16 ――《星戦》を宣言する。
ここまで見て面白さが伝わらなかったら俺の負けで良い。
『美しい最期だった』
『人間は素晴らしい』
『もっと見せてくれ』
無数の星々が、僕の死に喝采を送っている。
これは寵愛ではなく、加護だ。俗に言う『高評価』だと、宇都宮は言っていた。星が僕の背中を押している。その甲斐あってか、有の細胞がもっと、強く、再生を試みている。
脳が破壊された僕に対して、有は賢明な救命活動を行っている。
助けたいという意思が、伝わってくる。
……精神世界という奴だろうか。
僕は白い部屋にいて、目の前には金髪姿の美少女、有がいた。
「いいのか?」
僕は尋ねた。
「爆弾だったんじゃないのか、あれは。僕の心を読んで、いざとなれば炸裂させる――そのための、爆弾だったんじゃないのか?」
それが今、再生活動に使われている。
それはつまり、爆弾の体を失うということだ。
「オレは分かったんだよ」
有は、まるで、どこにでもいる少女のように、純真に笑う。
「お前は、オレを愛してくれた。どこまでも、誠実に。真摯に、オレに愛情の限りを尽くしてくれた。分身にだって、そうだ。お前は愛情深く接して――個の概念すら生まれさせた。分かったんだよ、オレは」
ぎゅっと。
有は、僕のことを力の限り抱きしめる。
「愛は、誰かを縛り付けるものじゃない。ただ、注ぐものだ。無条件に注ぐことだ! それは、縛りつけることなんかじゃないんだって、オレは、分かったんだよ……!」
まるで、人の心を手に入れたかのように。
有は涙ぐんで、僕の身体を大切に、力を籠めずに、それでも愛情が伝わるように、ただ愛の限りを尽くして、抱きしめた。
僕も抱き返した。
「ありがとな、有」
僕は彼女の唇にキスをした。
そうしたかったからで、特に理由はない。
愛に理由はない。
きっと、宇都宮にだって、男のあいつにだって、僕はキスをして見せただろう。
愛に性別はない。
愛しているんだ、お前を。愛してしまったんだ、いつのまにか。愛したからには、全力を注ぐんだ。種族も性別も何もかもが関係ない。
愛したいから愛する。
――それが愛なんだろう?
「愛してる」
僕は言った。
「オレも、愛してる……」
有も同じように返した。
それから、頭上を見た。
白い世界に、亀裂が入りかかっている。
「そろそろ再生が終わる」
「ああ」
「二度目はないぞ。次死んだら、終わりだ」
「分かってる」
「逃げたっていいんだぞ。文字通り、死んだふりでこの場は凌げる」「いや、戦うよ」
なんとなくわかっていた、と言わんばかりに、有はへにゃっと笑った。
「ちなみに、理由は?」
「お前なら分かってると思うけど」
僕は、自慢げに笑った。
「――僕は極度の負けず嫌いなんだよ」
有は、笑った。
「勝てよ」
もちろんさ。
そして、僕は現実に回帰する――。
■
白雪結姫乃は手加減していたか?
いや、そんなことはない。全身全霊を以て、確実に敵を殺した。
殺した。……敵……いや、月野初を。久しぶりの好敵手で、これから後輩になるかもしれなかった男を、殺した。
《異星》と融和していたからだ、それなら、もう《異星体》と同じ対処を取るしかない。白雪結姫乃は泣かない。涙腺は緩みかけたが、もう収まった。平静で、冷静だ。何の問題もないのだ。
熱しやすく冷めやすい。
そういうタイプで、もう心は冷え切っていた。
先ほどまで燃え上がっていた心は、沈静化している。
自らに《寵愛》を与えた《獄雪の皇子》も、この気質を気に入っているそうだ。ならば、それを続けるほかない。
星狩りは、星に気に入られなければ、星を魅せなければ、成長はないし、生き残れない。
このままでは《三ツ星》への昇格なんて、夢のまた夢だ。
自分は強くならなければいけない。
握りこぶしを無意識に作った。
――復讐だ。
白雪結姫乃には《四ツ星》の兄がいた。自身より強く、強大で、尊敬のできる兄がいた。いた。過去形。亡くなったのだ。
四年周期で起こる大災害。
《東京大停電》の際に……。
今年も、間違いなく何かが起こる。
そのために、強くならなければいけない。
強くならなければ、いけないのだ。
だから。
だから、
だから――
「よぉ、結姫乃さん」
――目の前の事象に、動揺してはいけない。
■
「――どういう、ことかしら」
わざわざ目の前に現れた僕に対し、結姫乃は尋ねた。いや、どうもこうもない。
「フェアじゃないだろ?」
「はぁ……?」
正直に言おう。とぼとぼと肩を下ろして歩いている最中に、間違いなく、不意の一撃は叩き込むことはできた。奇襲は成功しただろう。もちろん、結姫乃の命を刈り取ることだって……。
だが――
「趣味じゃないんだよなぁ、奇襲って」
「勝つための立派な戦略でしょう」
「いや、趣味じゃない。やりたくない。だからわざわざ正面から出向いてやったの」
「わざわざまた負けに来るなんて、馬鹿ね」
銃を構える様子を見て、僕は――手を叩いて笑った。
「あっはっはっはっはっはっはっは!」
「何がおかしいのよ……?」
「いや、ごめんな。楽しくってさ」
「楽しい……?」
疑問符を浮かべる結姫乃。
僕はうなじから、再び触手を展開する。
あの日の廃工場での勝利――続く分身と戦い、勝利。
どちらが楽しかったか? それは後者だ。
「僕はリベンジマッチが燃えるタチなんだよ」
そして、先ほどは無詠唱で十分な効力を発揮しなかったあの名前を告げ、引き金に指をかける。
「さて、」
やるぞ。
「――《適当な照準》」
パンパンパンパン――!
四発。
着弾地点はバラバラ、当たらなくてもいいけど、できれば当たってくれれば嬉しい。
宣言することで、星による補正が加わったのが分かった。
その銃弾は軌道が読みづらく、防ぐのが難しいのに加えて――
「クッ」
突然のことに、相手は《月凍夜》を唱える余裕もなく、無詠唱での対処を強いられる。捉えたはずの銃弾は氷の装甲を半分壊し、次で完全に壊れ、残りの二発は、捉えることすらままならなかった。
腹と肩。
右肩に当たるのは二度目だ。応急処置でどうにかなる問題じゃない。もう利き手は使い物にならない、が――こちらも残すは一発。
予備弾薬があったらこのまま勝ちきれたかもしれないが――
「《氷葬》」
相手は氷の槍をどうにか構え、その後、盛大にバックステップを踏み、おもむろに距離を取って来た。
このまま勝ち切れる相手じゃないな。
まだ何かあるのか?
とりあえず、槍は弾けば済む話で――
「宣誓」
短く、凛とした声が響いた。
「絶音の星霜、銀盤の理。
吐息すら硝子と化す、無垢なる死の静寂よ。
穢れた色彩を、星へと還すために舞い降りよ」
何か詠唱が始まった。それは分かったが、――氷の槍が近づいてきている。
「――《弾け》!」
弾くことには成功、だが……。
彼女の周囲の、空気が凍り付いていく。
「――これから先の白紙の未来を、私の全てで描いて見せる」
それは、星への誓い。
背筋に嫌なものが伝う。
あの詠唱を成功させてはならない。
直感だ。
成功されたら、僕が負ける!
僕は銃弾の、残りの一発を放った。
「――清廉なる冬の支配者よ」
そこで、胴体に着弾。
だが、にやりと結姫乃は笑った。
――まるで星に愛されたかのように、
致命傷は避けられ、詠唱に支障が出なかったからだ。
「雪の皇子よ、姫に応じよ!
全てを結び我の元に雪を捧げ、今一度絶冬をここに顕現する。
不浄なる者を氷柩に閉ざせ」
彼女は夜空を見上げ、その白魚のような指先を、天頂の一点へと突きつける。
「――目覚めよ、絶対零度!」
バチィッ、と空気が爆ぜた。
「――《星戦》を宣言する」
そして、この世が雪に包まれた。
宣誓が――《星戦》が世界を書き換えた。
天頂から降り注いだのは、純白のスポットライト――否、高密度の冷気の奔流。
雪が降っていた。夏なのに場違いな冬が訪れた。
夏の中の唯一の冬がここだ。
無数の星々が瞬き、まるで観客席が沸き立つように光量を増す。
その輝きを受けて、荒涼とした採石場は瞬時に氷に染め上げられていく。彼女を中心に、スケートリンクのように世界を氷が侵食していく。そして吹き荒れる吹雪。足元を侵食する銀世界の絨毯。
それは単なる天候操作ではない。
《星の寵愛》を全力で行使したのだ、と直感する。
星の権能によって具現化したのだ。
彼女だけの絶対領域――氷の姫のための世界が。
肌を刺す殺人的な寒気の中、氷の玉座に座すかのような不遜な彼女は、雪よりも白く、月よりも冷たく微笑んでいた。
「――この切り札を使うことになるとはね」
彼女は三日月のように凶悪な笑みを浮かべる。
「光栄に思いなさい。今から私に殺されるのを」
「簡単に僕が負けるとでも?」
「負けさせるのよ。というか、もう《俺》じゃないのね?」
「僕だってよく分かんねぇよ」
浸食の影響が収まったのか、なんなのか。
再び僕に戻りつつある。しかし、まぁ、そんなことは些事だ。
「《月凍夜・冬》」
彼女が明らかに使い始めた、高度なスキルを除けばな!
空中の水分はおろか、窒素、酸素、漂う塵に至るまで、空間を満たす全てが瞬時に結晶化し、キラキラと輝く微細な『ダイヤモンドダスト』へと変貌したのだ。彼女の掌に触れただけで。
領域内でのみ使える高度なスキル⁉
「クソッ」
僕はとにかく距離を取りながら、
「――《溜めろ》」
と告げる!
事前学習させろ!
こんなのズルだろうが!
相手も僕も銃弾はなし。
にらみ合い。
――あと一つ。
スキルには枠がある。戦闘ごとに、最大四つまで設定できる。星のささやきが聞こえる。まだ一つ何かできる。
なら、
もう、
これしかないだろ。
「――《刺し殺せ》」
限界まで圧縮された闇が、炸裂音と共に解放された。
それはもはや触手という生易しいものではない。
黒い光だ。
音速を置き去りにする神速の突き。
一直線。
凍てつく大気も、煌めくダイヤモンドダストも、全てを無慈悲にねじ伏せ、貫通する。
ただ殺すためだけに研ぎ澄まされた漆黒が、結姫乃の心臓を食い破らんと迫った。
事実、結姫乃に刺さった。
……が、掴まれる。
そして、《月凍夜・冬》が侵食していく。凍っていき、僕まで伝播しようとしていた。僕は即座の判断で手刃で触手を切り落とし、大事は防いだが、切り落とすモーション、その隙を見せたのが問題だった。
「――《超新星》」
明らかな必殺技が放たれると同時に、《星戦》が解除される。
今までの冷気は消え失せた。
再び夏が訪れる。
みんみんみんみん。
蝉の声が聞こえ始めた。
暑い。
熱い。
僕の腹部には、致命的な大穴が開いていた。
「し、ぬ」
そう思ったが、思っただけで、まだ致命的な事象は訪れなかった。見れば、結姫乃も、肩で息をしていた。
相応の力を使ったのだ。
「これで、おわり、っ、ね」
「……どぉ、か、な……」
策と言えたものじゃないが、僕にはまだ考えがあった。
《星戦》。《星の恩寵》を受けたものに許された奥義・バトルフィールドの展開。そして、《ダイヤモンド・ダスト》――あれは《超新星》と呼ばれる必殺技だ……星のささやきが聞こえる。
僕は、星の恩寵なんて受けちゃいない。
だけどさ、見ているんじゃないか、
――宇都宮有のママが。
僕は、にやりと笑う。
五臓六腑を全力で働かせる。
これで負けなら負けで良い。
「宣誓する」
血反吐を吐きながら、続ける。
「僕は、あんたたちの娘を、生涯、愛することを誓う。病めるときも、健やかなるときも……」
蹴りが入る。結姫乃のものだ。
だが、弱弱しい。力を使い果たしたんだろう?
「富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓う」
これが、《星戦》として正しい形式なのかも、全く分からない。だが、これに賭けるしかないという確信があった。
「絶対に僕が幸せにしてやる! 孫の顔だっていつか見せに行ってやる! だから、頼むよ、――ママ」
僕は笑う。
「――宇都宮有との婚約を宣言し、そして――!」
パチパチと、喝采の拍手が聞こえたような気がした。
そして――
「――《星戦》を宣言する」
……少しだけですよ。
そんなママの言葉が、聞こえたような気がした。




