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第一幕 拒絶許容 充絶陣の戦い。

第四話で第一幕。第一幕と書いてあるが四話で間違いない。

最初に言い忘れたが、この物語はコメディの皮を被ったなにかである。

その《なにか》を表現できるのならなんでもいい。ファンタジーでもSFでも恋愛でもなんでもいい。ハチミツとゴーヤーを混ぜたような甘くて苦い恋愛話でその《なにか》が表現できるんなら喜んでシフトチェンジしよう。今ならまぁ間に合うような気がする。


なにかとは、真っ黒いものだ。

色々滅茶苦茶な登場人物を出しちゃいるが、実際の所その黒い物を腹いっぱい抱えている人物こそが、自分の物語にとって主人公足り得る資質なのだと思う。

その黒いものを、彼や彼女がどうするのか?

自分が物語を読む時、そこにしか興味がない。

だから本棚がコメディか内容がクッソ重い本だらけになる。


良い子は全ジャンル、素直に受け止めて素直に楽しみましょうww

あ、コメディだけ楽しみたい人は今回の話は飛ばしてください。

 因縁を持つ人間はロクな人間じゃない。

 もっとも、因縁に胸を焦がすのも人間の在り方の一つではあるけれど。





 やめとけ。

 はい?

 幾島。お前を『高貴なる幾島』と知る、俺だからこそ言える。奴はやめておけ。

 やめろとは……どういうことでしょう?

 深沼妙子を敵とするのは、いや……敵視するのはやめておけってことだ。

 忠告とは私の主君らしくもないな。どういう風の吹き回しだ?

 いや、忠告じゃない。警告だ。お前じゃ相手にならん。

 ……は?

 次元が違うからやめろと言った。

 臆病風にでも吹かれましたか? あの凄まじき忍者とおぞましき混沌を同時に敵に回して無事で済んでいる君の言葉とは思えません。

 相性が良いのさ。あるいは、悪いのかもな。実際あと一歩で殺られる所だった。

 私はあの二人に劣り、深沼妙子にも劣ると?

 お前はあの二人より上だ。そして、深沼妙子より下だ。

 それだと、私が主よりも上ということになってしまいます。

 順列組み合わせで判断するな。俺はそういう話はしていない。

 では、どういう話なのですか?

 相性の話だ。お前でも俺でも深沼妙子には勝てん。勝負にもならん。

 深沼妙子がそこまでの存在だと?

 いいや、違う。あいつはこれっぽっちも大したことはない。戦闘能力もお粗末だし、人間性は基本クズだ。その辺にいるゴミとなんら変わらん。正直、高貴なる幾島がどうしてあいつを敵視したのか分からん程度の……愛おしきクズだよ。

 クズだからこそ敵視したのです。私にはアレは許せない。

 許せないのなら、お前は負ける。

 ……は?

 負けるからやめておけと言った。

 失礼ですが……深沼妙子と、なにか因縁でもあるんですか?

 元カノだ。いや、俺が元カノと言えばいいのかな。

 …………はいィ?

 ついてこいと言ったらふられた。最高のクズ女だったな。深沼という名字の通りにしてやられた。滅茶苦茶に惚れててぞっこんだった。俺は今でもあいつを忘れることができん。困ったものだ。できれば復縁したいくらいに今でも好きだ。

 いや……そこまで惚れてるんなら復縁でもなんでもしたらいいんじゃないですかね?

 おいおい、俺にも意地というものがある。それは無理だ。またふられるのは怖い。

 未練たらたら過ぎるでしょう……。

 ふられるとは思っていなかった。いや、わりとマジで。

 で……元カノだから、深沼妙子を敵視するなというわけですか?

 いや、それは関係ない。立ち合えばお前は負けるからやめろというだけだ。

 やってみなければ分からないでしょう?

 ならば、覚悟は決めておけよ。高貴なる幾島。お前は決定的に間違いなく敗北し屈服することになる。言っておくが恨み事はなしだ。俺は忠告はした。丁寧にな。

 御意。まぁ、あなたが心配するようなことはなにもありませんよ。我が主。

 ……それが死亡フラグにならないことを祈ってるよ、幾島。



 俺の名前は斉藤志郎。忍者だ。

 忍者とか言ってる時点でロクな人間じゃないことは明白なのだが、まぁそれは比較的どうでもいいことではある。

 どうでもよくないのは……今を取り巻くこの状況だけだ。

 俺は忍者だ。忍者として生き、忍者として仕事をして、報酬を得ている。

 例えば、あのレイプ目の女を護衛するのも仕事の一環に過ぎない。それで死にかけたり色々しているのだが、それもこれも全部仕事だ。そう割り切ることができる。

 実際は、できていないのかもしれないが。それでも仕事だ。

 だが、仕事とはいえ現状が楽しくもなんともないかと言われれば、これがわりと楽しかったりする。経緯はどうあれこうして自分の力を振るう環境に身を置くというのは、辛いことではあるがそこそこに楽しい。楽ではないが、少しだけ楽しい。

 最近の悩みの種は、状況が通り過ぎないとなにが起こったのか分からないことくらいだろうか。

 俺はいつも置いてけぼりである。

 細心の注意を払っているつもりなのだが、『こと』が起こって終わった後に真相を知ることが度々ある。

 例えば、レイプ目の女を護衛することになったきっかけの事件。

 あの事件は実は『三つ巴のバトルロイヤル』であることに気づいたのは事件が終わってからだった。俺はあいつを守りながら敵を撃退することに専念していたので、そんなことに気づくこともできなかった。付け加えるならあのレイプ目が敵勢力の一つを徹底的に壊滅させたことにも気付かなかった。

 いつの間にか状況は始まり、いつの間にか終わっていた。

 しかし、俺の場合はいつだってそうだったから気にも留めなかった。元々俺は忍者ではなく、兄貴と姉貴が忍者だったがいつの間にか忍者にさせられていた。

 俺は蚊帳の外の人間。状況に流されるままに生きている。

 そう思って生きてきた。


「…………ん?」


 不意に、違和感を感じた。

 朝餉をちょうど作り終わった頃。時計を見ると朝の七時半を指していた。

 違和感とはいっても、確たるものだ。

 小指に木のとげが刺さってむずがゆくて仕方がない……ああいう類の違和感だ。

 気になったので、外に出て屋根の上に一足飛びでかけ上がる。

 全方位に感覚を研ぎ澄まし『異常』を探す。

「…………っ!?」

 西の方角に二キロメートルほど。見知った顔が二人、顔を突き合わせていた。

 金髪碧眼。高級そうなスーツに黒い……えっと、良く分からないが高級そうな車。男だか女だかよく分からない中性的な顔立ち。身長は180センチ程度。雰囲気からしていかにも紳士淑女といった感じ。あいつを敵視していた奴。

 高貴なる幾島。

 その幾島の正面にはあいつ……深沼妙子が立っていた。

「くそっ……やっぱりあの時に始末しておくべきだったか」

 だが、おかしいと言えばおかしい。

 高貴なる幾島とかいう、訳の分からん奴に敵視される理由がない。

 深沼妙子はただの高校生だ。資料を漁っても特筆すべき所はなにもなかった。直接触れてみても、ツッコミがきついくらいしか特徴がない。

 普通に優しい奴だった。男じゃなかったらドキリとくらいはしていただろう。

 巨乳だしな!

「って、そうじゃない。違う違う。えっと……」

「近づかない方が賢明だよ。忍者」

「………………」

 屋根の下からかかった声は、いつも聞いているいつもの声。

 Tシャツにショートパンツという部屋着の、通称くーちゃんだった。

「なんで『近づくな』なんだよ? お前の友達がピンチかもしれねぇんだぞ?」

「いや、巻き込まれるかもしれないし」

「は?」

「ぼくはそれを便宜上『充絶陣』と呼んでいる。充絶陣と書いてじゅうぜつじんと読む。充足の充に絶対の絶。陣形の陣だ。正確には陣でもなんでもなく、ただの在り方なのかもしれないけどね」

「……お前の話は回りくどいんだよ。要点だけをかいつまんで話せ」

「彼女はピンチになんてならないから、別に助けに行かなくても良い」

「死ね」

 それだけ言い放ち、一足飛びで深沼の下に向かう。

 到着までは約ニ十秒かかる。そのニ十秒の間に状況が変わるとは思わなかったが……俺が走り出してから五秒後、運が悪いことに深沼は幾島の車に乗ってしまった。

 到着した時には五秒遅い。車はとんでもない加速で走り去った。

 追跡は可能だが……敵がなにかをしてこないとも限らない。

 そして、これは経験則に基づく確信ではあるが、ああいう輩は大抵の場合法定速度なぞ気にせずに爆走する。あの車が時速何キロ出るかは知らないが、全力疾走ではキツい。

 忍者であっても現代科学と国家権力には敗北する。それが道理だ。

「しゃーない……か」

 放っておいてもいいと、あいつは言った。

 俺はそうは思わない。余計なお節介は大いに焼くべきだ。

「忍法黒風」

 なんの躊躇もなく、俺は俺が忍者である証を、発動した。

 友情のためなら死ねるとまでは言わないが、友達のためなら仕事くらい投げ捨てる。

 その程度の覚悟なら、あるつもりだった。



「うわなにすごい。この車加速すげぇ。こういう車欲しいなー憧れちゃうなー」

「……ずいぶんと呑気なのだな、君は」

 ナンパではなく、脅迫されて僕は車に乗った。

 ちなみに、脅迫内容は僕が車に乗らなかったらくーちゃんか僕の家族が酷い目に遭うという実に陳腐で実行する気がまるでないのが見え見えの内容である。

 僕は笑いながら言った。

「呑気なのはどっちでしょうかね」

「どういうことかな?」

「例えば、今ここで僕があなたの手を抑えて車のキーを引っこ抜いたらどうなるでしょうか? 抜ける抜けないはともかく、驚いて運転をミスるかもしれない。それとも、ギアを勝手にローに入れましょうか? ハンドルを切る時に思い切り腕を引っ張ってもいい」

「君は自分の命が惜しくないのか?」

「命が惜しくない人間なんて、そうそういませんよ。人間性を剥奪されて死んだ方がまし級の扱いを受け続ければ、そんな気分にもなるんでしょうけどね」

 金髪碧眼の、男性だか女性だかよく分からない……幾島と名乗った人を見る。

 良くもあるし悪くもある。つまり普通の人だ。

 最高級最品質なだけの、普通の人。

「ま、どーでもいいですよ。生きれば腹が減り眠くなり繁殖したがる。そんだけです」

「私はそういう考え方はあまり好きではないな。生きることにはちゃんと意味がある」

「自分の思考を押しつけるのに躊躇がないんですね。さすが、何の躊躇もなく女子高生をを脅迫してエロ同人みたいなことをしようとする人は格が違います」

「ふん……」

 幾島さんは反論はしなかった。

 呆れたのか、軽蔑したのか、心底どうでも良かったけど嫌われたのは確かだ。

 いや、最初から嫌われていたような気もする。

 嫌われるというのも、わりと久しぶりのような気がしないでもないけども。

「ま、幾島さんにくーちゃんがどうこうできるとは、思いませんけど」

「どうやら、私は君に舐められているようだな」

「いいえ、最大限に評価してます。幾島さんこそ自分自身を過剰評価してませんか? それとも、あなたに志郎を突破してくーちゃんをどうこうできる『なにか』があるとでも言うつもりですか? それとも、くーちゃんと『渡り合える』とでも?」

「………………」

 沈黙は肯定。このあたりも実に普通だ。

 普通でハイスペックで逸脱していない。それはとてもとても素晴らしいことで、大抵の人間は普通のまますごくなるということに失敗し、逸脱を望む。

 彼だか彼女だか分からないけど、幾島さんはすごい人だ。

 甘やかしたくなる。

「正直に言えば、幾島さんの目的が《僕》ってことはとっくに知ってました。志郎に知られる前になんとかしたくて脅迫に走ったことも知ってて、誘いに乗ったんです」

「……全部、君の手の平の上ってことかな?」

「まさか。僕はただの高校生です。逸脱してなけりゃ忍者でもないし、幾島さんのように博打を打つこともできない。状況に流された……いや、状況に流していただいただけですよ」

 あえて丁寧に言い直し、僕は口元を緩める。

 さてさて、幾島さんには今の僕はどう映っているだろうか? 余裕綽々か、あるいは単にアホな女子高生が見栄と虚勢を張っているだけか。

 僕としてはどちらでも構わない。

 はっきり言えば、心底どうでもいい。

「で、これからどこに向かうつもりなんですか? 僕としては潮風が苦手なので、海とかは勘弁して欲しい感じなのですが」

「落ち着いて話をしようかと思ってね。もうすぐ着く」

 高速道路を降りて到着したのは、シティホテルだった。

 見上げるほど大きなホテルに、幾島さんは我が物顔で入った。

 従業員の中でも明らかにランクの高そうな人が大慌てで声をかけてきたが、笑顔で応じていた。

 エレベーターを使い、上ったこともないような階層に移動。

 通された個室は……個室というにはあまりに広く、あまりに豪華だった。

 トイレが狭くなく、バスが狭くなく、ベッドが大きく、掃除が行き届いていて、窮屈さを感じさせず、暑くもなく寒くもない理想的な環境。冷蔵庫の中には当たり前のように高価そうなお酒が常備されていて、ルームサービスは庶民のそれと桁が二つ違う。

 そして、高い場所から見る景色は、いつも見ている風景とは一味違う。

 なにもかもが小さい。まで人がゴミのようだ。

「この夜景を見てください。あの輝き一つ一つが社畜たちの命の輝きなんですよ」

「……いや、夜景もなにも今はお日様が絶好調な時間だし……発想がエグいよ……」

「人間社会って、お金を搾取した人間が勝組ってことになってますけど、実際にはそんなことはなかったりする不思議。お金にかまけて心を置き去りにするって悲劇ですよね」

 ちなみに社畜とは会社で働く人たちの総称だ。

 働いて金銭を得る。いわゆる普通の社会人。社会の歯車でお金持ちの奴隷。

 しかし、社会とは歯車なしでは動かないもので、これはこれでとても大切なのだ。

「ところで、お昼ご飯くらいは奢ってくれるんですよね?」

「ああ。……しかし、状況によってはご飯どころじゃなくなるかもしれないけどね」

「なるほど。『ホテルに連れ込んでしまえばこっちのもの。はいとかいいえとか言えなくなるほど滅茶苦茶にしてやるぜ』と、そういうことですか」

「違うよ?」

 幾島さんは笑顔で応じたが、口元が少しばかり引きつっていた。

 堪え性ねぇな……この人。

 が、そう思った次の瞬間には、幾島さんは鋭い視線を僕に向けていた。

「まずは……そうだな、確認から始めよう。君はあの異常者……君曰くの『くーちゃん』についてどのくらい知っているんだい?」

「くーちゃんは可愛い女の子ってことくらいですかね」

「………………」

 幾島さんは鋭い視線を向けたまま、黙った。

 僕は口元を緩める。

「もちろん――ふざけてはいませんよ。具体的に言えば色々と踏み込んだ部分、一から十とまでは言いませんが、八から十までくらいは知っていますが、それは僕にとってはどうでもいいことです」

「じゃあ、例えば私が『くーちゃん』と敵対していたことも……」

「それは違いますよね?」

「………………」

「あなたはくーちゃんとは敵対していない。あなたは単にくーちゃんの敵を支援していただけだ。商売か友情かは知りませんが、敵対はしていない」

「その通りだ。よく知っている」

「じゃあ、幾島さんの敵は《僕》なんですね?」

 ここで僕はようやく、本題に入った。最初から指摘すればよかったことを、言った。

 幾島さんはなにも言わず、ただ唖然とした様子でこちらを見つめていた。

 心底驚いているようだった。

 僕は口元を緩めて、言葉を続ける。

「許せませんか? 自分が恐れ屈服した存在の隣で笑えることが。勘弁できませんか? 自分の心酔する誰かの心を侵したことが。許容できませんか? 自分の怒りと嘆きを。許せないと断ずるその心を。見過ごせませんか? 僕という存在は」

「……そうだ。君の存在は絶対に……絶対に見逃せない。君は私の敵だ」

「あっはっは。こりゃ嫌われたもんですねェ」

 僕は笑う。

 朗らかに穏やかにたおやかに緩やかに、心の底からの安堵と共に、笑う。

 敵が欲しいですか? そんなに欲しいですか?

 自分が憎むに値する『宿敵』を喉から手が出るほど欲しいんですか?

 漫画はいいですよね。なにもしなくても『ブッ倒していい』と許可の出る敵が問答無用に四方八方から押し寄せてくる。少年漫画でも少女漫画でも例外はありません。地球を狙う誰か。人類を滅ぼそうとする誰か。あこがれの王子様を奪う誰か。

 そういう思い込みの激しい、頭のおかしい誰かがポンポン湧いてくるんですから。

 でもね、物欲しげに敵を求めても、無駄です。

 誰かに敵になって欲しいと望んでも、無駄です。

 あなたの下らない憎悪に、嫌悪に、嫉妬に、付き合ってくれる人はいません。

 地球は征服されません。世界は征服されません。

 悪役も敵役も日々の生活に忙しいのです。あなたにかまってはいられません。

 この世の中には《倒してはいけない敵》の方が圧倒的に多いのです。

「君はおかしい」

「知ってます」

「この世にはどうしようもないことが腐るほどある。君曰くのくーちゃんもそうだし、忍者もそれだ。私の主もどうしようもない。私は踏み止まった。……しかし、どうしようもなくなった彼ら彼女らでさえ、葛藤があったはずなんだ。悩んだはずなんだ」

 そりゃそうだろう。

 誰しもが『こいつはもうダメだ』なんて思われたくはない。

 思われたくないから、踏み止まって戦うのだ。

「君にはそれがない。平気な顔で『どうしようもないこと』に足を突っ込む。悩みも迷いもせず、二度と取り返しがつかなくなるかもしれないのに」

「………………」

「私にはそれが許せない。君はもっとちゃんと自分や周囲のことを考えるべきだ!」

 その怒声は、多分他の何よりも優しいものだったんだと、思う。

 異常なことは、異常だと思っていいし。

 気持ち悪いことは、素直に気持ち悪いと思っていい。

 受け入れる必要なんてない。受け入れてもなんの意味もない。二度と取り返しがつかなくなるかもしれないことを、思い悩まず受け止める必要なんてない。

 もっと悩み、もっと苦しみ、もっと自分を慈しめ。

 彼だか彼女だかよく分からないその人は……とても、人に優しいことを言っていた。

 僕は笑う。


「そんな我がままを言われても、困ります」


 笑いながら、否定した。

 人の心は人次第。自分が受け止められることが他人に受け止められるとは限らない。

 そもそも人は我がままなもんだ。我がままでいたいと常に思っている。

 自分の意にそぐわないことを、自分の思い通りにしたいと思っている。思い通りにならないから許せない。

 自分の思い通りにしたいから……打倒してもいい《敵》を作るのだ。

 もちろん、これは僕の考えでしかない。自分を害する敵を排除しようとして悪いことなんてなに一つない。狭量で器に穴が開いている、小さな僕の世界の小さな考えだ。

 けれど、僕にはこの小さな世界(じぶん)しかない。

 悲しいことに。あるいは……嬉しいことに。

「言いたいことがそれだけなら、僕はこの辺で帰ります。お昼ご飯は要りません。説教を聞き続けるくらいなら、死んだ方がましです」

「私が素直に敵を帰すとでも、思っているのかな?」

「敵視でもなんでも、勝手にしてください。僕は帰ります」

 僕は立ち上がる。幾島さんはそれを阻むために、立ち上がる。

 できもしないことを、やろうとした。


「動いたら殺す」


 声が響いた。

 幾島さんは動けなかった。動けるわけがない。

 背中から刃物を押し当てられて、動ける人間はそうそういないだろう。

 忍者こと、斉藤志郎が幾島さんの背後に立っていた。

「忍者っ! どうしてこの場所がっ!?」

「忍者だからな。追跡術はお手のもんなんだよ」

 志郎はそう言い放ち、手早く幾島さんの両手をワイヤーで縛り上げた。

 そして、僕に向かって手を伸ばす。

「じゃ、ちゃっちゃと逃げるぞ。俺も国家権力は怖いんでな」

「…………ん」

 頷いて、志郎の手を握る。

 正直、予想外ではあった。志郎とはくーちゃん経由でちょっと話しただけの、たかが友達という関係でしかなかったし、そもそも誰かが助けに来るとは思わなかった。

 友達が助けにきてくれるなんて、完全に想像していなかった。

「志郎。くーちゃんはいいのかよ?」

「あんな奴のことなんざ知るか。あいつの護衛は仕事でやってるだけだしな」

「………………」

 いや、仕事ならなおのこと放り出しちゃ駄目だろ。

 と、そうだ。逃げる前に、やるべきことをやっておこう。

「幾島さん」

「……なにかな?」

「ちょっと失礼」

「なっ……ちょ……ひゃっ!?」

 幾島さんの懐を探る。目的は言うまでもなく財布だ。ここまで迷惑をかけられたというのに手ぶらで帰るわけにはいかない。

 高級ブランドであろう刻印が入った財布を開くが、カードしか入ってなかった。

 クレジットカードをかっぱらっていく度胸はなかったので、結局なにも取らずに、財布は元の場所……幾島さんの懐に戻した。

「しゃーない。今回は貸しにしておきますけど、タクシー代は絶対に払ってもらうしお昼ご飯も奢ってもらいますからね」

「女性の胸を触っておいてかなりふてぶてしいな君は!」

「…………へっ」

「い、今笑ったな! 明らかに鼻で笑っただろ! さっきから男でも女でもどっちでもいいような対応しやがって!」

「じゃ、そういうことで。僕らは帰りますんで。今度会う時は宣戦布告とかそういう面倒なのじゃなくて、もっと気楽に尋ねてきてください。巨女は嫌いじゃないんで♪」

「誰が巨女だ! 待てこら! 一発でいいから殴らせて!」

「お金持ちがそんなことを言っては、いけません。そんじゃさよなら♪」

 ひらひらと、手を振りながらドアを閉める。

 ゆっくりと息を吸う。ゆっくりと息を吐く。

 なんというか……学校をさぼった甲斐はなかったな。

「今のうちに殺しておくか? 敵なんだろ?」

「物騒なことを言うな。ま……志郎はそれが生き様で仕事なんだろうけどさ」

 ゆっくりと一歩を踏み出しながら、僕は笑う。

「それに、幾島さんは僕の敵じゃないよ。あの人可愛いしね、なんか憎めない」

「向こうは敵だと思ってるんだろ?」

「敵視は自由でしょ。でも、僕は敵だとは思わない。思ってはあげない」

 いたずらっぽく舌を出して、僕は笑った。



「甘えては、いけません」



 だから、やめておけと言っただろう。

 次はもっと上手くやります。それより、手を解いてもらえませんかね?

 俺の細腕ではそのワイヤーは解けん。道具は今調達中だ。

 ……今からでも車で追えば……。

 やめておけ。パンクどころかエンジンが壊れる。高級車は大事にしろよ。

 メンテナンスは完全ですよ。

 完全でもだ。充絶陣の前では、その程度の完全は簡単に崩壊する。

 は? 十絶陣? 封神演技の十天君が使った陣計宝貝ですか?

 充絶陣。充実を絶する陣と書く。特殊能力……ではないな。ただの体質だ。

 体質って……あの子にそんなものが付随しているなんて、私は知らないですよ?

 俺と目が腐ったあの女しか知らん。効果が薄い故に、秘匿性が極めて高い。射程距離は3メートル程度だし、特定の相手にしか効果は発現しない。

 特定の相手って……敵ってことですか?

 お前の場合は微妙だがな。最初から敵と思われてはいなかった。精々邪魔者程度のものだろう。効果の発揮具合としては三分程度。三十パーセントであれだ。恐ろしいな。

 私は彼女から……攻撃されていたと?

 そんなに積極的なものじゃない。そもそも、たかが体質だ。もっとも、その能力が由縁で人間性や人生にクズの二文字が付いたとなれば……同情の余地もあるか。

 どんな能力なんですか?

 世界から優しさが消え失せる能力。

 は?

 肝心な時に忍者は来たし、不逞の輩にパンクはさせられるし、お前が頼めばどんな状況でもまぁまぁなんとかしてくれるだろう友達は全員スケジュールが埋まっているし、俺の到着は渋滞で遅れる。……とにかく、目的達成に困難が付きまとう。効果範囲は3メートルだが、敵の達成の邪魔をするためにあっちこっちに波及する。敵に対する主人公補正の断絶と幸運へのマイナス補正。それが充絶陣の基本型だ。

 偶然でしょう? そんな滅茶苦茶が……無茶苦茶があるはずが。

 ある。でなきゃ、俺が気に入ったモノを手放すはずがないだろう。

 ………………。

 そして、だからこそだ。だからこそあいつは拒絶しない。どんな異形でもだ。自分が敵を作るということが、どれほどの騒乱を招くかあいつは知っている。知り尽くしている。知り尽くしているからこそ自分を『人間のクズ』として定義する。きっかけはどうあれ充絶陣はあいつの人間性や歪みの発露だ。だからあいつは敵を作らない。強迫観念的に作ってはならないと断じて生きている。

 そんな……そんな子が、人間社会で生きていけるはずが……。

 そうだな。敵を作ってはいけないと断じていても、勝手に敵視する人間はいる。自分の心の奥に溜まったものが爆発してもアウトだ。人は人である限り、敵やストレスからは逃げられない。のらりくらり、あるいは飄々と生きて行くことは至難だ。それが分かっているから、あいつは俺を手放すことはしなかったな。

 ……は? 前に別れたって……。

 別れたが交流は続いているよ。そんなことはおくびにも出さん女だ。そして、自分がなにも見つけられずに学校生活が終わったら、人間社会から脱出させるという条件付きでなんでも好きにしていいとも言われている。俺にとっては夢のような条件だな。

 あなたは……それでいいんですか?

 いいわけがない。しかし、俺の立場からはあいつの言うことに従うしかない。惚れた弱みだ。犬のように舌を出しながら尻尾を振るしかないんだ。だから正直、お前や忍者や死んだ目の女には多少……ほんのちょっぴりだが、期待している。期待させてもらう。


 世界は、まぁわりとなんとかなるものだと。

 自分は、それなりにどうにかなるものだと。

 拒絶は、誰にでも許された権利なのだと。

 許容は、無理にしなくてもいいのだと。


 ぜひ、教えてやって欲しい。





 登場人物紹介


 ■■■■■:通称くーちゃん。恋する乙女。目と魂は死んでる。

 斉藤志郎 :主人公兼語り部。通称黒風の志郎。忍者。

 幾島光輝 :友達未満敵未満。

 ???? :元カノ。



 深沼妙子 :異常者★★★★。毎日一人大戦争。

人生で禁じていることなんて人間腐るほどあるもので、そういう意味ではこの物語の主人公はわりと普通です。因縁はありますが大したもんじゃありません。

もっとも、なにが問題かを浮き彫りにしなければ、誰だっていつか破綻します。


というわけで次回に続く。次回はまたお馬鹿なコメディに戻りますでしょうw

どんな話になるかは、全く決めていませんがww

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