EX2 レイナ
――宇都宮『有』は、最高潮に機嫌が悪かった。
郡山の『ボス』が瀕死に追い込まれた一件によって、引き起こされたある種のパンデミック――異星体の氾濫。ボスの実力を不安視した異星体があちらこちらの地域に逃走を試みているのだ。それはもちろん、ここ宇都宮も例外ではない。
異星体は、県境を越えて栃木の県北――那須塩原あたりを抜けて、この宇都宮にも難民のように流れ込んできている。
ともすれば、こういうこともあるのかもしれない。
「――あなた様をこの地域の《ボス》とお見受けしました」
月下。有が不穏分子の排除を行っている最中に、それは現れた。
ビルの屋上。地上から飛び立ってきたのは、金髪赤目の、ツインテールの少女。
黒いコートを羽織っており、両の掌、その爪は、鬼のように鋭く研ぎ澄まされている。
鮮血。爛々とした瞳の赤と、返り血。
血が色濃く漂う少女だった。
口元が赤く塗れていることからも想像はできるが――。
「……人でも喰ったのか?」
「ええ。邪魔な《星狩り》がいましたので」
彼女はローブのポケットに手を入れると、戦利品らしきシルバーバレットをみせびらかしてくる。
「お前、見ない顔だな」
「あなた様の耳にも届いていると存じますが――」
「《氾濫》だろ。お前も郡山から逃げたクチか」
「左様でございます」
恭しく金髪の少女は一礼する。
「さっきからやけに慇懃だな」
「立場は弁えてます故」
「ふーん。お前、星の数は?」
「《二ツ星》でございます」
「ま、そんくらいだろうな。……で」
そこで、有の纏う雰囲気が激変する。
弛緩から緊張。
一言一句違うことを許さない、格上の絶対的なオーラに、金髪の少女は片膝をついた。
「――オレの許可なく人を殺したわけだ」
「ッ、申し訳、」
「《星狩り》相手なら良いと思ったんだろ?」
十メートルは空いていた彼我の距離が、一瞬で詰められる。
瞬きの合間に、有は少女の前に立っていた。
「《星狩り》なら殺しても問題ない。なぜなら我々《異星体》の命を狙っているのだから。そういう風潮は珍しいわけじゃねぇよ。一般人に手を出さないなら、大抵の《共生派》のボスは見逃すだろうな。まぁ、オレは違うんだけどさ」
許可なく発言をしたら死ぬ。
場の雰囲気を察した少女は、冷や汗をかきながら無言を貫いていた。
「ちなみに狙われたのか?」
「ッ、ええ! その通りでございます!」
「まぁ、だろうな。馬鹿には見えないし、お前」
「恐悦至極に存じま――」
「でもさ、星が悪かったな」
有は空を指差す。
少女がつられて空を見ると、そこに満天の星空などは望めない。
星のない本物の夜空がそこにはある。
「誰もお前を見ていない。オレにはたくさんの《星》が見えるけどな」
……観測されなければ、我々は存在しない。
文字通り、星の数ほどある《神々の目》が、一切、こちらに向いていないのが分かる。 見られなければ、こちらからも見えない。視線には双方向性がある。少女には星が見えない。愛されていない。誰もお前に興味などない。
ふと空を見たとき、満天の星空を見ることができたのなら。
それは、神々が我々を見ている証拠である。
自分の視界の正常など、誰が保証できるのか。星の数ほどある《星》の多寡を、人間如きが判別できないから――こそ知られていない《星の多寡》。
星がどこにも見えない時、それは誰にも期待されていない証だ。
「なる、ほど」
少女は理解した。
おそらく自分は死ぬだろうことを。
「お疲れ様」
労いの言葉をかけられると同時、ブラックアウトしていく視界を見て――こんなに楽に死ねるんだな、と。
それだけを思った。
■
「お前の種族は?」
「《ヴェンデッタ》。吸血鬼の一族でございます」
「名前は?」
「レイナ、と呼ばれております」
「今の自分の状態は?」
「あなた様によって脳機能を侵食され、忠実な僕と変貌しております」
「よし」
有は無感情に頷いた。少女――レイナの脳に潜り込ませた自身の一部――スライムは、正常に機能しているようだ。星に愛されていない以上、星による《融解》もありえない。
ヴェンデッタの大本の《母体》は五ツ星だと聞くが、『ヴェンデッタ』は数が多いがために、母体の手厚い支援は相当な上位種じゃないと期待できない。
「正真正銘、忠実な僕ってわけだな」
「左様でございます」
恭しく頭を下げたレイナに対して、有は命令を下す。
「――お前、オレの代わりに夜の巡回をやれ」
有が不機嫌な理由。
それは、巡回のために労力を割くことによって愛しい月野と一緒に居られないことであり、有はレイナが人を殺していようがいまいが、星に愛されていない時点で『僕』に作り替えることに決めていた。本来の人格は既に殺した。
今目の前に在るのは、『レイナ』という名前の、忠実な僕だ。
「当たり前だが正常な思考は残しておくぞ。オレに忠実なこと以外は依然と変わりないはずだが。何か違和感は?」
「意識の連続性は絶たれたように感じます」
「ん。新しく『生まれた』感覚か?」
「はい」
「ふーん。……オレも成長してるのかね」
有は自分の人差し指を翡翠色の触手に変えて、まじまじと観察する。
以前と変わらない、ように見える。
《星》の贈呈が行われていない以上、未だ《三ツ星》であることは確かなはずだが……『人格を生成する』なんて芸当は、今まで出来たためしがなかった。
元の人格を改ざんし、『人形』に仕立て上げることはできても、『忠実な人格』を生成することは、試したことはあっても、成功したことはなかった。
特段、『レイナ』を乗っ取る上で意識したわけでもない。
「極端にレイナの自我が薄かったのか、それとも本人の性分か……?」
別にどちらでもよいのだが。どちらにせよ、《大成功》の結果であることに変わりはないのだ。何かを乗っ取っているのではなく、完全に自身の所有物に変貌させたのなら――成長させても、反抗のリスクが極端に少ない。
正常な状態に戻りかけたら殺す手間が減るし、恒久的に使える駒と言うのは魅力的だ。正直、有はレイナを使い捨てるつもりだったのだが――ここまで嘘を言っている様子がないとなると、少し話が変わってくる。
「お前の働き次第だが……オレの婚約者……いや、『主人』に会わせてやるよ」
「恐悦至極に存じます」
レイナは疑問を持たない。瞳から高い知性の色は伺えるが――疑問を持たないのは、結論を出すのが早い優秀な頭脳に起因するのだろうか。質問するまでもないことだと、即座に理解しているのだ。物分かりがいい。いや、良すぎる。だからこそ、元の人格ではなく、新たな『人格の構築』なんてプロセスが行われたのかもしれない。
自分の実力と言うより、相当なレアケースを疑うべきだ。
ヴェンデッタという種族に『成る』経緯も関係しているのだろうか?
「お前さ、確認だけど、『感染』させられた元人間だったりする?」
「その通りでございます」
「なるほどね」
ヴェンデッタ――吸血鬼の『異星体』は、噛まれることによって伝播していく。
ヴェンデッタに噛まれることで感染する《星の病》が人間の体を蹂躙することによって、自分の仲間へと人を変質させ、そうして大きな星座を描いていく。
ゾンビのように増えていくのが、ヴェンデッタの大きな特徴。
元人間と言うのなら、自我が薄いことにも納得だ。
だって、すでに一度殺されているのだから。
二度も殺されたから、魂が悲鳴を上げたのだろう。
「まぁ、レアケースだな……」
めったにないことだ。見目麗しい金髪赤目の少女が『ヴェンデッタ』に変貌した元人間で、『ポチ』が人格を乗っ取ろうとして――壊し、人格の再生成が行われる、なんて。
「それにしてもお前、中々に見てくれが整ってるよな。ちなみに年齢は?」
「肉体年齢は十四歳と記憶しています」
「年下か。月野は気にいるかな……。あ、胸はどう? デカい?」
レイナは胸のサイズを聞いて、少ししょんぼりとした顔をした。
「……貧乳でございます」
「ん。まぁ、味変としてありだろ。最悪気に入られなくても巡回要員として使うし……。ほかにもメイドとかもいいよな。……ま、よろしく。レイナ」
名前を呼ばれて、レイナは歓喜の表情を浮かべる。
「恐悦至極に存じます」
レイナが笑みを浮かべた後で、空には星が灯り始めた。
「――じゃ、オレ達がこの街を空けている間は頼むぞ」




