5 ベストヒットUASと少年
毎日のように上履きがトイレに投げ込まれている。ハサミやのりなどの道具類が隠される。誰も口をきいてくれない。
ある朝、それは突然始まった。
教室に入っていき、いつものように美咲は「おはよう」と言った。いつもなら「おはよう」と誰かが答えて会話が始まるのに、皆そっぽを向いている。美咲を見ないようにしている。男子たちは、面白がるようにニヤニヤと遠巻きに美咲を見ている。女子たちはほぼ一か所に集まり、聞えよがしに話し始めた。「それでさぁ、昨日のベストテン見た?」。その一言で、美咲はすべてを理解した。
前の日の休み時間、流行のアイドルの話題で盛り上がる女子たちに、マイケル・ジャクソンのパフォーマンスの方が素晴らしいと思う、ベストテンよりベストヒットUSAの方が面白いと思う、と主張したのだ。
美咲はベストテンをまともに見たことがない。ベストテンの放送時間はテレビ人間がリビングを占拠しているからだ。
当たり前のように見たい番組を毎週見ているクラスメイトたちが羨ましかった。家にはテレビ人間がいるからベストテンが見れないなんてクラスメイトに言えるはずがなかった。
小学生らしい負け惜しみだったが、本気で心から『ベストヒットUSA』の面白さをわかってもらいたい、という思いもあった。
美咲は小学生なりの言葉を尽くして『ベストヒットUSA』がどんなに面白いか、斬新か、洋楽のヒットソングがどんなに刺激的かを説明した。
美咲の懸命な説明は、しかしまったく誰にも響かなかった。友人たちの目がそれを物語っていた。
友人たちの目。それは空虚な穴だった。のぞいても、真っ暗で何も見えない穴。
自分たちと違うもの、異質なもの、『異端』を無条件で認めない穴、穴、穴。
徹底的な無視は異質なものを排除するための自浄作用だ。悪戯は見せしめだった。同じ方向を向かない者には罰が下るのだ、と。
負けたくない、と思った。負けたら美咲にとっての神聖な何かが汚される気がした。
トイレに投げ込まれた上履きを丁寧に洗い、道具箱から消えた道具類を淡々と探す。毎日その繰り返しだ。泣いたら負けだと思った。教師や親に言いつけもしなかった。
しばらくすると嫌がらせはぴたりと止んだ。
そして美咲は『異端』として扱われるようになった。
ベストテンを見ない、アイドルが好きじゃない、いじめても泣かない、自分たちとは異質な『異端』。
美咲は学校の中でいない者のように扱われた。積極的な嫌がらせはなくなったが、休み時間に声をかけてくる者はいなかった。授業中に美咲と二人一組やグループになろうとする者もいなかった。
クラスメイトはいじめという儀式を通して、美咲を学校内の『異端』だと分類したのだ。
しかしそれは、美咲にとって都合の良い部分もあった。
周囲が当たり前のようにできることも、持っている物も、テレビ人間に支配されている美咲にとっては当たり前ではない。一人ぼっちだということは、それを周囲に説明しなくても生きていけるということだ。
もう一つ、同級生たちに無視される方が都合のよいことがあった。
その頃、公園のケヤキの下で偶然、ある少年と出会った。
よく陽に焼けているけれど小さくて、はにかむように笑った顔が可愛らしくて、最初は女の子だと思ったほど華奢な少年だった。その少年はおそらく美咲よりも学年が下で、同じくらいの子どもを見ると怯えたようにケヤキの影に隠れた。
驚いたことに少年は『ベストヒットUSA』を観ていた。
それを知ったときは互いに手を取って喜んだ。少年は美咲が学校から帰ってくると公園のベンチに腰かけていて手を振っていた。美咲は玄関にランドセルを置いて飛び出した。二人で『ベストヒットUSA』の話で盛り上がり、笑った。
少年に対して、なんとなく自分と同じものを感じた美咲にとって、通りかかる同級生たちが無視してくれた方が都合がよかったのだ。
少年とはすぐに会えなくなったけれど、『ベストヒットUSA』の面白さをわかってくれる存在がいたことは、その頃の美咲にとってひとときの安らぎだった。




