17 星に愛された男(★★戦・決着)
悪夢なら今すぐ覚めてくれ。
白雪結姫乃は、展開されつつある《星戦》を見て、久しぶりにそんな弱音を吐いた。夜よりも濃い《深淵》が、あたりを包み込もうとしている。間違いなく自分の属する氷の国でもなければ、炎の国でもないし、水、光、闇とすら――本質とは異なっているように思える。
あの触手がデータベースにないと言った。
それは本当だ。人間と融和し触手の力を授け、あまつさえ再生能力を持つ――そんな《異星体》は未発見だからだ。
未確認生命体。
人間が、星のすべてを観測できるはずもなく、当然、未知のモノもある。《未確認生命体》とは初見の異星体に付ける別名で、今がそれだ。半径20mが深淵の檻で包まれる。上を見れば星々が輝いていて、光源はそれか、と思いつつ悟った。――逃げられない。
《星戦》は、やりようによっては結界のようにすることができる。相手に逃げと言う選択肢を選ばせないのだ。そして闇の中――翡翠色の光が神秘的に降り注ぎ、月野初に力を与え、集まったかと思うと――胴体に空いた風穴が一瞬で治癒した。
「は?」
動揺するべきではない落ち着け。《星戦》の効果は主に二つ。自身の潜在能力を120%引き出す環境を構築する。(結界も環境構築に含まれる)。その環境下では、普段は使えない応用技を使えるようになる。 次に二つ目であり最後の効果。《星の支援》――《後見星》に指定した星が直接手出しできるようになる。
まぁ、結姫乃の時には、《支援》はなかったのだが。一応は応えてくれたものの、決着は人間自身の手で付けるべきだと考えているのだろう。――その考えは否定しない、が。
「――《月輪氷華》!」
そろそろ決着を付けなければ、《星魂》が尽き果てるのは自分だ。そう思い、結姫乃は最後の最後まで隠していた奇襲技、地中から氷の花を咲かせる――奇襲攻撃を宣言する。相手の背後から、不意に生まれた氷華が、月野の身体を貫いた。
が、
貫いたはずの氷が、溶ける。そして傷ついたはずの身体が再生を始める。
――星の贔屓もひどいものだ!
明らかに《星の支援》の効果だ。異常な治癒力と――氷が解けたのは何だ? 相手が熱をまとっているわけではない。
何だか分からないが――考えるだけ無駄な時が世の中にはある。
《星戦》には制約がある。これを維持できる時間制限の話だ。今の結姫乃には実は三十秒が限界で――相手もそう相手もそうあってくれ、と祈るほかない。祈っている時点で、不確実な要素に期待している時点で、マズい。
『――可能性の話ではなく現実の話をしなさい。現実を認める様子がないから、私は、軟弱だ、と強い言葉で非難しているのよ』
自分の言葉が、後になって自分を刺してくる。
分かっている。軟弱なのは私だ。少なくとも、今、この場では。
というか。
というかだ!
「ふざけないでちょうだい……!」
自分が《星戦》を扱えるようになるまでに、どれだけの苦労があったと思っている……。一朝一夕の技術ではない。星が気に入る口上を考えては改善しなければいけないし、そもそも星が自分に魅入られなければ《星戦》の使用なんて不可能だ。
一ツ星の時から意識し始めて、結局使用に至るまで二年の歳月がかかった。《星戦》とは高等技術――
二ツ星でこれを扱えるという事実がすごいのだ!
三ツ星からは当然の技術だが……二ツ星の中でも、《星戦》を扱えるという時点で、結姫乃は上位の人間なはずなのに……。
「さて、結姫乃さん。――呼び捨てにされる準備はいいか?」
目の前の男は、なんだ?
来歴は分からない。だが、スキルの概念を知らなかったことを踏まえて、明らかに素人なのは確かだ。だというのに、何故《星戦》が使えるのだ。それほどまでにこの男は星を魅せているとでも?
というか、この男――
思考の最中、いやなものが背筋に伝う。
――《星戦》という概念を見て知って、たったの十数秒で《星戦》を宣言して見せた?
「――異常よ! あなたは!」
期待の新星――結姫乃だってそう呼ばれたことがあるが、目の前の男は格が違うではないか。期待の超新星――異例の速度で五ツ星に上り詰めた天才に似て――考えるな考えるな!
――《氷爆石》が装填された銃を構える。
まだ舞えるはずだ。相手の領域内であるからと言って、負けが確定したわけではない。これは必殺の技術ではなく、自分を引き立てるための技能の一つに過ぎないのだから――。
それから、放つ。
まぎれもなく相手を殺す一撃を、一度にとどまらず、二度。
《二連星》――勝手にそう名付けたスキルだが――もうスキルは四つ以上使ってしまった。制約違反だ。四つまでなら受けられる星の補正もそれにはない。
「――《弾け》」
当然のように黒色の触手がそれを弾く。
速度も威力も上がっている。《溜め》すらなく、溜めた時の同等の威力を有している? 待て。今、溜められた上で《刺し殺せ》があった場合、どうなる?
その場合――私は――対処もできずに――……。
というか!
この男、おかしすぎる!
無意識か?
『弾け』(触手による防衛)
『溜めろ』(触手の圧縮・威力/硬度の増大)
『刺し殺せ』(触手で相手を刺し殺す致命の一撃)
『適当な照準』(銃の乱射)
この四種類のスキルをこいつは見せたが――洗練され過ぎている!
普通、これが素人にはスキルの無駄が生まれるものだ!
ない! 今のところ、私が考えうる限りこのスキル構成に無駄がない! やはりおかしいこの男、イカれている!
天性のセンスか?
星に愛された存在なのか?
稀にいる。《星の寵愛》がないにもかかわらず、圧倒的に星の加護を受け続けた、強い人間が。
そいつに《星の寵愛》がないのは、星同士が喧嘩をしているからだ。誰が奴の《後見星》になるべきか議論し戦争し、とにかく喧嘩をしているからだ。
だが、《星戦》を――《後見星》がいなければ使えない技術を、使って見せた。それは簡単な話だ。こちらから指名し、相手が受諾したのなら、合意がとれているのだし、という理由で不毛な争いは意味をなさず、するりと《後見星》が決まる。
あの場で……指名したのだ……。
この男は無意識に最適行動を取っている……。
「……《月凍夜》」
まだ負けていない。まだ、自分は勝てるはずだ。
そう自分を奮い立たせなければ、やってられない。
右掌に冷気の展開。冷たい……そろそろ自分自身の《星魂》の底が見えつつある。《星魂》が尽きれば星とのつながりを失い、星の力は使えなくなる。残るは純粋な格闘戦だが、弾は打ち尽くしたし、予備弾薬は今は持ってきていない。
もうこの場でやるしかない。
次の一手で、凍らせ、勝利を掴む。
「――《溜め尽くせ》」
おそらくは『溜めろ』の上位スキル。
クソ、本当に何なんだこいつは!
初めての戦闘でなんでそこまで分かるんだ!
「絶対に許さない……!」
白雪結姫乃は、天才ではない。
秀才だ。様々な醜態をさらしつつ、努力を重ね、ようやく完璧超人と呼ばれるまでに成長できた。まだまだ未熟な点はある。
今がそれだろう。
目の前の天才を絶対に許さないという憎悪。
絶対に、絶対に、絶対に――殺してやる。
遊戯の枠を超えた殺意。
相手が距離を詰めてくる。
結姫乃は掌を構える。
掴めばこちらの勝ちなのだ――
「――《弾き尽くせ》」
一挙一動のすべてが触手によって牽制される、動いたら死ぬ。
死ぬ。死の気配があらゆる場所から漂っている。
殺そうと思えば、殺せるはずだ。
だが、何故この男はわざわざ自分から距離を詰めてきた?
『俺は人を殺さない。何故ならあの人に誇れるような自分でありたいから』
まさか、本気で?
これは決闘であるというのに本で殺さないつもりか!
それは強者の驕りというものだ!
「舐めやがって――!」
肉薄。
右の掌が月野に迫る。
殺す。
殺す――だが、結姫乃は失念していた。
殺意にとらわれるあまり、《星戦》中、一度だけ使える切り札の存在が、頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
月野は、にやりと笑っていた。
「――《超新星》」
そして、爆発的な拳が自身に飛来する――!
■
《星戦》は解けた。
残るのは敗者と勝者――つまり僕と結姫乃だ。
「俺の勝ちってことで良いかな。まだ何かあるなら別だけどさ」
息も絶え絶えの結姫乃に、声をかけた。
ちゃんと手加減はした。触手よりも、生の拳の方が調整はしやすいと思ったから。
「殺意に……囚われた時点で……私の負けだったのね」
結姫乃はそうこぼす。
「あ、ごめん。確認したいんだけど、俺の勝ち?」
「……Resign。私の負けよ、月野くん」
「じゃあこう呼んでもいいわけだ」
俺は笑って、そいつの名を呼ぶ。
「結姫乃」
ピクリ、と結姫乃は肩を震わせた。
観念したような溜息を付き、
「そうね、あなたにはその権利がある」
と言った。なんだか、笑いだしたくなった。
――俺の勝ちだ。
『かっこよかったよ! 月野……♡』
先ほどまで触手の操作に集中していいた宇都宮の声がする。いや、お前もよくやってくれたよ。
『えへへ……。役に立てたなら、ボクも嬉しいな……♡』
「あ? お前、一人称……」
『極度に同調してたからね、そこらへんが入れ替わっちゃったのかも。ほら、月野だって俺って言ってる』
「あー。なんか今は俺が性に合うわぁ……」
『ボクは男らしくていいと思う……♡」
「あっそう」
それならよかった。
さて、問題は、完全に敗北を認めた結姫乃の処理だが。
殺すわけにはいかないんだよなぁ、俺の威信にかけて。
というか、夏期講習中に人が死んだら大騒ぎだろ。
絶対ヤダ。
「んー。……でもこのまま返したら徒党を組んでリベンジしてくるだろぉ……?」
タイマンだからギリギリ勝てたものの、集団戦が始まったら俺は負ける。そしたら死んじゃうじゃん? いやだなぁ、タダで返すって選択肢はなし。
「じゃあさ、ボクの一部を取り込ませちゃえば?」
うなじから出てきた触手が、中ほどから口を形成し、告げた。
「あー……俺の時の爆弾みたいにするってことか?」
「んー。厳密には爆弾じゃないんだけどね。――ねぇ白雪結姫乃」
「……何かしら……?」
「ボクの一部を呑み込むなら、生きて帰っていいよ。できれば自分の意思でお願いしたいな。それ以外にも方法はあるんだけどさ、自分の意思で敗北を認めることが、敗者の義務だと思わないかな?」
宇都宮は笑って、触手の先端を球状にして、ぽとりと僕の掌に堕とした。
「あー……確認だが、飲んだら死ぬとかはないよな? 俺人殺しは嫌なんだけど」
「約束するよ。絶対に死なない。ただ、この戦闘のことは口外できないし、月野の星団への加盟が認められるような状態になる」
「……ってことだ。死なせないってのは、俺が誓う。飲み込んでくれるか?」
俺は倒れ伏す結姫乃の前で屈み、婚約指輪を差し出すかのような態度で、黒色の球状を差し出す。
「……分かったわよ」
結姫乃は、甘んじて屈辱を受け入れる、とでもいわんばかりに……僕の手から球をひったくり、飲んだ。
ゴクン。
飲み込んだ。
一体、どんな味がするのだろうか――そう思って、味の感想を聞こうとすると……。
「は、ぁ?」
困惑の声が聞こえた。
「初くん。あなた……どうして、そんなに格好いいの?」
「は?」
僕は頬を紅潮させる結姫乃に対し、困惑した。
急にどうしたこいつ。理想のイケメンを見つけたみたいな顔しやがって。
「普通にボクの価値観を共有しただけどね。カッコいいだろ? ボクの月野は」
そう言って、触手が俺にキスをしてきた。
甘え上手め。俺は嘆息する。
「てか、これが口封じになるのか?」
「好きな相手の機嫌を損ねたいと思う? ボクは嫌だなぁ。たぶん黙ってると思うよ、この女。何となく分かる」
「……ッ、……。……――っ、うぅっ……」
結姫乃は僕の顔と地面を繰り返し見ていた。
マジかよ。
「えー……洗脳みたいでいやだなぁ……」
「ん? ああ、大丈夫だよ。一時的なもの。寵愛を受けてるんだし、どうせ耐性あるでしょ。そのうち体内でボクは溶かされちゃうんじゃないかなぁ」
「それって口封じにならなくないか?」
「まぁ少なくとも一週間はこの状態が持続すると思うから、それまでに対策を考えよう」
「分かった」
それから俺は、相変わらず座りこんでいる結姫乃に声をかける。
「ほら、立てるか」
差し出された手は、盛大に弾かれる。この弾き方、思い出すなぁ。あの時の宇都宮も、こういう、寛容な気持ちだったのかもしれない。
「こっ、これで勝ったと思わないことね……!」
「いや負けたのはお前なんだが」
「うるさい!」
そう言って、全速力で、僕の顔も見ずに立ち去ろうとする結姫乃に、
「おい、明日は《極上の勝負》をするんだろ!」
一方的に声をかける。
「明日も《特別自習室》行くからな! 逃げるんじゃないぞ!」
おそらくは、聞こえただろう。
結姫乃は去っていく。
「俺の勝ちだ……」
戦いの熱が引いていくにつれ、採石場に静寂が戻ってきた。
空を見上げれば、先ほどまで狂気的な輝きを放っていた無数の星々が、今はただ静かに、冷ややかに僕を見下ろしている。
まるで『次のショーを待っているぞ』とでも言うように。
「期待してていいぞ」
僕は笑った。
ふぅ、と吐く息は白いが、もう身を裂くような寒気はない。
ただ、月明かりに照らされた荒涼とした岩肌と、僕の長い影が伸びているだけだ。
僕は改めて、自らの掌を握りしめた。
確かな勝利の感触。
それは、この理不尽な世界で生き残るための最初の切符だった。
風が吹き抜け、森の方角から虫の声が聞こえ始める。
長い夜が、ようやく明けようとしていた。
そういえば、眠い。
とっとと帰って寝よう。
そう思い、帰路を辿る。
「そういえばボクっ娘になったってことか?」
『そういうこと! ふふ、もっと月野を楽しませられるかもねぇ♡」
なんか言葉遣いもちょっと違うな。
面白い。
そんな、宇都宮の変化も楽しみながら、
――とにかく、僕はその日、二ツ星の相手に勝利したのであった。




