22 奉仕種族の妊娠許可証
そよ風の匂いがした。
有の瞳に吸い込まれた矢先――
「おはようございます、神の子よ」
穏やかな声がして、僕はいつの間にか、緑の上に立っていて。
見渡す限りの青空と、柔らかな緑が波打つ大草原。
その中央・ぽつんと隆起した小高い丘の上に居た。
足元では名も知らない白い花が風に揺れ、風に匂いが運ばれ――淹れたての紅茶と甘い焼き菓子の香りが漂ってくる。
改めてそこに視線を向けると、優雅な黒色のガーデンテーブルがあり、アンティーク調のティーセットからは心地よい湯気が立ち上っており、それを微笑みながら口に傾ける、エメラルドグリーンの美少女がいた。
「神の子、というより……我が息子と呼んだ方が正しいかもしれませんね」
彼女はくすりと笑って、ティーカップをソーサーの上に置いた。
サイドテールを、上品に揺らしながら立ち上がる。
豊満な胸に手を置いて、彼女は妖艶にほほ笑んだ。
「はじめまして。母です」
「どうも、月野初です」
「あら、礼儀正しいですね」
僕が頭を下げたのがお気に召したらしく、彼女はくす、と笑った。
さて、ここで僕はいくつか突っ込まなくてはいけない。まず第一に、なぜ背丈が小学生程しかないのか、という点。目算は大体145センチ……妹より小さい。なのになぜそんなに巨大なおっぱいがついているんですか、という話。
……ロリ巨乳というやつだった。
変態紳士諸君の妄想か錯乱か、あるいは狂気の産物が目の前にあった。
「気になるなら揉んでも構いませんよ」
僕の視線を察したのか、彼女は豊満な胸部を強調するように胸を張った。
女神っぽい純白なドレスのせいでまろびでそうなんだから気を付けてほしい。
いや今も僕はおっぱいというか谷間というかそういうものに釘づけてはあるけれど――「待ってください違うんです」
僕はただロリ巨乳という非現実的存在に興味津々なだけなんです。
というか義理の母親のおっぱいを揉むわけにはいかないだろ常識的に考えて。
「……というか、なんでその見た目なんですか……」
「外見年齢と胸の発達具合のアンビバレントな感じが好きなんですよ」
「それは大変いいご趣味をお持ちで……。やっぱり有と同じように、変幻自在なんですよね?」
「えぇと。それはそうなのですが……」
じぃっと、彼女の目は僕を見つめた。
水色の瞳だ。不思議なことに『✦』形状の黄色い星が彼女の瞳の中で輝いている。どういう原理なのかはともかくとして、その輝きには魔性の『何か』があった。
「畏れるようではいけませんよ?」
「理解に努めようとしているだけですよ」
「私を理解したものは例外なく狂気に吞まれますが大丈夫ですか?」
「何それ怖い」
「冗談です」
「冗談なんですか?」
「ええ。本当の意味で私を理解した者なんていませんでしたから」
彼女はその瞬間ですら、柔らかな笑みを浮かべていた。
諦めにすら見えなかった。
理解されないことを理解している、そういう笑みだった。
「僕が言えることが何もないやつですよ、それ」
「おや、こういう時はレディを慰めるのが男の役目では?」
「安易な慰めって嫌いなんです」
「手厳しいですね」
「そもそも、僕はあなたの名前すら知らないんですよ? 順序を踏んで仲良くなりましょうよ。そのために僕と顔を合わせたんでしょう?」
尋ねると、笑った。
「ちなみに真名を聞いたら発狂しますが大丈夫ですか?」
「何それ怖い」
「もちろん冗談です」
それから、彼女は言った。
「――『エル』と申します。よろしくお願いしますね、初」
まるで天使みたいな名前でしょう、と彼女は微笑んでいた。
■
改めて席について、ふるまわれた紅茶を一口。
「本来、我々はもっと早期に顔を合わせるべきでした」
彼女が口を開く。
「人間と『後見星』の関係は、あなたが思うより密接なものなのです。出来れば契約した日の晩にでも、こうして顔を合わせたかったのですが……『蓋然性』が邪魔をしました」
「『蓋然性』ってなんですか?」
「いい質問ですね。……では、初。問題なのですが、RPGゲームで、初戦からラスボスと戦わされる確率は何パーセントでしょうか」
「結構レアな導入パターンですけれど、なくはないですね。多めに見積もって0.1パーセントくらい……」
「その初戦で負けたらゲームオーバーだとしたら?」
「とんでもないクソゲーですね。0パーセントです」
僕が出した答えに、エルは満足そうに微笑んだ。
「よくできました。しかし、あなたも常々感じ取っているように、現実とは理不尽で、クソゲー染みているでしょう?」
彼女はテーブルの上で手を組みながら、にこやかに笑った。
「現実的に考えて、魔王はレベル1の勇者を殺すべきですし、バイキンマンはアンパンマンの顔ではなく身体を粉砕すれば易々と勝利できますよね。それが現実というものなのですが……神々は面白みのない勝利を良しとしません。
《つまらない可能性》はこちらの方で勝手に処理をしてしまいます。強者が弱者を一方的に蹂躙する構造や、戦闘の醍醐味を損なうような行動は、そもそも神が許していないのです。
『蓋然性』とは、ある物事や事象が実現する可能性を指す用語ですが、より正確に言い表すのであれば、神々の作為が絡んだ――《本物の確率》です」
本物の確率――蓋然性。
神々の作為が絡む、僕たちの現実的な確率論。
現実の確率は、神々の許しを経て初めて浮上するのだ。
「めっちゃ面白いんですが……邪魔された、って言いましたよね」
「ええ。《一ツ星》のあなたに私が接触するのは時期尚早であると……私とあなたが邂逅する確率を、ゼロにまで『補正』されていました」
蓋然性ェ……そういうことまでしてくるのか……。
「まぁ、あなたが早期に二ツ星へと昇格してくれたお陰で待ちぼうけを食らわずに済みました。よくできましたね♡」
彼女は満開の笑みを浮かべていた。
「……ちなみに、僕が今日まで生き残ってこれたのも、その《本物の確率》とやらのおかげだってことですか?」
「半分正解、ですね」
「半分正解、というのは?」
「神は確率を用意しますが、実際に賽を振るのは人間ですので。振るべき部分で賽を振り、星を魅せて確立に補正を貰い――最終的に勝利をしているのがあなた、です。半分は『運』で、もう半分は紛れもないあなた自身の『実力』ですよ。誇りなさい」
きっぱりと正面から告げられると、さすがに照れる。
半分は運で、もう半分は実力――しっかりと、彼女に認めてもらえるだけの実力があることが、少し照れ臭かった。……嬉しかった、とも言う。
「ふふ、可愛らしいですね。撫でてあげましょうか、頭」
「照れるんでやめておきます」
「もう照れてるじゃないですか」
体面に座る彼女は、くすりと笑った。
「まぁ……《五ツ星》である私が、一ツ星のあなたに直接干渉し、過剰な真実や力を授ける――それは神々からすれば『チート行為』であり、物語の興を削ぐ反則行為です。だからこそ、今この場で会えたのは、あなたの成長の証であり、更なる『進化』の機会でもあります」
進化――?
そこで僕の目の色が変わったのが分かったのか、エルは更に笑みを深めた。
「私の後見星としての力――『星間スキル』を引き出せていないでしょう? 一ツ星にありがちな『蓋然性』による制限ですね。しかし、二ツ星に成ったあなたは、『あの子たち』の補助なしで、《星の力》を手にする権利があります」
「まさか触手を操れるようになったり……?」
「その程度はおちゃのこさいさいです。それ以上の――《二ツ星》にふさわしい力を贈呈しますよ。ご祝儀代わりに。……ふふっ♡」
あっそういえば義理のママだった。
「娘さんたちは全身全霊で幸せにさせていただきます……!」
「よろしい♡」
ママは気分よさげに微笑むと、掌の上に包装に包まれた飴玉を生成して見せた。
「覚醒を決意した瞬間にこれを飲むこと。意識が現実に回帰すると同時に、『私の力』が芽吹くはずです」
「ありがとうございます」
差し出されたそれを、そのまま受け取った。
「あ、もう少しおしゃべりに付き合ってくださいね? 帰ったらやですよ?」
「まだ帰りませんって」
「よろしい」
彼女は微笑んだ。
「話は変わりますが、初。我々の《種族名》は知っていますか?」
「いや、知りませんね。便宜上、《スライム》って呼んではいるんですが……」
それを聞いて、彼女はくすりと笑った。
「的を射た表現ですね。ですが、表現は実態ではありません。我々の本当の名前と言うものは、珍妙にして滑稽なものです」
「珍妙にして滑稽……?」
「予想がつきますか?」
彼女は試すように片眼をつむって問いかけてくる。
「……。ポチ、とか……?」
「あら」
僕のほぼほぼ思い付きの言葉に、彼女は少し驚愕したように目を丸くした。
「……よくできましたね?」
当たると思っていなかったのか、さすがに彼女も疑問形だ。
ん?
ということは……?
「はい。我々の種族名は【ポチ】と言います」
「ポチなんですか⁉」
「犬のイメージしかありませんよね? ふふ、そうです。そのポチです。私は《奉仕種族》として、かつて神々によって被創されました」
「あれ……ママって、五ツ星の……異星体ですよね?」
「初めは二ツ星相当の《異星体》だったんですよ。あぁ、ここでは《異星体》のルーツから説明した方が分かりやすいかもしれません。実は、異星体も人間と変わりなく、神々によって作られた生き物です。
生物の区分は、大まかに、『人間/異星体/神々』から成っていて、人間と異星体は同じ親から生まれた兄弟、と言っても差支えはありません」
「……人と星は兄弟なんですか?」
「素敵な例えだと思いませんか?」
エルは楽しげに首を傾げた。
「確かに、人と星とで仲良くできたら、それは楽しそうですね」
「でしょう?」
「まぁ《侵略派》のせいで全く仲良くするって雰囲気でもないんですが。一部の星座は神聖視される一方で、《異星》に対する弾圧は強まっている」
……らしい。ぶっちゃけ星狩り歴一か月のぺーぺなのでよく分かんない。ただ、兄弟とは思えないくらい殺伐としてるよなぁ、とは思う。
「この際だから聞くんですが、侵略派ってどこに隠れてるんです?」
「……■■■県、■■■■■■、■■■■■■■■■」
「ん?」
聞き取れなかった。
なんだ?
耳にノイズが走ったような――
彼女は言葉にした後で、何かに気付いたらしい。
申し訳なさそうに頭を下げる。
「【情報制限】ですね。今、この情報はあなたが持つべきでないと『蓋然性』により制限をくらっているみたいです」
「こんなところまで神様は手を出してくるんですか?」
「いえ、これは意志というよりは『システム』に近いものですよ。自動で回り続ける歯車。そこに善悪の基準はなく、ただ世界をエンタメに仕立て上げるために我々を縛り付けるもの、です。……それが、『蓋然性』。――確率を司る虚空の審判者」
「あなたですら縛られるんですか?」
「仕方ないことですよ」
エルは嘆息した。
「五ツ星は、未だ理の中の存在。縛りを超えるには、理の外に出なければいけません」
「それって、《六ツ星》のような?」
「ええ。最低限、六ツ星……。システムを超越するためには《それくらいの格》が必要です。あなたにとっては、遠い未来の話に思えるかもしれませんが……」
驚いた。
「あなたはそれを『未来』だと言うんですか?」
「私の娘を任せる男ですよ? 最低限、わたくしを超えてくれなければ話になりません。子は親を超えるものでしょう?」
「まぁ、上等ですけども……」
「ちなみに現在日本に確認されている五ツ星は4名、六ツ星に到達したものはここ二十年で一人もいませんが、――いけますよね?」
逆に聞きたいんですけどいけるんですかね……?
いやもう『やれ』という気迫はビンビンに感じるんですが……。
「やります……」
「よろしい♡」
嘘でもなんでもなく宣言して、彼女は満悦そうにほほ笑んだ。
「これは『未来』の話ですが……五ツ星になれたのなら、あの子たちを妊娠させる許可を出します。ええ、わたくしと同格……その暁には、ですね」
「妊娠!?!?」
「強い雄の遺伝子は増やすべきですよ。今でこそ『蓋然性』により閉じられた可能性ですが、五ツ星に成れた暁には、わたくしが『補正』を加えて差し上げます」
妊娠……妊娠だって?
なんだって……?
どういうことだ……???
そもそも……。
「異星体は人間の子を孕めるんですか?」
「やろうと思えば」
「やろうと思えば!?」
「実例は未だありませんが。あなたたちが第一人者になればよろしい」
「あれ……。ゴムしてたのって意味ありました?」
「ないですね」
「ないんだァ!?」
「これからは生で大丈夫ですよ」
「義理の母親から許可されることってあるんだ……」
とはいえ倫理的にどうなのかという話ではある。
家の中のゴムを使い切るまで、この話は保留ということで……。
「そもそも、五ツ星なんて、あなたにとって通過点に過ぎないでしょう?」
卓上、彼女の表情は、喜悦に歪んでいた。
「言ったでしょう。我々は奉仕種族だと。何者かに奉仕することで、初めて喜びを感じる。そういう種族なのです。そして、それは私も例外ではありません。将来的にわたくしを従えてくださいね?」
深淵が漏らした本音が聞こえた。
――ねぇ、将来の、ご主人様?
■
『エル』
――そう呼んで彼女が僕に傅く日が、いつか来るというのだろうか。
『おいで』
――五ツ星の規格外を、胸に抱く日がいつか来るというのだろうか。
『いくぞ』
――この少女と共に戦場に赴く日が、いつか来るというのだろうか。
それは、僕にとっては未だ遠い、遥か『未来』の物語。
――未来よりも先に、僕は現実に目が覚めた。




