1 丘を登る
坂の先には陽炎がもやっている。
蝉の鳴き声が世界を揺るがす。行く手を阻むように立ち昇る陽炎を睨みつけても溶けるような暑さは変わらない。こうして一心不乱に歩いていると、太陽と蝉に嘲笑われているような錯覚に陥る。
かつての砂利道は、アスファルトで舗装されていた。
昔よりずっと歩きやすい。でもあの頃より息苦しい。アスファルトの反遮熱は地獄の窯のようだ。わたしの顎からしたたり落ちた汗もアスファルトの上では一瞬にして乾く。その瞬間を見届ける暇もなくどんどん歩く。容赦なく流れる汗を首から下げたタオルで拭い、ペースを速める。
ひたすら目指す。丘の上を。
周囲には誰もいない。まるでこの世にわたしと蝉しか存在しないかのようだ。
わたしはボディバックからペットボトルを出して三分の一ほど飲み、内ポケットから二枚の古い紙きれを取り出した。
一枚は破ったノートの切れ端。もう一枚は小さいメモ用紙。
どちらも1989年に書かれたものだ。
二枚の紙をボディバッグの最奥にしまう。同時に、そこにある四角い白い封筒の手触りを確かめる。
冥界から届いたような真っ白な封筒は、まさしく死者からの手紙だった。
1989年に書かれた手紙と死者からの手紙。
それらをボディバックに詰めて、わたしはひたすら丘の上を目指す。
見上げればアスファルトの道はうんざりするほどまだ続く。わたしは水を飲み歩き続ける。歩きながら飲む水は大きく揺れて口の脇から零れ落ちる。それでも私は歩を止めない。丘の上を目指す。
時折、斜面を風が過ぎる。その風はアスファルトの脇でぼうぼうと伸びた夏草をざわつかせる。それは今のリアルな音なのか、記憶の中の音なのか。暑さに朦朧とする中で、その境界線が曖昧になっていく。
気が付けば、わたしの意識は1989年の記憶にいた。




