第4話 王都の使者
使者が来たのは、昼前だった。
村の入り口に、見慣れない馬車が止まり、甲冑ではなく礼装を纏った男が降りてくる。
騎士ではない。官僚だ。
王都の空気をそのまま運んできたような、整った身なりと、無駄のない動き。
「……来ましたね」
私は、手帳を閉じた。
嫌な予感ではない。想定通りだ。
村人たちも、異変を察して集まり始めている。
視線は馬車と、その隣に立つ私を行き来していた。
使者の男は、村長の前で立ち止まり、形式通りに一礼した。
「王都より参りました。王国政務局、監査課のアーノルド・ベルナールと申します」
名乗りは丁寧だが、声に温度がない。
人を見る声ではなく、案件を見る声だ。
「こちらがローヴェ村の村長殿で間違いありませんね」
「……いかにも」
「本日は、追放者リリアーヌ・ヴァルフォードの監視状況、および王命遵守の確認に参りました」
その瞬間、村の空気が凍った。
追放者、という言葉が、意図的に選ばれている。
私は一歩前に出た。
「監視対象本人です。ご用件は私が伺います」
使者は、初めて私を正面から見た。
値踏みする視線。
貴族でもなく、村人でもなく、「処理対象」を見る目だ。
「……なるほど。思ったより、健康そうだ」
「おかげさまで」
私は、表情を崩さない。
ここで感情を見せるのは、相手の思う壺だ。
「では、単刀直入に申し上げます」
使者は書状を取り出した。
「王命により、あなたの魔術使用は制限されています。
にもかかわらず、あなたがこの村で魔術を行使したとの報告が上がっている」
報告。
誰が、とは言わない。
言う必要がないからだ。
「事実です」
私は、即答した。
村人たちがざわめく。
だが私は、続けた。
「魔物襲撃に対する防衛行動です。被害はゼロ。
以後、再発もありません」
「理由になりません」
使者の声は、冷たかった。
「王命は絶対です。
あなたは、王都の管理下にある“危険要素”であり――」
「危険要素?」
私は、そこで一度だけ言葉を挟んだ。
声は低く、静かだ。
「この村に魔物が来なくなった事実も、危険ですか」
使者は、眉をひそめた。
「論点をすり替えないでいただきたい。
問題は“結果”ではなく“権限”です」
権限。
その言葉に、私は小さく息を吐いた。
「つまり、私が正しいかどうかではなく、
私が“許可された存在かどうか”が問題だと」
「理解が早くて助かります」
使者は、淡々と頷いた。
彼にとって、これは論争ではない。
確認作業だ。
私は、村人たちの方を見た。
不安、怒り、戸惑い。
それらが混じった視線が、私に向けられている。
ここで引けば、すべてが元に戻る。
私は再び、黙って管理される存在になる。
この村も、また魔物に怯える日々へ戻る。
――それだけは、選ばない。
「では、こちらも単刀直入に伺います」
私は、使者を見据えた。
「王都は、この村で再び死人が出ることを望みますか」
使者の眉が、ぴくりと動いた。
「……感情論は不要です」
「感情ではありません。政策の話です」
私は、手帳を開き、数枚の紙を差し出した。
そこには、簡単な数字が書いてある。
「魔物襲撃件数、被害状況、周辺村との連携状況。
これらは、すべて私が来てから改善しています」
「……だから何だと」
「王都がこの地域に割いている兵力、補給費用。
これが、今後減らせます」
使者の視線が、紙に落ちた。
ほんの一瞬だが、確かに“計算”をしている。
「……あなたは、自分を売り込んでいるのですか」
「はい」
私は、はっきりと答えた。
「私は、追放されました。
ですが、“無価値”とは言われていません。
ならば、価値を示します」
沈黙。
村人たちが、息を詰めて見守っている。
使者は、ゆっくりと顔を上げた。
「……あなたは、立場を理解していない。
あなたは罪人であり、王都に逆らう権利は――」
「ありません」
私は、遮った。
「だから交渉しています。
反抗ではなく、提案です」
使者は、私を見つめた。
その目に、初めて“興味”が浮かぶ。
「……誰の差し金ですか」
「誰の?」
「あなたに、こんな論理を教えた者です。
辺境で、ここまで整理された提案が出てくるとは思えない」
私は、一拍置いた。
「……私自身です」
それは嘘ではない。
王都で、私はこうした数字を裏で支えてきた。
ただ、表に出なかっただけだ。
使者は、しばらく黙っていた。
そして、低く言った。
「……王太子殿下は、あなたを“静かに消えた存在”として処理したつもりでした」
その名が出た瞬間、村の空気が変わる。
王太子。
婚約を破棄した男。
私を、この地へ追いやった張本人。
「ですが……どうやら、計算違いだったようだ」
使者は、書状を畳んだ。
「本日のところは、正式な処分は保留とします。
ですが、これは猶予です。
次に来る命令は、もっと直接的になるでしょう」
私は、頷いた。
「承知しています」
使者は踵を返し、馬車へ向かう。
去り際、振り返って言った。
「リリアーヌ・ヴァルフォード。
あなたは今、王都の“想定外”になっています」
馬車が去り、土煙が落ち着くまで、誰も言葉を発さなかった。
やがて、村長が私を見て言う。
「……大丈夫なのか」
「大丈夫ではありません」
私は、正直に答えた。
「ですが……引き返せる場所は、もうありません」
村人たちが、ゆっくりと私の周りに集まる。
誰かが、ぽつりと言った。
「……あんた、王都と喧嘩してるんだろ」
「喧嘩ではありません」
私は、空を見上げた。
雲一つない、静かな空だ。
「生き方の話です」
その言葉に、誰も笑わなかった。
それが、答えだった。
遠くで、風が森を揺らす。
魔物の気配はない。
だが、王都という“別の魔物”が、確かにこちらを見ている。
(……次は、もっと大きい)
私は、そう確信していた。




