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「僕の名前は宮下詩乃です!」
彼らより遥かに大きな声での自己紹介に、何事かと鶴付と雪平は反射的に出かけた言葉を口の中にしまった。そんな彼らの目の前ではニコニコと笑っている詩乃が
「仲がいいんですね、二人とも。息ぴったりじゃないですか。……ところで雪平さん、その手に持っているものは……?」
と、穏やかな口調で言った。詩乃の言葉の中に皮肉などは混じっていないのだが、そう聞こえる人間は多少なりともいる訳で、鶴付と雪平は「仲良くない」と声を揃えて返したのだった。
そして、詩乃が雪平に尋ねた手に持っているものというのは、先ほど落し物として拾ったであろう白い髪飾りの事で、
「この髪飾りですか?これは僕の恋人のものなんだ」
恋人のもの。という事はもしかすると……?
詩乃の中の好奇心がゆらゆらと蠢き出した。
「へぇ、そうなんですか。ところで、その恋人というのは……?」
「あぁ、彼女は残念な事に3年前にもう……ね」
雪平の返答は、詩乃が頭に描いていた想像と幾ばくか異なっていた。
言葉の濁し具合からいって、その彼女というのは十中八九死亡しているのだろう。
詩乃はこれ以上掘り下げるのはやめておくべきだと判断し、口を噤んだ。そして、別の話題に切り替えようと息を吸い込んだところで、雪平が言葉を続け始めた。
「僕の恋人は、この船で殺されてしまったんです。当時、この船には探偵が乗り合わせていたらしく事件をすんなりと解決したみたいなのですが、その探偵は事件を解決してなんていなかった。彼は犯人を間違えていたんです」
「間違えていたって……。そうだったとしても、名簿などで後からでもその時の乗客が誰だかわかったんじゃ」
そう、間違っていたのなら後からでも正せばいい。
そう思っての発言だったが、それは無意味なものになってしまった。
「僕もそうだと思っていました。でも、ダメだった。その時の乗客のほとんどが偽名もしくは、存在するはずの無い人間ばかりで、誰一人として行方をつかめなかったんだ。それはもちろん探偵も」
雪平の言う偽名ばかりの乗客というのも気がかりな所だが、それ以上に彼女が殺されているというのに犯人が捕まっていないこの現状で、かけられる言葉なんて限られてしまうだろう。
「許せない……ですよね」
読んでくださりありがとうございまーす!




