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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
二章

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27 勝利の使者

修正:星見科学研究所(小規模星団)→中規模星団


 ビーチバレーが終了し、運営から『夜のBBQまでの自由時間とする』というアナウンスが砂浜に響き渡った。

 他星団の連中が歓声を上げて海へ飛び込んだり、シャワー室へと急いだりする中――

「残念だけど、あなたはこっち」

 僕も久方ぶりの海を満喫しようとしていたのだが――結姫乃が腕絵をガシリと掴んだ。「……自由時間だろ?」

「はぁ、私たちがこの交流戦に参加した『本来の目的』を忘れたのかしら?」

 結姫乃に腕を引かれ、コテージの内部へと足を踏み入れた。


 外の強烈な日差しと喧騒が嘘のように、館内は空調が完璧に効き、ひんやりと静まり返っている。白雪家が所有するというこのプライベートコテージは、やはり、ただの避傷施設とは思えないほど豪奢な造りだった。磨き上げられた大理石の床に、吹き抜けの天井から吊るされたシャンデリア。そして、ロビーの階段を何となく見つめていると――。


「あ、月野! お疲れ様!!」


 階段の踊り場から弾むように宇都宮が声をかけてくる。

 僕にしてみれば、見慣れた青髪のウルフカット。彼女は、触手姿とは打って変わって、夏の日差しに映える完璧な美少女としてそこに立っていた。

 駆け下りてくるのは、半袖のTシャツとデニムパンツを身にまとった宇都宮だった。勢いそのまま僕に抱きついてきたので、思い切り受け止めてやる。

「えへ、……月野ぉ♡」

 あまりに甘ったるい声を出されると愛おしくなったので、優しく頭を撫でると、

「ふへへ……♡」

 と、とろけた声を出す。

 もう少し続けたいところだったが、結姫乃の視線が痛かったので手を放す。

『もっと……』と要求する瞳が眼下にあったが、無視。本題じゃない。


「……歩き回って大丈夫なのか?」


 宇都宮は本来いるはずのない人間だし、美少女。歩き回っていたら間違いなく声をかけられるし、そのうち星団関係者に声をかけられて騒ぎになりそうだ。だから結姫乃の部屋に留めておくという話だったのだが――


「えぇ、コテージに直帰する人間はまずいないわ。今の時間帯なら問題ないし――これからの交渉次第では、正体を隠す必要すらなくなる」


 結姫乃は、パーカー姿で腕を組みながら言った。

「『交渉』って言うと……?」

「今からあなたたち二人には、渡辺所長と、『星見科学研究所』の代表に会ってもらうわ。ちなみに、ミヤが『異星体』だと正体は通達した状態よ。《星座審査》の第一フェーズ――人類に害がないことと、有益であることを示してもらうわ」



 結姫乃につれられるまま、僕たちはコテージの中にある『応接室』に通された。

「よう」

 気さくに声をかけてきたのは、ソファーに深く腰を下ろしている渡辺さんだ。赤髪ポニーテールで、黒いスーツ姿。この夏の日差しにその恰好はどうなんだ、と心配になる。そして、渡辺さんの隣に座っているのが、白い白衣を身にまとった、いかにも『出不精の科学者です』とでも体現するような、ボサボサの紫髪の美女だった。

「あれか、例の奴は」

 彼女は眼光鋭く、僕の隣の宇都宮を睨んだ。

「……何さ」

「いや、人間みたいだなと思ってさ。別に他意はない。睨んでるつもりもな。目つきが悪いんだよ、生まれつき。悪いお姉さんじゃないから安心してくれよ」

 ケラケラと、紫髪の美女は適当そうな調子で笑った。

「結姫乃。お前は外で待ってろ」

 渡辺さんが結姫乃に声をかけると、何かを察したかのように彼女は部屋の中を後にした。去り際、「頑張ってね」と小声で声をかけられて、重厚な扉は閉められる。


「さて、お前ら――」

 紫髪の美女が笑った。


「――《座れ》」


 意志に反して身体が動いた。

 半ば、強制的に、彼女たちの対面・ソファーに二人並んで腰かけた。

「精神干渉系のスキル? おばさん、性格悪いでしょ」

「誰がババアだ異星体。私はまだ二十九だっつーの」

 彼女は思いっきり中指を立ててきた。

 どうなんだその行いは科学者として。

「……あと一歩で三十路じゃん……」

 宇都宮がぼそりと呟いた。

 ぴくっと正面の彼女の頬がひきつった。

「喧嘩か? 喧嘩なのか? それは私に挑んできてるのか?」

「別に……」

 宇都宮はぷいっとそっぽを向いた。

 それから渡辺さんに目線をやった。

 早く話を進めて、とでも言いたげだった。


「アザミ。一々食ってかかるな。お前が三十路なのは事実だろ」

「本当のことでも言っちゃいけないことがあるだろうが……」


 アザミさんは顔を抑えてうなだれていた。

 意外とメンタルが弱い人なのかもしれない。

「宇都宮」

 僕が声をかけると、宇都宮は何かを察したようで、

「……ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げた。

 その瞬間、アザミさんは驚愕したように目を見開いた。

「なんで人間の指図を受けてる?」 

「え? だって月野だし」

「……?」

「月野の言うことには従うよ。だって婚約者だもん」

「はぁ!?」


 アザミさんは口を『ロ』の字で大きく開け、ありえないとでも言いたげに宇都宮と僕を交互に指さした。

「婚約!? 婚約者だと!? 私を差し置いて!?」

「そこじゃないだろ」

 脇に座る渡辺さんにアザミさんが小突かれた。


「いやいやそうだよな、落ち着け私。気にしなくていいんだ男性経験がないこともマッチングアプリで知り合った男がことごとくクズなのも想いを寄せていた幼馴染に借金の連帯保証人にされかけたことも――」

「どれだけ男運ないんですかアンタ」

 思わずツッコんでしまった。

 アザミさんはどうにも、とんでもない星の元に生まれたらしい。

「まぁまぁまぁ。私がツイてないのは置いておいて。……マジで? マジで異星体と婚約――っつーか、従えてるわけか」

「まぁ、はい。……そうなりますかね」

 それを聞いた瞬間、アザミさんは今日イチのため息を吐いた。


「《星飼い》じゃねぇか……」

「アタシも報告を聞いた時は驚いたよ」

「殺すか?」

 その一言で、部屋の空気が完全に凍りついた。

 先程までのコントのようなやり取りが嘘のように、アザミさんの瞳から一切の感情が抜け落ちている。紫色の双眸に宿っていたのは、未知の脅威を機械的に排除しようとする冷徹な殺意だった。

 冗談じゃない!


 “黒い触手”


 無詠唱で攻撃に対処することを考える――それを見て、アザミさんがニヤリと笑って、掌に『紫色のエネルギー弾』を生成する――


 はずだったのだが。


 全てが燃えた。

 僕の触手も、彼女の紫も――『火』で包まれて灰燼に帰した。

「やめろ」

 見れば、渡辺さんが三本の指を立てていた。

 人差し指・中指・薬指の三本を立てるジェスチャー。深い意味は分からないが、それは何故だか、炎の揺らめきを想起させた。彼女もまた、無詠唱で何かを行ったのだ。僕とアザミさんのスキルを、同時に無効化するほどの、《何か》を。

「……何それ、……お姉さん」

 宇都宮が、渡辺さんを見据えて尋ねた。

「そんな強力な《スキル》、どうやって使ってるの……というか、詠唱は……?」

「褒められるのは気分がいいな」

 あっはっはと、快活に渡辺さんは笑った。

「あとで教えてやるよ。《詠唱》の極意ってやつをな」

「本当に!?」

 宇都宮が目をキラキラと輝かせた。どうやら、渡辺さんが持つ技術? に興味津々なようだ。

「おい、ルカ……」

「アザミ。ここでの交戦は許さない。『副所長』のお前の一存で、アタシとの敵対を決めていいわけないよな? 空さんに怒られるぞ」

「わーってるって。ちょっと脅しただけじゃんか」

「脅しも許さない。アタシの大切な所員たちだぞ。蝶よも花よりも『丁重』に扱え」

 渡辺さんが立てた三本の指先から、未だ陽炎のような熱が立ち昇っている。

 空調の効いたはずの応接室が、彼女の機嫌次第でで灼熱に代わるのが容易に想像できる。笑みを浮かべているのに、その奥にある赤色の瞳は全く笑っていない。

 爛々と輝く赤色の瞳が持つ魔力からは、アザミさんの冷徹な殺意すらも、渡辺さんからすれば、ちっぽけな『火遊び』に過ぎないのだろう、と思わせた。


 アザミさんですら――僕よりよっぽど強いのに。

 遠い。遠い大人の背中、隔絶された異次元の炎の持ち主。

 熱を持つ彼女の指先に、僕は震える。

 

 武者震いだ。

「何笑ってんだよ」

 渡辺さんは僕の顔を見て、面白そうに尋ねた。

「いや、……すごいな、と」

「怖いか?」

「いや、……たぶん、楽しいんだと思います」

 心情を打ち明けると、渡辺さんはやはり、三日月のように口元に弧を描く。

「こいつは『傑作』だ。どう考えても、殺すのは合理的じゃない」

「だから、脅しだって言って――」

「くだらない嘘を吐くなよ」

 渡辺さんは獰猛に笑った。

 そうなんだろ、とアザミさんの方にも目を向けた。

 それから、降参とでも言わんばかりに、彼女は両手を挙げた。

「……いつから推理が得意になったんだよ」

「今も推理は苦手なままだよ」

「探偵なのに?」

「探偵だけどな。推理は優秀な助手たちに任せっきりだ。アタシは焼くことしかできない。知ってんだろ、アザミ」

「私を焼くのも容易だってか」

「逆だよ。アタシがこいつらを焼くのが、簡単だって言ってんだ」

 スキルを構えるまでもない。

 必要ない。


 だってこの人は僕たちを殺す気がないし――その気なら、とっくの昔に僕は死んでる。

「お前が手を出すまでもないし、他の奴らの手出しも無用だ。『火』の始末はこっちでつける。だから、宇都宮を『推薦』してやってくれ。アタシとお前の二票で、《審査会》に届く」


 アザミさんは、深く思索するように顎を手にあてる。

「一つだけ条件がある」

 彼女は指を一本立てて、続ける。


「そっちの異星体の推薦はともかく――そのガキは《星飼い》だ。……星飼いも、異星体と同様の『処理』をすることになっている。これは前例がないが……そのガキも《審査》にかけるべきだ」

「……!?」

 審査? 僕が……!?


「まぁ、そういう意見は出るわな」

 渡辺さんがかったるそうに頭を掻いた。

「だが、月野の《審査会》行きは拒否させてもらう。星飼いってだけで、殺されんのがオチだろ。……ボケ老人どもが」

 死ぬほど下らない、とでも言わんばかりに渡辺さんが溜息を吐いた。

「そっちのガキも《審査》にかけろよ。私の条件はこれだけだ。有情だと思うが?」

「そんなに憎いか?」

「疎んでるんだよ。《星飼い》は存在するべきじゃない。知ってるだろ、ルカ。たった一人の星飼いが【東京大停電】を引き起こしたんだ。星は人の手に余る。星を手にした人間は、化け物になり果てるんだよ……!」


 怒り、だろうか。

 憎しみ、なのか。

 彼女の瞳は僕に向けられた。

 僕を通じて誰かを見ていた。

 誰かを、殺そうとしていた。

 ここまでの話を総合すると、つまり――


「すいません、つまり、過去にやばいことした《星飼い》がいるって話ですよね?」

「まァ、そうだよ」

「でもそれって僕に関係ないですよね」

「は? ……はぁ!?」

「僕とやばいことをした人は無関係ですよ。僕が《星飼い》だからって、拒絶する理由があるんですかね? 『上層部の方々』も。間違いなく、僕は有用だし有能だと思うんですが」


 自慢じゃないが、僕は優秀……だと思う。自慢でもなくただの事実として。客観的に見たときに、僕は優秀で有能で有益な存在であると自負できる。自惚れではない、と思いたいが。――僕の優秀さは、十分、交渉材料になるんじゃないか。


「今年もあるんですよね? 《大震災》」

「おそらくはな」

 渡辺さんが返した。

「使い潰せばいいじゃないですか、僕のことを。死んでくれたらラッキー。死ななかったら強い戦力が手に入ってハッピー。お互いウィンウィンで最高では?」

「お前が裏切ったら――!」

「渡辺さんに焼いてもらえばいいじゃないですか」

 僕はあっけらかんと言い放った。

「僕が短時間で渡辺さんより強くなれる気がしない。その気になれば僕のことなんていつでも殺せるんだから、利用すればいいんですよ。……だから、僕も出るべきだと思いました」

「……何に?」

 アザミさんが、一応、と言った調子で問いかけてきた。


「僕も、《審査会》に。……これで、宇都宮のことは推薦してもらえるんですよね?」

「馬鹿が!」

 

 アザミさんは机に脚をのっけて、僕の胸倉を思いっきりつかんだ。

「月野――!」

 隣に座る宇都宮を、やめろ、と目だけで制した。


 正面を見据える。


「馬鹿か、お前は! 死ぬぞ、間違いなく! 《星飼い》が審査にかけられて生き残る訳ねぇだろうが! 死にたいのか、てめぇは! 命知らずの馬鹿かてめぇは! あぁ!?」

 アザミさんの紫色の瞳には、もう先程の冷徹な殺意はなかった。

 代わりに燃え盛っていたのは、怒りとも悲哀ともつかない泥濘のような感情だった。僕の胸ぐらを締め上げるその手は微かに震えており、至近距離から叩きつけられる怒声には、どこか悲鳴に近い響きが混じっている。

「僕だって自分の命は惜しいですよ」

「だったらどうして!」

「僕は本気で勝ちに行きたいだけだ!」

 負けじと叫ぶと、アザミさんは弾かれたように息を呑んだ。

 胸ぐらを締め上げていた手の力が、少し弱くなる。

 見開かれた瞳に浮かんでいたのは、純粋な驚愕だけではない。

 狼狽。


 ――かつて彼女が喪った誰かの面影を幻視したような、酷く脆い狼狽だった。


「ここで、ビビッて尻込みして、臆病風を吹かせて何もせずにいて! それで《大震災》は防げんのか!? 『人為的』なものなんだろ!? 僕と同じ《星飼い》がそれを引き起こしてるっていうんなら、同じ《星飼い》の力で震災を防げないのは不条理だ!」

「……防ぐつもりか?」

「そのつもりでみんな、星狩りやってんじゃねぇのかよ」

 僕は少なくともそのつもりだ。

 結姫乃に触発されて、『助ける』と誓った。

 それは薪になって、僕の燻っていた心に火をつけた。

 

 僕の目的はただ一つ。


「《大震災》なんて、僕たちの力で防いでやればいいだろ! 人類同士でいがみ合ってる場合かよ! ――人が死ぬんだぞ!?」


 僕の瞳に嘘や虚勢は一切ない。

 ただの正義感でも、若さゆえの万能感でもない。

 結姫乃の悲哀に触れ、自分の無力さを噛み締めたからこそ宿った、純粋で絶対的なエゴだ。

 そう、自分勝手なんだ。

 全部僕の都合だ。

 数え切れない命が理不尽に奪われる未来を、ただ指を咥えて待つなんてごめんだ。



「――僕が認められるのが、人類の勝利の、『前提条件』だ」



 だから、僕のことも――推薦しろ。

 熱で冷たい瞳を射抜く。

 

「お前は、なんだ」


 尋ねられたから、まず名乗った。



 月野初。



 ――将来、人類を勝利に導く男だ。

 



 

 


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