夕暮れのファミレスにて
夕暮れのファミレス。
窓から差し込む夕日はオレンジ色で、店の中の空気も何もかもオレンジ色に染まっている。
部活帰りの高校生たちの声が賑やかで、ドリンクバーの機械が音を立てている。
窓際の席で駿と悠人が向かい合って座っている。
テーブルの真ん中にはポテトの山。
すっかり冷めている。悠人が遠慮がちに一本ずつつまんでいる。
ドリンクバーのコーラが入ったグラスがふたつ。氷が溶けて薄くなったコーラ。
「なあ、中村」
駿がポテトをつまみケチャップにつける。
「ポテトにケチャップつけるときってさ、浮かぶような感じもするし、引っ張られるみたいな感じもするやん。これってもしかして反重力ってやつかな」
「わからんけど、たぶん違うと思う」
「なんかもう少しで物理の大発見をしそうな気がする」
「やめとけ。ケチャップで物理を探求するな」
駿はポテトを食べて言う。
「俺らが物理を探求せんかったら、誰が日本のロボット工学を牽引するねん」
「知らんやん。ホリエモンとかやろ」
「そうなん?」
「知らんって。」
駿はふと思い出したように顔を寄せる。テーブルの向こうから。少し声を落として。
「そういや中村、聞いた?」
「ん?なに?」
「あのさ、クラスの山田おるやん」
「山田って、あのボンバーの山田君?」
「そう。ボンバー。吉田さんとつきあってるらしいで」
「えっ!?」
悠人の手が止まる。ポテトをつまんだまま。
つまんだまま固まってる。そのまま10秒ぐらい固まっている。それからポテトがぽろっと指から落ちそうになる。あぶない。
「つきあってるって、え、つきあってるってさ、つきあってるってこと?」
「そうや」
「まじで?」
「まじで」
「うそやろ?」
「思ったよりすごい反応するな」
駿は目を細める。悠人の顔をじっと見る。
動揺しているのか?これは。これはもしかして。
「おまえ、もしかして」
意外な鉱脈を掘り当ててしまったかもしれない。
「お前さ、え?もしかして、吉田さんのこと、あれですか?好きなの?」
「ち、ちゃうちゃう!」
悠人は慌てて手を振る。顔が赤い。耳まで赤い。
駿はその反応を見て確信した。図星だ。これは図星だ。まったく気づかなかった。
「えー。いやー、ごめんなさいね。ずぼしっちゃって」
「ずぼしるってなんやねん。ちょっと語感が嫌や。ずぼしってはいない」
駿はニヤニヤが止まらない。
「お前、吉田さんと話したことあんの?」
「ない」
「ふーん。じゃあなんでそんなに慌てとるん?」
「慌ててへんわ!」
「そんなアニメみたいに挙動不審になるやつおる?」
「なってへんし。おまえが変なこと言うからやろ!」
怪しい。慌ててる。めっちゃ慌ててるように見える。
「あらまー、なるほどなー」
駿はコーラを一口飲む。氷が溶けて薄くなったコーラ。それから悠人の顔をまた見る。
「ボンバー山田に先越されてしもて、悔しい?」
「そんなんちゃうって!」
悠人は必死に否定する。
「好きなんやったんやったらさ、やっぱり早めに行動を起こすべきやったんちゃう?」
「だから好きちゃうって」
「じゃあなんでそんなに動揺しとるん?」
「してへんやろ」
「ボンバーのこと嫌いなん?」
「なんでやねん!ボンバーええやつやんけ」
わからん。なぜこんなにキョどる?
「いや、全然ボンバーも吉田さんも、ふたりともええやつやと思うし、っていうか吉田さんのことよく知らんねんけどさ。でも、ちょっと教えて欲しいねんけど、つきあうってさ、」
「うん?」
悠人は真面目な顔をして言う。
「つきあうって、だいたいは結婚するってことやん?」
駿の動きが止まる。
コーラのグラスを持ったまま。持ったまま固まっている。
「え?」
駿の目がぱちくりする。
「だから、つきあうってことは結婚するんってことやろ?おおむねって言うか。大枠で」
悠人は真顔で言う。真剣な顔で。
「お前、まじか。」
「な、何?!」
「付き合ったら結婚って!お前、小学生か!」
「小学生ちゃうわ!」
悠人は顔を真っ赤にして反論する。
「いや、でもさ」
悠人は真剣な顔で続ける。
「つきあうって、そういうことやろ?責任取らなあかんし。結婚する覚悟がないのに、つきあったらあかんやん」
駿は笑ってる。
「お前」
駿は笑いを抑えて。
「お前さ、前世で徳の高いお坊さんとかやったんかもな」
「それほめてないやろ。まあ、前世で悟りを開いたような手ごたえはあるけど」
気づけば、店の中が少し静かになってきている。あれだけたくさんいた若い客もだいぶ引き上げたみたいだ。
「でもな、世の中、そんなやつばっかちゃうぞ」
「え?」
「高校生なんて、軽い気持ちでつきあってる奴ばっかやで」
「そうなんか。」
悠人は少し眉にしわを寄せる。
「そうやで。お前は、ちょっと。まあ、良く言えばやけど、純粋すぎる」
「そうか?そうなんか」
「良く言えば、な。悪く言えば、」
「いや、いい。悪くは言わんでいい」
「ええの?」
「ええわ。良いことだけ聞いて生きていく」
悠人はそれから困ったように笑う。そして少し恥ずかしそうに言う。
「でもさ、なんとなくそれはわかるというか、わかってたというか。でもさ、それって無責任やな。そんなことない?」
「そうかもしれんけどな」
駿はまた笑い出す。
「まあ、高校生やし、そんなもんやろ」
駿は笑いながら言う。
「お前は彼女できたら、デート初日に婚姻届持って行きそうやな」
「やばいやつやん」
「やりかねんやろ」
駿は笑ってる。
「『娘さんをください!』って」
「度肝抜かれるやろな。向こうの親も」
「どう転んでも伝説になるやろ。語り継がれると思うわ」
隣の席の女子高生たちがくすくす笑ってる。さっきからちらちらこっちを見て笑ってる。
悠人は顔を赤くする。
「お前のせいで恥ずかしいやんか」
「いや、お前の発言のせいやろ」
駿はまだニヤニヤしてコーラを飲み干す。
「真面目すぎて笑える。まあ、わるくないと思うで」
悠人は少し安心したように笑う。
ふと気づくと、窓の外はすっかり暗くなっている。
いつの間にか夕日は沈んで、街灯が灯り始めている。オレンジ色だった店の中も、今は蛍光灯の白い光に変わっている。
テーブルの上の冷めたポテト。薄くなったコーラ。
「さて」
駿が立ち上がる。
「そろそろ帰るか」
悠人も立ち上がる。二人でレジへ向かう。
ファミレスの自動ドアがシュッと開いて閉まって。人が出たり入ったりしている。
レジで会計を済ませて。お釣りを受け取って。ありがとうございましたって店員さんが言って。
外に出る。
「なあ、佐藤」
悠人が小さな声で言う。
「ん?」
「やっぱりさあ、つきあうとかって、まだちょっとこわいとこあるわ。そんなことない?」
「そうか?」
「うん。まだ早いわ」
いやにきっぱりと悠人が言う。
駿は笑う。
「おまえにはまだ早いかもな。こどもの作り方って知ってる?」
「知ってるわ!」
「意外やわ」
「気合と根性やろ?」
「そうや。こどもは気合と根性で作るんや」
ふたりで笑う。
駿は夜空を見上げる。
「まあ、楽しかったらええんちゃう?深く考えすぎやで、お前は」
「そうか」
悠人は少し納得できないような顔をする。
でもすぐに笑顔になる。
「でも、俺はやっぱり結婚する覚悟がないとあかんと思うわ」
「はいはい、わかったわかった」
駿は笑いながら悠人の肩をぽんと叩く。
「でもお前、その考え方やったら、彼女できるん来世になるんちゃう?」
「それでもええわ」
悠人は真面目な顔で言う。
「ちゃんとした覚悟ができてからや」
「まじか」
駿は呆れたように笑う。
夜風が心地よい。秋の風が。すこし冷たい風が頬をなでていく。
「じゃあな」
「おう、また明日」
二人は反対方向へ歩き出す。
街の明かりが見える。
オレンジ色の明かりが。窓から漏れる光が。それぞれの帰る場所を照らしている。
部活帰りの高校生たちの笑い声が聞こえる。