放課後の教室にて
放課後の教室。
窓からは静かな秋の空が見えている。
駿と悠人が無言でほうきを動かしている。
二人とも今日の掃除当番。
駿はステップを踏むみたいにリズミカルにほうきを使っている。
悠人は真面目に、端から丁寧に掃いている。
「なあ、中村」
駿がほうきを止める。悠人の方を見る。
「お前、将来の夢とかある?」
「どうした?急に」
「将来の話やん。大事なことやで」
「どうした。こわいな」
駿はほうきを持ち上げ、悠人の方を見てからゆっくり野球のバットのように構えて窓の外を見る。
「なんか、さっきからおんなじリズムで掃除してたらさ、だんだん将来が不安になってきた」
「わかる」
悠人も掃除の手を止める。
「掃除は人を不安にさせるな」
「やめよか掃除」
「やめよ」
ふたりはほうきを手に、それぞれ近くの机の上に座り、ゆっくり息を吐いて窓の外を眺める。
空は少しずつ夕暮れの空気になってきている。
「ないな。将来の夢。なんも浮かばん」
悠人は素直に答える。
駿は少し考え込む。
「俺もない。ないっていうか、よくわからん」
外から遠くカラスの声が聞こえてくる。
「中村はサッカーとかまあまあ上手いやん」
「まあまあな」
「体育の先生とかなったらええんちゃう?」
「体育の先生か」
悠人は少し考える。体育の先生。
「わからんわ。世の中の体育の先生がさ、どうやって体育の先生になろうと思ったんか想像もつかん」
「確かに」
「組み分け帽子みたいなんがあったらええよな。ハリーポッターの」
「ああ、帽子かぶったら『ユーチューバー!』とか言うやつ?」
「そうそう、決めてもらうねん」
「いややろ。しゃべる帽子に職業決められたないわ」
そう言って駿は天井を見上げる。
「お前は?」
「俺?」
「うん。将来」
駿は少し考える。
「俺なあ、ちょっと変なこと思いついてんけど」
「なに?」
「うちの妹、中1やろ?」
「うん」
「あいつがな、最近ちょっと荒れてるねん」
「荒れてる?どういうこと?」
「反抗期がえぐいねん。あらぶる神やで。おやじと俺は怯えて暮らしてる」
「まじか」
「うん」
駿はほうきを剣道の竹刀のように構えて真剣な顔をしている。
「うちのおかん、戦うタイプやからさ」
「おまえんちのおかん、近接格闘タイプやもんな」
「そやねん。どっちも引かん。相性がわるい」
駿はほうきを振ってしばらく考えてから口を開く。
「俺さ、中学生専門のカウンセラーになったらどうかなって思うねん」
「カウンセラー?」
「そう。反抗期の中学生の話を聞くねん」
「へえ」
悠人は少し興味深そうに聞く。
「普通のカウンセラーやなくてさ、ちょっと変わったやり方でやろうと思て」
「変わったやり方?」
「うん。反抗期の中学生をな、ボクシングジムに連れてって、サンドバッグ殴らせるねん」
「サンドバッグ?」
悠人は目を丸くする。
「そう。ストレスをな、サンドバッグにぶつける。そしたら、すっきりするやろ?」
「まあ、そうかもしれんけど」
「で、殴り疲れたところで、ジュース飲みながら話聞くねん」
「ジュース?」
「そう。オレンジジュースとか。甘いやつ。それで心を開かせる」
「なるほどな」
悠人は真剣に聞いている。
「それでな、最後にはちゃんと親と仲直りさせるねん」
「ふーん。なんか、えらいやん。ええんちゃう?」
「やろ?」
駿は嬉しそうに笑う。
悠人は感心したようにうなずいている。
「それやったらまずさ、この週末あたりお前の妹をボクシングジムに連れてったらええんちゃうん?」
「妹を?」
「うん」
「無理やろ」
「どゆことやねん」
「絶対無理。お前はね、反抗期のことをまったくわかっていませんね」
駿は机から降りて、ほうきを片付けに教室の後ろにあるロッカーに歩き出す。
「あんなやつが素直にボクシングするわけない」
「まじか。じゃあ、藤井風もおんなじボクシングジムに通ってるって言うたらええんちゃう?」
悠人もほうきを片付けに行く。
「それやったら一発でボクシング始めるやろな」
駿は笑いながらそう言って、ふたりとも帰り支度を始める。
運動場の方から風に乗って運動部の声が聞こえてくる。
「掃除、途中やったような気がするけどええんかな」
「わからん。明日怒られたら一緒に謝ろ」
駿と悠人はかばんを持って教室をでる。
廊下にも他のクラスにも生徒はひとりもいない。がらんとしている。
みんな部活をやってるか、家に帰ったのだろう。
「やっぱり、将来はまず藤井風になることやな」
駿がかばんを肩にかけながら言う。
「やまちー先生にさ、藤井風になる方法聞きに行く?」
「やまちーやったら知ってるかもな。やまちーめちゃくちゃ物知りやから」
「やま先のことやまちーって呼ぶな。やまちー先生やろがい」
「やまちーはそんなことで怒らんで」
ふたりは話しながら階段を下りていく。ふたりの足音が遠くなっていく。
向かいの校舎から吹奏楽部の練習する音が聞こえている。だんだん日が短くなってきている。
秋が深まっていく。