面接の練習をする
放課後の教室。
窓から秋の光が細く差し込んでいる。
駿と悠人が教室の真ん中あたりの机に向かい合って座っている。
悠人は自分の書いた履歴書を真剣な顔で読んでいる。
駿が話しかける。
「なあ、中村」
「ん?」
「お前さ、なんでバイトしたいん?」
「え?志望動機ってこと?これ、面接の練習始まってる?」
「いや、まだやけど。普通に聞いてるねん。なんでバイトするん?」
悠人は少し戸惑ったように答える。
「まあ、金はほしい」
「そやろな」
「でもそれだけじゃない。なんていうか」
悠人は言いよどむ。
駿がじっと見てる。
「オレは世間知らずやと、思った」
「世間知らず?」
「うん。社会のこと何も知らんねんなって」
悠人はいつもよりも真剣な顔でそう言う。
「社会って?」
「世の中っていうか。この世のな、なんて言うん?社会?会社とかさ経済とか、どういう風に動いてるかとか、全然わかってないっていうことに気が付いた」
「うん、」
駿は腕を組んで考える。
「まあ、それはそうかもしれんけどさ、急にどうしたん?」
「よくわからんのやけどさ、ニュースとか選挙とかあるやろ。大人がケンカみたいなんしてるやん」
「うん」
「いままではずっとそういうのは他人事やと思ってた」
「それは、わかる」
「実際、他人事やん。選挙権もないし」
「まあ、今んとこはな」
「でもさ、お前、ちょっと考えて欲しいんやけどさ、日本で一日に消費される海老の数知ってる?」
「なに?一日で消費される、海老の数?」
「そう。海老の数」
「知らん」
「そうやろ?みんな海老のこと全然知らんやろ」
「お前は知ってるん?一日で消費される海老の数」
「俺も知らん」
「オッケー。なんかわからんけどおもしろくなってきた」
駿は腕まくりをする。悠人は続ける。
「昨日考えたんよ。スーパーのお惣菜コーナーでエビフライを見ててな」
「お惣菜コーナーでか」
「エビフライの弁当が積まれてたんよ。いっぱい」
「うん」
「こんな小さい町のスーパーやのにこんなにたくさんのエビフライの弁当がある」
「うん」
「隣の町にもスーパーあるやん。そこにもエビフライの弁当はある」
「まあ、あるやろな」
「スマホで地図のアプリ見てたらさ、どんどんスクロールできるやん」
「うん」
「この町の隣には別の町があるし、その隣に行ったらまた別の町がある。いつまでいっても知らん町がどんどんあるねん」
「まあな。」
「拡大するとするやん。そしたら、めちゃくちゃ町あるやん」
「そらそやろ」
「その全部の町にさ、何個もスーパーがあってさ、エビフライ弁当売ってるねんで」
「あー」
駿は笑いをこらえるような顔をしている。
悠人は気づかず。しばらく真剣な顔で眉間にしわを寄せ、吐き出すように
「日本ってさ。俺らが思ってるよりおっきいんと違うかな」
そう言って、駿の顔を見る。
駿も難しい顔をして見せている。ちょっと目が笑っている。
「俺は、世間知らずやったわ」
悠人はそう言って息をつき、窓の外を見る。
開け放たれた窓から、夕方の空気が流れている。ずいぶん涼しくなってきた。
しばらくして駿が口を開く。
「オッケー。とにかくお前はエビフライの弁当を見て、日本の大きさに気付いて」
「うん」
「それでバイトをしようと思ったんか」
「そうやねん」
「なるほど」
「どう?」
「なにが?」
「いけてる?」
「いけてるかどうかはわからんけど、間違ってはないと思う」
駿は息を吐いて座りなおす。
「わかった。とりあえず面接の練習しよか」
「たのむわ」
駿は面接官のように姿勢を正す。
「では、中村さん。えー、それでは面接を始めます。まず、志望動機を教えてください。なぜ、この。えーと、お前さ、どこに面接受けに行くん?」
「ダイソー」
「なぜ、ダイソーでアルバイトをしようと思ったのですか?」
「はい。私は、昨日スーパーに行きまして、」
「ちょっと待って。お前、面接でエビフライの話するつもりなん?」
「あかんか?」
駿は首をひねって考え込む。
「うーん。海老の話はさ、今回はやめといた方がいいんちゃうかなあ」
「なんで?」
「なんでって、難しいんやけど。なんと言うか。大人ってさ、お前が思ってるより、みんな賢いわけではないと思うねん」
「どういうこと?」
「大人って、たぶん。海老の話とか苦手やと思うねん」
「そうなん?」
「うーん。説明するんは難しいねんけどな、俺もわかってるんかわかってないかわからんねんけど」
「どないやねん」
「でもな、親とか見てたらなんとなくそう思うねん。大人って、目の前のエビフライのことしか見えてないねん。自分が見えてるエビフライのことで手一杯でな、他のもんは目に入ってるんかもしれんけどさ、見えてないって言うか。大人もさ、昔はそういうの見えてたんかもしれへんけどさ、生活のために、あー」
そこまで言って駿は困ったように口を閉じる。
悠人は苦いものを食べたような顔で駿の顔を見る。駿も思い切り眉間にしわを寄せている。
「むず!」
「むず!」
ふたりは同時にそう言って、勢いよく席を立つ。
「むずいって、むずい話すんなて!」
「あー、なんかでてきそうや。なんかちっちゃい虫みたいなんがでてきそう」
「むずむずするやんか。もう、志望動機なんかお金でええねん」
「金やろ普通に考えて。海老ってなんやねん」
そう言って、ふたりとも自分の腕を擦りながら「むずい」「むずい」と言い合って笑っている。
教室の時計はふたりを見下ろしてゆっくりと回り続けている。