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1989  作者: 桂真琴
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22 1989年 9月 崩れた日常、そしてオタクバッシング



 日常はあっけなく崩れる。


 どれだけ苦労して自分の居場所を作り、学校の隅っこで息を潜め、透明人間になって過ごしていても、日常のバランスが崩れればそれさえも許されない。


 二学期が始まると、美咲のささやかな学校生活は砂城のように一気に崩れた。


 決して居心地がいいとは言えなかったクラスの教室では、常に鋭い視線が刺さった。


 隣の福本京子は害虫を見るような目で常に美咲を睨んだ。わざとジュースを美咲の席に向かってこぼしたり、机にぶつかって落ちた美咲の私物を踏みつけたり、憎悪を隠そうともしない。京子と同じグループの女子たちも漏れなく京子と同じことをした。周囲は悪意のこもった密やかな嘲笑でその様子を見ていた。まるで見世物のように。


 小学生のときと同じだった。


 学校の中において、いじめは時に最高のエンターテインメントなのだ。

 学校生活に倦んだ者にとって他人がいじめられる姿はまさに快楽。それは幼子が嬉々として昆虫の足をもぎとるような、昏い愉悦を孕んでいる。


 何度か教室の外で晶がこちらを見ていることに気付いたが、美咲は必死に気付かないフリをした。


 美咲のような下位グループの人間ですらこんなに居心地が悪いのだから、晶はもっと酷い思いをしているかもしれない。晶が自分のような居心地の悪さを感じているかもしれないと思うだけで身がすくむような恐怖を感じた。自分のせいで、晶のあの眩しい笑顔が曇ることがあってはいけない。


 だから、自分と関わっていることを少しでも周囲に見せてはいけない。


 美咲は懸命に晶と視線が合うのを避けた。晶の熱を持った視線が胸に痛くて、京子たちに嫌がらせをされているときよりも辛かった。教室まできても美咲を呼び出さないところに晶らしい気遣いを感じて、切なくなった。


 しばらくして、晶が教室に来ることはなくなった。


『変な噂に負けないで。私は貴女の味方だから。M』

 そう書かれたメモを握りしめ、美咲はトイレの個室で声を殺して泣いた。

 Mからの手紙は、それが最後になった。






 きっかけはオタクバッシングだった。


 八月に逮捕された幼女連続殺人事件の犯人がアニメや漫画好きのいわゆる『オタク』だったことから、世間はオタクに憎悪の目を向けるようになった。


 夏休みが明けると、学校でもオタクバッシングが公然と行われた。

 アニメや漫画が好きだとバレると周囲から無視され、オタクという烙印を押された者の下駄箱には誹謗中傷の書かれた紙が投げ込まれた。


 事態を重くみた学校は、登下校時に教師たちが下駄箱を見張ることを決めた。


 少しでも他人の下駄箱に近付けば見咎められ、叱責される。昇降口は殺伐とした空間となり、生徒たちはそそくさと立ち去るようになった。


 以前、福本京子にラムのキーボルダーを見られた美咲にもオタクバッシングの矛先が向いた。晶との噂が女子たちの憎悪をさらに煽ったらしい。


 美咲の下駄箱は誹謗中傷の紙だけでなく、ゴミが投げ込まれた。教師たちはオタクバッシングされている生徒の下駄箱の見張りを強化した。


 そしてMからの手紙はこなくなった。


 教師たちが念入りに美咲の下駄箱を調べるようになったので、美咲から手紙を入れることさえできなくなってしまった。


 学校は更に苦痛な場所になっていった。

 事件が起きたのは、そんなときだった。



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