第8話 違和感
鐘の音は、夜気を切り裂いていた。
短く、高く、三度。
決めた通りの合図だ。
村は、即座に動いた。
誰も叫ばない。
誰も走り出さない。
子どもたちは家屋の奥へ。
知らせ役は鐘楼を離れ、次の合図に備える。
武器を持つ者たちは、決められた位置へ。
「……いい動きです」
私は、森の縁を見据えながら言った。
自分の声が、驚くほど落ち着いている。
騎士が、私の横で頷く。
「訓練通りだ。
誰も混乱していない」
森の奥で、光が揺れた。
焚き火のような赤ではない。
魔力の残滓に似た、青白い光。
「……来ます」
私は、指示を出す。
「誘導役、右へ。
正面は開けない。
結界、第一段階」
杭が、低く鳴った。
地面を伝う魔力が、薄く発光する。
影が、森から躍り出た。
――二体。
前に出たのは、昨日倒したものより一回り小さい魔物。
動きは速いが、警戒が薄い。
「斥候です」
私は、即断した。
「……本命は、後ろ」
魔物は、結界に触れた瞬間、嫌がるように身を翻した。
訓練通りだ。
札の効果が、きちんと出ている。
「今だ。
追い払う。倒す必要はない」
武器持ちの村人たちが、声を合わせて前に出る。
恐怖はある。
だが、動けている。
魔物は、予想よりあっさりと退いた。
森へ戻り、影が溶ける。
「……終わり?」
誰かが、呟いた。
私は、首を振る。
「いいえ。
これは“様子見”です」
そして、その瞬間だった。
森のさらに奥――
魔物が出てきた方角とは、別の位置で。
光が、揺れた。
「……あれは」
騎士が、息を呑む。
光は、整いすぎている。
魔物の魔力は、もっと乱雑だ。
あれは――。
「人の魔術です」
言い切った瞬間、背筋が冷えた。
「……魔術師団?」
「いいえ。
もっと、雑です」
そして、遠くから聞こえてきた声。
「――確認完了。
結界、稼働中」
私は、目を細めた。
「……偵察」
魔物ではない。
王都でもない。
「誰かが、この村を“試している”」
その理解に至った瞬間、怒りよりも先に、妙な納得が来た。
(……そう来る)
直接手を出せば、問題になる。
だから、魔物を使い、混乱を誘い、
その反応を見る。
私たちが、どこまで“できるか”。
「……指揮官」
騎士が、私を見る。
「追いますか」
「いいえ」
私は、即答した。
「追えば、向こうの思う壺です」
私は、周囲を見回した。
「全員、配置を維持。
これは“勝ち”です」
村人たちが、戸惑いながらも従う。
誰も死んでいない。
誰も怪我をしていない。
それだけで、十分すぎる成果だ。
◆
騒ぎが収まった後。
私は、魔物が出た地点を確認していた。
地面には、確かに魔物の足跡。
だが、その奥に――。
「……やっぱり」
人の靴跡。
しかも、迷いがない。
軍属か、準軍属。
騎士が、歯を噛みしめる。
「……誰だ」
「わかりません」
私は、正直に答えた。
「ただし、王都の“正規”ではない」
「……裏か」
「ええ」
王都は、公式には手を出せない。
だから、裏で測る。
「……嫌な話ですね」
「ですが、想定内です」
私は、手帳に書き込む。
・魔物誘導の可能性
・第三勢力の介入
・目的:村の防衛能力測定
(……私個人ではない)
狙いは、この村。
いや――。
「……“私が作った仕組み”ですね」
騎士が、静かに頷く。
「それは、壊す価値があるってことか」
「ええ」
私は、空を見上げた。
夜空は、静かだ。
星が、やけに多い。
「だからこそ……」
私は、村の灯りを見る。
「壊される前に、完成させます」
英雄ではなく。
指揮官でもなく。
「――これは、防衛“組織”です」
誰かが、この村を測った。
だが同時に、私も測った。
魔物よりも厄介な敵が、
すでに動き始めていることを。
そして、その敵は。
私が王都で見慣れてきた、
“責任を取らない者たちのやり方”だった。




