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婚約破棄された悪役令嬢、なぜか追放後の田舎で英雄扱いされています  作者: 雨天


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第10話 善意

 その馬車は、白かった。


 王都の正式な紋章が刻まれ、装飾は控えめだが、手入れは行き届いている。

 威圧ではなく、安心を与えるための色。


「……来ましたね」


 私は、村の入口でそれを見ていた。

 胸の奥に浮かんだのは、怒りでも恐怖でもない。


 ――やっぱり、という納得だ。


 馬車から降りてきたのは、三人。

 護衛の騎士が二人と、白を基調とした衣を纏う女性が一人。


 セシリア・アーヴェル。


 聖女候補。

 王都で最も“守られている存在”。


「……リリアーヌ様」


 彼女は、私を見て、柔らかく微笑んだ。

 その笑みは、断罪の場と同じだ。

 慈悲深く、そして一切の責任を伴わない。


「ご無沙汰しております。

 まさか、こんな場所で再会することになるなんて……」


「本当に、そうですね」


 私は、淡々と返した。


 村人たちが、ざわつく。

 聖女候補の来訪。

 それは、事件だ。


「突然の訪問をお許しください」


 セシリアは、胸の前で手を組んだ。


「この村で、魔物の被害が続いていると聞きました。

 ……そして、あなたが、危険な形でそれに対処しているとも」


 危険。

 その言葉が、慎重に選ばれているのがわかる。


「心配して、来たんです」


 騎士が、一歩前に出る。


「聖女候補様は、民の安全を第一に考えておられる」


 私は、村人たちの表情を見た。

 期待。

 安堵。

 そして、迷い。


 聖女が来た。

 救いが来た。

 そう思うのは、自然だ。


「……具体的には、どのようなご用件でしょう」


 私がそう言うと、セシリアは少しだけ、困ったように眉を下げた。


「この村を、王都の正式な“保護下”に置きたいのです」


 空気が、凍りついた。


「魔術師団による恒久結界の設置。

 王都騎士団の定期巡回。

 物資の支援」


 彼女は、一つ一つ指を折る。


「その代わり……」


 視線が、私に向く。


「無許可の魔術行使は、すべて停止していただきます」


 つまり。


「……私を、排除する」


 私は、そう言った。


「そんな……!」


 セシリアは、驚いたように目を見開く。


「排除だなんて。

 私はただ、あなたの“身の安全”を心配して……」


「ありがとうございます」


 私は、頭を下げた。

 形だけ。


「では、質問です」


 顔を上げる。


「もし、私がこの村から去った後、

 結界の設置が遅れたら?」


「それは……」


「魔物が来たら?」


「……騎士団が」


「間に合わなかったら?」


 セシリアは、答えなかった。

 答えられない。


 それが、答えだ。


「……リリアーヌ様」


 彼女の声が、少しだけ硬くなる。


「あなたは、感情的です」


 その一言で、理解した。


 彼女は、自分が“正しい側”にいると信じている。

 だから、こちらが理屈を重ねるほど、

 “扱いづらい存在”になる。


「王都の支援を拒めば、

 この村は“危険な場所”と認定されます」


 騎士が、淡々と言った。


「……そうなれば、

 住民の移住命令が出る可能性もある」


 村人たちが、息を呑む。


 これが、善意の形をした圧力だ。


「選択肢は、二つです」


 セシリアは、静かに言った。


「王都の保護を受け入れるか。

 それとも――」


 視線が、私に向く。


「あなたと共に、危険を背負い続けるか」


 私は、ゆっくりと村人たちを見る。


 誰もが、迷っている。

 責められない。


 王都の保護。

 安全。

 安定。


 それは、魅力的だ。


 私は、深く息を吸った。


「……少しだけ、時間をください」


 セシリアは、微笑んだ。


「もちろんです」


 その笑みは、勝利を確信した者のものだった。


     ◆


 夜。

 村の集会所。


 重い沈黙が、漂っている。


「……王都の支援を、断れるのか」


「聖女様が、あそこまで言ってくれてるのに……」


「でも、リリアーヌさんがいなくなったら……」


 私は、黙って聞いていた。


 これは、私が決める話ではない。

 私が前に出れば、選択を歪める。


 やがて、村長が口を開いた。


「……リリアーヌ」


 名前で呼ばれた。

 それだけで、覚悟が伝わる。


「お前は、どうしたい」


 私は、一拍置いた。


「……私は、残りたい」


 正直な答えだ。


「ですが、それ以上に……」


 私は、全員を見渡した。


「あなたたちが、“自分で選んだ”と思える選択をしてほしい」


 沈黙。


 長い沈黙。


 やがて、一人の若者が立ち上がる。


「……俺は、残る」


「……私も」


「……あんたがいたから、生き延びた」


 声が、少しずつ増えていく。


 全員ではない。

 だが、多数だ。


 村長が、深く頷いた。


「……決まりだな」


 私は、目を閉じた。


(来る)


(これで、王都は“善意”を使えなくなった)


 扉の外で、風が鳴る。


 明日、返事を伝える。

 そして――。


 セシリアは、次の手を打つ。


 善意が通じなかったとき、

 人は“正義”を持ち出す。

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