都合よく記憶がありません
はっきり言って、今、俺は記憶を失っている。名前や住所、家族などの個人情報の記憶がない。それに、あるところまでの記憶はあるが、そこからの記憶がない。それ以外のどうでもいい記憶はしっかりと覚えているんだけどな。友達の癖とか。
そして目が覚めると見知らぬ人たちに囲まれていた。彼らに事情を聴くと、海岸に打ち上げられていたという。俺はクジラか。いや、むしろピアノマンか。…こんなどうでもいい記憶ばっかり残って、肝心の記憶がないんじゃ話にならん。とりあえず、ここは日本であることは確かなようだ。名前も、文化も、日本っぽい。今更ここは日本ですか、なんて質問はできない。ちょっと恥ずかしい。
「佐藤、明日から学校だな」
見知らぬ俺を家に迎え入れてくれたのはこいつ、小林将志。野球部でもないのに、坊主頭が似合う元気なヤツだ。つーか、なんでもう若干日焼けしてんだ。まだ春なんだが。そして今はこの将志の部屋にいる。一応俺にも部屋は用意されてるが、暇なときは将志の部屋で過ごしている。あぁ、佐藤ってのは俺の仮名な。佐藤太郎。いまどき太郎なんてダサイことこの上ないが、拾ってくれた人たちに文句を言うわけにもいくまい。
「教科書とかどうすりゃいいんだ?」
俺たちはたまたま16で同い年だった。都合のいいことに俺が発見されたのは3月の末。4月の新学期から転入することになった。書類もあんまり揃っていなかったようだが、結構田舎なここではそういうところは緩いらしい。とりあえず入ってくれる人は大歓迎とのことだ。
「教科書は、特別に学校側が準備してくれてるらしいぜ。あぁ、とうとう今年から日本史が始まるんだぜ。ヤバイ、今からテンションあがってきた」
第一印象では勉強をすっぽかすタイプかと思っていたのだが、将志はなかなか知的好奇心が強い。というか、俺なんかより遥かに博識だ。俺も含め、学生諸君は見習うべき文武両道のいい手本だ。それにしても、日本史っていうことは、ここは日本なんだな。よかった。
「日本史好きなのか?」
俺は部屋の窓から田舎の綺麗な星空を見上げながら言った。それにしても、こんな綺麗な夜空は見たことないな。ってことは俺は都会、もしくはその近辺に住んでいたのか。そう思うと、空気も綺麗な気がする。…まぁこれは気分の問題だろう。
「好きも何も、日本の歴史が世界の歴史と言っても過言じゃないんだぜ?ワクワクしないほうがおかしいだろ」
すごい嬉しそうな声で返答してきた。ほんとにワクワクしてるのが声からわかる。でも…
「日本ってそんなとてつもない歴史を持っていたか?」
俺の一言に、将志は首がもげんばかりの勢いでこっちを向いた。何か変なこと言ったか?日本はそりゃ良い文化を持ってはいるが、何もそこまで…
「お前、中学の時に日本史勉強したのか?」
「あ、ああ。そんな驚くようなことか?」
そんな初めて火を見た原始人のような顔―もちろん見たことはないが―で俺を見るなよ。なんか恥ずかしい。深いため息をつく将志。なんかごめんよ。
「あのな、日本ってのは、江戸時代から頭一つ抜けた軍事力で他国を圧倒、その力を背景に、各国へ半分強制的な輸出でかなり儲けてたんだぜ?かの有名な第二次世界大戦でも先頭に立って、米独伊の三国同盟を叩きのめしたじゃないか」
…いやいや。俺の日本史の知識も若干あやふやだが、さすがにこれは冗談だよな?いくらなんでも笑える冗談と笑えない冗談がある。江戸時代って言えば鎖国だよな。盛んに貿易してないし、第二次世界大戦じゃ日本は敗戦国だろ?
「…お前、ちょっと待っとけ。今から日本史の教科書見せてやるから」
俺の呆然とした表情を見て、心中を悟ったのだろう。将志は机の上をガサゴソと探り、新品の教科書を持ってきた。新品のはずなのに、すでに手垢が若干ついてるのはどういうことだ。
「ほら、ここらへん」
そう言って、あるページを開いたところで俺に教科書を渡した。そこには確かに、“江戸時代と言えば特徴的なのが、貿易で大きな利益を上げたことである”なんてマーカーが引かれた行がある。…予習早いな。だが、そうなると、おかしいぞ。確かに俺は名前なんかは覚えていない。それでもそれ以外の記憶はしっかりと覚えているはずなんだが。あの理科のスイヘイリーベ・・・なんてやつも覚えてる。将志の言った程度の歴史ぐらい間違うはずもない。鎖国と敗戦という、まごうことなき事実が変わるわけがない。…どういうことだ。どうなってるんだ。何が起きてるんだ。何が起きたんだ、この世界は。
※1話目にして更新ストップ中
オチこそあるものの、そこまでどうやって持っていくかノープラン。
蛇行しまくりだと思います。
感想・アドバイス待ってます。