一章:エピローグ
「あなたの星団の加入が、正式に決まったわ」
結姫乃はそう言いながら、ナイトを動かしてくる。
《特別自習室》――卓上にて、俺たちは再びチェスをしていた。
さて、中々に厳しい局面だ。次の一手を考えながら、会話を続ける
「そうか。結局、言わなかったんだな」
俺が異星と《融和》していることや、旧採石場で激戦を行ったことを――目の前のこいつ、白雪結姫乃は公言せずに自分の中に秘め、俺が星団と言う《星狩り》が集まるコミュニティに加盟するための作業を、粛々とこなしたのだった。
「一体どういう了見で?」
このタイミングで俺はクイーンを走らせる。相手のキングにチェックがかけられた。結姫乃は顎に手を当て思考をしながらも、返す。
「あなた、別に人類への害意があるわけじゃないでしょう」
「ん? おう。そんなの当たり前だが?」
俺は一般的な倫理観を持っている。人を傷つけたら罪悪感が湧くし、人を殺すなんてまっぴらごめんだ。絶対にごめん被る。
「あなたは《異星》と融和しておきながら――最後の最後まで、敵意を感じなかった。私が戦闘中、あなたに感じたのは――ただ戦闘を楽しみたいという、悦びだけ」
「そりゃそうだろ、楽しかったもん。結姫乃は楽しくなかったのか?」
そう名前を呼ぶと、結姫乃の肩がピクリと跳ね上がる。
……前から思っていたんだが……。
「名前で呼ばれるの、苦手なのか?」
結姫乃と呼ぶたびに、肩が震える? というか、とにかく跳ね上がる。まるで驚いたみたいに。別に脅かすのは本意じゃない。
「呼び捨てにするのやめようか? 今まで通り『さん』付けで」
「違うのよ」
結姫乃は首を振る。
「……兄を思い出すの」
「兄貴? 兄ちゃんがいるのか」
へぇ、意外だな。そんなニュアンスで問いかけると、彼女は沈痛な表情をした。
「死んだわ。《東京大停電》の時に……」
「あー……」
四年周期の大災害。
それは異星体によって引き起こされるもので――当然、《星狩り》も対処にいそしむだろう。その時に、か……。
「この話題はタブーにしよう。俺が無神経だった」
そう謝罪を口にすると、結姫乃は首を横に振る。
「いいえ、いつか話すべきだった。初くん。私はね、あなたに協力を要請したいのよ」
「協力?」
問いかけると、ええ、と結姫乃は頷く。
「……改めて聞くけど、あなた、戦闘を初めて何か月目?」
「んー……ガチで死ぬ可能性があった、廃工場の時からってことにするぞ。――一週間だ」
結姫乃は驚きこそすれど、やっぱりね、と嘆息を隠さなかった。
「控えめに言ってあなたは天才よ」
「んなアホな。僕は常に宇都宮に負け続けていて――」
「あれですら分身なのでしょう」
結姫乃は昨晩の黒色の触手のことを思い出しているようだった。圧倒的な暴力・二ツ星とも対等に渡り合ったあの力のことを。
「本体は、アレよりもっと強い……?」
「たぶんな。――というか、」
最初、路地裏で見た、あの《暗闇》――その正体を今更ながらに悟る。《星戦》だ。結界の要素がない、外部から侵入可能な、有の《星戦》。初め見た時は分からなかったが、僕も似たようなものを行使したことで、あの正体に気づく。有は少なくとも、《星戦》を行使することが出来る。まぁ、三ツ星だと言うし、当たり前なのかもしれないが。
「……三ツ星つってったし、そりゃあ、強いよなぁ……」
「三ツ星……?」
信じられないと言った様子で、結姫乃は目を丸くする。
「確認だけど、《母体》じゃないのよね?」
「ん、ママは別にいるって言ってた。ほら、あの時力を貸してくれた人がいるだろ。あれが――《五ツ星》のママだ」
結姫乃は額を抱える。頭痛が痛い、と言わんばかりに。この言葉は実は矛盾しているのだけど、今の結姫乃を表すのに、これ以上適切な言葉はないだろう。心の底から溜息を吐きたそうな表情をしていた。
「別に、神々が五ツ星なのは珍しいことじゃないわ。……ただ、《異星体》の母体が五つ星相当、というのは、異常よ……」
「ん? 神と星の違いがあるのか?」
「そうね、五つ星が都市伝説だとするなら、神――便宜上★を付けるなら、六ツ星や七ツ星――そんなのは神話的な生物よ。人間ごときが太刀打ちできる存在じゃない」
「へぇ……」
まだ上があるのか。確か、宇都宮は一般的な強さは一ツ星~五ツ星と言っていた。しかし、それすらも超える《超越者》のような存在もいるのか……面白い。ママより強い存在がいるなんて……。
俺は確かに笑っていた。その自覚があった。
「――あなたがいれば、」
結姫乃は言葉を切り出す。
「《震災》の影響を、更に抑えることも可能かもしれない。このままの勢いで成長していけば、という話ではあるけどね」
「そりゃ光栄な評価だ」
《震災》――要は四年周期の大災害。
結姫乃の言い分はこうだ。普段は異星体と融和できるという事実を隠匿しつつ、星団の元で修練を組み、来るべき時に力を使え、と。
次は組織への潜入――修行パートか、ワクワクしてきた。
「そういえば飲み込んだあれだけど、効き目は大丈夫そうか?」
ちなみに今は夏期講習の四日目。
三日目の《極上の勝負》は、今は省略させていただく。しっかり結姫乃は《特別自習室》に赴き、俺と戦い、勝ったり負けたりした。その事実だけで十分だし、詳細を説明するのは野暮だからだ。
変えるためのバスがやってくるまで、ここで遊戯に興じているというだけ。
「――効果は、てきめんよ」
結姫乃は俺の顔を見て、すぐに目を逸らす。
理性的な話をしているときはいつもの表情を維持できるようだが、異性として意識し始めるとこれだ。すぐに顔を赤くする。
「……気持ち悪いとかは、ないか?」
「は? 気持ち悪い?」
結姫乃は、よく分からない、と言わんばかりに首を傾げた。
「いや、本来それは口封じのためだったんだけどさ……双方にメリットがあって、俺の正体を言う必要がなくなったじゃん?」
俺はいずれくる《震災》に備えて強くなるし、人類に対する害意もない。ってことで、結姫乃は俺を仲間に引き入れる価値があると判断したわけで――
「いやなら吐き出させてやろうか? 宇都宮、できるだろ」
『えー……。まぁボクとしては別にいいけどさぁ」
相変わらず俺の中に棲みついている宇都宮に声をかけると、憂鬱そうに溜息を吐いた。
『おすすめはしないかなぁ。ボクたちの正体を告発されたら、大変なことになるよ? 本体の元に逃げ帰って、ママの庇護下にいるなら、どうにかなるかもだけど……月野は普通の学園生活も送りたいんだもんね?』
「あたりまえだろ。青春は一度きりなんだから」
『でしょー。だったらさぁ……』
「――吐き出したところで、私の心は変わらないわ」
結姫乃は切り出してきた、が……は?
「なんとおっしゃいました?」
「元々私は、最初から初くんに好感を持っていたという話よ。いえ、あの戦いを経てさらに強まったかしら。――まさか、私が、全力で戦って負けるなんて……」
とろりと、アイスブルーの瞳が潤んでいく。
それは敗北の悔しさではない。
初めて《絶対的な上位者》にねじ伏せられ、抵抗すら許されずに屈服させられた――その強烈な快楽に浸る、雌の顔だった。
「冗談、ですよねぇ……?」
「ふぅ……」
僕の問いかけに対し、高揚を落ち着かせるように、結姫乃は溜息を吐く。いつもの冷静沈着。涼しげな真顔で、結姫乃は続ける。
「負けるのは怖いことよ。少なくとも、私にとっては。敗北って、今まで積み重ねてきた自己肯定感を揺るがす行為だと思わない?」
「前もそんなこと言ってましたね」
「えぇ、だけど……完全に敗北して、自己肯定感が破壊された後に残るものって何だと思う?」
僕が沈黙していると、結姫乃は続けた。
「強者への従順よ。それは、自分のプライドを守るための行為なのかもね。自分を壊した存在には、圧倒的に強くなってもらわないと困るのよ」
そこで結姫乃は身を乗りただした。
綺麗な顔が眼前に迫った。チェスなんか度外視して、俺に近づいてきた。
「私はあなたに惚れたのよ。壊されたとでもいうべきかしら。とにかく、自分が強者であるという驕りは完全に打ち砕かれた」
あまりにも唐突に。
「私は弱い。少なくとも今は。……だからあなたについていきたいのよ」
それは、告白だとか、そういうやつじゃないだろうか?
いや、びっくりだ。
嘘だろ、
冗談だろ、
質の悪いドッキリだろ?
そう思いたいのだが、やはり、結姫乃の顔は本気だった。
「いやでも、俺には宇都宮も有もいるんで……」
そうだ。
俺はそもそも、二人の女(同一個体)に囲まれているのだった。
「はぁ、そう。……残念ね、告白が成功したらよかったんだけど」
結姫乃はため息を吐く。
「じゃあそうね、妾や第二婦人でも構わないわ。宇宙ではハーレムなんて一般的でしょう?」
『ん、まぁ、そうだね。ハーレムなんて普通だね』
「ハーレムは普通なのか……?」
「現代日本でもそのうち法改正が起きるわよ。《異星体》の力でね」
「えぇ……何それ……」
「まぁ、今は私があなたに好意を持っている、とだけ覚えておきなさい」
「なんで俺なんかに……いや、そもそもあれはギリギリの戦いで……」
「あのね、冷静に考えてみてほしいのだけど」
結姫乃は足を組みながら、優雅に言った。
「長年《三ツ星》相当の相手と張り合ってきたのよ、あなたは。負け続けたから認知が歪むのは当然かもしれないけれど、あなたは天才。少なくとも、私が惚れるだけの器量があるわ」
「て、天才……?」
僕が、天才?
いやただの秀才じゃないか?
え? 天才? え、えぇ……?
器量って……、ええええ?
「まだ現実が受け入れれない……」
くす、と結姫乃が笑った。
「少しずつ現実を受け入れていきなさい。それが子供の務めというものよ」
「大人だなぁ……」
そう感心していると、
ピピピピピ!
と音がした。持ち時間が切れた合図だった。
持ち時間が切れたのは――結姫乃。
会話に夢中で、チェスをしていることを忘れていたのだ。
俺はしっかり覚えていたけどな!
「あら、こんな負け方もあるのね」
結姫乃はタイマーを止め、楽しそうに笑った。
――勝っても負けてもどうせ死ぬなら、勝つことに何の意味があるんだ。
昔、僕はそう思っていた。人生百年時代。
遅かれ早かれ、人は死ぬ。
それでも勝つことも、負けることにも意義がある。
勝利は楽しいし、敗北もまた楽しい。
人生は楽しんだもの勝ちだ。
「時間があるし、もう一局差そうぜ」
「えぇ、上等ね」
そう言って、結姫乃は駒を整え始める。
「そういえば、チェスは負けるからやらないっていってなかったか?」
戦いが始まってからの疑問を、俺は結姫乃に投げかける。
彼女は笑った。
「敗北にも価値がある。私はそれを、しっかりと理解したのよ」
結姫乃は綺麗に、本当に、綺麗に笑った。
……なるほどね。
確かに一局差す時間はある。
だが、バスの出発時刻を踏まえて、これが最後だろう。
「結姫乃」「初くん」
声が重なる。
「「――《極上の勝負》の勝負をしましょう」」
【chapeter:2 clear!!】
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あと少ししたら世界観や設定をまとめた資料・スキルの詳細説明などを書いたデータベースを投稿しますね。そういうの好きだろ、お前ら。




