友達の「集まり」
九時。
約束した場所のベンチに座っている。
今日は、クンゼがアジアと距離を縮めるチャンスだ。
正直、アジアがそんなに早く彼に惹かれるとは思えないけど……少なくとも、今日が始まりにはなる。
ジェレミーには、ヒスイと一緒に来るように連絡した。
「寝てたから十時に行く」と返ってきた。
まあ、明日は九時半登校だし、少しくらい寝る時間はある。
スマホが震えた。
クンゼからだ。
「今向かってる。でも先に、叔母の家に用事を届けないといけなくて」
できるだけ早く来るように伝えて、通話を切った。
小さく息をつく。
「……まあ、あとは待つだけか――」
「こんにちは、イツキ」
振り向く。
――アジアだった。
あまりにも綺麗で、一瞬、言葉を失った。
「や、やあ……アジア」
少し照れながら答える。
彼女は隣に座った。
「イツキ……なんだか緊張してる?」
少しだけ距離を詰めてくる。
心臓が強く打ち始めた。
「アジア……実は――」
言い終わる前に、
彼女が身を乗り出した。
――キスされた。
思考が真っ白になる。
こんな展開、想定していなかった。
今日はクンゼのための場だったはずだ。
これが知られたら――
俺は最低の友達になる。
それなのに――
すぐには離れられなかった。
不思議と、落ち着く感覚があった。
たぶん――
これが初めてのキスだったから。
数秒。
でも、永遠みたいに感じた。
ようやく我に返る。
ゆっくりと、唇を離した。
アジアが、不安そうにこちらを見る。
「これで……少しは私を見てくれるって思ったの」
小さな声。
「……どうだった? 何も感じなかった?」
――感じすぎた。
安らぎも。
温もりも。
だからこそ、止めなきゃいけなかった。
深く息を吸う。
「アジア……今日の集まりは」
言葉を選ぶ。
「クンゼが、お前ともっと話したいって言ったからなんだ」
目が大きく開かれる。
「……え?」
「今まで見たことないくらい、真剣な顔で頼んできた」
「だから……俺は引き受けた」
喉が少し詰まる。
「クンゼは、子供の頃からずっと一緒なんだ」
「誰もいなかったときも、あいつはいた」
「俺が落ち込んでたときも、真っ先に気づいてくれた」
拳を軽く握る。
「そんなやつを、裏切ることはできない」
アジアは視線を落とした。
「でも……私はあなたが好き」
胸が痛む。
「その気持ちは、すごく大事に思ってる」
まっすぐ見る。
「だからこそ、この形で受け取るわけにはいかない」
「親友が勇気を出そうとしてるときに、その裏で関係を始めるなんて――」
首を振る。
「彼にも、お前にも失礼だ」
声が震える。
「……じゃあ、あなたの気持ちは?」
悲しそうな問い。
苦笑する。
「俺はまだ、過去に縛られてる」
「ちゃんとした形で、誰かを愛せる状態じゃない」
一瞬、沈黙。
「このまま流されて、お前の気持ちに応えたら――」
静かに言う。
「明日、俺は自分を嫌いになる」
手がわずかに震える。
「そんな人間にはなりたくない」
アジアが顔を上げた。
その目には――
悲しみだけじゃなく、理解もあった。
「……優しすぎるよ」
小さく呟く。
ゆっくり首を振る。
「違う。ただ……正しくいたいだけだ」
アジアが近づく。
そして――抱きしめてきた。
必死じゃない。
優しい抱擁。
「ありがとう……」
かすれた声。
「自分が辛いのに、私のことまで考えてくれて」
息が少し震えている。
「あなたにとって大事な人なら……その人にも、ちゃんと向き合ってみる」
「忘れるためじゃない」
少しだけ笑う。
「本当に笑えるか、確かめたいの」
その言葉は、静かで、強かった。
「好きになるって、約束はできないけど」
「ちゃんと向き合うって、約束する」
胸が少し温かくなる。
――嬉しさじゃない。
安堵だった。
「それで十分だ」
そう答えた。
離れたとき、
彼女の目は少し潤んでいた。
でも――
ちゃんと笑っていた。
その笑顔は、本物だった。
その瞬間、理解した。
アジアは弱い人間じゃない。
強い人間だ。
失うかもしれないのに愛することも――
一つの強さなんだ。
何事もなかったかのように、再び隣に座る。
少しだけ気まずい沈黙。
そこへ――ヒスイが来た。
一人だったのが意外だった。
いつもはジェレミーと一緒なのに。
二人は小学校からの付き合いで、親同士も公認。
ずっと続きそうな関係だ。
「ヒスイ、ジェレミーは?」
「寝てるみたい。先に行っててって」
「俺にも同じこと言ってた」
彼女は笑う。
「さすが友達だね」
そこへクンゼが到着する。
「イツキ、いけた。いとこに頼んで用事済ませてもらった」
「ナイス。あとはジェレミーだけだな」
「先に店行くか?」と提案する。
「いいね」とヒスイ。
「ポテトは俺が奢る」と言うと、
「俺も出す」とクンゼが続く。
歩きながら、
アジアの様子が少し静かなことに気づく。
クンゼに近づいて、小声で言う。
「途中でアイスでも奢ってやれ」
クンゼは息を吸い、勇気を出して誘った。
――アジアは、受け入れた。
二人が店に向かう。
戻ってきたとき、アジアは笑っていた。
――それだけで、十分だった。
店に入る。
クンゼに合図して、アジアの隣に座らせる。
うまくいっていた。
会話も弾んでいる。
ヒスイとジェレミー(結局来た)は、いつも通り一緒。
俺は少し離れた位置。
ポテトを頼む。
「やっと来たな」とジェレミーに言う。
「悪い、寝てた」
「まあ、楽しもうぜ」
「もちろん!」
食べて。
歩いて。
笑って。
夜は、ゆっくり過ぎていった。
クンゼとアジアは、ほとんどずっと話していた。
その様子を見ながら、理解した。
――人には、愛しすぎる人間がいる。
――そして、愛を受け取るのが下手な人間もいる。
たぶん俺は後者だ。
それか――
ただの愚か者だ。
自分より、他人の幸せを優先してしまう。
ジェレミーとヒスイは、見ていて心地いいほど自然だった。
理想的な関係。
誰もが羨むような。
それに比べて――
俺は一人。
でも、不思議と悪くなかった。
友達を助けた。
昔からずっと一緒にいた、大切な友達を。
良いときも、悪いときも。
確かに――
一つの約束を、破ったかもしれない。
それでも。
もし、クンゼとアジアが幸せになれるなら――
それなら、きっと。
――少しは、意味があったはずだ。




