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いつの間にか横に立っていた女性が、詩乃に声をかけてきた。
彼女は自分の着ているワンピースの裾を軽くつまんで、挨拶のポーズをとっていた。その様子を見た詩乃は、反射的に腰を曲げる。
「――っぷふっ。面白い人ね、船内を軽く歩き回って、今と同じことを何度もしたのに、あなたみたいな人は初めてよ。あなた、名前は?」
「宮下詩乃です。あなたの予想どうり、旅行客でこのような名前ですが、れっきとした日本男児ですよ」
詩乃は自分のことを笑っている彼女に、気分を害することもなくふんわりと言葉を返した。
笑い続けている彼女は、スッと息を吸い込むのと同時に自分の笑い声も飲み込んだ。
「私は、東 咲月。友達と一緒に旅行してるのよ。…この旅が良い旅になるといいですよね、詩乃さん」
「全くです。良い旅になってくれないと困りますよ、五日間の長旅なんですから。……それに、こんな美しい人の頼みです、神も叶えてくれるでしょう」
「それはありがとうございます。でもね、私なんかより美人さんがこの船には乗っているんですよ?まぁ、今夜のパーティーで、お目にかかれると思いますけどね」
そう言って咲月は、小悪魔的な笑みを浮かべて去って行った時、彼女の頭からは花飾りが落ちた。それは紫陽花のような形をしていて、色は白かった。
珍しいものだな、詩乃はそう思いながら、花飾りを女神像の足元において、その場を後にした。
次に向かったのは、カフェ。




