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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
二章

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EX3 虚木響介・2


 当人にその意識は微塵もないが、虚木響介は昔から『災禍』に愛されていた。

 今まで起きた四つの大震災――。


『東日本大震災』『横浜重力消失事案』『九州全域昏睡病』『東京大停電』――その全てに、虚木は被災してきた。まずは東日本大震災で住む場所と母を失った。それから移り住んだ横浜、四年の平穏を享受した後に重力が消え、空に人が攫われていった。攫われた父は、未だに帰ってきていない。そして孤児になった。それからは孤児院で世話になっていたが、”髪色が特殊だったことから”素質を見出され、《星狩り》としてスカウトされた。それは、虚木が十歳の時だった。

 エージェントによって《震災》の真相を知っても、虚木には何の憤りも湧いてこなかった。この仕事に決めた理由は、別にあった。


「異星体を殺したら、オレは天国に行けますかね?」


 虚木は、神も仏も信じていない。信仰や宗教が存在する理由が、全くもって理解できない。何かを信じるくらいなら、自分自身を信じ、行動した方が事が楽に済む、と身をもって実感しているからだ。何かを信じるということは、用いることでもある。信じたところで用いれないのだから、不確かなものに価値はない。神仏は”信用”に値しない。

 

 しかし、虚木は、天国や地獄の存在は信じていた。神や仏と同じように不確かなものだか――天国や地獄を”用いよう”とはしないだろう?

 頼っていた。善人は天国へ行き、悪人は地獄に落ちるのだと、存在を頼っていた。”信頼”に値するものは信じるに値する。信用と信頼の違いは”使用性の違い”だ。

 虚木は、使用できるものは信じるし、頼りたいと思うものは信じる。だから、虚木は別に自分のことを、人の皮をかぶった化け物だなんて、思わない。


 頼りたい気持ちはある。自分より優れた存在――世界の機構に。悪人は地獄に落ちてほしいし、母親には天国に行ってもらいたかった。そして頼る以上、信じなければいけない。だから虚木は天国と地獄の実在を心から信じているし――。


 ――地獄に落ちるのが、何よりも怖かった。


 コインに、表と裏があるように。信じる気持ちの裏には畏れが隠れている。虚木は滅多に頼ることをしない。自分が何かを用いる方が、円滑に事が進むと、要領のいい彼は知っていた。

 だからこそ、彼の確固たる信念は、真に信頼しているものは天国と地獄の実在のみ。


 彼の唯一の恐れだ。


 良い人は天国に行くべきだし、悪い奴は地獄に落ちるべきだ。


 そう信じる以上、彼は天国に行けるように”徳”を積まなければいけないと考えていた。『天国に近くなるかもしれないね』なんて、そんなエージェントの言葉を信頼したわけではない。ただ、自分が上に行くために”用いよう”と思ったから、彼はその誘いに乗った。幸いにも才能はあった。たった半年で二ツ星への昇格を果たし、四ツ星の格を持つ《後見星》と契約を結ぶことができた。


 ――それが、才能の代償だったのかは定かではない。


『九州全域昏睡病』――住居の貸与と共に移り住んでいた土地で、三度目の大震災が発生した。《星の加護》によって星の力に対する免疫を持っていない人間は、ことごとく眠りについた。九州全域に鳴り響く『異界の琴』の旋律。それを耳にしただけで、永遠の夢へと誘われる。被害者数は約1,100万人。当時の九州在住者の約90%だ。その中の一人に、当然のように、虚木響介の妹は含まれていた。


「――延命でお願いします」


 九州全域昏睡病。震災と同じ名前の付いたこの病に罹患した患者に対し、医師が示す選択は二つだ。


 一つは、生命維持装置による延命。意識が戻る保証は一切ない。

 ただ肉体を機械に繋ぎ止め、莫大な維持費を払い続ける。


 もう一つは、生命維持の停止。すなわち、静かなる殺害だ。

 彼らは既に『琴座』の胎内で永遠の夢に囚われている。抜け殻となった肉体を生かし続けることは本人への冒涜であり、苦痛からの解放という名目のもと――多くの遺族が人殺しになる選択を受け入れてきた。それは、極めて、合理的な判断だ。


 推定《五ツ星》と目される『琴座』の討伐はいつになるか分からないし――討伐に成功したところで、意識が戻る保証もないのだ。


 だが、虚木は迷わず前者を選んだ。

 彼にとって、一般的な倫理観や世間体などという不明瞭なものはどうでもよかった。ただ、自らの決断で肉親の命の灯を消すという行為が『悪』に分類され、己を地獄へ引き摺り下ろす要因になることだけが恐ろしかった。

 妹を生かし続けることは、彼にとって天国へ行くための『徳』の証明であり、確かな免罪符だった。莫大な医療費は、星狩りとして異星体を殺せば稼げる。彼は己の死後の安寧という、極めて身勝手で建設的な理由のために、妹の肉体を現世のベッドに繋ぎ止める決断を下した。



 ――だからこそ、月に一度の面会で、虚木は何を話せばいいかわからなかった。


 十七歳になっても、あの東京大停電を乗り越えても、今も尚。


 夜。


 無機質な電子音と、規則的な人工呼吸器の駆動音だけが、白で統一された無菌室に等間隔で響いている。

 ベッドの中央に沈み込むように横たわる妹の肉体は、精巧な人形のようだった。白い肌には幾本ものチューブが這い、彼女の細い腕や胸元をベッドへと冷たく縫い留めている。

 だが、痛々しい医療器具の群れとは裏腹に、彼女の寝顔はひどく穏やかだった。

 苦悶の皺一つなく、むしろどこか至福の夢に浸っているかのような微かな笑みすら浮かべている。九州の人間を丸ごと呑み込んだ『琴座』の胎内――その底知れぬ共有夢の奥深くで、彼女は今も永遠の甘い微睡みを堪能しているのだ。

 兄の気配に気づくこともなく、ただ鼓動を繰り返すだけの、綺麗な空の容れ物。


 その安らかな顔を見下ろすたび、虚木は絶対的な断絶を覚える。自分は彼女が心配だから生きながらえさせているのではない。己が地獄に落ちないための『徳』の証明として、彼女を”存在”させていた。


「ひどい兄ちゃんだよなぁ、ははは」


 乾いた笑みが漏れる。ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けた虚木は、数分、言葉もなく、ただ妹の寝顔を眺め続ける。……何も、分からなかった。彼女に対してかける言葉が、何も思い浮かばなかった。寂しい自分のボキャブラリーに、思わず嘲笑が漏れる。


「わからないよ」


 虚木響介は無知蒙昧。馬鹿だけど、馬鹿なりに天国に行きたいと、そう祈っている。

 虚木響介は、ずっと演じている。情緒豊かな『虚木響介』と言う仮面をかぶり続けている。偽物の仮面を用い続けて、本物の自分をさらけ出したことはない。


 彼の救いは死後にある。

 

 別に、虚木は、自分がいい奴だなんて、これっぽちも思っていない。昔から感情が希薄だし、普通のことがよくわからないし、常識ってものをあまり知らない。馬鹿で愚かで愚鈍で鈍感。


 そんな虚木響介に救いは――






「は、ははは、いいね、なんだよ、その炎――!」






 訪れた。

 眩しく鮮烈で禍々しい紫紺の炎を目にした。



 ――交流会最終日・交流戦にて、彼の心が初めて踊った瞬間だ。












 





 


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