう。私が君の面倒を一生見るから」
「OKOTOWARIDA!!」
可愛いからお持ち帰りなんて言葉は、十年くらい前に流行ったからもう今の時代は流行らないし、まず前提として猫耳と尻尾は猫にしか似合わないからな!
僕も犬と猫は好きだし、絵としての獣少女は好きだけど、現実にそれをやられても痛いだけなのだ。
おまけに耳と尻尾はきっちり機能しているらしく、さっきから呼吸音や内臓、主に心臓の音がはっきり聞こえてうるさいし、尻尾をふらふらさせてないと重心が保てない。
要らんパーツを人体に付けるからこんなことになるんだ!
「僕は自分の人生を誰かに委ねるつもりはないんで、いいからさっさと元に戻せ」
「君のためにねこじゃらしを買って来たんだ」
「………………」
ねこじゃらしに猫がじゃれると思ったら大間違いだぞ、コラ。
食い付きがいいのは、先端にウサギの皮を使ったねずみがついたやつか、ただの紐だったりする。もちろん両方の要素を兼ね備えていれば、なおよし。
もっとも……猫にとって一番オモチャは『生き物』だったりするのだが。
って、あれ?
なんか、思考が獣寄りになってないか?
いや、落ちつけ。そんなわけねぇだろ。僕は男でそれ以前に人間だ。こんな猫耳と尻尾みたいなパーツごときに心が引っ張られるわけない。僕は人間。決して猫ではない。
「しかしすごいな。この耳なんてまるで本物みたいにあっちこっち動き回って」
「シャーッ!!」
「…………え」
「当たり前みたいに触んなや。殺すぞ」
ったく……これだから弱い人間の気持ちが分からない奴は困る。
まぁ、そんなもん分かろうが分かるまいがどっちでもいいけどもさ。
むしろどーでもいい。
「もういいや、寝る」
「へ?」
「寝て起きて、人間に戻ってなかったら、どうなるか分からんけどさ」
「……えっと」
「返事は?」
「え……は、はい」
「よろしい」
肌寒くなく、よく暖められた部屋で、枕を頭に敷き、ベッドに横になる。
久しぶりに幸せな気分に浸りつつ、僕はゆっくりと眠りに落ちた。
なにかとても重要なことを忘れているような気がしたが、すぐ忘れた。
「さて、なぜ幾島という彼女がこんなことをしでかしたのか。考えれば簡単なことだけどそもそも充絶陣という能力は憎悪を基幹として動いている。もっとも、憎悪に限らず感情を溜め続けるとロクなことにならない。溜め続けた感情は爆発する。だからこそぼくなんかは『少しずつ発散しろ』と言ったものだけど、幾島はこれを極端に捉えてそもそも憎悪を溜めこまないような性質にしてしまえばいいと判断した。人ではなく獣になれば憎悪はそもそも生じない。試行の一つの在り方としては、ありの部類に入るだろうとは思う。人の人生を慮るやり方ではないけど、試行としてはありだ。実際、これは充絶陣殺しとしては最上の結果を上げるだろう。人でなければ充絶陣は起動しない。友達を飼殺しにするつもり満々なら……充絶陣を封殺するのは極めて簡単なのだ」
ちらりと、黙々と不機嫌そうにウイスキーを飲む幾島を見て、ぼくは息を吐く。
なんとなく予想できた結果では、あったが。
「で、予想通りになった感想はどうだい? 幾島」
「彼女は人間のままが最高だ。中途半端な動物化は超可愛いけど、人間がいい」
「っていうか、猫が駄目だったんだと思うけど。犬にしておけば組み敷いちゃえば、そのまま従順になったんじゃないの?」
「いや、やっぱり人間がいい。人間には奥ゆかしさがある。それは大事なものだ」
幾島はあくまで頑固だった。あるいは身に染みて痛感したのかもしれない。
人間の最も萌えるポイントは、まさにその『奥ゆかしさ』なのだから。
言いたいことを心の中でだけ呟き、相手の指摘して欲しい部分を的確に指摘するといういわゆる『ツッコミ』は、なかなか奥ゆかしいスキルである。
ぼくのような異常者や、幾島のような常識人でも、心地よくさせるスキル。
と、不意に幾島は目を細めて、ぼくを睨みつけた。
「で……『くーちゃん』はこうなることを知っていたのか?」
「もちろん。そもそも『人間を辞めればいい』程度のこと、彼女が思い付かないはずがないだろう。憎悪を見境なく、獣のようにばら撒けば、それで楽して生きていけることに気づかないはずがない。……そこで堪えちゃったから苦しむ羽目になったんだけどね」
「……なるほどね」
「苦しむ人を見るのは忍びないかな?」
「忍びないな。どうしようもないことに苦しんでいるくせに、苦しみながら笑う子を見るのは、誇らしい反面寂しく、ちょっとだけ切ないな」
「同意見だ。全く同意見だが……それは幾島を始めとしたアイツ陣営の女性全員に言えることでもあるね。ぼくには一切合財さっぱり関係のない話だからどーでもいいけど」
他人が心底どうでもいいか、そうじゃないか。
それこそが、ぼくとアイツ等の境界線である。
「ま……それはともかく、この子を僕らに巻き込むのはやめておいた方がいい。今回はむしろ運が良い。根こそぎにされてもおかしくなかったんだから」
「元々、巻き込むつもりなんかない。彼女は私の敵だ。誰にも渡さないさ。君にもね」
「……愛の告白っぽいよね、そのセリフ。で、今の状況はデレてると思ってた彼氏にぞんざいにされて拗ねてる女の子っぽい」
「違う!」
顔を真っ赤にして否定しているあたり、実際は肯定なのかもしれない。
まぁ、どうでもいいっちゃ、どうでもいい。
「それより、ホテルのご飯くらいは奢ってくれるんだろうね? ぼくはもうお腹がぺこぺこで目が回りそうだよ?」
「ああ、それくらいならいいよ。彼女が目を覚ましてからね」
「げ……それじゃあいつになるか分からないじゃないか」
「元々は君にも原因があるんだ。大人しく因果応報ということで、仲良く不機嫌と空腹を分かち合おうじゃないか。ん?」
「…………ぐぬぬ」
にやりと笑って、幾島はブランデーをグラスに注ぐ。色々なお酒を色々な形で飲んでいるようだったけど体にはとても悪そうだった。
そして、そう言われてしまうとぼくとしてはなにも言えない。
仕方なく、ぼくは空腹を抱えたまま、幸せそうに眠る彼女の覚醒を待つことにした。
ちなみに、彼女が起きたのはそれから五時間後のことだった。
登場人物紹介
■■■■■:通称くーちゃん。恋する乙女。目と魂は死んでる。
幾島光輝 :友達未満敵未満。
深沼妙子 :異常者。毎日一人大戦争。
全く関係ないし今思い付いたのですが、携帯電話やスマートフォンに疑似人格
みたいな機能を搭載したらもっと売れるんじゃないですかね? いわゆる愛着
というやつで、簡単に言えばペット感覚。『しますか?』みたいな他人行儀じゃ
なく、もっと人に密着した感じ。使えば使うほど個性が出てくる。検索でエロい
ことばっかり調べてると呆れられたり、ゲームばっかりやってると心配してくれ
たり、CMでやっているような親しさを前面に出していけば愛着も湧いて機種変
更も簡単にされないし、顧客もついてくるんじゃないかと思うんですが、どうで
しょうかね? 無理だし手間ですかそうですか知りません。
とりあえず、SIRIさんはわりと成功だそうですが、質問に詰まるとggrksって
言い出すのはどうかと思います。もっと恥じらいを見せて! 機械的に商売して
んじゃねーぞコラ! そこで諦めんなよ! お前ならやれるって!
ま、自分はアンドロイドやらアイフォン的な物は一切所有してませんがww
と、いうわけで次回は未定。いつも通りですねすみませんww