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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
一章

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13 人を見る眼



 俺……僕……うう、混ざる。歩きながら思った。一人称が統一できない。今は俺であり僕だ。僕であり俺でもある。内部に宇都宮を取り込んだせいだ。一人称が安定しない、僕と言いたいが、俺と言うこともある。僕と俺が同居している、そんな矛盾した状況だからだ。混ざった瞬間に、ひどい吐き気に襲われたものの、それはどうにか克服。

 僕は覚束ない足取りで、どうにか《特別自習室》にたどり着いた。 ふう……。

 と、部屋の前で一息を付く。

 この部屋の中に、いったい何が待っているのか。

 そんな未来を想像しながら――


「――月野くん?」 


 後ろから声をかけられた。驚愕とは正にこのことだった。予想外の攻撃だった、僕はすぐに後ろを振り向いた。そこにいたのは宮古だった。宮古、ああ、名前も調べたよ。

宮古入菜(みやこいりな)。友人からは良く『イリナ』と呼ばれているらしいな。僕はお前を知ってるんだからなぁ、

 ……宮古。

「よかったわぁ、月野くんが一緒で」

 宮古は手を叩き、ふんわりとした笑みを浮かべる。

「なぁ、先輩方怪しくなかった? 夜にこんなところに呼び出してさぁ、何の要件やねん、って話」

「あぁ、そうだな」

 こいつは今から星狩りとして勧誘されるということを知らないのか。そりゃそうか。僕は一人で納得しながら、懐から取り出したカードキーで《特別自習室》を施錠した。

「あ、ありがとなぁ」

 丁寧に頭を下げてきた。

 ただカードキーで扉を開けただけだが?

 こいつ、もしかして――

 

「じゃ、二人で話聞きに行こか」


 人格まで完成されてやがるのでは……?

 いやまだ疑念だ。

 もしかしたら極悪人の可能性だってある。

 そのふんわりとした笑顔は何だ、宮古。

 

 その笑みは妹を想起させて――ああ、クソ取り乱すな。

 

 妹を想起させるような女にムキになって。おいおい、僕がガキみたいじゃないか。いやまぁ、その通り、僕はガキなんだが。

 ……うぅ、分かってるつーの、俺が……うわ、混ざった。

 はぁ、とため息を吐いた。今の僕は俺なのか? 

 クソ、混ざった影響でよく分からん。

「なにあるかわからんくてこわいよなぁ」

 宮古は僕の肩をポンと叩く。

 くっ……優しい感じの女子だ。

「……ありがとな、宮古」

 俺が謝意をあらわにすると、宮古は大げさに笑った。

「そんなんいいんよ気にしないで―。あ、てか宮古って呼ぶん? イリナって呼ばん? ウチあの呼び名気に入ってるんよな。なんか外国人になった気がしてさ、よくない?」

 興奮したように宮古は喋る。

 まぁ、やぶさかではない。

 お前は僕の敵であるわけだし、名字で呼ぶのも何か、有象無象と同じ扱いみたいで、いやだな。

「分かったよ、イリナ」

 僕が言うと、彼女は笑った。

 困ったな。僕が対処したことがないタイプの女子だ。

 

 イリナと一緒に《特別自習室》の中を歩いていくと、やはり、歓談スペースに彼女の姿があった。水色の髪の少女と、見慣れない灰色・ツインテールの少女。

「ミヤビちゃん! 来たよ私たち!」

 イリナがそう声をかけたので、灰色の少女の名前が判明する。

 ミヤビ、というらしい。

「よく来たねぇっ!」

 歓迎する様子で手を挙げた。

 明らかに人懐っこい顔をした、子供のような人だった。

 ん、てか、待てよ。……一年生だな、ミヤビとやらは。

 どっかで見たことがある。別クラスの生徒だな。

「そっちの男の子は初めましてかな? どうも、あたしは雅安穏(みやびあのん)です。同じ一年生だよっ! あ、ミヤビちゃんって呼んでくれるのが一番うれしいけれど、呼び捨てでもいいよ!」

 あ、自分のペースに持っていくのが上手い奴の話し方だ。

 俺は何となく察する。

「じゃ、ミヤビで……」

 そう呼ぶと、ミヤビは嬉しそうに頬をほころばせた。

「オッケーオッケー♪ じゃ、私たちの対面に座ってね。今から白雪先輩から大事な話がありまぁす!」

「大事、ね。まぁ確かに大事(おおごと)ではあるのだけど、畏まらなくていいわよ。今からするのは仕事の斡旋……依頼、勧誘、そのようなものだから」

「えぇっと……?」

 イリナが首をかしげる。

 とりあえず座りなさい、ということなので、お互いに彼女たちの対面に座ったのだが、不自然にイリナは身を寄せてきた。……怯えているのだろうか? 

 分かったよ。俺は大人だ。それくらい見逃してやるさ……って、また僕なのに混ざったな。……不自由だ。


「――さて、話をさせてもらうわね」


 それから結姫乃は僕にとって見慣れた――銀色の銃・シルバーバレットを取り出した。それから、優しく卓上に置いた。冷涼な雰囲気が、その銃から漂っている。その銀色が、明らかに異質で冷徹だ。

「な……なんです、それ?」

 イリナが尋ねると、結姫乃は役者じみた笑みを浮かべた。

「シルバーバレット。この世界を侵そうとする病に対する、唯一の特効薬よ」

《異星体》を、病と例えるか。まぁ、あながち間違いではないのかもしれないが――

(はじめ)くんは、あまり動揺しないのね?」

「ああ、すいません慣れてるんで」

「慣れてる?」

 問い返された。あっやべいつもの癖で。

 まぁ誤魔化せるのが僕と言う人間である。

「中学校の頃、モデルガンをいじってたんですよ、俺が中学生の頃に流行っていた遊びがあって、廃工場でガチのサバイバルゲームをするんです。それに参加してて……」

「……へぇ、……。それなら話が早いわね」

 結姫乃は薄く笑って、続けた。

 

「――銃を使って化け物を倒す仕事に興味はない?」

 

 と。あまりに非日常過ぎて、急にこんなことを気化されたら頭がパンクしそうだ。前情報があった僕はともかくイリナの方は、突然の事態に困惑しているようだった。

「すみません、これ、……犯罪ですよね?」

「犯罪?」

 イリナの質問に対し、結姫乃は薄く笑う。

「銃刀法違反、とでもいうつもり」

「そうですけど……そもそもそれって本物、」

 イリナが何かを言う前に結姫乃は卓上の銃を取り、僕たちの間を通り過ぎるように銃弾を放った。

 バン!

 と、僕の耳には聞こえたけど、果たしてイリナには同じように聞こえただろうか。本物の銃声がした。そう認識することしか、できないんじゃないか。

 本物、本物、本物……。

 その思考が彼女の中で満たされていることだろう。

 イリナは目を見開き、言葉を失っている。

「紛れもなく本物よ」

 結姫乃はまた、嗜虐的に笑った。

「人に対しては普通の銃弾程度の、物理的な破壊力しかないわ。当たり所が悪ければ、頭がスイカみたいに弾ける程度のね。ちなみに参考にしているモデルは『H&K USP .45』かしら。気になったら調べてみるといいわ」

 いや、ちょっとしたガンマニアの僕ならともかく、イリナがそんなの知るわけないだろ、いや知らなかったら調べるだけだけど、そうじゃなくて、威嚇射撃にも程がある。

「し、白雪先輩……やりすぎじゃぁ……?」

 ツインテールの女子、ミヤビが隣の結姫乃の肩を揺すって言う。それに対して、結姫乃はただ、嘆息した。

「あのねぇ、雅。これはスカウトよ。この程度の非日常は日常茶飯事。これに対応できない人間を引き入れてどうするの」

「それはそうかもしれないけど、人の心とかさ……」

「ないわね」

「ないのぉ⁉」

「いえ、冗談よ。公私はわけるタイプなのよ、私は。今、私情が必要な場面なのかしら?」

 そう言われると、ミヤビの方は押し黙った。

 パワーバランス的に、やはり結姫乃の方が強いらしかった。

 彼女は再び溜息を吐きながら、銃を卓上に戻した。


「――入団試験よ。この銃を一度、撃ってみなさい」


 イリナは肩を震わせた。

「う、撃つ、って……」

「そのままの意味ね。この銃をどこかに向かって撃ちなさい。あ、安心しなさい。この部屋は絶対防音。音が外部に漏れることはないわ」

「だっ、だ、と、してもっ! 急に銃を撃て、って言われても!」

 結姫乃は優雅に紅茶を啜るような態度で言った。

「ああ、別にいいわよ。撃たなくても。その場合は、隣にいる雅の手によって、ここの記憶は消させてもらうけど……」

「っけ、消す、って……何を言うて、」

「ごめんねイリナちゃん。あたし、記憶操作のエキスパートなんだ」

 申し訳なさそうに手を合わせ、遅刻をしてしまった友人に気軽に謝罪するような態度で、ミヤビは言う。

「な、なっ、なぁっ、な…………ッ」

 イリナはあまりの事態に固まった。

 そうだな、普通は困惑するだろう。

 さて、超絶冷静な僕はどうするべきだろう。

『《星狩り》の組織に潜入するまたとない機会だ』

 と、頭の中の宇都宮が言う。

『おそらく、色々な技術を習得できると思う。詳細は分からないが』

 強くなれるってことか。

『………ああ』

 その返事を聞いた瞬間、僕の手は卓上の銃に向かって動き、まるで意趣返しのように、結姫乃の上を通過するような銃弾を放った。

「やられっぱなしは性に合わないんですよ、俺」

 それを聞いて、結姫乃は凶悪に笑った。

「あっははっははははっ!」

 まるで悪役みたいだった。その笑い声は、鈴を転がすように可憐で――けれど、刃物のように鋭利だった。

 結姫乃は腹を抱え、雪のような白い肌を、興奮と歓喜で薔薇色に染め上げていた。

「流石私が見込んだ男ね!」

 彼女は対面に座る僕の手を掴み、強引に握手してきた。


「歓迎するわ。それも、盛大にね」


 結姫乃は蠱惑的な笑みを浮かべていた。それだけで男が一人コロッと落ちそうな、妖艶な笑みだ。しかし残念、俺は(みさお)を立てるタイプの男だ。

『愛してるぞ……♡』

 ああうるさいうるさい。聞こえなかったことにしよう。

「――それで」

 結姫乃は興味なさげに、イリナに対して目を向ける。

「そっちの子はどうするの?」

「あかんあかんあかんあかんあかんあかん――!」

 頭を抱えていた。

 どうやら、極度の錯乱状態に陥ったらしい。

 まぁ、当然だろう。こんな現場、イカれてるしな。

 結姫乃は、呆れたように溜息をついた。

「雅。そっちの子の対処をお願い。私は(はじめ)くんと諸々の手続きを進めてくるわ」

 命令を受けたミヤビは「了解です……」と残念そうな声を漏らした。「あーあ。イリナちゃんと一緒に仕事したかったのになぁ……」

 そう言いながら、彼女は指先を額に伸ばして――

 

 僕はそれ以上その現場を見ることはなかった。

 結姫乃に強引に手を引かれたからだ。

「立ちなさい。行くわよ」

「行くって、どこに……?」

 肩を組まれ、耳元でささやかれる。

 

「――《俺》って何?」


 俺? いや、僕は僕なのだがもしかして無意識に俺が出ていた? いやいや、そんなバカな、だけどさっきまでの言動が思い出せない。僕は俺って言っていたか? クソ、混ざった影響だ、念のための自衛手段が結姫乃に疑念を抱かせた。いや待て、まだ確認の段階か?

「あー……今、過渡期なんですよ」

 強引に手を引かれ、外に出ながらしゃべり続ける。

「ほら、僕から俺にするタイミングってあるじゃないですか。その、だから、試しに俺って呼んでみたり……」

「本当に?」

 彼女は俺を見た。

 その双眸は、物理的な表層など見てはいなかった。

 アイスブルーの瞳が、冷徹に、僕の網膜を突き破り、脳髄の奥底に潜む思考を確実に読み取ろうとしていた。

 呼吸の乱れ、瞳孔の収縮、微かな発汗。全てを見透かす観察眼は、まるで顕微鏡で検体を覗き込むかのように無慈悲だ。

「あなたの入団は認めるわ。そこは大歓迎よ。むしろ自分で自分を褒め称えたい気分。よく初くんのような特別な人間を見つけたわ。ええ、本当に、今は気分がいいのよ。――ある一点を除いてね」

 僕を見た。いや、違う。

 僕の中の宇都宮を視られているような気分だった。


「――あなた、《異星体》に寄生されているわよ」


 ――わざとなんだって!

 ただ自衛のために自分の意思で飲み込んだんだって!

 クソ、何故バレた? なんだあの目は。あの目が真実を見抜くとでも? いや、今なんでバレたかはどうでもいい。

 とにかく、クソっ、僕の失態だ。宇都宮を連れてくるべきじゃなかったんだ! 見抜かれるなんて、見透かされるなんて思わなかった。

 クソッ、どうする、……どうする……。

 どうすれば――

「安心しなさい」

 ポン、場違いに優しく手を叩かれる。

 それは子をあやす母親のようでもあった。

 彼女は、僕を安心させるように笑い、おもむろに廊下の窓、外の景色を見る。

 今日の夜空には、満天の星空が広がっている。

「大丈夫よ、今日は星がよく見ている。私だって、魅せられる自信があるわ」

「何を言って、」

「退治しに行くわよ」

 いつものように僕の発言を遮って、結姫乃は言った。



「――あなたの中にいる《異星体》を、私が完全に砕いてあげる」



 外に出る。

 改めて頭上を見上げれば、夜の闇すら塗り潰すほどの光の飽和があった。都会の喧騒から隔離された山頂の空気は、痛いほどに澄み渡り、星々の輪郭を鋭利に研ぎ澄ませている。

 天頂から地平線まで、隙間なく埋め尽くされた無数の輝き。それは単なる物理的な恒星の羅列ではない。

 あれは、眼なのだ。

《神々の眼》が、瞬きひとつせず、地上で起きる事象を貪るように見下ろしているのだ。

 逃げ場のないほどに降り注ぐその視線は、今宵の舞台が整ったことを無言で告げていた。あれは僕たちを見ている。

 

 ――逃げられない。

 

 戦いが、確かに始まろうとしていた。

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