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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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50『先送り』


 当然というか、事務所に帰った僕たちに待ち受けているのは事務作業だった。


『渡辺探偵事務所』は、仮にも探偵事務所。星狩りの活動の隠れ蓑として、“探偵業”の仕事も少なからず存在する。星狩りの《スキル》でズルをする影響で、なんだかんだ渡辺さんの事件解決率は高いらしい。まぁ、大半の依頼が“異星体絡みの依頼”だから本業と大差はないのかもしれない。


 なんでも、一般の探偵には頼めないような、異星体が関わっている危険度の高い事件の調査が多いのだとか。


 渡辺さんによく同行する五十鈴先輩曰く、殺人事件の調査で、黒幕である四ツ星相当の《異星体》と戦う羽目もあるらしい。そして、依頼人自体が異星体である、というパターンも無きにしも非ず。


《星団》の表の顔が多種多様なのは、人間社会に自然に溶け込む異星体の発見率を、業種を増やすことで上げるためなんだとか。虚木先輩の所は“劇団”で、他、栃木県に存在するもので言うと――“診療所”や“科学研究所”――など。

 業種ごとに拾える情報の種類が違うことから、《星団本部》も業種の多様化を推奨している。異星体は本当に、どこに隠れているか分からない。


 そのため、星団は一般事業としてもある程度機能することが求められる。あくまで星狩りは裏の顔――本当は事務員を雇うべき数字の仕事なんかも、僕がやる業務の一つだったりする。

 そして、フロアの奥に鎮座する所長デスクの――山積みになった未決書類の横――『決裁用』のトレイに、完成した報告書を滑り込ませる訳だが……。


「……すごい量だな」


 我ながら、デスクに積まれた書類の量には引いてしまう。いや、椅子に座る渡辺さんの所業もそうだが。渡辺さんの膝の上には、されるがままに抱きかかえられた愛理の姿があり――「スゥゥゥゥ……ハァァァァ……」――吸われていた。


「うわぁ……」


 ――――事案だった。


 渡辺さんは愛理の髪に顔を深く埋め、深刻な表情で表情で深呼吸を繰り返していた。視線の先にある山積みの未決書類から完全に目を逸らし、幼女の放つ甘い匂いと柔らかな温もりに頼り切って、完全な現実逃避をキメていた。


「ルカさん、そろそろお仕事に戻らないとダメなのです。愛理がいくらいい匂いだからって、吸い過ぎると体に毒なのです。そろそろ勘弁してほしいのですが……」

「アタシは愛理に毒されて死んでもいい」

「とんでもねーロリコン野郎なのですっ!? もうそろそろ限界なので離すのですっ! これ以上は嫌いになります!!」


 数分前から吸われっぱなしの愛理は我慢ならないようで、抗議の声を上げながら、短い手足をじたばたとばたつかせて必死に抵抗を試みる。ぽかぽかと渡辺さんの肩を叩き、身をよじって拘束から逃れようとするのだが、それでもホールドを解除しない渡辺さんはもうロリコンの烙印を押されたってしょうがないだろう。とんでもない大人だ。いや、タスクの量がとんでもないのは分かるが。


「くだらない嘘を吐くなよ、愛理……。お前がアタシのことを嫌いになるわけないだろ」「これはガチで言ってるのですッ! 本当に探偵のくせに推理が下手なのはどうにかしてほしいのですが!?」

「あんなん肩書きだけだ」

「事務所の全職員が渡辺さんに失望したと思うのですが!! 開き直る大人なんてサイテーなのですっ、こうなったら愛理は早めの反抗期を発揮して――!」


 そこで愛理は、ようやく何とも言えない顔で漫才を見つめていた僕に気付いたらしい。愛理は頬をぷくりと膨らませた。『困ってるんですから早く助けてください』という合図だった。仕方なく、僕は泣き叫ぶ渡辺さんを他所に愛理を救出。


「お仕事が終わったらまた構ってあげるのです」


 愛理はそう言い残して、僕のそばにちょこんとついて回ることにしたらしい。僕が自分のデスクに戻ると、とてとてとついてきた。てっきり居住スペースの三階に戻るかと思ったのだが……。


「んー……愛理は初くんの膝の上で景品として大人しくしているのです。目に見えるところに愛理がいることで渡辺さんの仕事の速度も上がるのです」

「そんな馬鹿な……」


 半信半疑のまま、僕は自分の太ももにちょこんと収まった愛理の頭を撫でつつ、フロアの奥にある所長デスクへと視線を向けた。


 そこでは――凄まじい風切り音と共に、渡辺さんの両腕が完全に残像と化していた。

 右手で決裁印を猛スピードで叩きつけ、左手で処理済みの書類を次々と横のトレイへ放り投げていく。その淀みない動きは、もはや千手観音の域だ。


「できるなら最初からやれって感じなのです。まったく……」


 やれやれ、という風に愛理は僕の太ももの上で小さく肩をすくめ、ふうっと呆れた息を吐き出した。やれやれと言いたいのは僕でもあるのだが。普通に仕事の効率が落ちるし……いや本当にやれやれって感じだ、可愛い生物を抱えていると落とさないように抱きとめるしかない。腕が一本封じられるので、いや僕も不本意なんっすよ……と真白の方を見た。


「……何か言いたげだな」

「勤務中に何をしてるんですかこのロリコン野郎」

「前半は言い返せないが後半には異議があるぞ」

「初くん初くん、ミヤちゃんの実年齢は何歳なのですか?」

「お前も敵側なの!?」


 確かに実年齢は二ヶ月と少し……とはいえ……肉体的には円熟しているわけですし。否定させてもらおう! 僕は断じてロリコンではない!


「愛理さんも、その下種野郎に心を許してはいけませんよ」

「ひどいものいいだな!?」

「……初くん」


 僕の名前を呼んだ愛理は、僕の胸元に小さな手を添え、背伸びをして耳元に顔を寄せると、ひそひそと言葉を吹き込んできた。


「(真白ちゃんにも手を出したのです?)」

「(なんでそうなる……! 出してるわけないだろ……!)」

「(あー。だとしたらアレなのです。真白ちゃんがちょっと多感なのです。気になる男の子が女の子と仲良くしてたら不機嫌になっちゃう結姫乃ちゃんタイプのめんどくせー女なのです)」

「(なるほどな……)」


 それにしても今日は地獄耳の結姫乃が不在で助かった。どうにも五十鈴先輩とミヤビと緋川とで女子会をするのだとか。

 結姫乃の広い交友関係に感謝。おかげで僕も一命を取り止め――


「聞こえてますからね?」


 ――視線を上げれば怖い笑みを浮かべてらっしゃる真白さんがいた。


「……愛理は悪くないのです。全ての責任は女たらしクソ野郎こと初くんにあるのです

「それはそうですね」

「なんでそうなる!?」

「あとでジュースなりなんなり奢ってもらうといいのです」

「元よりそのつもりでした」

「僕の事財布か何かだと思ってないか!?」

「そんなことより。……このグラフの作り方が分からないので教えてください」


 流された。

 抗議する僕をよそに、真白は冷ややかな青い瞳を半目に細め、ジトッとした視線をこちらへ向けていた。その眼光は冷たいようで……愛理の指摘通り、少しばかりの理不尽な不機嫌さを孕んでいるようにも見えなくもない。所詮、そんなものは僕の解釈に過ぎない訳だけども。

 彼女はスッと白い指先を持ち上げると、それ以上言葉を発することなく、ちょいちょい、と手招きをした。

 僕は太ももに愛理を乗せたまま、キャスター付きの事務椅子をずるずると滑らせて真白の隣へと近づく。真白は呆れたように小さく息を吐き出すと、ふいっと視線をパソコンのモニターへと戻した。それが始まりだった。



 それから一時間ほど、エクセル画面と格闘し、真白に資料の作成手順を叩き込んだ。


「……そういや、ずいぶん丸くなったもんだよな」


 一か月前、星座審査の初期の初期。今よりもずっと剣呑な目つきで僕を見ていた真白は、本当に取りつく島がなかったものだが……。


「なんですか、藪から棒に」

「いや、昔はもっと威圧的というか……」

「まあ、そうですね」


 カタカタと慣れた手つきのキーボードの音が止まる。真白は呆れたように小さく息を吐き出すと、モニターからこちらへゆっくりと視線を向けた。

 僕を見る青い瞳に、出会った頃のような冷酷さはない。

 無表情に見えるが、ほんのわずかに、目尻が柔らかい。


「呆れるほど図太い人間に威嚇を続けても疲れるだけですから」

「それって褒めてる?」

「貶してます。どうかしてますからね、あなたは」


 モニターの画面を見つめながら、真白は呟く。


「ふつう、あなたを嫌う人間が困っていたら、ざまあみろって思いませんか」

「……未だに嫌われてんのか僕は?」

「――――。好意はありません。そもそもこれは今よりずっとの前の話で、……なぜあなたは最初、敵意むき出しの私の事務作業を手伝ったのかという――……質問に答えてください。『あなたを嫌う人間が困っていたら、ざまあみろって、思わなかったんですか』?」

「………………。まぁ、昔の僕だったら……、間違いなくそう思うだろうけど」


 そう、昔の……宇都宮と“友達”になる前の僕だったら。嫌いな奴が困っていたら心の奥でほくそえんで、恩を売るために助けてやるくらいのことはしそうだが。


「今は、普通に助けてやりたい」


 別に善人を気取ってるわけじゃないし、自分のことを偽善者だと卑下してもいない。ただ、自分がやりたいようにやるのが“僕”だ。遠慮がないのは昔と同じ……ただ、僕は以前よりある程度心が満たされていて、もっと上に飛躍することを夢見ている。その違い。

「別に、お前が困ってたら助けるって、当然のことだよ」

「――――あなたは」


 薄い唇が微かに震え、彼女は探るように僕の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくる。

 

「……誰にでも、無条件に優しいんですか?」

「どうだろう。昔よりちょっと性根がマシになった程度のものだと思うけど。……だけど、本当に嫌いな奴はやっぱり助けないと思うから、全然優しくないと思うぜ」


 絶対に僕は、大して高尚な存在なんかじゃない。でもありふれた存在で終わりたくないってのが、僕の難しいところだ。

 会話を打ち切ると同時、ふとパソコンの画面右下へ目をやると、タスクバーのデジタル時計が『20:00』ちょうどに切り替わるところだった。


「……もう帰る時間じゃねぇか」

「そうだぞガキども。もう撤収の時間だ」


 そんな野次を飛ばすのは仕事をすっかり終わらせ、愛理を愛でる権利を得た渡辺さんだ。愛でられ疲れてしまったのか、愛理は彼女の膝の上ですっかり眠ってしまっていた。真白にも声をかけ、帰り支度を済ませる最中――


「――あ、そういや月野。《強制出動》の件だが。保護者の同意が必要って話はしたよな」

「…………。……ハイ」


 できれば思い出したくない現実が降りかかってきた。《強制出動》――震災レベルの事件が発生した場合、事件現場に急行できる権利……僕が希望しているそれには、保護者への事前説明と同意が必要になる……という話。


「まあそれも《星座》に認定されてからの話ですが」

「とりあえずこの件は今は考えたくないなぁ……」


 家族に色んなことを説明しなければいけないと言うだけで若干胃がキリキリしてくる。今は忘れよう、今だけは……後にめんどくさいことが控えてるってことは忘れよう……!

「ま、予定通りに審査が進めば……説明は十月の頭ってところか。それまでに『遺書』の方も提出しとけよ。……遺書の準備も出来てないやつの出動なんかアタシは認めねーからな」

「……分かりました」


 すっかり頭から消え去っていたことが次から次に……。まぁ最悪白紙でもいいらしいが……さすがに不義理だ。とか色々考えているうちに、外階段を下って事務所の外に出た。

 午後八時の街並みは――いや、思ったより暗い。秋の気配が色濃くなった九月の空は、深い闇に沈んでいるし、星一つ見えない暗闇は眺めているだけで不安になる。

 大通りこそ街灯や車のライトで明るさは担保されているとはいえ……。


「一人で夜道は危険じゃないか?」

「は?」


 心底意味が分からない、といった風に真白は首を傾げた。


「私はそこんじょそこらの連中とは鍛え方が違うんですが?」

「いや、お前が強いのは分かってるんだけど……僕にもプライドがあるんだよ」

「……プライド?」

 

 問い返す真白に、僕は頷く。


「こんなに暗いのに、女の子を一人で返すわけにはいかない」

「――――。真面目な顔で何を、」

「この面構えの通りだよ」


 僕がそう言うと、真白は不自然に目を逸らした。


「……。どうせ言っても引かないんでしょうね。……はぁ」


 真白は諦めたように呟き、僕の横を通り抜けて歩き始めた。数歩歩いたところで、彼女は振り返って言う。



「ほら、私の横を歩かなくていいんですか?」



 僕はその日初めて、真白のエスコートに成功したのだった。

 






【chapter6:END】


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