告白
アヤエがこの学校に通い始めてから、もう数週間が経った。
それでも、彼女があっという間に友達を作ったことには、いまだに驚かされる。
俺が中学に入ったとき、周りに馴染むまでには何ヶ月もかかった。
人の信頼を得るのは簡単じゃなかった。
昔から、俺はどちらかというと観察する側で、自分から輪に入るタイプじゃなかった。
でも、アヤエは違う。
拒絶なんて存在しないみたいに、軽やかな雰囲気を持っている。
誰にでも臆せず話しかけて、言葉を選びすぎることもない。
悪い結果なんて、最初から考えていないみたいに。
だからきっと――
あの日、先に声をかけてきたのは彼女だったんだろう。
覚えている。
クンゼとゲームをした帰り道だった。
いつものこと。
ただの、ありふれた日常。
喉が渇いて、近所の店に入った。
そこで――彼女を見た。
最初は、子供みたいに見えた。
小柄で、細くて。
でも、顔を上げた瞬間――
透き通るような、あまりにも生き生きとした瞳に、
俺は何を買いに来たのか、完全に忘れてしまった。
「こんにちは。あなた、うちの近くで見かけたことあるよね」
無理をしていない、自然な笑顔だった。
「私たち、隣同士だよ。今日、両親と引っ越してきたの」
「え、そうなのか…気づかなかった」
少しぎこちなく答える。
「ここでいい友達ができるといいな。ゼロから始めるのって、きっと大変だろ」
「うん…前の友達と離れるのは、やっぱり寂しいよね」
そう認めながらも――
「でも、新しい人と出会えるのも楽しみだよ。ところで…まだ名前、教えてくれてないよね?」
思わず笑ってしまった。
「イツキ。よろしく」
「アヤエ。これから、すごく仲良くなれたら嬉しいな」
彼女は微笑んだ。
――その笑顔は、ずっと頭から離れなかった。
気がつくと、現実に引き戻されていた。
理科の先生が、期末課題の説明を始めていたからだ。
科学探究のレポート。
二人一組。
アヤエに声をかけようとしたけど――
もう別の女子と隣に座っていた。
一人でもうまくやっている彼女を見て、嬉しかった。
けど……
なぜか、その子にあまり良く思われていない気がする。
クンゼにも声をかけてみた。
「もうアヤエと組んでるんじゃなかったのか?」
「できれば、そうしたかったけどな」
軽く笑って答える。
「でも、あいつがすぐに馴染めてるのは嬉しいよ」
クンゼも無理だった。
そこで、モニカのことを思い出した。
俺たちはあまり一緒に課題をやらない。
彼女は誤解を避けるタイプで――特に、彼氏がいるから。
それでも……
あっさりと、了承してくれた。
――あまりにも、簡単に。
土曜日。
モニカは、俺の家の前にいた。
他には、誰もいない。
それに気づいた瞬間――
妙な感情が胸に広がった。
緊張と、ほんの少しの期待。
気づかないふりをした。
彼女は家に入った。
綺麗だった。
柔らかく肩にかかる茶色の髪。
穏やかで、どこか人を惹きつける茶色の瞳。
その表情は、いつも俺の心を乱す。
ソファに座る。
俺はノートパソコン。
彼女は資料探し。
集中しようとした。
でも――無理だった。
五年間、ずっと好きだった相手が、
手を伸ばせば届く距離にいる。
しばらくして、彼女が画面を見せようと近づいてきた。
メッセージで送ることもできたはずなのに。
それでも、そうしなかった。
俺の上に身を乗り出して、文章の一行を指さす。
その瞬間、肩が触れそうなほど近くなった。
近すぎる。
呼吸が乱れる。
説明の言葉を追おうとするのに――
意識は、まったく別のところにあった。
五年間想い続けた相手が、
今、こんなにも近くで息をしている。
説明が終わった。
――でも、彼女は離れなかった。
奇妙な沈黙が流れる。
そして、ゆっくりと――
彼女は俺の肩に頭を預けた。
体が、動かない。
離れるべきなのか。
何か言うべきなのか。
それとも――この瞬間を、ただ受け入れるべきなのか。
時間が止まったみたいだった。
「……ごめん」
かすれるような声だった。
聞き間違いかと思うほど、弱くて。
シャツ越しに、何かが滲んだ。
――泣いている。
「こんなに待たせて、ごめん……」
「あなたがどう感じてたか、ちゃんと考えなかった……」
「まるで何もなかったみたいに、振る舞って……ごめん」
心臓が、強く打ち始める。
「好きなの、イツキ……」
声が震えている。
「ずっと前から、好きだった」
手が震えた。
五年。
その言葉を、五年間待っていた。
「ずっと好きだった……」
「でも、怖かったの」
「怖い……?」
「うん……」
深く息を吸う。
「もし始まったら、全部変わっちゃう気がして」
「今みたいな関係が壊れるのが怖くて」
「うまくいかなかったら、あなたが私の人生からいなくなる気がして」
彼女の指が、俺のシャツを強く掴む。
「でも……時間が経つほど、あなたを傷つけてるって分かっていった」
涙が頬を伝う。
「何もなかったみたいに笑うあなたを見て……それが、余計につらくて」
その一言一言が――
ずっと、聞きたかった言葉だった。
ずっと、待ち続けていたものだった。
それなのに――
嬉しくなかった。
胸にあるのは、もっと重たい感情。
――苛立ちに近い何か。
目を閉じた。
「モニカ……」
彼女が、ゆっくりと顔を上げる。
「俺は、ずっとお前を愛してた」
それは、新しい告白じゃない。
ずっと消えなかった事実。
「じゃあ……」
遮った。
「でも、お前があいつと幸せなのも知ってる」
唇が震える。
「それでも、あなたを愛してる……」
その言葉が、胸に突き刺さる。
そのとき、分かった。
二人を愛するってことは――
愛が増えることじゃない。
誰かが、傷つくってことだ。
深く息を吸う。
「俺は、自己中にはなりたくない」
彼女は理解できない表情をする。
「五年間、この瞬間を夢見てた」
「お前が俺を好きだって言ってくれる日を、何度も想像した」
悲しく笑う。
「でも、他に誰かがいるままだなんて、思わなかった」
沈黙が重くのしかかる。
「もし今、お前を受け入れたら……」
「そいつは、どうなる?」
モニカは答えない。
「三年だぞ……」
「俺が知らないところで築いてきた時間だ」
拳を握る。
「それを壊す人間には、なりたくない」
彼女は、もう一度抱きしめてきた。
さっきよりも、強く。
「でも、愛してるの……」
「愛してるなら、手放すことも必要だ」
静かに言った。
「そいつといるお前が幸せなら、そのままでいい」
自分の声が、思ったより落ち着いていた。
「本当に愛してるなら――お前の幸せは、俺の気持ちより優先されるべきだ」
静かに、抱き合ったまま。
これは恋人の抱擁じゃない。
別れを受け入れられない二人の、最後の抱擁だった。
帰るとき、彼女は俺を抱きしめて――
そして、頬にキスをした。
今まで、一度もしなかったこと。
それが――何よりも痛かった。
ベッドに横になりながら――
最初に告白した日のことを思い出す。
あのとき、彼女は言った。
自分に集中したいから、恋愛はできないと。
数日後――
別の誰かと付き合い始めた。
幸せそうに話す彼女を、俺は笑って聞いていた。
でも内心は――
自分が、価値のない人間みたいに感じていた。
結局、その相手が今の彼氏になった。
あの言葉が本当だったのか――
分からない。
俺はただの
「タイミングが違った正しい相手」なのか。
それとも――
ただの心の支えだったのか。
その夜、夢を見た。
母親のこと。
良い成績も、悪い成績も。
足りない自分への恐怖。
頭がいいと言われる。
優しいと言われる。
理想的な人間だと言われる。
でも――満たされない。
一人じゃないのに、空っぽだ。
不細工じゃないのに、自分が嫌いだ。
無能じゃないのに、足りないと感じる。
愛されたい。
でも――
誰かに愛されても、信じられない。




