第11話 正義
返事は、翌朝に伝えた。
逃げるような形にはしなかった。
村人全員が集まる広場で、堂々と。
白い馬車の前に、村長が立ち、私はその隣にいた。
セシリアは、穏やかな表情のまま、私たちを見つめている。
「……結論は出ましたか?」
その声は、昨日と変わらない。
優しく、柔らかく、慈愛に満ちている。
だが私は、知っている。
この声は、もう“お願い”ではない。
「王都のご厚意には、感謝します」
村長が、はっきりと言った。
「しかし――
我々は、この村を王都の保護下に置くことを、受け入れません」
一瞬、風が止まったように感じた。
村人たちが、固唾を呑む。
騎士たちの視線が鋭くなる。
セシリアは、すぐには何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと目を伏せる。
「……そうですか」
その声は、静かだった。
けれど、そこに含まれていたのは――落胆ではない。
確認だ。
「では、改めて伺います」
彼女は顔を上げ、今度は私を見る。
「リリアーヌ様。
あなたは、この村に留まり続けるおつもりですか」
「はい」
私は、即答した。
「この村が私を必要としている限り」
その瞬間、セシリアの微笑みが、ほんのわずかだけ変わった。
柔らかさの奥に、硬いものが混じる。
「……残念です」
それは、本心だったかもしれない。
だが同時に、決断の言葉でもあった。
「王都は、民を危険に晒すことを看過できません」
セシリアは、静かに宣言した。
「この村は現在、
無許可魔術行使者の影響下にあります」
その言葉に、村人たちがざわめく。
「影響下……?」
「操られている、ということですか?」
騎士の一人が、一歩前に出た。
「聖女候補様のお言葉は重い。
このままでは、王都は“見過ごした”と非難されかねません」
私は、拳を握った。
(来た)
善意が拒まれたとき、
次に出てくるのは――正義だ。
「よって」
セシリアは、声を強めた。
「本件は、王都に正式報告されます。
“辺境における、追放者による秩序破壊の疑い”として」
村人の誰かが、叫んだ。
「ちがう!
守ってくれただけだ!」
「魔物を追い払ったのは、事実だ!」
セシリアは、その声を遮らなかった。
ただ、悲しそうに首を振る。
「……皆さん。
恐怖の中にいれば、判断を誤ることもあります」
その言い方が、決定的だった。
――彼女は、村人たちを“被害者”として扱っている。
自分の正義を、疑う余地のない形で。
「王都は、調査団を派遣します」
セシリアは、はっきりと言った。
「正式な審問。
場合によっては――」
一瞬、言葉を切る。
「再断罪も、視野に入るでしょう」
空気が、凍りついた。
再断罪。
それは、私一人の問題ではない。
「……それでも」
私は、一歩前に出た。
「それでも、あなたは“善意”だと言いますか」
セシリアは、私を見た。
その目には、迷いがなかった。
「私は、正しいことをしています」
即答だった。
「王都の秩序を守り、
民を守る。
それが、聖女候補の務めです」
私は、静かに笑った。
「……なるほど」
だから噛み合わない。
彼女は、“間違えない役”を演じ続けている。
「では、私も」
私は、はっきり言った。
「間違えないつもりで、ここに立ちます」
村長が、私の横に立つ。
「この村は、脅しには屈しない」
他の村人たちも、次々と前に出た。
全員ではない。
だが、十分だ。
セシリアは、その光景を見て、目を伏せた。
「……わかりました」
そして、顔を上げる。
「ならば、王都の判断に委ねましょう」
彼女は、踵を返した。
「どうか――
その選択を、後悔なさらないように」
白い馬車が、ゆっくりと去っていく。
◆
広場に、静けさが戻る。
誰も、すぐには動かなかった。
「……大丈夫なのか」
誰かが、震える声で聞く。
「王都を敵に回して……」
私は、ゆっくりと息を吸った。
「大丈夫ではありません」
正直な答えだ。
「ですが……」
私は、村を見回した。
「これは、最初から“避けられない”道でした」
村人たちが、黙って聞いている。
「王都は、秩序を守ります。
私は、人を守ります」
その違いは、埋まらない。
「だから、次は――」
私は、空を見上げた。
「言葉ではなく、
“結果”で示すしかありません」
遠くで、雷鳴が響いた。
雨の気配。
嵐が、来る。
それは、自然のものではない。
王都が動くときの、音だ。
(……来い)
(そのとき、
どちらが“正しかったか”を、
この村は知る)




