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婚約破棄された悪役令嬢、なぜか追放後の田舎で英雄扱いされています  作者: 雨天


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第6話 魔術師団

 馬車は、二台だった。


 一台は政務局のもの。

 もう一台には、見慣れた紋章が刻まれている。


 ――魔術師団。


 それを見た瞬間、胸の奥がわずかに冷えた。

 恐怖ではない。

 もっと厄介な感情だ。


「……やっぱり来たか」


 私は、村の入り口で待っていた。

 逃げる理由はないし、隠れる意味もない。


 馬車が止まり、先に降りてきたのは、灰色の外套を羽織った男だった。

 三十代半ば。眼鏡。姿勢がいい。

 見覚えがある。


「……久しぶりだな、リリアーヌ」


 声を聞いた瞬間、記憶が正確に一致した。


「クラウス・ハインリヒ。

 魔術師団第三研究班、理論担当」


「“元”が付くがな」


 彼は、そう言って苦笑した。

 その表情に、敵意はない。

 だが同情もない。


 ――これが一番厄介だ。


 続いて、二人の魔術師が降りてくる。

 どちらも若いが、徽章の色からして実務経験はそれなりにある。


「本日は、調査に参りました」

 クラウスは、形式的に言った。

「追放者リリアーヌ・ヴァルフォードによる、無許可魔術行使の実態確認です」


 言い方が、正確すぎて腹が立つ。

 だが、私は表情を変えない。


「調査対象本人です。

 ご用件は、ここで」


「村人の前でか?」


「隠す理由がありませんから」


 クラウスは一瞬だけ眉を上げた。

 それは、感心でも警戒でもない。


「……相変わらずだな」


 村人たちが、遠巻きに様子を見ている。

 私は、彼らを背にする形で立った。


「では、本題に入ろう」


 クラウスは、手元の書類を開いた。


「君が行使した魔術――

 封縛、内循環断ち、簡易忌避結界。

 いずれも、魔術師団では“非推奨”、あるいは“危険”とされる式だ」


「承知しています」


「特に内循環断ちは、術者への反動が大きい。

 君は、それを単独で?」


「はい」


 クラウスは、深く息を吐いた。


「……馬鹿だ」


 村人たちがざわめく。

 だが、彼は続けた。


「だが、理論的には正しい。

 君の式は、間違っていない」


 その言葉に、私は少しだけ目を細めた。


「評価、ありがとうございます」


「褒めているわけじゃない」

 クラウスは即座に否定する。

「問題は、君が“ここで”それをやったことだ」


「ここでなければ、どこで?」


 私は、静かに問い返した。


「王都では、承認が下りるまでに時間がかかる。

 辺境では、その時間がない。

 魔物は、待ってくれません」


「……それは理解している」


 クラウスは、眼鏡を押し上げた。


「だが、制度は例外を嫌う。

 君は今、危険な前例になっている」


 前例。

 その言葉に、私は小さく笑った。


「私は、前例になるためにここにいるわけではありません」


「なら、なぜだ」


「生きるためです」


 即答だった。

 言葉を選ぶ必要もない。


「追放され、仕事を奪われ、

 それでも生きるには、これしかなかった」


 沈黙が落ちる。


 クラウスは、しばらく私を見つめていた。

 その目に、かすかな迷いが浮かぶ。


「……君は、変わっていない」


「そうでしょうか」


「変わっていないから、ここまで来てしまった」


 彼は、書類を閉じた。


「結論を言おう。

 君の魔術行使は、“問題あり”だ」


 村人たちが、息を呑む。


「だが――」


 クラウスは、一拍置いた。


「成果は、否定できない」


 私は、視線を上げた。


「被害ゼロ。

 再発防止。

 周辺村との連携」


 彼は、淡々と読み上げる。


「これを無視して、君を再度拘束すれば、

 王都は“辺境の命を軽視した”と受け取られる」


「……つまり?」


「つまり、我々は判断を上に投げる」


 逃げた、とも言える。

 だが、それは同時に――。


「時間を稼げる」


 クラウスは、私を見た。


「君が、この村で“不要”だと証明されるか、

 “必要不可欠”だと証明されるか」


 彼は、静かに続けた。


「それを決めるのは、君自身だ」


 その瞬間、私は理解した。


 魔術師団は、敵ではない。

 味方でもない。

 彼らは――観測者だ。


「……一つ、質問を」


 私が言うと、クラウスは頷いた。


「なぜ、あなたが来たんですか」


「他の者では、君と話ができない」


 即答だった。


「理論を理解し、成果を否定せず、

 それでも制度を守ろうとする者」


 彼は、少しだけ苦笑した。


「皮肉だが……それが、私だった」


 私は、しばらく黙ってから言った。


「ありがとうございます」


「礼を言われる筋合いじゃない」


 クラウスは、踵を返す。


「君の式、記録させてもらう。

 ――正式採用は、されないだろうがな」


「承知しています」


 馬車へ向かう背中に、私は言った。


「……王都で、伝えてください」


 彼は、振り返らない。


「何をだ」


「私は、もう“戻る場所”を求めていないと」


 クラウスは、一瞬だけ立ち止まり、

 それから、静かに言った。


「……伝えておこう」


 馬車が去り、村に静けさが戻る。


 村人たちが、私を見る。

 不安と、信頼が混じった目。


「……追い出されないんだろ?」


 誰かが、恐る恐る聞いた。


「今すぐは、ありません」


 私は、正直に答えた。


「でも、見られています。

 これからは――結果がすべてです」


 村長が、一歩前に出た。


「なら、俺たちはどうすればいい」


 私は、深く息を吸った。


「この村を、“守られる側”から“守れる側”にします」


 その言葉に、誰も笑わなかった。

 誰も否定しなかった。


 私は、手帳を開く。


(――ここからが、本番だ)


 王都も、魔術師団も、私を測っている。

 だが同時に、私は彼らを測る。


 この世界で、

 どこまでなら、譲らずに生きられるのかを。

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