第7話 指揮官
翌朝、村の広場には人が集まっていた。
鍬を持つ者。
木槍を肩に担ぐ者。
子どもを背にしたまま、少し離れて様子を見る者。
誰もが緊張している。
だが、逃げ腰ではない。
私は広場の中央に立ち、村人たちを見回した。
「今日は、“訓練”をします」
ざわめきが走る。
「戦う訓練ではありません」
私は、すぐに続けた。
「生き残るための訓練です」
村長が、私の隣に立つ。
「昨日話した通りだ。
魔物は、また来る。
だが、今度は“何もできない村”じゃない」
視線が、私に集まる。
期待と不安が、同じ重さで混じっている。
「まず、全員が戦う必要はありません」
私は、はっきりと言った。
「戦える人、走れる人、知らせる人。
役割を分けます」
私は地面に、簡単な図を描いた。
村の形。
森。
畑。
家屋。
「魔物が来たら、まず合図を出します。
鐘、角笛、どちらでもいい。
音は高く、短く」
若い男が、恐る恐る手を挙げる。
「……俺、戦えません」
「問題ありません」
私は即答した。
「あなたは“知らせる役”です。
それは、とても重要です」
その言葉に、男の表情が少しだけ変わる。
不要ではない、と理解した顔だ。
「次に、畑と家の裏道を知っている人」
何人かが手を挙げる。
「その人たちは、誘導役です。
魔物を“通したくない場所”から遠ざける」
「……戦わなくていいのか?」
「戦わなくていい。
生きて動くことが、戦いです」
広場の空気が、少しずつ変わっていく。
恐怖が、役割に置き換わっていく。
私は、最後に武器を持つ者たちを見る。
「あなたたちは、最後の壁です。
無理に倒さなくていい。
時間を稼いでください」
監視役の騎士が、一歩前に出た。
「……俺は?」
私は、彼を見た。
「あなたは、私の補佐です」
騎士が目を見開く。
「判断が必要な場面で、私の代わりに指示を出してください。
私は、魔術に集中します」
一瞬の沈黙。
それから、彼は静かに頷いた。
「……了解しました」
その声には、迷いがなかった。
◆
訓練は、想像以上に地味だった。
走る。
合図を鳴らす。
集まる。
離れる。
何度も、何度も繰り返す。
「もっと早く!」
「今のは合図が遅い!」
「そっちじゃない、裏道!」
私の声が、広場に響く。
怒鳴っているわけではない。
だが、妥協もしない。
村人たちは、最初こそ戸惑っていたが、次第に動きが揃ってきた。
失敗しても、誰も責めない。
責める時間が無駄だと、皆が理解し始めている。
子どもたちは、安全な場所へ集められる。
年寄りは、事前に決めた家へ。
誰が欠けても、すぐにわかる。
「……すごいな」
村長が、ぽつりと呟いた。
「今まで、こんなふうに動いたことはなかった」
「“決めていなかった”だけです」
私は、手帳を閉じる。
「人は、決まっていないと迷います。
迷いは、死に繋がる」
訓練の終わり、皆が息を切らして座り込む。
疲労はある。
だが、恐怖は薄れている。
「……リリアーヌさん」
若い女性が、近づいてきた。
「私、戦えません。
でも……子どもを連れて逃げる役なら、できます」
「それで十分です」
私は、はっきり言った。
「あなたがいなければ、子どもは守れません」
彼女は、泣きそうな顔で頷いた。
◆
日が傾き、訓練が終わる頃。
私は、少し離れた場所で、結界の確認をしていた。
杭は、しっかりと魔力を保っている。
「……英雄、か」
背後から、騎士の声。
「皆、そう呼び始めてます」
私は、首を振った。
「英雄は、一人で戦う人です」
「……違うんですか」
「私は、皆を動かしただけ」
私は、広場を見る。
疲れ切った村人たちが、それでも笑っている。
「それは、指揮官の仕事です」
騎士は、しばらく黙ってから言った。
「……王都では、そんな役割、評価されませんでしたよね」
「ええ」
私は、静かに答えた。
「だから、ここに来ました」
風が吹き、結界杭が小さく鳴る。
村は、今、確かに“守れる形”を持ち始めている。
だが同時に、私は感じていた。
――王都は、これを見逃さない。
英雄なら、消せば終わる。
だが、指揮官は違う。
人を動かす者は、厄介だ。
私は、手帳に新しい項目を書き加えた。
・村防衛体制:第一段階 完了
・次段階:恒常結界+近隣村共有
・王都介入リスク:上昇
(……来る)
そう、確信していた。
その夜、見張りの若者が駆け込んでくる。
「リリアーヌさん!
森の方で……光が!」
私は、即座に顔を上げた。
「……合図は?」
「鳴らしました!」
遠くで、鐘の音が響く。
短く、高く。
訓練通りだ。
私は、深く息を吸い、騎士を見る。
「配置に」
「了解!」
村が、動き出す。
恐慌はない。
迷いもない。
私は、指揮官として、一歩前に出た。
(英雄じゃなくていい)
(――この村が、生き残れば)
森の奥で、光が揺れた。
魔物か。
それとも――王都の別の手か。
答えは、もうすぐ出る。




