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なんにでも変身できるスライムみたいな化け物と僕はラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真


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03 宇都宮有との約束



 案内されて訪れた宇都宮の部屋は、意外なほどに質素だった。いや、質素という言葉では生ぬるい。無機質だ。

 そこは、六畳一間のワンルーム。

  しかし、完璧な美少年、いや今は美少女だが――が、そんな彼(彼女なのか?)が住むにしては、あまりにも空虚すぎる空間だった。

  壁際に置かれた安物のパイプベッドと、古びたローテーブルが一つ。あとは、大きめの本棚か。 インテリアと呼べるものは、その三つだけだった。 

 娯楽を垂れ流すテレビも、アニメのポスターも、エロ本も、思春期の男子が持ちたがるような娯楽の欠片が見当たらない。

  唯一、棚に収納されている教科書と参考書の数々だけが、彼が《宇都宮有》という人間を演じるための、思春期の人情味に思えた。

  僕がそこに視線を釘付けにしているのに宇都宮は気づいたのか、苦笑した。

「好きなんだよ、勉強。意外かもしれないけど」

「別に意外じゃないよ。お前、勉強得意だろ」

 と言うか、テストで百点を逃した姿を見たことがない。こいつはとにかく完全無欠の満点人間――だと思っていた、昨日までは。やっぱり人間ではなかったのだから、安心だ。化け物に負け続けていたというのだから納得感がある。それが、宇都宮から嫌悪感が消えうせた一番の要因だろう。

「……得意と好きは違うだろ?」

 ふと、宇都宮は声を静かに漏らす。

「俺は人を殺すのは得意だけど、好きじゃない。勉強はさ、単純に好きなんだよ」

 その言葉が、僕の耳に切実に響いた。

「そうか、好きなのか、勉強」

「うん」

 宇都宮は頷いた。

「そうか……」

 宇都宮は確かに人間じゃないけれど、理解不能な怪物じゃない、真剣な横顔を見て、そう思う。良い奴じゃないけど、悪い奴でもない。中途半端な怪物なんじゃないか。僕は少し、宇都宮に対する認識を改めた。

 

  さて、本題。宇都宮が見せたがっていたのは、これだった。


 異星技術。世の中には、人知を超えたテクノロジーがあるが、それは、宇都宮のような《異星体》によって人間に提供された技術であるらしい。目の前の《銃》も、異星技術の詰まった至高の逸品だ。

 

「これはな、《シルバーバレット》。直訳で銀の弾丸だな。これはすごいんだぜ。《異星体》への特効薬だ。一ツ星なら一撃で殺せる。二ツ星なら二撃。そうだな、★の数だけこの銃弾を耐えられるって認識で良い」


 宇都宮の手から差し出されたそれは、僕が知る銃とは一線を画していた。 タイプで言うなら拳銃だろう。警察官が携帯するような奴。だが、特筆するべきはその色だ。

 白銀。銀色の拳銃。

 綺麗だ、一目見てそう思う。

 鈍い銀の光を放つその銃身は、継ぎ目一つない完璧な滑らかさを誇っている。まるで液体金属をそのまま凍らせたような、工芸品的な美しさ。  

 手に取ってみると、中学時代の一万八千円の相棒とは比べ物にならなかった。ずっと重い。この拳銃には、密度がある。それは、明らかに何かを殺すためのものだ。どうせBB弾なんか入っちゃいない。

 僕は慣れた手つきで、グリップの脇にあるマガジンキャッチ――弾薬を格納するマガジンを取り外すためのスイッチを押し込んだ 。

 カチリ、という精密機械特有の硬質な音。中学時代に使っていたプラスチックの塊とは比較にならない重厚な質量が、自重に従ってスルスルと掌に落ちてくる 。

 マガジンの中で、銀色の弾丸が身を寄せ合うように並んでいた。僕は親指の腹で、一番上の弾をそっとなぞる。モデルガンのBB弾とは違う、指を切りそうなほど冷徹な金属の感触 。

 一発、二発。バネの抵抗を感じながら、一発ずつ指で弾き出すように数えていく。三、四……七……十。十一、十二。

 十二発の弾丸がそこにある。

「は、ははは……」

 変な笑いが思わず漏れる。

 本物じゃねぇか、これ。

 マガジンをしまって、改めて構えてみる。

 思いっきりグリップを握れば、尋常ではないほど冷たい。まるでそこだけ雪のようだ。だが、掌に馴染む感覚は、まるで自分の神経が銃身の先まで繋がったような錯覚を覚える。いや、分かる。

 実際に繋がっている。

 銃の情報が直接脳に叩き込まれる。

 

【個体識別ID:SB-EX-013。名称:シルバーバレット。残弾数:十二。チャンバー状況:満。最大飛距離:100m 有効射程:50m――】


「おいおいおいおい……」

 近未来が訪れた。ただグリップを握っただけで情報が脳に伝達されるとか、なんだよ、これ。僕が驚いているのが小気味いいのか、くくく、と宇都宮は笑っている。

「驚いたか?」

 背後から肩に触れ、間近で僕に笑いかける。

 美少女の顔面が近い。お前、今自分が女の顔してるって忘れてるんじゃないだろうな……まぁそれは置いておいて。

「これ、すごすぎるだろ。……どうやって手に入れたんだ?」

「ん? 《星狩り》から奪った。優秀な奴はね、これを持ってることが多いんだ」 

「ああ、お前を狩るハンターから。……ちなみに、殺したのか?」

 僕が聞くと、宇都宮は明らかに目を逸らした。

「なぁ、月野はさ。……人を殺すのは悪いことだと思うか?」

 道徳の授業にありがちなテーマを質問された。

 人を殺すのは悪いことか。そんなの、決まっている。道徳の教科書を開けば、そこには耳障りの良い言葉が整然と並んでいるはずだ。

 

『人間には等しく生存権があり、他者の生命を奪う行為は、社会の秩序と倫理を根本から破壊する絶対的な悪です。生命は何物にも代えがたい尊いものであり、個人の感情や事情によってその重さが変わることはありません。対立や問題が生じた際も、理性を持つ人間として暴力に訴えるのではなく、対話や法的な手続きを通じて解決を図るべきです。一人の命が失われることは、その背後にある数多くの人々の幸福を奪い、共生社会の基盤を揺るがす取り返しのつかない傷跡を残します。したがって、どのような大義名分があろうとも、殺人は人間として決して踏み越えてはならない一線であり、私たちは互いの尊厳を尊重し合い、平和を希求し続ける義務があるのです』


 全部読み飛ばせ。くだらないんだから。

 

「――場合によるだろ」


 くだらない道徳を蹴り飛ばしながら僕は続ける。 

「例えば、誰かに殺されそうなとき。俺がその誰かを殺す手段を持っているとしたら、俺はそいつを殺す」

 宇都宮は真剣に僕の目を見つめながら、続きを待っている。

「続けて、大切な誰かが殺されそうなとき。妹とか家族とかが殺されそうになっていて、俺が殺そうとしている奴を殺す手段を持っているなら、俺はそいつを殺す」

「結構、物騒な考えしてるんだね」

「自覚してるよ」

 言った後で恥ずかしくなって、僕は思わず後頭部を掻いた。

「だけど殺す。二言はない。僕はさ、ヒーローになりたいんだよ」

「ヒーロー?」

 聞き返された。

 僕は、すごい恥ずかしいことを言う自覚はあったが、銃を触らせてもらった礼に、自分の秘密を暴露することにした。

「……仮面ライダーって知ってるか」 

「うん、ちょっとは。変身するんだよね」

 僕は頷いて、饒舌に続けた。

「ああ、普段は冴えない男が、ベルトの力で変身して、悪い奴をぶっ倒すんだ。変身できるのは少しの間だけで、すぐに冴えない男に戻るんだけど、変身してるときは、仮面ライダーの時は、すげぇかっこいいんだよ」

 恥ずかしい。僕はきっと赤面している。だけどもう止まらない。言葉を止めずに紡ぎ続ける。

「僕は仮面ライダーになって、カッコいい自分になりたいんだよ!」

 平凡な僕だからこそ、憧れた夢。

 それが、仮面ライダーだった。

 月野はそれを聞いて、笑った。

 嗤っているのではない。嘲っているのではない。ただ、純真無垢な子供のように、笑った。

「なんだよそれぇっ!」

 楽しげに口元を歪めていた。

 金髪の美少女は、たまらない、と言った様子で地面を転げまわった。捧腹絶倒とはそのことだった。僕の憧れは、宇都宮の爆笑を搔っ攫って行った。

「あー! 話すんじゃなかったぁ!」

 僕は叫ぶ。恥ずかしかったからだ!

 口が滑った。銃を握った高揚感のせいだ!

「そんなに笑うな! 撃ち殺すぞっ!」

 もちろん冗談だったが、宇都宮は笑って言う。

「いいねぇ、それ」

 宇都宮は立ち上がり、地面に向かって掌をかざす。

 その掌から沸き上がり落ちていくのは、翡翠色の《何か》。

 それが、どんどん、どんどん、体を成していく。

 

「あ、ァ、あー、aa、あ? あー、あー、あ――」


 何が起きてるか理解するのは難しかった。たったいま生まれたばかりの、翡翠色の何かが、発声を試しているのだ。それは成長していく。少しずつ、少しずつ。

「今作ってるのは俺の分身だよ」

 美少女の方の宇都宮が、そう補足する。

「なぁ、廃工場の決戦、覚えてる?」

「忘れるわけないだろ」

 それは決して消えることのない、僕にとっての屈辱だ。

「リベンジマッチしようよ」

 宇都宮は笑う。そうしているうちに、男の宇都宮が完成する。

 宇都宮が二人、同じ部屋にいる。何が何だか、まだ頭が追い付かない。美少女の方の宇都宮が言う。

「どう? やれそう?」

「んー、たぶん? でも今の俺、一ツ星くらいしかないぜ?」

「そりゃ節約したし、月野に合わせないとフェアじゃないじゃん」 

「それもそうか」

 宇都宮同士で合意を取っている。なんだこれは。

 どういう光景だ、これは。

 

 美少女の宇都宮は言う。

「俺さ、君にリベンジしたいんだよね。だって負けたじゃん」

「僕は勝ちだと思ってないけどな、アレ」

 ぷくーっと、宇都宮は可愛らしく頬を膨らませた。

「うるさい! 俺は負けたの! リベンジしたいの! その銃使っていいから戦ってよ!」

 僕は改めて、握りっぱなしの銃を見下ろす。

 これで戦う? 本気で?

「いや、殺しちゃうじゃん……」

「へー、勝つ気なんだ?」

 宇都宮は好戦的な笑みを浮かべる。

「やる気はない?」

「消極的ではある。だって殺したくないし」

「じゃあご褒美があるなら?」

「ご褒美?」

 僕が聞き返すと、宇都宮が言った。


「もし俺に勝ったら、理想の女の子に変身して、一日デートしてあげる」


 ……マジで?

「マジのマジで?」

「マジだよ、マジ」

「そういえば思い出したんだけど、お前って彼女いたよな?」

「え? あれ俺の分身だけど?」

「合点がいったわ」

 こいつの彼女を、遠目で見たことがある。

 めちゃくちゃ可愛かった。俺好みだった。付き合いたかった。

 そんな美少女と一日デートが出来るだと。

 

 僕は男の方の宇都宮を見た。

 そして、笑って告げてやる。

 

「今度こそ完璧に殺してやるよ」


 男の宇都宮も、好戦的に笑った。

 裸なのは格好がつかないが。生み出されたばかりの宇都宮は服を着ていない。早く服を着ろ、そして僕と戦え。

 戦場は、もちろんあの廃工場で。

 グリップを、強く、強く握る。

 殺せる気がする、今度こそ、お前のことを。

 

 都宮の部屋を飛び出し、夜の帳が下り始めた街を無言で歩き始めた。 背負ったバッグの中には、僕の心臓の鼓動と同期するように冷たく脈打つ《シルバーバレット》が潜んでいる。これで奴を殺すのだ。  

 目的地は、かつて僕たちが毎週のように通い詰めたあの廃工場だ。 錆びついた鉄門を潜り、埃とオイルの匂いが充満する広大な空間へ足を踏み入れる。 割れた窓から差し込む月光が、複雑怪奇に入り組んだ廃材の山を青白く浮かび上がらせる。

 中々、戦場らしいじゃないか。

「懐かしいね、月野」と、僕の傍らを並走する美少女姿の宇都宮が、楽しげに目を細める。

 だが、その視線の先にあるのは、広大なフロアの対角線上で既に配置に付いた、月光に照らされる《もう一人の自分》だった。

 男の宇都宮有。

「君は勝てるかな?」

「やってみないと分からない。だが、負けるつもりはない」

 僕は深く息を吸い込み、肺に冷たい鉄錆の味を馴染ませる。

 中学時代の後悔も、惨めな敗北も、すべてをこの銀色の銃弾で精算するために。 

 お互いに目視が出来る距離、約百メートル離れた時点から――

「スタート!」

 美少女の宇都宮によって号令が鳴る。

 リベンジマッチが始まる。

 僕は即座に銃を構えず、相手の動きを観察するために男の宇都宮を見て――驚異的な速度で触手が飛んできていることに気づいた。

「うわぉ」

 気合で避けたが、追尾、曲がって来た。

 ジャンプで避ける。そして、なんとなく――触手の弱点もわかっていた。僕は弾丸を放つ。トリガーに精一杯の力と期待を込めて。

 

 バンッ!

 

 放たれた銃弾は、触手を黒焦げにしていた。

 理解する。これは、本当の本当に《異星体》に対する特効薬だ。残段数は残り十一。男は回復のためか、触手を即座に引っ込める。

 ん? 待てよ?

 僕にはリロード用の弾薬がない。渡されていない。どうにもシルバーバレットは貴重品らしい。残段数残り十一。

 回復を終えたのか知らないが、再び触手が展開される。

 

 あ、これ、マズいかもしれん。

 

 僕は触手のリーチに限界があることをただひたすらに祈りながら、工場の奥へと非難した。残段数残り十一。

 ……勝てるのか、僕は。

 

 理想の美少女とデートが出来るのか、僕は!?

 

「畜生……やってやるよ」


 生憎と、昔から逆境の方が燃えるタチだ。

 あの日のリベンジをしよう、宇都宮。

 

 今度こそ僕が完璧にお前に勝って見せるから。

 握手も求めず、悔しさで歪んだ表情を僕に見せてくれ。

 

 リロードは不可。装弾数は残り十一。

 相手の正体は不明。不利なことこの上ない。

 

 だけど、絶対に僕が勝つ。

 

 

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