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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
一章

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11 埋没された異常


「あの女の髪色が水色なのは、なんだと思う?」

 部屋に戻るなり、宇都宮は問いかけた。

「本人は染めてるって言ってたが? 別に今どき普通だろ」

「ふーん……」

「おいおい宇都宮、今は多様性が認められる時代だぜ? 別にピンクもヴァイオレットも珍しくない。そんな気にすることじゃ――」

 嗤う僕に対し、

 

「――多様性、ね」


 宇都宮は、ベッドに座りながら、薄く笑った。

「なぁ」

「ん?」 

「国が意図的に『多様性』を推奨し、その概念を大衆に刷り込んだのだとしたらどうだ?」

 ……国が、意図的に?

「あらゆる奇抜さを肯定する社会を作れば、それは最強の迷彩になる。髪の色が青かろうが、瞳が赤かろうが、『個性的』の一言で済まされる。本物の《異物》を、有象無象のファッションの中に埋没させて、隠蔽するために、世界をそう仕向けたのだとしたら?」

「は……?」

 多様性が世界によって、推奨されている。

 髪の色や瞳の色、ファッションに至るまで、さまざまな人間が辺りに散見している。それは純然たる事実で、僕は個性を自由に表明できる時代に居心地の良さを感じていた。校則なんかでも、髪の色を制限する方が今では異質だ、おかしいとされている。

 そして……なんだって?

「本物の、《異物》を有象無象の中に、埋没させる……?」

 宇都宮は深く頷いた。

「個性ってのは、基本的に後天的に生まれるものだ。個人の趣味嗜好によって、自分を染め上げていく。だが、《先天的》に、髪が水色の人間がいるとする。それは、個性か?」

「いや、……異常だ」

 人類学上、髪の色はメラニン色素の配合で決まる。

 黒、茶、金、赤。

 これらはユーメラニンとフェオメラニンの濃淡に過ぎない。

 単純な話だ。

 人間という種族には、髪の色素が二種類しか用意されていない。

 

 黒や茶色を構成する、ユーメラニン。

 そして、赤や黄色を構成する、フェオメラニン。

 

 金髪も赤毛も、この二つの配合比率が変わっただけに過ぎない。

 白髪でさえ、単に色素が欠落した状態だ。

 

 だが、青や緑といった寒色系の色素は、哺乳類の体毛には存在しない。茶色と赤をどう混ぜたって、水色にはならない。

 鳥の羽根や昆虫のような、光を反射する構造色ならいざ知らず、人間に色素として発現することはあり得ない。

 

 つまり、先天的な水色の髪なんてものは、突然変異、あるいは――そもそも人類という枠組みから外れた《別種》であるという証明に他ならない。

「お前は、なんだ。……何が、言いたい?」

 背筋に冷たいものが這い上がってきた。

 ただの世間話、ファッションの話だと思っていたのに。

 宇都宮の瞳には、一切の冗談が含まれていない。

 その真剣な眼差しと、突き付けられた事実が、僕の楽観的な思考を笑い飛ばしてくる。

 喉が渇いた。

 脳裏によぎったのは、あの水色の髪。

 本当に綺麗だった。

 それも、不自然なくらいに。


「……もう一度聞くぞ。あの女の髪色が水色なのは、なんでだと思う?」

「染めたからじゃ、ないのか」

 そもそもお前の考え過ぎ、って、訳でも。

「よく観察すればわかる。後から染めたのか、それとも地毛なのか。俺はお前とあいつが対戦している最中、それを観察していた」

 僕はほとんど確信しながらも、尋ねた。

「どうだった」

「地毛だ。あいつはただの人間じゃない」

 突きつけられた事実に衝撃はなく、ああ、やっぱりな、と思った。

 宇都宮と、同じなのか。やっぱり、ただの人間じゃなかったのか。

 不思議なくらいに安堵した。

「そうか……」

 別に人間じゃなくたって、構わないさ。

 あいつは白雪結姫乃。僕の楽しい対戦相手なのだから。

「じゃあ、なんだ。あいつは《異星体》なのか?」

「違う。人間だった」

 宇都宮は断言する。

「《異星体》を判別する手段を知っているか?」

「知らない。教えてくれ」

「相手の目を見ろ」

 宇都宮は、自分の目を指さした。


「《異星体》の瞳を、十秒間見つめろ。そうしたら《見られている》感覚があるはずだ」


 俺で試せ、と言わんばかりに、宇都宮は僕のことを見つめてきた。

 分かった、と頷いて、僕は自分の中で数を数えた。

 

 十、

 

 九、

 

 八、

 

 七、

 

 六、

 

 五――


 

 ――【何か巨大なものが僕のことを見ている】


 

 四はなく、僕は即座に視線を切った。

 心臓が、破裂しそうなほど早鐘を打っていた。

 今にも爆発しそうだった。

 全身の毛穴という毛穴から、嫌な汗が噴き出している。

 怖い、とか、驚いた、という感情の次元ではない。

 もっと根源的な、生物としての警鐘。

 

 目の前にいるのは宇都宮なのに、その瞳の奥――底なしの深淵から、絶対的な捕食者がこちらを値踏みしているような感覚。

 宇都宮ではない。

 あの瞳の奥に、《何か》がいる。

「はァ、……っ、はぁっ……」 

 指先の震えが止まらない。呼吸が浅く、早くなる。

 はっ、はっ、はっ、はっ……。

 あと数秒見つめ続けていたら、あの深淵に引きずり込まれていたかもしれない。僕は自分の膝が笑っているのを、どうすることもできなかった。

「ごめんな、俺の《ママ》が」

「マ、ママって、あの、五ツ星の……?」

「そうそう、過保護なんだよ。十秒かと思ったら、すぐに手を出してきたし」

 軽い調子で宇都宮が笑う。

 いや、僕の膝は笑ってないのだが。

 笑い事では済まないのだけど。

「五ツ星以上はなぁ、《巨星》というジャンルに分けられるんだよ。存在としての格が、そもそも違うの。……ん、大丈夫か? 抱きしめてやろうか?」

 手を広げ、悪戯っぽく笑う宇都宮だが、男としてのプライドからそれを拒否。目と目を合わせただけなのに、こんな事態になるなんて、笑えない。

 彼女は僕が首を横に振るのを、笑って見届けた。

 

「……まぁ、ともかくな? 《異星体》であるかどうかは、よく見れば分かるんだよ。――深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているんだ。《母体》の庇護下にあるかどうかは、特に分かりやすいな」

「なるほどな……」

 冷や汗を拭いながら、僕は応じた。

「あの女に《深淵》はない。少なくとも、何かに庇護されているような存在ではない。だから、異星体じゃなく、人間だ。ここまでは理解したか?」

 僕は頷く。

 白雪結姫乃は、人間だ。

 そこまでは理解した。だが、人間であるのに、髪が水色であるというのなら――何故? 染めているわけじゃないんだろ。地毛なんだろ、じゃあ、何故だ。何故? この世界は、思ったより秩序で出来ている。ラノベ特有の髪色が多様な世界観とか、そういうんじゃない。

 論理がある。

 

「――《星》に愛されている人間がいるんだよ」


 彼女はいつの間にかカーテンを全開にして、満点の夜空を見せた。

 遮光カーテンが開け放たれた窓の向こうには、都会では決して見られない光景が広がっていた。

 田舎だからだろうか。

 街灯やビルの明かりがない山奥だからこそ、夜の暗さは増すのだろうか。星の輝きは、あんなに際立つのだろうか。視界を埋め尽くすほどの光の粒が感動的に見えるのだろうか。

 星座を判別するのが難しいけれど、大小無数の星々が密集していた。「あれは全て眼だ」

「……眼?」

 尋ねると、答えた。



「――星たちは、神々の眼なんだよ」



 神々。僕はその言葉を反芻する。

「神……?」

 生憎と、僕は無神論者なのだが。

 マジでいるのか?

「あー、いや、言葉選びって難しいな。神もいるし、そうじゃない、ただの星の代表もいるし、大したことない一ツ星の雑魚もいる。《異星体》は、空から見るのをやめて、ここに降り立ってきた存在なんだよ」

「へー……」

 普通に参考になるし、面白い。

 この世界は……なんだ?

 僕が知らない何かが、まだまだあるのか?

 少なくとも分かったのは、この世界は無秩序な何かじゃないってこと。この異様な世界には、この世界なりの、ルールや秩序があるのだ。「本題に戻るぞ」

 宇都宮はベッドに座って、真剣に僕を見据えた。

「あいつの髪が、水色の理由。それは《星の寵愛(ちょうあい)》を受けているからだ」

「星の寵愛……?」

「今流で言うとスーパーチャットかな。あいつはね、どこかの星に推されているわけ。だからその星の影響を受ける。髪が水色だってことを踏まえると……有力なのは《ニヴルヘイム》かな」

「んだそれ」

「星々の中にある、獄雪(ごくせつ)の国。……だが奴に少なくとも深淵はなかった。間違いなく《異星体》ではないし……星との《同調率》も大したことない……」 

「急に知らない単語が出てきて頭がワニワニパニックなんだが?」

「いや、悪い。正直、これすら本題じゃないんだ。時間がある時に説明するから、要点だけを聞いてくれないか?」

「ああ、それはもちろん……」

「じゃあ、質問だ。――《特待生》って何だと思う?」

 ……《特待生》? ああ、確か、テストを受けるまでもなく《特別自習室》に入れる実力者、だよな。僕が話に聞きに行く予定でもあった。結局結姫乃につかまったわけだが――

 

 ああ、そういえば、結姫乃自身も、特待生であると聞いた。

 

 特別待遇生徒。

 一般的な定義で言えば、学業成績が極めて優秀で、学費の免除といった経済的な恩恵を受ける生徒のことだ。

 だが、それだけだとしたら――僕や宇都宮が特待生じゃないのは、おかしい。Sクラスの生徒だぞこちとら。

「そもそも、特待生の募集要項ってあったか?」

「なかった」

 基本的には、特待生制度は学校の宣伝のためにあるものだ。

『うちに来れば学費免除だよ!』と優秀な生徒を集めるための餌なので、募集要項は公開されているのが普通。

 じゃあ、なんだ?

 なんで募集要項は公開されていない癖に、特待生がいる?

「じゃあなんだ、裏口入学ってことか? 学校側に金を積んだりして入った奴らのことか……?」

「いや」

 宇都宮は首を横に振る。

「俺が観測した範囲で、このホテルにいる特待生は三人。そして、そいつら全員の髪色が、普通のものじゃない上に、地毛だった」

 特待生の条件は、星の寵愛者……?

 なんだ、どういうことだ。

 この学校は普通の学校じゃないのか?

「質問を重ねて悪いが、月野。ここはどこだ?」

「あ? ホテルだが……?」

「地名は」

会津(あいづ)……」

「会津って、何県だ?」

「そりゃ、福島だろ……?」

「福島を統べる郡山のボスは、今どこにいる?」


 ……は……ぁ……?

 何かが、頭の中で繋がりかけている。

 

宇都宮(うつのみや)、栃木に、視察中……?」

 そうだ、有が言っていた。四つ星のボスが宇都宮の方に来る。その事態に対処するために、自分はあの場所に残る、と。

 ボスが不在の福島。

 三泊四日の夏期講習。

 そして、不自然なほどに充実していた《特別自習室》。

 なんだ……?

 なんだ、何がある……?

「特待生は、一学年につき2~5人いる。だが、この合宿に参加している特待生は、三人しかいない。何故だ?」

「何故、って……、」

「スリーマンセル」

 宇都宮は唐突にそう言った。

「いや、フォーマンセルか? どこかに一人は隠れていてもおかしくない……」


 戦術の話をしているのは分かる。

 これは三人一組になるか、

 四人一組になるかという話だ。当然だが、戦いは数で決まる。

 数で決まる部分も、ある。

 戦争とは基本的に個人戦より集団戦に主眼が置かれる。

 個人で負けたとしても、集団で勝てば問題がない。

 一人でいるより、徒党を組んだ方が強い、とは当然の話だ。

 

 チームプレイのゲームがあるとする。

 三人一組になって、戦う、FPSのゲームがあるとする。

 その中で勝つのに必要なのは、連携だ。

 個人力も大切だ。

 だが、一人で戦いを制するのは簡単なことじゃない。

 

 ――圧倒的な実力がいる。

 

 一人で勝つためには圧倒的な実力が必要で、だから、一人で戦うのは、基本的には合理的ではない。個人で挑もうが、対処してくるのは集団だ。そこに卑怯もクソもない。挑んだのは、お前なのだから。

 

 宇都宮は、そういう話をしている。特待生とは、徒党を組んだ何らかの集団であるのではないか、そういう話を、しているのだ。

「……ここにいる特待生は、《拠点》を守るための防衛任務を課せられた人間なのかもしれない」

「んなっ、」

「推測だが、この夏期講習に参加していない特待生は、今、ボスのいない福島で《異星体》を狩っているはずだ」

「じゃあ、特待生ってのは、まさか――」

 僕が言葉を無ぐ前に、宇都宮が頷き、返した。

 

「――おそらくは、《星狩り》の集団だ」


 

 

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