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婚約破棄された悪役令嬢、なぜか追放後の田舎で英雄扱いされています  作者: 雨天


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第5話 誤算

 王城の執務室は、静かだった。


 分厚い絨毯が足音を吸い、外界の喧騒は高い窓の向こうに遮断されている。

 王太子エドワードは、机に広げられた報告書に目を落としたまま、しばらく動かなかった。


「……ベルナールが、保留を選んだか」


 呟きは、独り言に近い。

 政務局監査課の判断を、彼は正確に理解していた。


 ――処分できなかった。

 それだけの話だ。


 報告書には、簡潔な文章で状況がまとめられている。


・追放者リリアーヌ・ヴァルフォード、辺境ローヴェ村にて魔物襲撃を単独で抑止

・村の被害ゼロ

・周辺村との簡易連携、再発防止策の構築

・現地住民からの支持、極めて強固


 エドワードは、眉間に指を当てた。


「……余計なことを」


 それは、怒りというより、苛立ちだった。

 彼にとってリリアーヌは、すでに「終わった存在」のはずだった。


 婚約破棄。

 追放。

 魔術師団からの排除。


 貴族社会において、それは“社会的な死”を意味する。

 生きてはいるが、影響力は失い、やがて忘れ去られる。


 そう――設計した。


「なぜ、大人しく消えない」


 机の端に置かれた、別の報告書。

 そこには、聖女候補セシリアの名前がある。


 彼女は、王城で変わらず“清廉で心優しい存在”として振る舞っていた。

 民衆の支持も厚い。

 王太子妃として、何の問題もない。


 だからこそ、リリアーヌは不要だった。

 有能で、理屈を持ち、感情より結果を優先する女。

 隣に立てば、必ず比較される。


「……お前は、理解しすぎていた」


 エドワードは、報告書を閉じた。

 彼は知っている。

 魔物対策の式、疫病用の結界札、辺境向けの簡易魔術。


 その多くが、誰の名も残さず、だが確実に機能していたことを。

 そしてそれを設計していたのが、誰だったかも。


 だが、王太子という立場は、“知っている”だけでは動けない。

 感情ではなく、秩序を選ぶ必要がある。


「……問題は、価値を示されたことだ」


 追放者が、辺境で結果を出す。

 しかも、王都の負担を減らす形で。


 それは、制度に対する静かな反証だ。


 エドワードは、机を指で叩いた。


「次は……様子見では済まないな」


 誰に向けた言葉でもない。

 ただ、決断の準備だった。


 彼は、別の書状を手に取る。


「魔術師団、再調査班……」


 名前を読み上げ、静かに息を吐いた。


「――彼女を、もう一度“測る”」


 それが、王太子としての答えだった。


     ◆


 同じ頃、ローヴェ村では。


 私は、村外れの簡易結界の点検をしていた。

 杭の位置、魔力の流れ、干渉の有無。

 一つ一つ確認しながら、手帳に書き込む。


「……よし」


 魔力の循環は安定している。

 この規模なら、しばらくは持つ。


 後ろから、足音がした。


「リリアーヌさん」


 村長だ。

 手には、小さな布包み。


「これを」


「……何ですか」


「村のみんなからだ。礼、らしい」


 布を開くと、乾燥肉と黒パン、それに簡単な護符。

 どれも高価ではない。

 けれど、生活の中から捻出されたものだと、すぐにわかる。


「……ありがとうございます」


 私は、ゆっくりと包みを閉じた。


「王都の使者が来た件だが……」


「はい」


「皆、不安がっている。

 だが同時に、あんたを追い出す気はない」


 村長は、はっきりと言った。


「王都が何を言おうと、ここはローヴェ村だ。

 命を救った者を、簡単に手放すほど、我々は愚かじゃない」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 だが同時に、冷静な計算も働いた。


「……ありがとうございます。

 ただし、これから来るのは“確認”ではありません」


「……圧力、か」


「はい」


 私は、森の方を見た。

 風が木々を揺らし、影が動く。


「魔術師団が来るかもしれません。

 正式な調査という名目で」


「それは……」


「厄介です」


 私は、正直に言った。


「彼らは、私を“元同僚”として見ます。

 理解するからこそ、従わせようとする」


 村長が、腕を組む。


「……勝てるのか」


「勝ち負けではありません」


 私は、手帳を胸に抱いた。


「ただ……ここで生きるために、譲らないだけです」


 そのとき、見張りの若者が駆けてきた。


「リリアーヌさん! 街道の方から……!」


 息を切らし、指差す。


「……王都の紋章を付けた馬車が、もう一台!」


 私は、目を閉じた。

 一瞬だけ。


(……早い)


 想定より、一歩。


 目を開き、村長を見る。


「来ました」


「……何人だ」


「たぶん、少数。

 でも――本命です」


 私は、深く息を吸った。


 王都は、もう一度私を“測り”に来る。

 そして私は、その秤の上に、ただ従うつもりはない。


「……準備を」


 村長が頷き、走り出す。


 私は、結界杭の一本に手を置いた。

 冷たい木の感触が、現実を教えてくれる。


(次は、“私が何者か”を決める場になる)


 英雄か。

 追放者か。

 それとも――。


 馬車の軋む音が、遠くから聞こえてきた。

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