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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
一章

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10 奇襲


 


「――チェスはやめましょう」

 開口一番に雪野は言った。

「だって私が負けるじゃない。あなた、一本目で負けたのは本当に何のかしら? しっかり強いじゃない。歯が立たなかった、不愉快よ。私はしっかりと、実力であなたに負け続けた。不愉快極まりない」

 昨日と同じ《特別自習室》。革張りのソファーに腰かける白雪先輩は、優雅に足を組みながら、悔し気に僕のことを睨んで、そう言った。 自習室の中にある歓談スペース。

 二つのソファーに対面座り。

 一方には白雪が、もう一方には僕と宇都宮がいた。 

 

「――負けるのが怖いんすか?」


 そして、僕が煽ると、雪野は意外にも頷く。

「……当たり前でしょう。負けるのは怖いことよ。少なくとも、私にとっては。敗北って、今まで積み重ねてきた自己肯定感を揺るがす行為だと思わない」

 その通りだ。

 僕は同調する。よくわかっているじゃないか、この女。

 困った。かなり話が合いそうだ。波長が合うのを、なんとなくわかる。問題は、隣の宇都宮にこの心を全部読まれていて、浮気者と言わんばかりの目で見られていることだが。いや、違うんだよ。

 おもしれー女がいるな、ってそれだけだって。

「とにかく、今日はチェスをするのをやめるわ。あなたが本気で集中を続けたら、私が勝てるものじゃない、と分かったから」

「はは、宇都宮は僕より強いですよ」

 白雪は初めて、僕の隣に座っている宇都宮を見る。

 それから、興味なさげに僕に視線を戻した。

 

「私はあなたに勝ちたいのよ。今は他の人間はどうでもいい。宇都宮有くん。申し訳ない、心の底からそう思っているのだけど、今日はサシでやり合いたいのよ」


 と、見た目から予想もつかない熱量で、白雪はまくしたてた。宇都宮は少し不満そうにしつつも、「まぁ、いいけど」と返した。

「ありがとう。物わかりの良さに感謝するわ。やはり利口ね。流石百点の実力者。賞賛に値するわ」

 そう笑いながら、白雪は拍手を送った。

 ぱちぱちぱち、と、割合、無感動に。

 表面で微笑みながら、内心ではどうでもいいのだろう。

 冷めた拍手とは裏腹に、熱意のこもった眼で僕を見た。

 

「――今日こそ負かす。あなたを、圧倒的にね」


 どうらや雪野先輩は極度の負けず嫌いなようだ。

 僕と似てるな――そう思った瞬間にわき腹を付かれた。

「……浮気は許さないぞ」

「分かってるって」

 いや、これは浮気ではないと思うのだが。れっきとした決闘、プライドをかけた殺し合い、そして雪野は僕への挑戦者だ。こういうのもいいじゃないか。僕は挑戦してきたばかりで、挑戦される立場を味わったことがなかった。上等だ。本音を言うと、楽しい。

 本気で戦いを楽しんでいる。

 僕ってば、バトルジャンキーなのかもしれない。

「――浮気?」

 白雪が、先ほどの発言を拾う。

 

「これは浮気と言うものなのかしら。浮気と言うなら、せめて、接吻や性交からだと思うのだけれど。私は彼と戦いたいだけよ。ええ、対等な実力者と勝つか負けるか分からない勝負をしたい。日常とは基本的に退屈でしょう。それを変える手段があるのよ、これ持論だけれど、」


 白雪はそこで言葉を区切って、言った。

 戦いに飢えた獣のような顔をして。


「特別な人間と巡り合うこと」


 白雪は、僕を見つめながら言った。意外も意外、宇都宮のことは眼中にないようだった。それはおかしな話で、あいつの方が天才なのだ。なのに、なぜ僕にこだわるのだろうか。

「あの、僕より宇都宮の方が特別で――」

「客観的事実がこの定義に必要かしら?」

 問い返された。

「私は、私が特別だと思った人間が特別よ。そう定義している。普遍的な観念を私に押し付けるのはよしなさい。人間社会に普及している概念は、《普通》を基準に作られたものよ。そして、私は普通じゃない。私は白雪結姫乃(ゆきの)。特別な人間なのだから」

 そう言い放ち、彼女は艶やかな水色の髪を指で払った。

 ソファに深く身を預け、組んだ脚を組み替える。

 ただそれだけの動作が、劇の一幕のように洗練され、見る者の視線を強制的に釘付けにする。

 アイスブルーの瞳には、微塵の揺らぎもない。

 自身の感性こそが絶対の法であり、世界の基準であるという、清々しいまでの傲慢さ。常人なら滑稽なナルシシズムだが、彼女が纏うとそれは真理へと昇華される。

 彼女は、自分が世界の中心にいることを疑っていない。

 そういう人間なのだ。

 白雪結姫乃とは。

 やはり彼女は、傲慢だ。それもひどく傲慢。普通の人と、分かり合えるような人種じゃない。でも、僕なら分かる。

 

 彼女と僕は似ている。それも、すごく。

 

「……似てますね、僕たち」

 意図せず、言葉が漏れた。

 失言と言うより、失念だった。

 僕は何も考えずに言葉を漏らしたのだった。

「えぇ、もしかしたらそうなのかもね?」

 白雪は、まるでそれが本意であるかのように、微笑んだ。

 不愉快はまるでなく、本当にそのとおりね、と言わんばかりに同調した。

「じゃあ今日も()りましょうか。(はじめ)くん。今日は何をするか決めていないのだけど、私が決めてもいいわよね。私の方がチャレンジャーなのだから」

「まぁ、いいっすけど。急に下の名前を呼びましたね」

「えぇ、そうね」

 彼女は、花のように笑った。

 一輪の青い薔薇のようだった。

 青いバラは、もともと自然界には存在しなかった。

 昔の花言葉は、絶対に存在しない花を揶揄して、こう言われている。 

 ――不可能。

 

 青い薔薇とは、不可能の象徴だった。

 それを人間が、品種改良によって無理やり生み出したわけだが。

 彼女の笑みはまさにそれだ。

 難攻不落な雪の女王を、僕が笑わせたのだった。

「私が、そう呼びたいと思ったのよ。(はじめ)くん、とね。あなたも私のことを下の名前で呼びなさい。結姫乃と」

「じゃあ結姫乃(ゆきの)先輩と、」

「いやよ、その呼び方。私が不服。――あなたは後輩なの?」

 いや、白雪は二年で、僕たちは一年生だ。

「一つ下の学年ではありますよ……?」

 はぁ、と嘆息。

 呆れた、とでも言わんばかりに僕を見る。

 学年という、学校側が管理のために用意しただけの序列。

 

 上は下を敬い、下は上を扱う。

 

 社会の常識を神の髄まで味合わせる為の機構だ。

 そんなくだらない枠組みを、結姫乃(わたし)(あなた)の関係性に持ち込むな――そんな無言の圧力が、氷のような瞳から放たれていた。冷気すら感じる。震えた。

 いや、これは隣の宇都宮の無言の圧の影響もあるかもしれないが。もう察した。これは搾り取り確定コースだ。

 

 僕は今晩を覚悟した。

 

 そう、生唾を呑み込んでいるうちに、雪野はいつものペースで話し始める。 

「それは普通に囚われているわね。結姫乃と――いえ、呼び捨てにされるのは嫌ね。《結姫乃さん》。そう呼びなさい。先輩とは、少なくとも呼ばないでほしいわ」

 謎のこだわり。

 天才にはよくありがちなやつだ、

 でも、まあ、分からんでもない。

「結姫乃さんですか……」

 口なじみが悪い。

 そもそも、僕は白雪先輩と敬うべき立場の奴を、心の中では白雪と呼び捨てにしているのだ。はっきり言うが、僕はこいつを敬いたくない。それは軽蔑しているだとか、そういうことではなくて、僕たちはそういう関係性ではないだろうが、ということを言いたいのである。


「――結姫乃」


 試しに呼び捨てにしてみると、彼女の肩がぴくっと震えた。

「結姫乃、結姫乃、結姫乃……」

 口なじみを、何度も繰り返すことで確認をする。

 結姫乃。そう呼ぶ方が、なじみがある。

「呼び捨てにしてもらえないか?」

 僕がそう提案をする。

 いつの間にか敬語も外れていて、素が表れ始めていた。

「……そう、あなたは私をそう呼びたいのね」

「ああ」

「じゃあ戦いましょう」

 結姫乃は好戦的に笑った。

「私が勝てば、結姫乃さんと呼びなさい。あなたが勝てば、結姫乃と呼んでもらって構わない」

「いいだろう」

 僕は乗り気だった。

 

 面白い、面白い、面白い……!

 

 自分の中で、急激にモチベーションが上がっていくのが分かる。

 とりあえず、今は結姫乃さん、ね。そう呼んでおいてやるよ。

 結姫乃さん。

 まぁ今日でお前の天下は終わるかもしれないがな!

「で、何をします?

「じゃんけんよ」

「は、」

「はい、最初はグー」

「ちょ、」

「じゃんけん、」


 ――ポン!

 

 僕が出したのは、グー。

 結姫乃さんが出したのはパーだった。

 

「あっははっはははははっ!」

 結姫乃は楽しそうに笑った。

「――おい! 唐突過ぎるだろうが!」

 それは、最高のオモチャを見つけた子供のような、子供のような歓喜に満ちていた。彼女は笑い過ぎだった。

 笑い疲れて、呼吸をして、目尻に涙まで浮かべていたから、それを指で払って、楽しげに口元を歪めながら、続けた。

 

「だって、仕方ないじゃない。私は勝率が高いやり方を知っていたんだもの。知っているかしら。人間は緊張したり、とっさの事態になると筋肉が収縮して、手を開いたり、指を複雑に動かすよりも、握りこぶしを作るのが最も自然なのよ。


 そもそも、拳を握る行為は、警戒心や防御本能、あるいは攻撃性の表れで、とっさの時に自分を強く見せようとする心理が働くものなの。

 まぁ、以上の理由で、あなたはグーを出すと思ったのよ。

 これは一度限りの手だけどね。でも、奇襲ってそういうものでしょう? 二度目はない。一度勝てればそれでいいのよ」

 

 結姫乃はにっこりと笑った。

 純粋な歓喜に満ちていた。

 してやったり、とはこのことだった。

 知略と心理戦で相手を完全に掌の上で転がしたという事実が、彼女の嗜虐心をこれ以上なく満たした、らしい。

 氷の瞳が、三日月のように細められる。

「こ、この野郎……!」

「あら? あらあら。そういえばこの勝負にあなたは何を賭けていたのかしら? 私のことは、なんて呼ぶのかしら?」

 チッ、と僕は思わず舌打ちをする。それすら奴にとっては心地が良いようで、笑っていた。

「……結姫乃さん」

「良くできたわね」

 パン、と手を叩く。

 彼女は愉快そうだった。

 心底楽し気に目を細めていた。

「うふふ、このことを知っていてあなたがチョキを出せば私の負けだったのにねぇ。自分の無学を恨むことね、(はじめ)くん」

「この野郎……!」

 そう言いつつ、僕はやっぱり笑っていた。

 好戦的な笑みを浮かべている、その自覚はあった。

 悔しいが、楽しかった。

 

「さて、今日も戦いましょうか。あなたが決めてもいいわよ。あなたが負けたわけだし、あなたの方がチャレンジャーなのだから」

「トータルではそっちが負けてるだろうが……」

「ええ、チェスではね? そこでは確かに後れを取ったわ。うふふ、そうね。せいぜいあなたが勝てそうなものを選ぶといいんじゃないかしら」

 勝てそうなもの、ね。

 明らかに手持無沙汰な宇都宮を見る。

 了解した。

 じゃあさ、

 

「――宇都宮の好きなところで山手線ゲームを開催しまぁす!」


「な、」

 結姫乃の動揺の間に、僕はパンパン、と手を叩く。

「可愛い」

 パンパン。

「……頭がいい」

 パンパン。

「髪質がいい」 

 パンパン。

「……顔の造詣が整っている」

 パンパン。

「肌が白い」

 パンパン。

「……目が綺麗」

 パンパン。

「肌が柔らかい」

 パンパン。

「………………、…………」

「はい結姫乃さんの負けぇ!」

「……、…………。そうね、私の負けね」

 結姫乃は悔し気に顔を歪めながらも、握りこぶしを作っていた。

「拳を握る行為は、攻撃性の表れ、でしたっけ?」

 さっき学んだ知識を応用する。

 僕ってば、賢い。

 にっこりと笑って、問いかけた。

 

「さて、次の戦いは結姫乃さんが決めてもいいですよ。あなたが負けたわけですし、あなたの方がチャレンジャーなんですよね?」


 それから、僕たちは様々な遊戯を重ね、戦った。中々の激闘だった。途中から宇都宮も戦いに参戦し、僕と同じくライバル認定とまではいかないものの、《宇都宮有》を彼女も認識したようだった。

 勝率は、結局五分という所で落ち着いた。

 勝ったし負けた。中々に白熱して、それが楽しかった。

 

「――楽しかったわ」


 いい時間になり、彼女が告げる。

 気づけば夜も更けていて、そろそろ風呂に入らなければ、巡回の教師が表れる頃合いになってしまうのだ。

 そして立ち上がると、結姫乃は言った。

 

「三泊四日だし、ここで戦えるのは明日が最後かもね。いいかしら、(はじめ)くん。《極上の勝負》をしましょう」

「それはもちろん」

 僕は頷く。

「あと、連絡先もよこしなさい。暇なときに呼びつけるわ」

「ま、いいですけど」

 自然な流れで連絡先交換をして、そのまま結姫乃と別れて部屋へと変える最中――

「なぁ、俺に飽きないよな?」

 宇都宮に問いかけられた。

「あり得ない。

 僕は応える。

「安心しろよ、僕はお前のことが――」


 好き、とは言えなかった。

 

 ひねくれた僕だから、口には出せなくて。

 だけど心は読み取られているから、公然の場、ただの廊下で抱き着かれた。

「俺も好きだ。好き好き好き! 大好きだ! 愛してる!」

「おい、一応公然の場で――」

「うるさい! 好きだ!」

 強く強く抱きしめられる。

 痛いくらいだが、むしろそれくらいがちょうどいい。

 もっと強く抱きしめろ。それによって、僕は僕自身の実在を確かめられるのだから――

 

「――そう言うのは、部屋に戻ってからにしたらどう?」


 後ろから声をかけられた。

 結姫乃だった。

「いや、悪い。こいつが急に抱き着いてきて」

「ご愁傷様」

 結姫乃は苦笑した。

 それから、宇都宮を見た。

「あなたが彼にとって負担になっていないか。そこは考えた方がいいと思うわよ」

 そう言い残して、結姫乃はスタスタと去っていく。

「……あの女ぁ…………」

 悔し気に顔をゆがめる宇都宮だが、頭を撫でるだけでへにゃってするから不思議だ。

「とりあえず風呂行くぞ」

 僕が先導すると、宇都宮もスキップをしながらついてきた。

 

 三泊四日。明日が泊まりの最終日。 

《極上の勝負》をしよう、と彼女は言った。

 そう、僕たちはそういう勝負をした。

 

 本気の戦い。

 廃工場の時のような、本物の殺し合いと、臨死体験を経験する。

 

 

 ――明日、《極上の勝負》の火蓋が、切られる。

 

 

 

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