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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
一章

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09 油断脳敵




 

「月野君。あなたは、自分の名付け親に感謝した方がいいわ」

「なんで?」

「忘れられないからよ」

 白雪結姫乃は嘆息して、僕の方を見た。

「月野(はじめ)。あまりにもダイレクトなネーミングだと思わないかしら」

「文句は親に言ってくださいよ」

「私は褒めてるのよ。この世にはスズキやサトウやタナカが多すぎる。減らすべきだと私は常々言ってるでしょう」 

「知りませんが、というか今日初めて会ったんですが」

「じゃあ今言ったわ」

「理不尽だ」

 《特別自習室》――それは、選ばれた生徒にだけ許された特権と言うだけあって、異様だった。


 壁一面を埋め尽くす本棚には、高校の課程を遥かに逸脱した医学書や哲学書、翻訳前の洋書が整然と並び、背表紙だけで威圧感を放っている。秀才である僕ですら、手に取ることを躊躇を覚えた。

 

 ――本物の本だ、と直感したのである。

 

 部屋の一角には、息抜きのための遊戯――白黒のありふれたチェスセットに将棋盤、ありふれたボードゲームが鎮座している、遊戯スペースとでも言わんばかりの場所があった

 しかも、ホテルのラウンジ顔負けのドリンクコーナーが設置されてやがる。ウォーターサーバーに、豆から挽くタイプの全自動エスプレッソマシン。ボタン一つで、最高のコーヒーが飲める代物。

 

 本当に自習室か?

 とことん、うちの理事長は道楽を尽くすタイプであるらしい……。


 しかもまだあるぞ。

 更に異彩を放っていたのは、山盛りにされたレゴブロックのスペースだ。これは幼児の玩具ではない。ここでは立体構造の把握や、創造性を養うためのツールとして扱われているのだろう。実際に、何やら組み立てている奴がいたし。まぁ、僕は声をかけなかったが。

 

 中央には、議論を交わすための歓談スペース。革張りのソファは、一度座れば二度と立ち上がれないほど深く、柔らかそうだ。

 そこで、捕まったのである。

 

『そこのあなた、ちょっと待ちなさい』


 冷徹な水色の瞳を持つ美少女に。

 少し話し相手になれ、と言われ、お互いに簡単に自己紹介を済ませ、――冒頭の流れに戻る。


 月野(はじめ)という名前に、疑問を呈されたところだった。


「不思議な読み方よね。(はじめ)って。普通、(はつ)って呼んでしまわない?」

「よく間違えられますよ。その度に訂正しますが」

「あなたも苦労しているのね」

 と、薄く笑った。

 

 美人さんだった。

 

 革張りのソファに深く腰掛け、ハードカバーの洋書を片手に優雅に足を組む姿は、深窓の令嬢そのものだ。

《白雪》の名を体現したような透き通る病的な白磁の肌と、冬を煮詰めたような水色のロングヘア。

 だが、何より異質なのはその瞳で、極北の永久凍土を思わせる、色素の薄いアイスブルー。

 

 氷のようだ、とも思った。

 その瞳に咎められたら凍る、とも。

 

 ただそこに在るだけで周囲の気温を数度下げているかのような、鋭利で冷徹な美貌だった。

 夏服を着こなしているわけが、そんな彼女にとっては夏だと言うのに半袖は寒々しい。不自然なくらいに夏が似合わない。

 冬の精霊のような、そんな少女だった。

 一つ上の学年だから。白雪先輩と言うのが正しい。

 

「――そういえば、」

 

 と、白雪先輩が唐突に口を開いた。

「どうしてこんな辺鄙なところに来たのかしら?」

「どうしてって……ああ、勉強のためです」

「へぇ。何の分野?」

「分野と言うより……」

 僕は言葉を探した。

「自分の油断を無くすために、人から意見を頂戴しようかな、と」

「ふぅん」

 彼女は興味なさげに言った。

「だとしたら、こんなところに来る余裕があるのかしら」

「……余裕、ですか?」

 白雪先輩は頷く。

「何故何かに問題を解決してもらおうと思うのかしら。自分自身で、本気で、自分の問題に向き合おうと思わないの?」

 それは、

 ……耳が痛い話だった。

 確かに、とも思った。

 僕は安直な答えを、求め過ぎていたのかもしれない。

 そして、帰ろうか、とも思った。自分自身が、もっともっと悩むべき問題だとも、思ったから。そして、ソファーから立ち上がろうとして、――白雪先輩に手で制された。

「人の言うことを鵜呑みにするのはいいけれど、あなた自身の意見はないの?」

「僕の意見ですか……」

「ええ」

 それから、沈黙。正面から眼を見据えられ、ただ、答えを待たれているのだと分かる。

「……僕は、その場で、自分が最も《正しい》と思ったことを実行します」

「へぇ」

 また、興味なさげに言った。

「ロボットにでもなるつもり?」

「そういう訳ではないんです。ただ……弱点を克服するための最短距離を知りたい。そして、そこを走り抜けたいだけで」

「馬鹿ね」

 嘲笑された。

「寄り道を楽しもうという思考はないの?」

「そりゃあ、ありますよ。でもそれより優先することがある」

「それは、何かしら」

「宇都宮有のライバルでいること」

「ふぅん」

 今度は、面白そうに言った。

「あぁ、そういえば、そうよね。もうすでに噂になってるわよ。人の口に戸は立てられぬ、とはこのことかしら。カップルなんですっけ?」

 ――クラスの奴は、賢そうだと思っていたのだが、撤回だ。すぐに話を広めやがって。どんな話の拡散速度だ、コロナかよ。

 僕は、そういう目で見られることを承知で、嘆息をした。

「……まぁ、そうですが、何か?」


「ああ、別に偏見の目で見ているわけではないのよ。そういうのは、自由だと思う。本当にね、嘘偽りなく、私はそう思っているわ。ただ、そう。よく分からないのよ。《普通》は女性を選ぶものじゃない?」

 ……くだらない。

「僕は普通じゃないので」

 心底、くだらない。

 僕はもう立ち上がって、部屋に帰って宇都宮とラブラブしようと思った。もう、目の前の人物から興味が消え失せていた――。


「――面白いじゃない」


 彼女が、それを口にするまでは。

「ユニークね、そう。そうじゃない。だからよ、その可能性があったから、だから私はあなたに声をかけたのよ。普通じゃないから、《特別》だから、私はあなたに声をかけたの」

 なんだ、この女。

 急にテンションが上がりやがった。

 不可解な事情に困惑していると、

 

「――油断は大した敵ではないわ」


 彼女は告げた。

「ねぇ、月野くん。友誼の証に助けてあげるわ。あなたの問題を解決してあげる」

「それは、ありがたい話ですが……?」

 なんだか異様なものを感じながら、僕は白雪先輩の瞳を見つめた。喜悦に歪んでいる。楽しそうだ。何やら、訳が分からないのだが、琴線に触れたらしい。笑っていた。先ほどより楽しそうに。


「チェスをしましょう。月野くん。ルールはご存じ?」

「そりゃあ。妹と家でやるんで」

「あら、妹がいるのね。しかも、知的遊戯に日ごろから触れている、と。ふむ、中々見どころがある若者じゃない」

 先輩風を吹かせたいのか、白雪先輩は腕を組んでいった。

「戦いましょう。月野くん。私はルールを知らないから、都度、教えてもらえるかしら」


 ……は?

 

「自信があるから持ちかけたんじゃないんすか?」

「あら、自分の土俵で戦ったら勝利するに決まってるじゃない。そんなの当然でしょう。《当然》からは学びはないわよ、月野くん」

 白雪先輩は、不敵に笑った。

「油断大敵と言うことよね、要は。油断のせいであなたは敗北した。だから悔しがっている。推測だけどね。まぁ、油断は間違いなく人類の敵である。だけど、それ以上に大切なものがあると思わないかしら」

「大切なものって?」

「あら、自分で考えなくていいの?」

 ……確かに、思考の機会をみすみす逃すのはもったいな、

「実力よ」

「おい」

「ふふ、いいかしら月野くん。質問よ。《特待生》でないあなたがここに来たということは、テストの点数でS評価を賜ったということね。点数は?」

「96点でした」

「そのうえで悔しがっていると。なるほどね、じゃあライバルとか言う宇都宮君は100点なんでしょう」

「そうですが、」

「そんな気がしたわ」

 僕の発言を遮って、白雪先輩は笑って言った。

「何故点数を落としたのかしら?」

「見直し不足で、」 

「二度目はない」

 相変わらず、僕の話を聞かない女だった。

 彼女は暴走機関車のように続けた。

「一度機会を逃したら、二度と次は訪れない。そのつもりでいなさい。そもそも、《見直しをする》という行為自体が軟弱なのよ。最初から、確実に正解していれば問題はないでしょう」

「そりゃあ、」

「月野くん。あなたはそこそこ見所がある方だわ。だからこそ助言をするのだけど、全力で走り切った後で、何故点数を気にするのかしら」

「は?」

「96点。それがあなたの実力でしょう」

「それは油断で、」

「人の話を聞きなさい」

 白雪先輩は真顔で言った。

「油断や慢心と言った、言い訳は効かないわ。あなたは本来満点を取れる器だった? 笑わせないで頂戴。可能性の話ではなく現実の話をしなさい。現実を認める様子がないから、私は、軟弱だ、と強い言葉で非難しているのよ」

 軟弱だと。

 軟弱って言ったかこの白雪結姫乃は。

「あら、不満? でもそれはいいことなのよ。何も感じないよりずっといい。平静を装っていたら、軽蔑していたわ。あなたは今、『プライド』を傷つけられたのよね? いいじゃない。その痛みを大切にしなさい。プライドのない男に価値なんてないわ。最終的な勝利もない」

 白雪先輩は笑いながら続けた。

「繰り返すけれど、敗北の《要因》は油断ではないわ。あなたのライバルは、あなたよりずっと油断していたでしょう? なのに満点を取った。その子が満点を逃す瞬間を想像できる?」

「いや」

「でしょう。油断が大敵だと言われているのは、可能性に縋りたがる凡人たちがあまりに多すぎるからよ。天才や秀才にとって、油断は大した敵ではない」

「じゃあ何が僕たちの敵なんですか?」

「また聞くのね」

 しまった。

 そういう顔を作ったから、嗤われた。

「私は優しいから、見逃してあげる。さぁ、チェスの準備をしなさい、月野くん。十本先取でどうかしら」

「……今日中に終わりますか?」

「あら、今日で終わらせたいの? 千里の道の一歩をないがしろにするつもり? 早足は危険よ、月野くん。くだらないものを見落とすことになるから」

 白雪先輩は、嗜虐的な笑みを浮かべて、嗤った。

「さて、やりましょう、月野くん。あなたは、私に十本先取すること。そして私はハンデとして、一本でも取ったら勝ちとするわ」

「な」

「不満? それとも、初心者が怖いの?」

「……いや?」

 叩き潰してやる。

 そのつもりだ。

 くすくす、と白雪先輩は笑った。

「さて、大敵が何か……分かるといいわね?」



 それから、チェスでの戦いが始まり――

 

「――おい」


 劣勢。


 一本目から、僕は追い詰められていた。

 違うだろ、こういうのは、天才がどんどん学習を重ねて、最終的にこっちが敗れるってのが黄金律だろ。おい、なんだ、これは。

「あら、どうしたのかしら、月野くん」

 奴は笑っていた。

 罠にかかった獲物を追い詰めるように、駒を進める。

 ポーンの一突き。

 それがあまりにも致命的だった。

 僕は分かった。これは、負けだ。

「……Resign」

「あらあらあらあら」

 白雪は、楽しそうに笑った。

「あらあら、あら? あらあら。あらら、今日中に終わっちゃったわね。うふふ、ふふ、私も、一本目で勝てるとは思ってなかったわ、ふふ。はい、これで私の勝ちね」

「あんた、初心者って言うの、嘘だろ」

 悪びれもなく、白雪は頷いた。

「ええそうよ。私もれっきとした実力者だった。でもあなたの筋も中々良かったじゃない。一本目は取られても仕方がなかったわ。勝っちゃったけれどね」

 白雪は嗜虐的に笑う。

「あら、どうしたのかしら月野くん。不服そうね? あなたは私が初心者という言葉を鵜呑みにして、明らかに不利な勝負を受けたのよね? そりゃ、そうなるわよね? 時に質問なのだけど、何故私が嘘を吐かないと思ったのかしら」

「……そんな不誠実な人だとは思いませんでしたから」

「あら、言いがかりはよしてちょうだい。少なくともグランドマスターたちに比べれば、私は初心者のようなものよ。解釈の問題ね。あ、さっきの取り消すわ。私は嘘なんかついてなかった。ただあなたが解釈を間違えただけよ」

 なんだこいつ。

「あら、睨むのね。いいじゃない。その月野くんの気概に免じて、もう一戦やってあげましょうか? 可哀そうだもの。そうよね、せめて九本は取るつもりでいたわよね? うん、わかったわ。私も冷酷な人間じゃない。今のはなかったことにしましょう。月野くんが負けたのも、何かの間違えよね? そうよね?」

「37手目が敗着でした」

「そこまで分かってるのになぜ負けたの?」

 心底不思議そうに尋ねられる。

 聞き返されて、カッとした。

 落ち着け、まともに取り合っちゃダメだ。

「次こそ勝ちます」

「いいわね、その心意気。その心意気を買って、一勝でも出来たらあなたの勝ちにしてあげましょう」

 もともと、チェスのルール的に勝ちなんだっつ―の。

 くすくすと、白雪は笑っていた。

「次は勝てるといいわね」


 そう言った白雪に対し、僕は本気でチェスに臨み、勝った。

 普通に、何事もなく、勝った。

「おめでとう」

 無感動な拍手が鳴る。

「さて、大敵が何か……分かったかしら?」

「……集中しないこと」

「よくできました」

 白雪は笑って僕の頭を撫でようとしてきたから、それを弾いた。

 あら、ときょとんとし、それから嗜虐的な笑みを作る。

「生きがいいわね」

「……同義じゃないですか」

「まぁ文脈を無視したことは無視してあげましょう。なにが?」

「油断は結局、大敵じゃないですか……」

 そう。

 僕は、目の前の相手が初心者だと油断しきっていたから、負けたのだ。油断は結局大敵だった。

「あなたは、油断=集中しないこと、だと、最初から思っていたのかしら? 抽象的な観念は同じかもしれないわね。これらの共通項は、

《失念》。でも、そこには確かに差異があるのよ。惰眠と睡眠は違うでしょう、質も目的も。

 でも、抽象的な観念《寝る》ということは共有しているのよ。いいかしら? あなたは抽象的な観念から、それらしき具体例を一つ抽出していい気になっていたのよ。

 

 よく聞きなさい。


 敗因の解釈を広げなさい。油断一つで負けたと『油断』したことがあなたの間違いだったのよ。抽象的観念に立ち帰り、複数の視点から敗因を見つけ、隅々まで悔しがりなさい。

 

 相手を見くびった、油断なのか?

 37手目の読みを飛ばした集中力の欠如なのか?


 その微妙な《差異》を見極めないと、本当の対策は打てないわよ。

 

 あなたに足りなかったのは、《敗北感》。負けたのなら、徹底的に敗北しなさい。敗因を一つに絞らず、本気で原因を探りなさい。

 いいかしら。

 そもそもあなたは、敗北した原因を《油断》と断定してこの場に来るべきじゃなかったのよ。敗者は敗者らしく、泥水を啜りなさい。次のことを考える前に、今の敗北を全力で味わうこと。そして、汚れながら本当の自分の弱さを見つけ出しなさい。

 

 更に、――誓いなさい」

 

 額を指ではじかれる。

 

「目の前の相手に、二度と負けてなるものかと、今、誓いなさい」

 白雪を見据えて、僕は言った。

「負けません、絶対に」

「勝率が五分の相手に、よくそんな口が利けたものね」

「二度と負けません」

「いい度胸ね。それじゃあ、もう一局」


 それから九戦した。

 全勝だった。

 最初から、僕の方がずっと強かったんだ。

 

『明日も来なさい』


 と白雪に言われた。

 僕は行こうと思う。

 リベンジに燃えている相手を、全力で叩き潰すのが僕の趣味だ。

 

「あと、私は優しいから教えてあげるのだけど」

 去り際に白雪が言った。 

「件のライバルは、油断はしていたけれど集中はしていたと思うわよ」

 油断はしていたが、集中はしていた。

 態度は舐めていても、脳のリソースは寸分違わず問題に向けられていたということか。

 

 その通りかもしれない、と僕は妙に納得してしまっていた。

 

 僕とは真逆だ。あいつは何にも負けていないけれど。

 やっぱり天才や秀才にとって、油断は大した敵ではない。

 

 敗北した原因を矮小化するのが、問題だったんだ。 

 

 部屋に帰ると、宇都宮がいて、このことを話すと、んだよその性悪女、と言われた。

「そういうやつなんだよ」

 と僕は笑う。

 まったくもってその通り、性悪女だ。

 だから叩き潰しに行くのだ。

 

 全力でな。

「明日は、……俺も行く」

 宇都宮は意見を表明した。

 よし、いいだろう。

 

 明日は二人であの女をぼこぼこにしよう。

 

 


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