プロローグはプロじゃない。でも、忍者はたぶんプロ。
コメディーのつもりだけど、ジャンルなんて読者の心の中にありゃいいよね。
プロローグだから加減したけど、次回から下ネタとか犯罪とか色々出していくから、潔癖な人は要注意。
某月某日、ぼくは恋をした。
それが恋ではないことも分かっていた。
彼女の名前を■■■■■という。
誰も名前を呼ばないので約一名からは『くーちゃん』と呼ばれている。僕は名前で呼ぼうとしたら小指を折られかけた。酷い話である。
手足は細く胸は薄く、髪の毛は自宅で切ってんじゃねーかと思わせるほどの前髪ぱっつん。実年齢はぼくと同じく16歳。基本的に目は死んでいる。
腐った魚のような目をしている。
あるいは、死んだ人間のような目をしている。
もっと有体に言えば、彼女は異常者だった。
目は死んでいるが彼女の感情は豊かである。
喜怒哀楽全てを激しく表現する。
目は笑っていないが喜ぶし。
目は笑っていないが怒るし。
目は笑っていないが悲しむし。
目は笑っていないが楽しむのだ。
ただ、彼女の場合は圧倒的異常者なので、周囲を省みようともしない。
あるいは……自分一人が生きるのにいっぱいいっぱいなのかもしれない。
「あのさ、くーちゃん」
「なに?」
「さすがに昼食からそれは重過ぎると思うよ」
ホットプレート。各種肉類。ラベルのついてない黒い液体。大根おろし。
家庭課室で彼女が作っていた『自称お弁当』は誰がどう見ても焼き肉だった。
しかも、くーちゃんの手元には20歳未満お断りの飲み物が握られていた。
「大丈夫だよ。これはノンアルコールビール。お酒じゃなくて清涼飲料水なんだ」
「清涼飲料水でも、麦芽とホップが好きな人に注意されるでしょ。ビールが好きな人は、大体どの時間帯でもビール飲みたいけど我慢してるだろうし」
「清涼飲料水なんだから、好きな時間に飲めばいいのにねぇ」
「………………」
いやまぁ、そりゃそうなんだけど。
昼間からビールの匂いさせてたら社会人という商売は成り立たない気もする。
僕は学生なのでまだその辺はよく分からないけども。
「まぁ……正直、私だってこんな目立つ真似は避けたいが、しかし残念ながら友人が持ちこんできた各種肉類30キログラムを消費するためには、私と君で15キロずつ消費する以外に何一つ方法なんてありゃしないんだ」
「待て。15キロなんて食えるわけないだろ。大体僕とくーちゃんで全部消費する必要なんてないだろうが。もっと頭数を増やせばいいだけの話で」
「私の友達は四人しかいない。一人は肉の提供者で、三人は海外だ」
「衝撃の事実! 僕は友達じゃなかった!!」
「友達? 親友でしょ」
「………………」
こーゆー恥ずかしいセリフを臆面もなく言えるのも、くーちゃんらしさである。
しかし、親友に含めていただいて喜んでいいのか悲しんでいいのか。
とりあえず、喜んでおこう。好意を持たれて悪い気はしない。
「で、この肉類はどーすんのさ? 言っておくけど僕はそんなに量食えないよ」
「えー? 男子高校生って言ったら世界で二番目に馬鹿な人種でしょ。三代欲求が小宇宙と書いてコスモのように高まる時期じゃん。四の五の言わず食べなよー」
「トングで頬を突かれても食えないもんは食えないの!」
溜息混じりに席に着き、自作の弁当……というか、日の丸弁当を広げる。
おかずは私が用意するという言葉を真に受けて、今日は白いご飯と梅干だけにしておいたが間違いじゃなかったようだ。
小皿にタレを注ぎ入れ、焼けた肉を漬けて一口。
うん、美味しい。
「こらこら、君。今のお肉はもうちょっと経ってからがいい加減だったのに」
「僕のペースで食わせろよ。殺すぞ」
「殺す!? わ、私はそんなに罪深いことを言ってしまったのかっ!?」
いや、罪深いかと言われればそうでもない。
僕が個人的に、鍋奉行や焼き肉奉行を死ぬほど嫌っているだけだ。
「っていうか……普通に良い肉だね。量が悪夢だけど」
「ちゃんと食える肉だしね」
「おい。その言い方だと以前は食えない肉が入ってたみたいじゃん」
「………………」
「目を逸らすな! 会話をするときは人と目を合わせるのは基本だろうが!」
「大丈夫! その……ヘビとかワニの肉だったし……」
そりゃあ精力が付きそうだ。食ったことはないし、食いたいとも思わないけど。
意外と美味しいらしいけど、僕は人が作った家畜の肉で充分だ。
あと、くーちゃんがさっき矢じりのようなものを吐き出していたけど、そんなことを気にしてはいけない。
「ところで、君」
「なに? くーちゃん」
「いきなりだけど、君って女の子と付き合ったこととかある?」
「あるけど」
「あるのっ!?」
意外だったのか、くーちゃんは目を見開いて驚いていた。
キャラに似合わないほど驚いていた。死んだ目が一瞬だけ生き返ったくらい。
「つ、つかぬことをお聞きしますが……まさか、告られた、とか?」
「んにゃ、僕が告白しました」
「嘘だッ!!」
告白しただけで嘘吐き呼ばわりだった。
まぁ、気持ちは分からなくもないというか、確かに僕がくーちゃんの立場だったらさっぱりこれっぽっちも分からなかっただろうけども。
なぜ告白に成功し、なぜ人と付き合うことができたのか。
僕にもさっぱり分からない。
「でさ……そ、それって……詳しく聞いていいタイプの話かな?」
「いいけど、結末はその子が転校することにちゃって遠距離恋愛とかダルかった僕が別れ話を切り出して終わりという、情け容赦ない別れ方だったけど、詳しく聞く?」
「いや、そこは諦めずに遠距離恋愛しようよ」
「無理無理」
適当にパタパタと手を振って、テキトーな愛想笑いで誤魔化しておく。
誤魔化せはしないだろうけど、表面だけ取り繕えればそれでいいのだ。
これは本当に、単純に、僕の心の在り方に起因する。
ダルいというのは表現の一つに過ぎない。実際には、遠距離恋愛というモノができるほど、僕の心には一切の余裕はない。
「どんな子だったの? 可愛かった?」
「精悍な子だった。……うん、まぁ、可愛かったかな」
「写真とかある?」
「写真とかもらったものは全部捨てた。メールも全部消した」
「女子か!」
頭を叩かれてしまった。
女の子がやるぶんには責められないのに、なぜ僕がやると叩かれるのか。
ちょっと意味が分からない。
「で……その子のどういう所に惚れたの?」
「バスケをしてる所が格好良かった」
「女子か!」
「あと、僕のクラスじゃバレンタインでチョコをもらえない系男子に義理チョコを配る風習があってさ、なんやかんやでキャラメルミルクチョコレートケーキあげたらすげぇ良い笑顔を向けてくれた。一発で惚れた」
「女子力たっけーなおい!」
「くーちゃんの女子力は5か。ゴミめ」
「ちぇすとー!!」
本当のことを言ったらチョップされた。
しかし、昼間に家庭課室にホットプレートを持ちこんで肉を食らう女子高生の女子力は明らかに低い。それは歴然たる事実である。
「私は誤解していた。君はてっきりクワガタ虫とか飼ってそうなイメージだったけどまさか女の子と付き合ったことがあるとはね。君はそう……ロールキャベツ系男子だ!」
「ロールキャベツ?」
「ロールキャベツ系男子とは草食系に見せかけて実は肉食系という、羊の皮を被った狼のような奴を指す! つまり、その本質は飢狼だ!」
「それって普通じゃね?」
「うん……まぁ、普通なんだけどさ」
人間は大体飢狼である。
羊の皮を被っている奴もいれば、そうじゃない奴もいるってだけの話。
なにもおかしいことは、ない。
好きな人の前で格好をつけなくてもいいという人間の方が稀だろう。
「ちゅーとかしたの? むしろするよね? いつしたの?」
「したけど詳細はノーコメント。これ以上はもういいでしょ。終わったことだし」
「むぅ……」
くーちゃんは少しばかり不満そうだったが、僕としてはこれ以上追及されても話すことなどなんにもありゃしないのだ。
僕が恋愛に対して語っていいことなど、本当になにもありゃしない。
じゃあ、彼女はどうなのだろうかとふと思いついて、聞いてみた。
「くーちゃんは付き合ったりとか、そういうのはなかったの?」
「ねーよ!」
「いや、そこでキレられても困るんだけど……」
「言っておくけど、私の周囲の野郎は君以外は大体敵だからね!」
くーちゃんはそう言うと、ステーキを口に頬張った。
実際の所、くーちゃんは自分から率先して敵を作っているのだが。
気に入らないと容赦なくブチのめすんだもの。
「特に最近は妙に世話焼きの変態ストーカーが絡んできて、人の部屋を勝手に掃除したり、服や下着を洗濯したり、ご飯作ったり、パソコンの設置をしてくれたりするんだ!」
「その人、もしかしてストーカーとかじゃなくて良い人なんじゃ」
「良い人かもしれないけど、嫌な奴だ!」
良い人なのかよ。
っていうか、今の言い方だと明らかに一緒に住んでるかなんかだと思うんだけど、その状況で色気がないってのもすごいと言わざるを得ない。
どんな人だろう。いや、なんとなく予想は付くけど。
「……くーちゃんはさ」
「なに?」
「楽しそうだなって、ちょっと思った」
「楽しいことなんてありゃしないってば。面倒なことばっかり」
「そっか」
それでも、誰かのことを語っているくーちゃんはちょっと楽しそうだと思った。
僕も誰かと付き合ってた時は楽しそうに語っていたのだろうか。
そんな風に……思わないことも、ない。
「じゃ、僕はそろそろこの辺で」
「ちょっと待って。まだ食べ切れない肉がこんなにいっぱい!」
「腹が限界。もう無理。喋ってる間もひたすら食い続けててたからね?」
「高校生の限界はこんなもんじゃないよ! もっと食べて! 私のために!」
「食えねぇっつってんだろうが。殺すぞ」
「また殺すって言った! 君はさりげなく凶暴だね!」
人間は大体飢狼であり、強制を嫌う。大体の人間は凶暴なんじゃないだろーか。
そして……男は女の頼みごとに弱いのも共通だ。
もっとも、それにつけこんで頼みごとを強制にしてしまった上、それが常態化してしまった女性ほど、後々酷い目に遭うっていうのもお約束かもしれないけど。
「うーん……じゃあ、夕飯にまた食うから今は勘弁してよ」
「男と女の約束だ! 破ったら承知しないからね!」
「そこまで追い詰められてる奴との約束は破らないよ」
涙目のくーちゃんを置き去りにして、僕は家庭課室を出た。
油っぽいげっぷと共に、食べ過ぎによる吐き気が押し寄せてきたが我慢する。
明らかに食べ過ぎだ。
まったくもって……楽じゃあ、ない。
「……そうだね」
見栄っ張りも必要だろう。僕は男の子なんだから、そういうのも要るのだ。
笑い、泣き、怒り、楽しみ、誰よりも馬鹿をやる。
魂が叫ぶのだ。
僕は男の子なのだと。魂が絶叫しているのだ。
「…………よし」
帰りに胃薬を買う覚悟を決めて、僕はゆっくりと歩き出す。
今日も正しく意地を張る。
もっとも、夕飯の肉に打ち勝てるかどうか、それはさっぱり分からなかったけども。
某月某日、ぼくは恋をした。
それが恋ではないことも分かっていた。
君は特別ではなく、特殊ではなく、奇妙ではなく、異常ではなかった。
けれども、君はぼくと同じだった。
だからぼくは君に恋をした。けれでもこれは恋ではなく……。
同族嫌悪。
「超馬鹿じゃねーの、お前」
肉を齧りながら、忍び装束の男は語る。
ぼくと同じくらいの年齢のくせに、悟ったように語る。
「同族嫌悪だか同情相哀れむだか知らんけど、恋だか愛だか欲情だかみてーな単純なもんを、よくもまぁそこまで複雑に考えられるよな」
「なんとでも言えば? ぼくとお前は違う人間だ。ぼくの気持ちはお前には分からないし、お前の気持ちはぼくには分からない」
「……あっそ」
肉を五枚重ねにして、忍者は旨そうに肉を食う。
ぼくや君とは違う食べ方で、とても美味しそうに肉を食べる。
嬉しそうに、うめぇうめぇと言いながら肉を食べながら、不意に箸を止めた。
「苦労すんぞ?」
「は?」
「ごちゃごちゃ難しく考えると、苦労すんぞ。今も苦労してるだろうけど」
ペットボトルのお茶を飲んで、忍者は悪戯っぽく笑う。
「お前はあいつにちゅーをしたいんだよ」
一瞬、頭が真っ白になった。
次の瞬間には冷静を取り戻したけど、忍者は辛辣に言葉を続ける。
「レイプ目無関心のお前が、あいつの恋バナにゃこだわったじゃねーか。それが嫉妬だよ。嫉妬したってことは、お前は怒ったんだ。それがしたかったから」
「………………」
「心ってのは複雑怪奇だ。流動があったなら起源を探れ。機嫌を損なったと感じたなら、なぜそういう風に心が動いたのかを己自身と対話しろ。難しく考えることは誰にだってできる。ごちゃごちゃ考えることもな。その中で世間と折り合う自分を探せ」
難しく考えるなと言っておきながら、一番難しいことを平気で言う。
忍者のくせに、つくづく生意気な男だ。
腹立つどころじゃなく、普通にぶっ殺したい。
「ホント腹立つなこの忍者。誰かぶっ殺してくれないかなマジで」
「HAHAHA! 残念ながら俺は死なんよ。ところで、さっきの会話の中で俺とお前が同棲してるみたいな表現があったんだが、あれっていいのか?」
「へ?」
「いや……だから、あいつがお前に気があったらまずいんじゃねーの?」
「……ねーよ」
ぼくはそれだけを言い放ち、食事に戻った。
心の中は言うまでもなくハチャメチャが押し寄せてきたかのごとく荒れに荒れていたけれど、泣いてる場合じゃないのも分かっていた。
こいつを……そう、この忍者を夕食の時にでも紹介しよう。
誤解を招かないように、絶対に紹介しなければならない。
にやけ顔がいらつく忍者。嫌な奴筆頭。ぼくにとっての天敵。
斉藤志郎。人呼んで、黒風の志郎。
「ところで、なんでお前あいつの前だと一人称変えてんだ?」
「……キャラがかぶるじゃん」
「普段もそうやって可愛く振るまってりゃいいのにな」
嫌な忍者は嫌らしく笑いながら、楽しそうに肉を食べていた。
登場人物紹介
■■■■■:通称くーちゃん。恋する乙女。目と魂は死んでる。
斉藤志郎 :主人公兼語り部。通称黒風の志郎。忍者。
深沼妙子 :異常者。毎日一人大戦争。
タイトルの通り、どっかで逃げるでしょう。
作者か深沼くんかそれは分かりませんが。
次回、キャラが増えます。お楽しみにww
あと、全く関係ないけど以前使った時より小説家になろうの機能が微妙に劣化している気がしないでもないんだけど、気のせいですよね?