SS①『胸のサイズを答えろ。さもなければ殺す』
○SS1
言葉選びを一つ間違えただけで、自分は死ぬ。結姫乃がそんな確信を抱いたのは、宇都宮『有』。
自分と戦った月野の相方である『宇都宮』は分身体であり――本体は目の前の『有』である。
夏期講習から帰って来た結姫乃にあったのは、安寧ではなかった。初に、『有(本体)の方がお前と会いたいってさ』と言われ、最低限の準備だけをして、この部屋――宇都宮有が一人暮らしをしている六畳一間のワンルームに、のこのことやって来た間抜けが、結姫乃である。仕方のない事情はあった。そもそも、結姫乃の中には、今という異物が混入しているのだ。
《星の寵愛》を受けているおかげで、星がそれを融かそうと試みてくれているものの、未だ完全融解は叶わず。
これは想像でしかないが、結姫乃の意思はどうあれ、《スライム》によって身体を操作され、結局のところ、本体と対面するハメになっていたのではないだろうか。
シルバーバレットは、一応持ってきている。装填済み。12+1発の弾丸は、いつでも放てるように懐に隠している。《星魂》だって回復している。《星魂》なんて、一晩寝れば回復するものだ。
だから、全力戦闘は、できる。いざとなれば《星戦》だって――いざとなれば、口上をいくらか省略して宣言できるはずだ。あの戦い・『月野VS結姫乃』を経て、星の好感度が上がったらしい。それは自身でも実感していて、あの戦いを経て、自分は成長しているのだ。あの戦いがおそらく、星間で注目されていたのだろう。とんでもない星の加護――俗に言えば『経験値』が入り、以前よりレベルアップしているのは、分かる。以前までの実力は高く見積もって《二つ星・上位》と言ったところだったが、高く見積もるまでもなく、普通に上位を名乗っていいのではないか――それくら、身体のコンディションは良いのだ。今の自分は絶好調。最高のパフォーマンスを出せるに違いない。だというのに――。
「そんなに固くなるなよ、白雪結姫乃。別に取って食おうって訳じゃないんだからさ」
目の前、言葉を発した金髪の女に――どうあがいても、勝てるビジョンが浮かばない。実力のある《星狩り》程、相手の力量を正確に見定められる。だからこそ、結姫乃は勝てるわけがないと思った。
間違いなく、《三ツ星》――いや、《四ツ星》にももう少しで手が届くんじゃないか。結姫乃は仕事柄、数多くの化け物と相対してきた。だがその時は一人ではなく、大抵の場合は仲間がいる。当時の実力不足と、その安心感も手伝って、冷静に、『強敵』を見定める機会がなかった。こんなことは初めてだった。どうあがいても・どんな最高のパフォーマンスを発揮しても、100%自分は負ける。
1%の勝機もない。今、現状で、目の前の怪物に勝つのは不可能だ。しっかり、冷静に、分析している。
これは妄言ではなく、本当に、勝てるわけがない。
「――や、だからさ、落ち着けって」
気づけば、宇都宮有――初の言葉を借りるなら、『有』と呼ぶのが適切なのだろう。有はベッドの上に腰かけ、愉快そうに自分のことを見ていた。
「三ツ星と会うのは初めてか?」
「初めて、では、ないわ。……討伐したことだってある。でも、その時は仲間がいたわね」
「ま、そりゃそうだわな。『パーティー』を組んだ方が強いってのはゲームの中でも普通のことだぜ。じゃ、一対一は初めてって訳か?」
「ええ……」
適当に座れよ、と言われたので、結姫乃はそこら辺の地べたに座り、卓上にシルバーバレットを静かに置いた。
「お、いいのか? オレに対する唯一の反撃手段をそんなところにおいて」
「私にはあなたに対する敵意はないわ。……むしろ、畏れている。そんな状態で、照準が定まるわけがない……。どちらにせよ当たらないのだから、誠意を示した方が堅実でしょう……?」
そりゃそうだ、と有は笑い、うなじから伸ばした触手で、卓上のシルバーバレットを奪い取った。いや、献上するつもりはなかったのだが。ただ、敵意がないことを示すためにそこに置いただけで――と文句を垂れたところで、意味がないことくらい、分かっている。
この場の支配者は、彼女だ。
「ちょうどさぁ、二丁拳銃してほしかったから助かるわー」
「……二丁拳銃?」
「昔やってたサバゲ―でさぁ、二丁まで銃を持っていいってルールがあったの。でもオレ在庫不足でさ、月野に貢げる限界が一丁だったんだよね。これのお陰で、月野のカッコいい二丁拳銃が見れる♪」
触手で銃をもて遊び始めた彼女は、まるでお気に入りのオモチャを見つけた子供だ。いや、子供と言うほど可愛げはない。違う、子供という表現はあっているのだ。だから、おそらく彼女は――力を持った子供だ。大人でなければ兼ね揃えられない、実力――実力・知力・権力――その他、全てを持った子供なのだ。
「最高の貢ぎ物、ありがとな!」
「え、ええ……」
本来貢ぐはずはなかったのだが……。ああ、シルバーバレットを紛失したことに対する始末書を書かなければならないし、再発行手続きをしなければならない。仕事がまた一つ増えた。
……結姫乃は嘆息する。このままならない現実に。
怪物と相対しているという現実に。だが、むしろ貢いでよかったのかもしれない。怪物の機嫌を取ることは、自分の生死にも関係する。少なくとも、結姫乃は、ここで死ぬわけにはいかない。
《東京大停電》を起こした異星体――それに対する復讐・そういう使命があるから。死ぬわけには、いかない。生きて帰らなければいけない。絶対に、絶対に生きて帰る。そのためならなんだってする。
「悪い悪い。予想外の貢ぎ物で喜んじゃってさ。――本題に移ろう」
そこで直感する。部屋の空気が変わった。ピリっと、張り詰めたものになる。これからの一言、一挙一動が全て死因になりうる。
《後見星》が今すぐ逃げろとささやいてくる。分かるだろう、不可能だ。100%勝てないし、逃げられない。だから、どうしようもなく、結姫乃はこの支配者に首を垂れるしかないのだ。
「なぁ、お前ってさ、」
ゴクリ、と思わず唾をのむ。
何に対する《審問》だ――?
「お前って月野のこと、どれくらい好き?」
「――っき、ああ、初くんのこと?」
その名前が出てきて、思わず肩の力が抜けた。
「そうそう。あ、お前は初って呼んでるのね。あー、オレも下の名前で呼ぼうかなー、どうしようかなー」
「好きにすればいいんじゃないかしら?」
「確かにな」
納得したように、有は頷いた。
「で、どのくらい好きなんだ?」
「どのくらい好き、って……」
「まず、お前は月野に好意を抱いているよな。スライムとか関係なしに。初めっから、ある程度の行為を抱いていたよな」
……乙女心を丸裸にするような質問だ。
だが、答えなければ死ぬのは自分である。
「……ええ」
「どれくらい好きだ?」
「どれくらいって……」
「今すぐ結婚したいくらい好きか?」
「そこまでは、」
「ちなみにオレの好きはこれくらいな」
有は、今すぐ結婚したいくらい月野のことを好きらしい。
正直、分かると思ってしまう自分がいることが、悔しい。彼は人間的魅力にあふれている――本人は無自覚だろうが、結姫乃ですらそう思うのだから、間違いない。彼は魅力的だ。
「じゃあ次の段階だな。今すぐ付き合いたいくらい好きか?」
「それは……どうかしら……」
今すぐ付き合いたい、という訳ではない。
異性としての好意を持っている、それは間違いない。
地味に、初恋だ。結姫乃は今まで恋愛行為に興味がなかった。好意を跳ねのけた経験しかない。誰かに恋をするなんて……言葉にするのも恥ずかしいが……初めてなのである。
「少しずつ距離を縮めていきたい……かしらね。付き合う可否はその後に。彼の人間性をよく観察して、その上でまだ好きなら――ええ、付き合いたいというでしょう」
そっか、と屈託のない笑みを有は見せる。
……最初から、この少女に敵意はなかった。
今、気づく。ただ確認をしたかっただけなのだろう。
自分が月野の恋敵であるかどうか――……あれ?
恋敵ではないか、私……?
「あ」
失言を悟る。
やばいまずいやらかした!
でも嘘を言う訳にもいかないじゃないか⁉
っと、とっ、とはいえ、タダで殺されてやるつもりも――。
「あぁ、いや、安心しろって。戦わねぇよ。どうせオレが勝ってしまいだし。勝敗の決まり切ったことに興味ないからさ、オレ」
抜け抜けと、確実に勝つのは自分だと断言する。
まぁ、実際、その通りなのだろう。
戦ったら負けるのは私だ。
敵意がないことは、結姫乃にとっての救いだった。
「というかオレは月野とセックスしてるし」
「――ッ⁉」
「お前よりはるか上の関係なんだよねぇ」
にこにこと、有は笑っている。
セッ――ク――性交?
そっ、そんなバカな……。
「は、破廉恥よ……」
「うっせー。人間の尺度で測るなー、こちとら異星体だってーの」
「いやっ、それは、そうなのだけど……、えっ、本当に?」
「嘘なんかつかねぇって。あ、スキル使っていいぞ。真偽見破るスキルってあるよな、基礎の中に」
汎用的なスキルまで把握しているのか、この異星体は……。
化け物だ。再び嘆息しながら、結姫乃はスキルを詠唱する。
「《審問》――あなたは月野初と性行為をしたの?」
「したよ」
スキルが告げる――真実。
真実か、偽証か。質問に対し、二択を迫るスキル《審問》。
汎用スキルとはいえ、適性の有無はある。
スキルには適性の有無が大きく関連する。【汎用スキル】と呼ばれる一般的に普及したものではあるが、《審問》に適正があるものは極端に少ない。
だが、結姫乃は《審問》のスキルに適正がある側であり――このスキルに多大な信頼を置いている。無詠唱での《審問》は凶悪だ。
例えば――
『ほら、僕から俺にするタイミングってあるじゃないですか。その、だから、試しに俺って呼んでみたり……』
『本当に?』
過去のこのタイミングで、結姫乃は無詠唱の《審問》を使用していた。結果は偽証。そこで、異星体に寄生されていると判断したのだった――まぁ、それはともかくとして。
月野初は有と性行為をしていた……。
ショックだった……。
な、何故ショックなのかしら私は⁉
じ、自分でもよく分からない。
何かしら、これ……。
これが、恋だとでも?
「うぅ……」
不快ではない。ただ、不本意な感情に振り回されつつある。
「そういえばさ、お前のおっぱいのサイズってどれくらい?」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
何を言っているんだこいつは、という。
あまりにデリケートな質問で、びっくりしてしまった。
「いや、月野って巨乳が好きっぽいんだよね」
「そうなの? その割には視線を感じなかったけれど」
女は視線に敏感だ。特に、胸に向けられたものならすぐに察知するのだが――月野にはそれがなかった。だから心地よかった、というのもある。
「月野はオレのこと大好きだから。他の女をそんな目で見ないの♪」
「そ、そうなの……」
それは、なんというか、悔しいような……。
何故?
ああ、また感情に翻弄されている!
「それで、お前のサイズは? 目視の範囲だと、かなりデカいよな」
「き、気にしてるのよ言わないで頂戴! と、というか。……そ、その質問に答えることに何の意義があるのかしら……?」
「オレがお前に勝ってるかどうか分かる。いいから、教えろよ」
せ、セクハラだ……。
しかも拒否できないタイプのセクハラだ……。
最低な社会の洗礼を、今結姫乃は味わっていた。
「……前測ったときは、91センチ。Fカップだったわ……」
――屈辱。
屈辱以外の何物でもない!
胸が大きいのはコンプレックスなのだ!
邪魔だ! 基本的に邪魔だ!
足元が見えないのは当然として、重い!
ブラジャーとかも大きくなるたびに新調しなければいけないし、面倒なことが多いのだ!
「……満足かしら……?」
とても恥ずかしかった。
とはいえ、だ。
……従うのしかないのである、この支配者に――
「――っしゃーオレの勝ちぃ!」
何故か有は喜んでいた。
「??????」
ちょっと意味が分からなかった。
「オレは95センチのGカップ。この意味が分かるか?」
「え、ええと……」
「オレの勝ちってことだよ!」
何故胸の大きさで勝ち負けを競っているのか、結姫乃には理解できなかった。だが、何故かこれから女子同士の会話は盛り上がっていき、結局、
「月野っていいよね……」
「まぁ、悪くないわよね……」
――そんな結論に落ち着き、その日は解散となった。




