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なんにでも変身できるスライムみたいな化け物と僕はラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真


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01 怪物との出会い


 銃とは、ある種、男のロマンであることに何ら疑いはない。たとえそれが、BB弾を飛ばすだけの、プラスチックと亜鉛合金の塊に過ぎないとしてもだ。

 半年分の小遣いを注ぎ込み、ようやく手に入れた相棒の重みは、中学二年生の僕の手にはあまりにも過剰だった。重い。まずはそう思う。次に、掌に伝わってくる感触を以て、思う。まるで本物みたいだ。

 実際、これはモデルガンで、偽物なのだけど。

 紛い物だ。これを手にしたところで、世界の危機を救えるわけでも、ましてや気になる女子にモテるわけでもない。そんなことは百も承知だ。

 ただ、僕は友達が欲しかった。この銃が友達だなんて突飛なことを言う訳じゃない。こいつはあくまで相棒だ。

 これからの僕にとって、絶対に欠かすことのできない存在。僕の分身、もう一人の自分自身。

 まずはマガジンキャッチ――弾薬を格納するマガジンを取り外す際に操作するスイッチだ――を押し込む。カチリという、精密機械特有の小気味いい音と共に、銃の自重に従ってマガジンがスルスルと滑り落ちてきた。よろしくな、と挨拶代わりに左手でそれを受け止める。

 大丈夫だ、僕ならできる。

 袋から取り出した桃色のBB弾を、一発ずつマガジンの給弾口へと指で押し込む。それだけで一分はかかった。装弾数は二十発、安物とは倍の装弾数。流石に一万八千円は訳が違う。

 僕は明日の金曜日のことを思った。本気で勝ちに行く。

 流行っていたのだ。モデルガンを使ったサバイバルゲームが。

 

 人気のない廃工場を舞台に、金曜日、土日を控えた特別な放課後に僕たちは殺し合う。十人単位で銃を片手に、銃声も鳴らない紛い物の殺し合い、俗に言うサバイバルゲーム。流行りを作ったのは奴だ、宇都宮有(うとみやゆう)。あのクラスの人気者が参加者を募ったから、今の人気があるのだろう。あいつは日陰者の僕にも声をかけてくれて、そこは感謝してる。だが――

「くたばれ!」

 怨嗟を込めた銃弾を放つ。叫ぶ前から気取られていた。奴は工場の柱に身を隠す。状況はとっくに一対一。鈴木も佐藤も山田も僕が殺した。後は名前を覚えてない奴を背後から撃ち殺したから、キルスコアは四人。上々だ。

 あとは、宇都宮有。奴さえ殺せれば重畳なのだが、流石に最高二十四連勝と言う記録を打ち立てただけあって、格が違う。

 言い忘れたが、勝利条件は最後まで生き残ること。BB弾に着弾=デス=敗北だ。引き分けは存在しない。一人になるまで殺し合い、相打ちだとしても先に死んだ方の負けだ。

 これが、中々面白い。やりごたえありまくりだ。

 

 第一に、複雑怪奇な廃工場の地形を味方につける空間把握能力が試される点。公園での鬼ごっこなんかより、はるかに戦略性がある。

 第二に、対人戦闘特有の緊張感。こちらの動きに反応し、恐怖や焦りで挙動を変える生身の人間と撃ち合うヒリヒリとした感覚は、他のものでは味わえない刺激性がある。 

 第三に、単純明快な《銃を扱う》という行為そのものの快楽。重量感、機械的な作動音、そして引き金を引く指先一つで対象を殺せるという点が、男のロマンと、加虐性を満たしてくれる。

 戦略性、刺激性、加虐性――これを兼ね揃えた遊びを、僕はまだこれしか知らない。

 

 そんなゲームの中で、大抵の人間はキルするのは楽しいという快感に目覚めがちなのだが、宇都宮はそうじゃない。奴は、ただ生き残り勝利を収める。キルするべきタイミングを逃さないのも強い。奴には隙が無い。更に特筆するべきは、その身体能力。体育の授業でバク宙を披露したこともある運動神経の化け物には、弾がなかなか当たらない。優勝常連のことはある。今日も五発は躱されていた。

「チッ」

 状況を鑑みて、思わず舌打ちが漏れた。奴が遮蔽から出てこない。おそらくはビビっているのだ。このモデルガンの射程距離に。最大飛距離は約五十メートル。これは、参加者の大半が使っている安物のモデルの二倍の射程だ。

 狙って当てられる距離で言えばもっと短いのだが、安物と比べて、精度にも飛距離にも優れているのは間違いない。 

「なぁなぁ、どっちが勝つと思う?」 

 防弾ゴーグルを取った脱落者たちの声が遠くから聞こえてくる。

「流石に宇都宮だろ。どうせあいつが勝つって」

「でも月野も侮れないぞ。つーかなんだよあの銃。ズルくね?」

「性能が全然違うよな」

「なー」

「普通にずるいよな」

「それなー」

 馬鹿どもめ、これはルールの範疇だ。ゲームに参加すると貰える安価な配布品とは別に、持参も可だとルールに記載がある。

 このゲームは、元手がなくても参加可能だ。目を守るための防弾ゴーグルであったり、モデルガン(安物ではあるが)やBB弾なんかは宇都宮によって支給される。

 そういえば、宇都宮は《参加者特典》の銃で、まず人を集めたのだった。僕もそれに惹かれて定着した口だ。奴は商売が上手い。更に金持ちで、評定平均脅威の五の優等生だ。そんな優等生が、何故犯罪行為に片足を突っ込んだゲームを主宰しているのだろうか。理由は聞いたことがないが、僕が勝利した暁にでも聞こうと思う。

 

 言い忘れていたが(とっくに理解してるかもしれないが)、これは犯罪行為だ。建造物侵入罪と暴行罪。他にもいろいろあるかもしれないが、僕が自覚している罪とは、それくらいだ。一部の馬鹿を除いて、皆が理解しているはずだ。これは犯罪である。同時にスリリングでエキサイティングだ。だから皆やるんだ。最悪の場合、無知な中学生と言う切り札を切れば、大事になることもないだろうし、きっと大丈夫なはずだ。口止めは入念に行っているし、そもそも、宇都宮自身が参加者を選定している。奴の人を見る目はピカイチだ。どうせ問題は起こらない。奴の人生が成功に満ちているのは、僕の目から見ても明らかだ。

 だが、今日こそ僕が勝ってやる。

 敗北を知らないお前の人生に、僕の存在を刻み込んでやる。宇都宮は特別だ。天才だ、ギフテッドだ、そういう人種だ。《有》という名前が体現している。奴は全てを有している。

 最初に奴を見た時の第一印象は、白馬の王子様。黒髪だろうが関係なく、西欧世界の美少年、そんな顔立ち。容姿まで恵まれてやがる。

 平凡な僕とは、何もかもが違う。

 宇都宮のせいで、僕は宇都宮(うつのみや)が嫌いになった。僕たちの住んでいる地名すらお前の呪いにかかっている。僕の初恋の女の子も奪い去り切り捨てた、お前が嫌いだ。

 僕は友達が欲しかった。お前を打ち倒すことで、クラスの人気者になりたかった。僕があいつをこのゲームで殺したことは一度もない。だが、殺す日が来るとしたら、今日以外にあり得ないだろう。

 おい、宇都宮。

 

 ――死ねよ。


 とっくに僕は走り出していた。 

 奴は遮蔽から出る様子はない。賢しい奴だ。だが、僕から出向ければ殺られるだけ。対処は単純だ。角度を変える。前がダメなら斜めで殺せばいい。奴の顔が見えた。僕は銃を構え――奴は手に持つ銃を、投げた。銃弾は銃自身に弾かれる。

 いつものパターンだ。僕は知っている、ルールに記載もある。銃の所持は二丁まで認められている。憧れの二丁拳銃を体現するためのルールに見えるが、宇都宮にとっては違う。

 追い詰められた宇都宮は銃を投擲武器や咄嗟の目くらましに使う。

 だけど弾かれるのは想定外、アンラッキー、くたばれ宇都宮。

 時代の寵児め。最悪の場合でも牽制にはなると思ったのに、奴はここぞとばかりに走り出している。普通の銃のような単発撃ちなら、奇跡的な動体視力で避けれると考えたうえでの行動だろう。

 僕は確かに平凡だ。

 ここで負けるべき人間かもしれない。

 だけどな、宇都宮、一万八千円の銃を舐めるなよ。

 

 僕はにやりと笑って、銃のトリガーを長押しした。

 ズダダダダダと音が出そうな連射音。安物の銃ではできないフルオート。僕は今までこの銃が、単発撃ちしかできないように、一発に間隔を開けて撃っていた。偽装工作はこの時のためだ。奴を殺すその時のためだけに!

 二十発しかないこのマガジンで、フルオートを使うのは自殺行為だ。だが、この至近距離なら話は別だ。この銃は単発と連射を切り替えられる優れモノなんだよ!

 ジグザクと当てづらい軌道をする宇都宮だが、限界はある。

 殺せる。

 奴は二丁目の銃を取り出し、既に構えている。

 確かにもう射程距離だな。だけどもう着弾する。その前に宇都宮が売った。宇都宮に僕の弾が当たる。殺した。それはいい。問題は額にヒットした銃弾だった。

 狙い澄まされた一撃が、華麗なヘッドショットを決めていた。

 額に当たったBB弾が、ぽつり、と雨粒のように地面に落ちた。

 しばしの沈黙があってから、叫ぶ。

「僕の方が先に殺した!」

 宇都宮は朗らかに笑った。

「その通りだ、俺の負けだよ」

 それが、気に食わなかった。ただ勝つだけじゃ、ダメなんだよ。

 僕は友達が欲しかった。宇都宮を倒すことで、ヒーローになりたかった。高性能の銃を使うからには、圧勝でなければいけなかった。

 勝ちは勝ち。だとしたら、額に伝わる痛みは何だ。

 蚊に刺されたようなささやかな痛み。

 窮鼠猫を嚙む。僕はネズミを追い詰める猫だったはずだ。

 だと言うのに、なんだよ、これは。 

 この屈辱は、なんだ。

「なぁ月野、握手しようぜ」

 宇都宮は僕に歩み寄って、手を差し出してきた。

 僕はその手を思いっきり弾いた。

 パンッ! と、廃工場の中で乾いた音が響き渡る。

 宇都宮は目を見開き、驚いたような表情を作っていた。

 いい気味だ。だけど僕の求めていたものとは、違う。

 

 僕はお前の顔を悔しさで歪ませたかったんだよ。

 

 耐え難かった。その汚れを知らない掌が、僕の卑劣な勝利を優しく包み込もうとしているのが、許せなかった。ちゃんと責めろよ、憎めよ、復讐を誓えよ、優等生の化けの皮なんて剝いじまえよ!

 僕は友達が欲しかった。だけどお前と友達になりたいわけじゃない。お前は敵だ。許しがたい宿敵で、永遠のライバルだろうが。

 なのになんだ、なんだよあの笑顔は!

 僕は宇都宮を睨んだ。

 拒絶することが、天才に対する唯一の抵抗だった。

「握手なんてしない」

 宣言した。それから僕は腹が立って、逃げ帰った。勝ったのに、脱兎のようだった。

「あのクソ宮!」

 叫びながら帰った。

 宇都宮とはもう呼ばない。クソ宮だ、お前は。

 クソだ、クソ。クソクソクソ! 野糞だお前は、このうんこ野郎!

「嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ――!」

 負け犬みたいに喚き散らしながら、そのまま家に帰った。

 一度の屈辱的な勝利を経験した後、僕は二度とそのクソみたいなゲームに参加しなくなった。宇都宮の誘いを三連続で断った。四度目はあちらから察したのか、なかった。奴らは決まって休み時間にあのゲームの戦略を話し合ってるのだが、本当に馬鹿みたいに思えた。

 

 それから、程なくして、他ならない宇都宮自身の手で、ゲームは解体された。解体された動機も、顛末も、僕は知らない。解体されたという現実を、僕は中学三年生の五月の下旬に知った。

 教師が『受験勉強は団体戦だ』と世迷言を吐くのだが(どう考えても個人戦だろうに)きっとその影響もあるのだと思う。

 宇都宮と同じ高校には行きたくなかったのだが、将来のことを考えると進学校を選ぶのが妥当な選択だった。

 そこからは退屈な話で、僕は順当に勉強し、県内一の高校に合格した。どうやら偏差値七十超の高校に進学するのは、我が校にとっては誇りであるらしく、僕と宇都宮は校長室に呼び出されて、直接校長から激励を受けた。革張りのソファーに並んで座り、適当に受け答えをしながら、宇都宮の横顔を見た。どうしてそんな笑みを浮かべられるのか、心底不思議だった。

「なぁ、月野。一緒にサイゼ行かないか?」

 校長の長い話を間近で受けた僕たちは、既に卒業しつつある学び舎を後にする。

「宇都宮。僕はお前が嫌いだ。知ってるだろ」

「俺がイケメンだから?」

「それもある」

 宇都宮はまたまた、朗らかに笑った。

「今日くらいはいいじゃんか。過去の因縁は忘れてさ」

「お前っていい奴だよな」

「それってオッケーのサイン?」

 僕は、皮肉を込めて笑った。

「だから嫌いなんだよ、お前のことが」

 

 結局、中学校で友達は一人もできないままだった。

 


 金が要る。そう思って、かつての相棒を売り飛ばした。たった一度の勝利を収め、それ以降使われることのなかったその銃は、六千円となって僕の手元に帰って来た。三分の一のキャッシュバック、クソみたいな還元率だ。過去の気の迷いを鼻で笑う。馬鹿なことをした。

 高校生になって、小遣いが月六千円に値上がりしたとはいえ、それでもあの銃は今でも三か月待たないと手に入らない。僕は今の三か月を、一か月にして資金へと還元したのだ。文字に直すと馬鹿みたいだ。それも、美容院代にするなんて馬鹿げた理由だ。馬鹿に馬鹿を重ねたらどうなるのか――決まってる。大馬鹿だ。

 美容院に行くために相棒を売った大馬鹿者が僕だ。いつかテレビで特集されてもおかしくない。さて、そろそろ気になってきたところだろう。なぜ僕が美容院に行くのか。

 

 モテる為だ。イメチェンを果たす為だ。カッコよくなる為だ。

 僕には彼女がいない。だが、宇都宮には彼女がいる。

 この不条理を、許せないのであった。

 ちなみにこれから筋トレも始める。プロテインも買おうと思う。日焼けサロンにも行ってもいいかもしれない。高校一年生の夏から、僕はようやく本気を出す訳だ。腕が鳴るぜ。

 

 夏。そう――夏だ。春は息を吸って吐いた瞬間にいなくなってしまった、というのはさすがに比喩だが。春はあっという間だった。呼吸した一瞬のうちに春は過ぎ去り、あっという間に夏休み。

 他のクラスメイト達の春はおそらく満開だったことだろう。

 

 一般的な話をすると、高校一年生の春とは、人間関係の流動性が最も高まる時期だ。

 部活動の見学や仮入部を経て、所属するコミュニティが確定したり、隣の席の奴と話が弾んで仲良くなったり、昼休みの教室では机を囲んで弁当を広げるグループが自然発生的に形成されたり、スマホでのLINE交換があちこちで行われる……んじゃなかろうか? 

 放課後になれば、運動部からは活気ある掛け声が、文化部からは楽器の音色が響き渡る。さらに、早々に恋人というステータスを獲得し、寄り道をして帰る男女も珍しくない……と、思う。たぶん。メイビー。

 さて、一般的な話はやめて偏向的な僕の話をしよう。虚無だった。なにもなかった。孤立していた。理由は察してほしいところだが、僕はめんどくさい女でもないので正直に吐露することにする。

ヤツ(宇都宮)である。当然のごとく、高校でもカースト最上位に位置する宇都宮を皮肉ったり無視したり邪険にしたり、蛇蝎の如く嫌ったのが良くなかった。《あの宇都宮を邪険にする変な奴》という噂が瞬くうちに広がり、なんというか、その、……孤立していた。


 これは僕が悪い!!

 

 だけど、少しは神を呪わせてくれ! なんであいつが同じクラスなんだよ! 嫌いだって言ってるのに、執拗に絡んでくるのは何なんだよ! 呪われた装備か何かか? いい加減外させてくれ!

 あと、相変わらず完璧超人なのは何なんだよ! 真人間を辞書で引いてきたような性格をしやがって、それを嫌ってる僕は何なんだよって話になるだろ!?

 

 いや、僕だって分かってるさ。あいつが良い奴じゃない、訳じゃないってことくらい。全然、全く、悪い奴じゃない。悪いところが見つからない。非の打ち所がない。宇都宮有(うとみやゆう)は、……いい奴だ。なんで僕があいつを嫌っているのか――説明できるが、納得させる自信がない。

 ……悔しいから。

 あの敗北を笑って見せたお前の精神性が、捻くれた僕の(かん)に障った。悔しいって言ってほしかった。次は負けないって言ってほしかった。

 

 ――対等になりたかった。

 

 誰からも共感を得られない生き方をしている。その自覚はある。

 なぁ、宇都宮。僕はお前を疎んでいる。でもさ、もし仮に、もっとお前が人間ならさ、僕たちは仲良くなれたと思うんだよ。

 お前のことを同じ人間だと思えないんだ。

 それって、僕が卑劣で、狭量で、惨めな人間だからかなぁ。

 あー。やめよう、この思考に価値はない。せっかくの夏休みなんだ。夏休み。夏の話はしたが、休みの話はしていなかった。長期休み――と、言いたいところなのだが、休みの前に進学校の学生には地獄がある。夏期講習である。三泊四日の夏期講習は、我が高校の文化であるらしい。どうせ家で勉強するのだし(というか、僕には勉強しかないし)、滅んでいただけないだろうか。いや、拒否権はあるのだが。この夏期講習に行かなかったら本格的に僕の高校生活が終わる気がする!

 アオハルが散る! 青い春ではなく血にまみれたアカハルになってしまう。そんなのはごめん被るのだ。夏期講習は自クラスだけでなく、他のクラスとも合同だし、友人を作る糸口は無数にある。という訳で、参加を希望したのであった。僕の希望も夏期講習にあればいいな。地獄でしか育めない友情もきっとあるはずだ。

 

 さて。そんなことを考えているうちに美容院で髪を茶色に染め、センタパートと言うどうやら流行りの髪形に新たな自分デビューをした僕なのだが、鏡を見てみると、かなりイケていた。ナンパをしても成功しそうな感じだ。たぶん自惚れじゃない。我が妹が《残念イケメン》と称したことがあるが、今の僕は覚醒イケメンだ。やってやろうか、ナンパを。一回もやったことないし、試しにちょっと。

 

 ちょうどあそこに金髪の可愛いお姉さんが――路地裏に連れ込まれた。ん? 見間違いか? あれ? 目をこすった。

 僕の目に留まったはずの美人さんは、既にそこにはいなかった。

 怖いスーツの男の人が、美人さんの腕を掴んで一瞬で路地裏に消えた気がする。ん? あれ? 本当に? 現実?

「……マジぃ?」

 気づいたら声が漏れていた。周囲に人通りはあるのだが、皆、我関せずという感じだった。確かに、触らぬ神に祟りなしだ。

「ん、んー……」

 とは言え、今のアレを見逃すのはどうなんだろうか。人として、道徳観が欠如してないか? 

「んー……」

 実は、どんな相手だろうと僕には勝算がある。いや、僕が武道を嗜んでるとか、そういう話じゃない。最近物騒だからと、妹に催涙スプレーを持たされているのである。

 

 物騒なのはお前の頭だろ。

 

 そう言いたいが、現実に役立つ場面が来たかもしれない。

「ん、……っし」

 行くか。お姉さん可愛かったしな。ちょっと特殊なナンパだよ、これは。と言うか、最悪逃げればいいし。

 実は僕は足がすごく速い。クラスで二番目に。一番目はもちろん奴だ。もはや言うまでもないことだが。

 

 そろり。路地裏を覗く。

 暗くて何も見えない。いや、おかしい。

 今は昼だ。だと言うのに、不自然なほどの暗闇がこの先に続いている。《暗闇》そのものがそこにある。暗闇は作り出されるものであって、実物自体はないはずだ。とにかく、暗い。濃密な暗闇。僕はショルダーバックから催涙スプレーを取り出した。

 歩みを進める。

 同時に、

 

 ――バンッ!


 本物の銃声が鳴った。 

 かつて、僕たちがやっていた遊びじゃない。

《本物》が、この深淵の先にある。


 RPGなら、きっとこんな選択肢が出る。

 

 ▼先に進む 引き返す

 

 僕は前者を選択した。怖くても迷わなかった。何故だろうと考えて、どうしてか宇都宮の姿が頭に浮かんだ。

 清く正しく聡いお前なら、引き返すんじゃないか?


『その通りだ、俺の負けだよ』


 今回こそ僕の勝ちだ。

 走った。

 そして、その光景が映った。

 

 スーツ姿の男が、銃を握ったまま倒れていた。硝煙は上がっていた。銃弾は、今しがた彼が撃ったものだった。

 しかし、凶弾を放ったはずの男は血まみれで倒れている。足元に、薬莢が落ちていた。知識でしか知らなかった。確か、本物の銃弾を撃ったときは、それが地面に転がるんだ。足元を見下ろしてから、見上げる。そこには背中から翡翠色の触手が生えた女がいた。まるで、トカゲのしっぽのような器官が背中から、一つの槍のように生えていた。軟らかく動き回るその姿は、まるでミミズだ。何をしているのかと思ったら、触手についている血を払っていた。きっとあれで刺したんだ。


「あれ、……君」


 本気でマズいことになった。驚くべきことに、身体が動かない。蛇に睨まれた蛙のようだ。これは無理だ。分かる。人間の尺度で測っていい《何か》じゃない。なんだ、あれは。あの触手は何だ。と言うか、なんで人間の姿をしているんだ。ミュータントっぽくない。ただ背中から触手が生えただけの人間だ。いや人間かそれはって考えてる場合じゃないマズいマズい――

「っ、みっ、み、見逃していただくことって、可能でしょうか?」

 おそるおそる聞いてみた。

 金髪の女は、笑った。

「あっはっはっはっはっはっは――!」

 面白くて面白くて、たまらないようだった。

 そりゃそうか。獲物が震えていたら、やる気が出るか。

 

 もうやるしかなくなっちゃったよ……。

 

 頼むぞ妹、お前の催涙スプレーにお兄ちゃんの命がかかってる。

「ちゃんと熊とか殺せるやつなんだろうなァ!」

 僕はスプレーを噴射した。

 

 プシュュゥゥゥッッッー!!

 

 期待以上の勢いだ、あわよくばそのまま死ね!

 そう思ったのだが、女はそれを捕食した。

「は?」

 適切ではないが、表現が見つからない。とりあえず、触手が変形して、生物の口のようになった。そして煙を《食べた》。

 そ、そういうこともできるんですねぇ……。

 あはは。愛想笑いでごまかせないかな。あ、ダメそうだ。まだ笑ってる。流石にここまで笑われると怖い。殺されるんだって実感が強く湧いてきちゃうじゃないか。

 ああ、大人しく逃げときゃよかった。

 ただ、僕の足は相変わらず竦んでいる。足が竦んで力が出ない。アンパンマンみたいに都合よく勇気百倍になりたい。でもマイナスに百をかけたらとんでもないことになるんだけど。あのアンパン頭は負の感情が百倍になることはないんだろうか、なんて、現実逃避。

 さて、ここから僕の生存ルートはあるんだろうか。とりあえず、敵対行動はしてしまった。どうしよう。とりあえず目の前の女は人一人は殺している。僕を殺すなんて造作もないことだろう。

 

「いやほんとマジですいません気の迷いですちょっと魔が差したっていうかもしかしたら殺れるんじゃねって昂ってたと言いますか――」

 

 やばい。命乞いが下手過ぎる。

 何もかも宇都宮のせいだ。お前がいなかったら僕は引き返していた。お前のせい、いや――お前に勝ちたくてたまらない僕のせいだ! 

 

 ああ、でも、今から死ぬのか。

 マジでしょうもねぇな、人生って。

 

 勝っても負けてもどうせ死ぬなら、勝つことに何の意味があるんだ。

 自分の中で、急激に何かが色褪せていくのが分かる。くだらないプライドが、触手が愉快そうに動き回る様子で、粉砕される。

 

 一緒に行っとけばよかったな、サイゼ。

 あの時素直に頷いて、安っぽいミラノ風ドリアでも一緒に食べていれば、こんな路地裏で死ぬこともなかったのに。

 

 

「いやいや、落ち着けって、月野」



 幻聴を疑った。目の前の女から発せられた声に思えた。にしては男性的過ぎる。というか、宇都宮の声だった。更に幻視を疑った。目の前の女が変貌していく。触手が全身に薄く張り巡らされ、《何か》の体を成していく。大きくなっていく。しかし、途中で服がパツパツになったのを察したのか、縮小。

 いつもより小柄な姿で。

 宇都宮の顔をした、何かがそこにいた。

 

「俺だよ、俺」


 新手のオレオレ詐欺か、と突っ込みたくなる。

 そこには、宇都宮有がいた。それも女装に失敗した感じの。女の服を着た宇都宮有だ。もしかしてブラジャーとかしているのか? だとしたら面白いな――そんなことを考えているうちに、宇都宮は、女の姿へと戻っていった。


「大丈夫だよ、殺さない。つーか、俺はお前と仲良くしたいの」


 皮肉もなにもなく、宇都宮は朗らかに笑う。

 素直に、可憐だと思った。美少女そのものだった。


 宇都宮が美少女に変身した。


 つまり、だ。 

 ここでは、極めて端的な理解をする。

 宇都宮有は、どうやら人間ではなかったようだ。

 

 ――じゃあいったい《何》なのか。


「なぁ、月野。一緒にサイゼ行かないか? お互い積もる話もあるだろ?」

 

 そう問われて、僕は頷いた。死体に目を背けて、好奇心の赴くままに。

 

 いや、本当は、あの時。

 僕も行きたかったんだよな、サイゼ。


 人を殺したくせに平然と店内に入り、敬語で店員さんに接する宇都宮。

 安っぽいミラノ風ドリアを頼み終わって、それから宇都宮有は言葉を紡ぐ。


 そして、この話を聞くところから、僕と宇都宮有の関係性は再定義されることになる。ある時は親友、ある時は恋人、ある時は共犯者として。


 ありとあらゆるものに《変身》できる不定形の怪物との青春が始まるだなんて、この時の僕は予想だにしていなかった。

 

 

  

 

 

 

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