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彼が愛した番の香りは、私の親友の残り香でした……  作者: 家具付


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後編

割合ありふれたサクッとです!

何が起きているのか、何をされているのかもよく分からないまま、私は身に纏っていた純白の婚礼衣装を引き剥がされていた。


「若君との結婚を、番というこの上なく尊いつながりを利用して行おうなんて、なんたる不届き者なんだ! 即刻切り捨てられないだけましだと思え」


婚礼衣装を奪われている間に、さすがに男性の前で下着姿になるなんて出来なくて、抵抗すると頬を張られて、呆然としている間に、私は下着姿にされていて、そのまま腕を引きずられて、必死に言った。


「何かの間違いです、私に大それた事を考えつく事などありえません!」


どうにも結婚式のあれこれに対して、何か大きな勘違いがある事も、酷い思い違いをされている事もなんとかわかった物だから、必死にそう訴えたのだ。

だが。


「番を語る事それが、とんでもなく大それた事なのだ!」


「違います、違います、違います!!」


私は怖くて怖くて泣きじゃくっていた。そもそも若君の方が、私を番と言い出したのだ。

だというのに、私の方から番を名乗ったようないい方をされて、冷静では居られない。

本当に怖かったのだ、悪い冗談が過ぎるとも思ったのだ。

どうして、一番にそれを理解してくれているだろう、マルグレーテが一番に助けてくれないのだろう。

いつもだったら彼女が来てくれて、こんな悪い冗談を跳ね飛ばしてくれただろうに。

そんな私の小さな願いは叶う事なく、連れて行かれたのは臭いの酷い場所で、私はその鉄格子の中に突き飛ばされたのだ。


「うっ……」


したたかに体をぶつけた私に対して、引きずってきた人はこう吐き捨てたのだ。


「こんなにもぶくぶくと醜く肥え太った人間だと言うだけで、若君の運命の番と言うのも汚らわしい! それに引き換え、あの慎ましく控えていた女性の何と麗しく、慎み深い事だろう!」


だからそもそもの勘違いをしたのは若君の方なのだ! と叫ぼうにも、相手の格の高さを考えると、とてもそんな事は言えない。

それに……自分の姿が他人から見て、そんなにも酷い姿になっているのか、と思うと衝撃で、それ以上の事を何も言えなかったのだった。





そこは牢屋だったのだ。それも、……獄中死させるための、何も与えないという事を刑とする牢獄。

排泄物を処理する物も無く、牢の中で済ますほかなく、掃除なんてされもしないそこは、本当に精神を摩耗させて、正気を失わせるための牢屋だった。

私は真っ暗闇のそこで、そう気がついた。暗闇は人間の精神を狂わせる物があると、誰かに聞いた覚えがあったからだ。


「う……うう……」


そんな余裕があったのは二日目までで、水も食事も与えてもらえず、がちがちと歯が震えるほどの寒さでも、それに耐えるための物など何一つ無く、苦しくて苦しい。

牢屋に倒れ伏し、じっと時が過ぎていく。そんな時だった。


「おう、あんた」


ふいに……誰かの声が聞こえてきた。誰だろうと思う事も、考えるための力も本当に惜しい。


「……弱ってんな」


小さな呟きは暗闇の中の……私に近い場所から聞こえてきた。


「だれ」


こんな時に気遣ってくれる相手が、こんな事になってから一人として現れなかったから、必死にその誰かにすがるような声が出てきた。


「オレは牢屋番さ。一族の中でもかなりの格下でな。こうして真っ暗闇の中で、番人するくらいしか能の無い龍神族さ」


「……私の家族は無事?」


「……おっと、この状況で自分じゃなくて家族の心配とか、あんたすげえな」


笑うような声は、私の状態が暗闇で見えていないんだろうと思った。倒れて動けない私と、こうして会話するんだもの。


「あんたの家族はギリギリ無事。というか、元々自分の娘が龍神族の番とかおかしいって常々言っていた事もあって、……あんただけが暴走したんだと思われてる。家族はあんたが無実だと言っているが、あんまり騒ぐと若君の怒りの雷が領地に降り注ぐからな、涙しながら苦しんでるって話だ」


「……」


家族は私を見捨てたのか? いや、……見捨てるしか出来なかったというのがきっと正しい。

それくらい、龍神族は……怒りに触れてはならない相手だから。

龍神族の力は、領地一つ分なんて簡単に吹き飛ばす……と聞いたのはいつだったかも忘れたくらいに常識だった。

領地に暮らす人達を守るためには、もうそれしか手段がなかったんだと、私だって分かる。


「……そう」


じゃあもう、家族に迷惑をかけてしまって死ぬと言う事もない。そう思うと、これまで私が生きようとあがいていたのは、家族の事を思っていたからだって自分でも気付いた。

家族が無事なら、もう、私は生き延びようとしてもお荷物だ。

そう理解したら体の力が抜けていく。あ、きっともう、最後の糸も切れて死ぬんだ、と思ったその時だ。


「この牢屋に入れられたヤツの大半は無実だ」


牢屋番がぼそりと言ったから、何も見えない暗がりで、目を見開いてしまった。本当に何も見えないけれども。


「オレは牢屋番になってかなりの年月務めてきたわけだが……ここに入れられるようなヤツの大半は、そんな罰を受けるようなヤツじゃなかったな。きっとあんたもそうだろう」


「……」


「ま、オレみたいな下っ端じゃあ、上のかたがたに刑罰を撤回させるなんて事出来ないで、死なせるしか道がねえがな」


無実の罪と気付いていても、助ける手段のない牢屋番は、善悪のあれこれもきっと崩壊してしまったのだろう。

それが口調から伝わってきた。あまりにも自分が無力だと思っている声だ。


「あんたもそこまで弱ってるんだから、死ぬほか道はないだろう。……かわいそうな女の子だな、あんたも」


もう、声を出す力も残っていなかった。

目を閉じても暗闇、開けても暗闇。どちらにしろ暗闇という中で、私は力尽きた。





「いきてる」


次に目が開いた時に見えたのは、暖かい日差しの中の部屋で、目を見開いて跳ね起きると、女性が目を丸くしていた。


「あら、もう動けるの? 私は十日も寝込んだのに」


「え、あの、え?」


「あなたも状況が分からないままここに来たのね、でも大丈夫。ここには龍神族も手出しが出来ないわ」


「どういう……」


頭が痛む。体中が痛んで、疲れて、私はまた寝台に突っ伏した。そこで、まともな寝台に寝かされている事実にも気付いた。

どういう事だろう。


「ここは……無実の人達の最後の場所よ」


「……」


「牢屋番に感謝する方が良いわ。彼はいつも、秘密でここに連れてくるの。それも、入れられた人が絶望しきるような言動をしてからね。私もそうだったわ」


女性はそれなりに年月を重ねたような声で言う。……あの牢屋番が、私の事も出してくれたのだろうか。


「絶望で、牢屋で死んだと見せかけて、棺桶にまで入れてここに連れてくるのよ。驚きでしょう」


「そうしてまで……彼は逃がすんですか」


「そうね。彼はそうした方が良いと思って行うらしいけれど、命がけよね」


女性はそういって、私に飲み物らしき物が入ったカップを差し出してくる。


「今、お城は上を下への大騒ぎらしいわ」


「どうして……ですか」


「若君の花嫁が、偽物だったって分かったからよ」


「ええっ」


彼の言動によれば、マルグレーテが本物の花嫁だったんじゃなかっただろうか。

誰が偽物で誰が本物なのだろう、もうそれもわからない私に、女性が言う。


「結婚式で、本物の花嫁を偽物だっていって牢屋に入れたらしいわ。その後本物だと思った美貌の女の子と式を挙げ直したのだけれど……初夜の後の彼女の香りが、それはもうひどくなったそうよ。本来、絆を深めた龍神族とその相手は、お互いにえもいわれぬ香りを感じるというのに」


「……」


「それでものすごーくもめているの。本物の花嫁はと牢屋を確認しても、死んだって事になっているから、若君は発狂寸前よ」


「どうしてその女性は、番と偽れたのでしょう」


「偽る方法は、それは色々あるのよ。本物と常に一緒に居るとか、本物をぶくぶくに太らせて匂いが変わるほど不健康にさせるとかね」


「……」


私は自分を見下ろした。何日も牢屋で飲まず食わずだったっから、少しは脂肪も減ったけれど、まだついている贅肉を。


「常識を越えるほど太るような食生活をさせれば、番の匂いも悪臭に近くなるの。でも移り香としては使えるわ。濃い移り香になるからね。それで番を偽る者達は過去にも多かったから、若君も理解の上だと思っていたけれど」


女性はいい気味だという調子で笑った。


「あなたはそれにまんまと引っかかってしまったお間抜けさんね。でもあなたを牢屋に入れる原因だった子、あなたの侍女で友達だったんでしょ。騙されるのも当然ね。侍女との間に信頼があるのは普通の良家のお嬢様ならありがちだし」


「私は騙されていた……やっぱりそうだったんですね」


どうしてマルグレーテが私を騙したのかは分からないけれど、龍神族の花嫁という立場を欲しがったのなら、それはありふれた話で、そういう事もあるだろうと思えた。

彼女の出自では、どうしたって、お姫様学校の舞踏会には入り込めないから、そもそもの出会いの場もなかっただろうから。

私が選ばれたという事で、普通だったら叶わない望みを……抱いてしまったのだろう。


「ここはどこなんですか」


「大陸の外の小さな島よ。牢屋番の彼、ここをたった一つ所有しているの。で、ここに罪のない人達をかくして介抱して……折を見て逃がすの」


「でも龍神族は手出しが出来ないって」


「そりゃ出来ないわよ。彼、死の神官様の一面もあるから」


「死の神官……さま」


死の神官とは、死にゆく者達の無念を背負い浄化する神官職だ。

普通の神官とは比べものにならないほどの重責で、仕事量で、大神官すら無碍に扱えないという。

その重責故に誰もやりたがらないから、むやみな振る舞いは出来ないという相手、それが死の神官というものだ。


「牢屋はそう言った無念が凝る場所だから、彼が常駐しているのでしょうね。でも彼は無実が見えるらしいから。あなたも私もここに逃がしてもらえたというわけよ」


「……」


うまい言葉が見つからないけれども、私は……間一髪助かったというやつらしい。


「あなたもゆっくり体を回復させなくちゃね。私は家族も居ないけれど、あなたはいるんでしょう、大事な家族」


「います」


「……きっと家族の皆さんも、あなたの無実を信じているわ。私、そういうの分かるの」


彼女がそう言って寝台の中に私を押し込む。それに素直に従って、私は目を閉じた。





マルグレーテは私に嫉妬していたと言う。さえない見た目と性格なのに、自分よりも身分が高いから。非凡な才をいくつも持つあの子は、上昇志向が高かったから、元々私を踏み台にして栄華を手にしたかった。

それなのに私が、とてつもなく選ばれた存在、龍神族のなかでも、特にやんごとなき若君の番として選ばれたから、一計を案じた。

女性の美容法と銘打って私を短期間で太りに太らせ体臭を変えさせ、あっという間にニキビ面にして、自分が更に輝く美貌に見えるようにしたのだ。

それは成功して、私は番では無いとされて、牢屋で誰にも信じてもらえずに死ぬと言う事を計画したのに……初夜の後に、体臭が激変した事で、計画が破綻した。

番では無い相手と初夜を行うと、相手の体臭が激変するのだ。その匂いに耐えられないから、龍神族は番を重んじるという側面もあったという。誰しも臭いばかりは耐えきれないというわけだった。

若君は謀られた事に気付いて絶望し、本物の番を殺したという事で見る間に憔悴し……衰弱して死んでしまったという。

マルグレーテはそう言った謀をしたと言う罪から、生きている中では特に重い刑罰である、鉱山での無期限労働を課されているという。

番という物のために起きた今回の事件により、龍神族は番かどうかが当人以外にも分かる方法が無いかと模索をはじめたそうだ。それは特に貴い身分の若君が死んでしまうと言う結果が動かした彼等の考え方だ。




そして私は


「……ただいま帰りました」


「ああ! お前が生きているという手紙を信じられなかったが、本当に生きていてくれた!! 良かった!」


「手紙だけがたよりだったんだ、生きていて良かった……お前が太っていた時に指摘すれば、と何回思ったか! 見捨てるような対応しか出来なくてすまなかった!!」


ほとぼりが冷めるまでは、あの秘密にされた場所で生活し……五年ののち、いったん実家に戻ったのだ。


「……で、どうしてお前の腹がそんなに丸いんだ?」


「お父様、お兄様……私、一年前に結婚したんです」


「ええっ!?」


「助けてくださった牢屋番のお方と。このたびは、里帰り出産という事で戻らせていただきました」


私は、あの後牢屋番の龍神族の方と結ばれたのだ。下っ端を自認する彼は、あの秘密の場所に何かと来ては、面倒を見ていたけれども、私に関しては、痩せた方が式の姿を見ている人達に他人と思われやすいという事から、二人で減量をがんばって……その過程でお互いに思い合うようになって、式を挙げたのだ。

これは、私が生きていると分かっても、龍神族の関係者がおおっぴらに動かないようにと言う牽制もある。夫の居る人を、番だなんだというのは、さすがに彼等も道理に反しているからだ。

手紙でも詳しい経緯を書けない事がらだったので、お父様やお兄様が驚くのも無理はないけれど、最善を尽くした結果こうなったのだ。


「……結婚式はあげたのか」


「いいえ、騒ぎになると大変なので」


「……では、夫である方を呼び、出産した後に、お前の母が着ていた婚礼衣装を着て、家族だけでも結婚式をしよう」


結婚式をする、それは結婚を認めてくれるという形で。


「本当に! お父様、ありがとう!」


私はうれしくて笑った。



これが、番の香りにより激変した、私の人生という物である。

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