掃除をするのは面倒だ。でも、面倒じゃない人もいる
毎度毎度前書きに面白いことを書けると思ったらそうでもない。
そもそも、面白いことを書けていたこともないだろう。
というわけで、今回はなにもなし。本編をどうぞww
色々混ざってなお臭い。
発端と言っても、大したことはない。
練磨から部室の掃除を頼まれた。それだけのことだ。
他人のためになんの報酬もなく掃除をするだなんて心底ごめんだし、どうせ肉体を酷使する部活なんてロクなもんじゃない。
僕は完全にそう決めつけていた。
練磨は両手を合わせながら……合掌しながら、言った。
「そこを曲げて頼みたい。ケーキ奢るから」
「部室そのものが腐ってそうだから心底嫌だ。それに、部活で発生した汚れは部員が掃除するべきだと思いました。みんなもそう思っていると思います」
「いや……小学生女子みたいな感じで言われても……確かに、顧問の先生にも言われたけどさ、今週追い込みなんだよ。大会が近いんだよ」
「…………んー」
そう言われてしまうと、こっちとしてもなんとなく断りづらい。
確かに、僕は部活には所属していないので暇っちゃ暇だ。
「普通なら引き受けるけど、強豪校の陸上部の部室とか明らかに臭そうだし」
「………………」
「目を背けるな!」
僕は練磨に詰め寄ったが、練磨は決して目を合わせようとはしなかった。
まぁ、予想はしてたけどさ。校長室の前にメダルだかトロフィーだか腐るほど展示してあるし、毎日罵声が飛び交う中走りまくってるし。
汗と涙の結晶と言えば格好いいけれど、実際の所はそうではない。
汗と涙の受け皿は、ユニフォームだったり部室なのだ。
「あれ? でも、マネージャーとかいるんじゃないの?」
「いたけど先週辞めてしまったんだ」
「なにそれいじめ? 超怖い。だから僕も引き受けません」
「無理矢理『やらない理由』を発掘するのはやめてくれ。ウチの部は競争はあるけど、いじめはない。……たぶん。きっと。正直分からないけど」
「じゃ、なんで辞めたのさ?」
「一身上の都合ってことらしいけど……まぁ、色々あるんだよ。たぶん」
「ふぅん」
さっきからたぶんばっかり言ってるけど、そこは突っ込まない。
考えられるのは、顧問の先生となにかしらあったとか、そんな感じか。
体育会系のくせに『言うだけ言って命令はしない』ってあたりに、なんらかの意志や意図を感じずにはいられないけど……ま、これは邪推な妄想だ。
本当は、部室が臭いからやめたに決まっている。
「頼む! この際なんでもするから!」
「ん? 今なんでもするって言ったよね?」
「おう! 立花練磨、女として二言はない!」
ぬぅ……格好いい。僕が女なら惚れているところだ。
しかし、僕はわりとクズな自称男なので、惚れずに次の会話に移行する。
「なら、僕の許容量を超えていたらメイド服を着て一日給仕してもらおうか!」
「ぬぅ……妙ちゃんがメイドマニアだとは知らなかったぜ!」
「馬鹿を言え。僕は生粋の全裸大好き人間さ! しかし、上位陣を出すと倫理的にも人道的にも具合が悪かろうということでメイドで妥協しただけだ!」
「変態だぞ、それ」
「真顔で言い切るなや! なんか恥ずかしくなるじゃんか!」
ふざけてる時の真面目なツッコミは反則だと思います。
それはさておき……練磨にして欲しいことなぁ。
うーん。
「じゃあ、大会で一等取ってこい」
「………え?」
「なんでもするんだろ? なら、大会で優勝するって約束しろ。約束だけでいいから」
実際には練磨より速い人間なんて何人もいるのだろう。
だから、約束だけで良い。必ず勝つという気概を見せるだけでいい。
守れなくてもいい。約束なんてそんなもんでいいのだ。
僕がそう言うと、練磨はなぜか膝を落とした。
「な……なんという圧倒的女子力ッ!! さすが妙ちゃんだぜ……あたしの負けだ」
「いや、そんな所で勝ち負けを競ってどーすんだよ。とりあえず、約束するなら部室掃除は請け負った。引き受けた。僕に任せろ。だから練磨は優勝して来い」
「そこまで言われたら……優勝しないわけにはいかないな」
「よし、頑張れ。優勝したらメイド服で祝ってやろう」
僕は笑いながら、練磨の肩を叩いた。
こうして、僕は汚れ役を引き受けることにした。
「騙されたあああああああああぁぁぁぁぁ!」
騙される方が悪いとは言わないけど、僕は嘘は言っていない。
そんなわけで放課後。暇そうにしていたくーちゃんを伴い、僕は部室にやって来た。
ちなみに、事前に先生と部長の方には話を通してある。練磨から話が行っていたおかげか、スムーズに部室の鍵を借りることができた。
部員にも話が通っているらしく、部室の中は捨てていい物しか残っていないそうな。
嫌な予感がひしひしとするが、二人がかりならなんとかなるだろう。
「放課後ちょっと暇? とか君から言われたのは初めてだったのに! なんかこう買い物のお誘いとかそんな感じだと思ったのに! 練磨絡みかよ! がっかりだよ!」
「僕が積極性を発揮する時はくーちゃんか練磨絡みだから、仕方ないね」
「仕方なくないし! しかもやることが部室の掃除!? アホかマゾなの!?」
「部室の掃除をしてくれたら、練磨が大会で優勝するんだってさ」
「どんな交渉をしたらそんな結論に至るの!? 君が全く得してないじゃん!」
「一生恩に着せられて気分もいい」
「意外とエグい発想だ!」
「じゃあ、絶対に酸っぱくて臭くて気持ち悪くなる部室をオープン♪」
「いきなりですか!?」
ガチャリと、施錠されている部室を開ける。どんな風に臭いのかとちょっとわくわくしていた。意外と大したことなくて、単に女の子の園とかそんな。
オェッ。
無言でドアを閉めて、僕はその場にうずくまった。
やばい。臭い。リアルに臭い。普通に臭いならいいけど臭さをなんとかしようとした形跡のアレやコレが全部臭さと混ざってどうにもならない感じで臭い。ジャージやらなにやら脱ぎ散らかされてるじゃねーか。洗濯しろクソが。色々と腐臭も混ざっていた気がするし、ハエがせっせとゴミ箱にたかっていた気がする。衛生観念ってのがねーのかこの部室は。死ね。運動系の部活はみんな死ね。
僕の様子を見て、くーちゃんは怖気づいていた。
「反応がリアル過ぎるだろ……絶対に臭いだろ!」
「くーちゃんの言いたいことは分かる。しかし、僕はもう引き受けてしまったんだ。請け負ったからには必ず任務は果たす。必ずだ」
「なんでちょっと格好いいこと言ってるのさ……」
「中二病とは、心を騙す格好の化燃剤だ。僕がやらねば誰がやるというのだ」
もちろん、僕がやらなかったら陸上部のみなさんがやるだろう。
だが、一度引き受けてしまった手前、後には引けない。
「まずは換気。それからゴミ捨てに移ろう」
「臭いはどうするんだい?」
「マスクを二つ用意してある。転ばぬ先の杖ってのは大事だよね」
「よし」
なんだかんだで付き合ってくれるらしい。くーちゃんは黙ってマスクをつけた。
僕もマスクを付けて、部室のドアを開く。
覚悟ができていたせいか、あるいはマスクのおかげか、さっきよりは大丈夫。僕はとりあえずカーテンと窓を開け部室内の換気を行う。
「君、ゴミ箱の中にゴミはあんまり入ってないみたいだぞ」
「じゃあ、ゴミ箱ごと外に出そう。絶対に臭いの根源その1はゴミ箱だからね」
「了解」
腐海に没したかのような色に染まっているゴミ箱を部室の外に運ぶ。
部室の外が臭くなろうが、他から苦情が来ようが僕の知ったことではない。部室を使っている人間が不衛生なのが全ての元凶なのである。
ゴミ箱の洗浄は最後に回しつつ、新しいゴミ袋を引っ提げて、部室に戻る。
次は部室内の要らないものの廃棄。
「週刊誌とか雑誌がなんであるのかは分からないけど、とりあえずまとめて……」
「……ハードだな。私向きじゃない」
「BL本読みながらナニ偉そうに呟いちゃってるかな……っ!」
「シチュエーションは好みだったんだが、絡みがちょっとね……趣味じゃないというかなんというか。もーちょっとこう、ライトな方が」
「知らねーしどーでもいいわ。BLなんてなんやかんやあって衆道っていう大海に行き着くんだろーが」
「いや、そのなんやかんやが大事なんであってね?」
「知ってる……が、女性用コンテンツはそのなんやかんやっつーか、経緯にこだわり過ぎて創造性が低いのが難点だよな。もっと戦闘とかその辺にこだわった方がいいとも思うんだけど、不要なんだろうねと、僕は苦言を呈しながらキメ顔で言った」
「な……なんか怒ってます?」
「妹がそういうの語り出したら止まらない奴でね……あと、掃除しろ」
「あー……うん。はい」
週刊誌をまとめて縛り上げる僕の態度にドン引きしたのか、くーちゃんは大人しく掃除を再開し始めた。さりげなく数冊のBL本を別に分けているのが気になるが。
まぁ、くーちゃんの趣味に口を出すつもりはない。
ゴミ掃除さえしてくれれば、それでいいのだ。
「げっ……ロッカーの後ろに液状化したなにかが……なにこれアンパン?」
「ほとんど使われてないリップクリームとか、なんつーか生々しいよね」
「なにこれ? なんで陸上部に紙やすりが?」
「くーちゃん……それは多分エメリーボードっていう、ネイル専用の紙やすりだよ」
「爪なんてテキトーに切ったらいいじゃないか」
「………………」
同意見だけど、なんだろう……この、所々見え隠れする女子力の低さは。
いや、別に女子だから爪を整えろとかそういうことではなくて、欠片程度でも興味くらいはもってもいいような気がしないでもない。
個人差だと言われれば全くもってその通りだし反論の余地もないけれど、多少のお洒落は僕の目に優しいしなにより嬉しい。
しかし……お洒落に興味のあるくーちゃんか。想像を絶するな。
と、僕が想像の限界にチャレンジした、その時だった。
「あ、このロッカー空いて……ぐふぇッ!?」
なにやら生々しい感じの叫び声が、後ろから響いた。
見ると、くーちゃんは空いているロッカーを開け放っているようだった。
三歩離れてロッカーの中を見ると、そこには青緑色の何かが。
「な……なにそれ? さっきみたいなパンかなんか?」
「ジャージだ」
「へ?」
「そいつが……そいつこそが、この部室の主だったんだよ!」
あれがジャージ? マジで?
クトゥルフTRPGの超宇宙的人外の仲間みたいな色した物体がジャージ? この鼻に絡み付くような異臭を放っている、物質が元ジャージの成れの果てで、それがロッカーを開け放ったことにより解放されたとでも?
馬鹿な。宇宙の法則はどうなっているんだ!
「ま、ゴミならゴミ袋に放り込めば行政がなんとかするでしょ」
「君は冷静だね……」
「ロッカーの臭気はトイレからトイレ用のたわしと洗剤を借りてこよう。外に出すのは面倒だからもうここで洗う。後先なんざ知るか。陸上部は練磨以外全員転べ」
「冷静に怒るんだもんなぁ……」
くーちゃんの溜息は完全無視。衛生観念のない陸上部の連中が悪い。
部室を出て、近くのトイレに向かいトイレの床掃除用のたわしと洗剤とバケツ、それから用務員室に立ち寄り空缶等を拾うためのゴミ拾いトングを調達。
部室に戻って戦闘再開。
トングで汚物と化したジャージを拾ってゴミ袋へ。
バケツに水を汲み、ロッカーの中に洗剤をブチ撒け、水に浸したたわしでこする。
あの悪夢のような臭いが、あっという間に浄化されていく。
ついでといっちゃなんだが、色々と汚れた床も全部たわしでこすっていく。リノリウムと洗剤の相性など知ったことではない。今綺麗に見えればなんでもいいのだ。
ゴミ箱も洗おうかと思ったが、底に穴が開いていた。用務員室で見てもらったが新しいものを買った方が早いらしい。
結局ゴミ箱は用務員室に預けることになった。穴が空くまで頑張った彼は、バラバラにされた後、プラスチック用の資源ごみになり、どこかで生まれ変わるだろう。たぶん。
「よし、これで大体完了っと」
「床が泡まみれだけど?」
「だからこれから雑巾で水拭きをします」
「……面倒だからもう帰ろうよ」
「却下」
くーちゃんの要望はあっさりと却下し、雑巾で水拭きを開始。
あの、淀んだ空気に満ちたクソみたいな部室が、なんということでしょう。洗剤をブチ撒けて水拭きをしただけで、こんなにも綺麗に生まれ変わったではありませんか。
所要時間は45分。時給で0円。おやつもなければお茶も出ない。もう二度とやらねぇぞと誓いを立てる程度には、重労働だったと思う。
「はぁ……もう二度とやらないぞ、ちくしょう。練磨の頼みでも絶対にやらん」
「君は練磨にはやたら甘いよね」
「いや、練磨に甘いんじゃなくて自分に甘いんだよ。友達の頼みを断って嫌な気分になるより、進んで引き受けて貧乏くじ引いた方が心の負担は軽いから」
「はいはい……そういうことにしておくよ」
言い方がちょっと引っかかったが、今は勘弁しておくとしよう。
なにせ、掃除は終わったのだ。あとはもう帰るだけだ。
「じゃ、くーちゃん。帰ろうか? 今日は色々悪いことしちゃったから、今度どこかで埋め合わせさせて……って、どうしたの?」
「いや、なんか掃除したロッカーにスカートが引っかかって……」
「ありゃ」
それはついてない。ロッカーに近づいてみると、確かにスカートの端がロッカーの内側に引っかかっていた。
今思えば、この時僕はもうちょっと慎重に行動すべきだったのだ。
スカートを引っ張らないように、僕とくーちゃんはロッカーの中に入って作業した。
思考錯誤すること十分。重心をちょっと変えた時、ロッカーが不意に倒れた。
僕らは閉じ込められた。
くーちゃんをかばうのに必死で、倒れた瞬間とかはよく覚えていない。
ただ、分かるのは最悪の倒れ方をしてしまったという事実。
開く方を下に倒れてしまった。ロッカーをなんとか横転させないと出られない。
そして、ロッカーに人が二人すし詰め状態になっている状況では、ロッカーを横転させるのはこの上なく難しいだろう。
「くーちゃん。大丈夫?」
「うわっ! なにこの柔らか物体! なんか良い匂いするし! きもっ!」
「その物体は僕じゃボケェ」
胸を揉みまくるくーちゃんの首筋に指を食いこませ、僕は口元を引きつらせる。
「いいから、さっさと携帯で練磨か誰かに連絡しよう」
「ごめん。今日は携帯電話家に忘れてきちゃったんだ。でも、君は持ってるでしょ?」
「……テーブルの上」
あっさりと、連絡手段は途絶えていた。
誰かが通りかかったら助けを求めるという手段もあるけど、ここは残念ながら部活棟であんまり人が来ない。部活が終わったら誰かが来るだろうけどそれまでは我慢という可能性も大いにあり得るのだ。
「ま、いいか。誰かが通り過ぎたら助けを求めようか」
「そうだね。くんかくんか」
「事の重大さをちょっと把握してもらえませんかねェ?」
重大でもないけれど、重大かもしれない。
少なくとも身動きがほとんど取れないってのは、人間にとってかなりのストレスだ。
まぁ、そんなに無理しなくてもいいんだろうけど……時間がくればなんとかなるし。
「あ……でも、志郎が助けてくれるかもしれないよね。忍者だし」
「えー? この天国が世界の全てでいいじゃない」
「天国は天国でも失楽園だろうが。くーちゃんはいいかもしれないけど、人一人が自分の上に乗ってる圧迫感は洒落にならないんだよ。ぶっちゃけ重い」
「お、重くないよ! 体重なら君の方が絶対に多いしね!」
「体重的な意味じゃなくて人間はそもそも重いからね」
「まぁ、君の体重が重い原因の一つがこのふかふかした巨乳にあるんだろうけどね! 羨ましくはないけど、なんだか圧倒的な差を見せつけられた気がする!」
「巨乳なのはおおむね遺伝だから僕のせいじゃねーよ! あと体重は重くはねーよ!」
「まぁ、くーちゃんがおモテになられるのは胸のせいじゃないよね。周囲にもりもりフェロモン振りまいてるだけで」
「おモテになられたこともねーし、フェロモンも振りまいてねーから!」
「そーかなー。さっきからなんかこう……匂いが甘ったるいというかなんというか、妙な感じで心の奥底が刺激されるような、ぞわぞわする感じがするんだけど……」
「やめろォ! 僕にサキュバス系キャラを付与するな! ただでさえいっぱいいっぱいで生きてる感じなのに、なおめんどくせーことになるだろうが! つーか、モテるモテないで言えば圧倒的にくーちゃんはもてもてじゃねーか!」
「人外やら変人にモテるのは、モテるとは言わないと思う! 羨ましいか? 本当に羨ましいのか? キャラの濃い人間にばかりモテるのが本当に羨ましいのか!?」
「……あんまり」
「きっぱり言っちゃったよ!」
「というか、モテるのもあんまり羨ましくない」
「だよねぇ!」
面倒くさいだけだしね。
モテたいという願望は心の奥底にはあるけれど、それ以上に面倒くさい。
面倒ってことは難しいってことだ。難しいことには大抵の場合怒りが生じる。
僕はあんまり怒りたくない。
「ま、モテるモテないはどーでもいいとして……とにかく、助けが来るまで待とうよ」
「そうだね……あの忍者本当になにしてんだか」
「志郎にも色々あるんでしょ……デートとか?」
「あー……ものすごくありそうだな。あいつの携帯電話の電話帳、ぱっと見た感じ女の子ばっかりだし」
「人の携帯電話を勝手に見るのはどうかと思うけど、志郎もてそうだもんな」
「なぜあんなのがもてる!? 世界は不条理だ!」
「いやーアレはもてるよ。敵には容赦なさげだけど、仲間や家族には心と体を砕くタイプと見た。正直僕が女だったら超オススメの優良物件ですぞ」
「納得いかねー! ストーカーじゃん! 忍者ジャン! ニンジャナンデ!?」
「いや、全部僕の推測だからね? そんなに白熱しなくても……」
「もてるもてないはともかく、君から高評価を得ているのが気に食わねー! 私だってめっちゃ褒められたいしちやほやされたいね!」
「そう言われても、くーちゃんって基本的に駄目人間だから……」
「なんか一つあるはず! 駄目人間の私にも、褒められるべき点が!」
「んー」
そこまで言われては仕方ない。
くーちゃんの面子を守るために、言わないつもりだったけれど。
「この前……幾島さんから助けてくれてありがとう」
沈黙が落ちる。
気のせいか、くーちゃんの体温が少し上がったような気がした。
「な……なんのこと、かな? 助けたのは忍者でしょ?」
「そうとも取れる。しかしこう考えることもできる。くーちゃんは充絶陣の範囲外からなんとか僕を助けようと尽力し、そしてさりげなくそれに成功していたのだと」
「………………」
「お金持ちには『できる友達』がたくさん集まる。幾島さんは見た感じわりと大した人物のようだから、友達くらいたくさんいるんじゃないかな? その彼ら……幾島さんを含めた全員が、逃げ出した僕と志郎を追って来ない。こんな偶然があるわけがない」
どこからどこまでが充絶陣で、どこからどこまでが善意かは分からないけど。
くーちゃんはくーちゃんなりに、きっと尽力してくれたんだろう。
普段から斜に構えて、素直に褒められるのを嫌う子だから、今までもあんまり褒めてはこなかったけど、褒めて欲しいしちやほやされたいと言ってくれれば、いくらでも褒めることはできるのだ。
だから僕は、くーちゃんと友達を続けられる。
くしゃくしゃと頭を撫でつつ、僕は言葉を続けた。
「一応言っておくけど、勘違いなら勘違いでいいし、思い違いなら思い違いでいい。僕は勝手に助かったと思っておく。僕が勝手に、恩に着る」
「お、恩に着なくていいし……頭を撫でるのはやめて……」
「さっき人の体を散々触りまくったじゃん」
「そうだけど……そうなんだけど……」
「あ、そういえば今思い付いたけど、今度二人でどっか遊びに行こうか。前も今もなんだかんだで助けてもらっちゃったし、くーちゃんの好きな所に行こう」
「……外出は、いいよ……行きたい所なんてない……」
「じゃ、テキトーにDVDを借りて一緒に見よう。幾島さんの件はともかく、トイレ掃除はなんだかんだで手伝ってもらっちゃってるし。なにかしないと気が済まないんだ」
問いかけて、暗闇の中でくーちゃんの目を覗き込む。
暗闇の中でも際立つ、混沌のドブの底のような、あらゆる毒や悪や人間性をドロドロにかき混ぜた漆黒の中を覗き込む。
死んでいるけど、腐っているけど、確かにその瞳は揺れていた。
と、その時だった。
不意に、上下が逆になった。
頭に血が上ったのは一瞬だけ。ロッカーのドアが開いて、僕らは解放された。
でんぐり返しの最中、上下逆転したままの姿勢で見上げると、そこには見知った顔の、スーツ姿の志郎が立っていた。
「志郎。遅かったね」
「スパッツ見えてんぞ」
「スパッツはパンツじゃないから恥ずかしくはないよね」
姿勢を整えて立ち上がる。くーちゃんも同じように立ち上がったけど、スパッツを着用していないからか、顔が真っ赤だった。
顔を真っ赤にしたまま、口元が引きつったまま、志郎の前に歩み寄る。
そして、次の瞬間には爆発していた。
「おっせーんだよ、ばか!」
「ごふっ!?」
咆哮と共に一閃。志郎の股間に蹴りが叩きこまれた。
股間を押さえて悶絶する志郎の横を通り過ぎて、くーちゃんは部室を出て行った。
制止する暇もなかった。
「あー……えっと、志郎? 大丈夫?」
「大丈夫は大丈夫。コツカケという技術でなんとか大丈夫だが、実戦で使用したのはこれが初めてでな。かなり焦ったがまぁ色々と大丈夫。かなり焦ったけど」
「いや、本当に大丈夫か?」
「俺よりお前が心配だよ。やらしいこととかしなかっただろうな?」
「体が女同士でやらしいこともへったくれもないだろ。セクハラはされたけど」
「いや、お前絶対になんかやったよ。間違いねーって。あいつがあんな風に『普通の女の子』みたくしてるの、初めて見たぞ」
「………………」
照れ隠しだかツンデレだか知らないけど、股間に蹴りを叩きこむのを『普通』と評する志郎も、わりと普通じゃないと思うけど。
それはそれとして……僕はなにかしたんだろうか?
思い当たる節はあんまりない。
「むしろ、この場面で赤面するのは体を触られまくった僕なんじゃねーか?」
「……ただれた関係だ」
「推測だしなんの根拠もないけど、志郎の方がたぶんただれてるよ」
「ただれてねーよ!」
「おやおや、そこまで熱烈に否定されると心当たりがあるんじゃないかと邪推せずにはいられませぬなぁ。くっくっく」
「ヤロウ……っ! なら、今度紹介してやる! 不謹慎でもないしただれてもないし、プラトニックとも程遠い人間関係ってのを見せてやるぜ!」
「しまった……巻き込まれた!」
と、まぁそれはともかく。
掃除は終わったので僕らはさっさと帰路につくことにした。
陸上部の部室を出て、適当に挨拶を済ませて校門へ。
ちらりとくーちゃんのげた箱を見たけど、やっぱり先に帰ってしまったようだ。
溜息を吐きながら僕が靴を履いていると、不意に志郎は口を開いた。
「前々から思ってたんだけどよ」
「ん?」
「深沼は、どうやってあいつと友達になったんだ?」
「普通に」
「いや……普通って……俺が言うのもなんだけど、あいつが普通に友達になってくれるわけねーだろ」
「普通に、ものすごい喧嘩して、それから和解しただけだよ」
「……分かった。うん。なんかものすごく簡潔に、言葉じゃなく心で理解できたわ」
青ざめた志郎はそれ以上なにも聞いてこなかった。
まぁ、格好付け忍者のことは放置しておいて、くーちゃんにメールを入れておこう。
明日まで引きずるような子じゃないけど、念のためだ。
「あ、そういえば俺、深沼の番号聞いてねーな。念のため教えておいてくれ」
「忍者なんだから狼煙とか使えよ」
「差別だ!」
そんなこんなで、楽しい会話をしながら今日も日は暮れていった。
明日もいい日でありますように。
そんな風に願わずにはいられない程度には、良い日だった。
人生には、楽しい日の方が多い。
僕のようなポンコツにも、そんな風に思えた。
それが嘘だと、分かってはいたけれど。
登場人物紹介
■■■■■:通称くーちゃん。恋する乙女。目と魂は死んでる。
立花練磨 :馬鹿は走る。誰よりも早く。
斉藤志郎 :主人公兼語り部。通称黒風の志郎。忍者。
深沼妙子 :異常者★★。毎日一人大戦争。
コメディ回ほど更新が遅くなる。
なぜなら、真面目なこと描くよりもよっぽどパワーが要る。
ネタを考えて、それを織り交ぜるのが大変だったりします。
それでも読むのは一瞬。いつもいつでもそんなもんです。手間かけたからって
いいものができるとは限りません。そんなものでいいのでしょう。
というわけで、次回に続くww
次回はいつも通り未定です。






