第7話 倒す男と倒される女たち
「ん……私は……一体、確か……厳島君が私の腕を強くつかんで名前を何度も……ああ、そうか……全部夢だったのね、夢オチなんてさいてー……って、ええ!?」
環奈が目を覚まし、自嘲気味にそう呟き頭を振る。そして、現実を受け止めようと辺りを見回すと、ほとんどの女子が倒れていた。2年9組でもトップクラスの剣崎でさえも倒れて口から液体を垂らしている。
「こ、これは……一体……!」
「目を、覚ましたの、です、ね……神原、さん……!」
はっとした環奈は、声が聞こえた方向に顔を向ける。そこには腕を組み震えながら必死に両足を踏ん張らせて立っている杏理と玖須美の姿が。
「赤城さん、九十九里さん……無事、だったのね」
「無事かどうかは、く……あやしい、けどね……!」
杏理はよろめきながらも必死に何かに耐えながら立ち続けている。何か魔法の影響を受けている様子はない。ただ、空気だけで圧倒されている。環奈が認める強者二人が立つことで精いっぱい。恐らく、他の女子たちは耐え切れずに倒れてしまったようだと環奈は推測する。
「そんな……一体、どんなモンスターが!?」
「モンスター……そうですわね、ある意味モンスターですわね……! あんな姿を見せられては……」
環奈は自分の腿に重なるように倒れていた羽衣を丁寧にどかし、自身の得意な魔法である雷魔法で身体を強化させ、ふらつく足を必死に支えながら立ち上がり、自分の役割である盾をぎゅっと握り、二人の横に進んでいく。
彼女たちの視線の先に居たのは……たった一人で十数匹の小鬼と、明らかに小鬼とは言えないサイズの個体を倒し、立っている一刀の姿だった。
「そう、モンスター、あの方は、女子の心を奪っていく恐るべき存在、ラブモンスターですわ!」
「九十九里さん何を言ってるの!?」
真剣な目でおかしなことを口走る玖須美に環奈のツッコミが冴え渡る。
「ふ……もしくは、モンスターハズバンドね」
「赤城さんまで!? 一体何が起きてるの!?」
不敵な笑みを浮かべおかしなことを口走る逆サイドの杏理に環奈がツッコミを入れる。
その十数分前のこと。
女子に一斉に顔を背けられた一刀は誤魔化すように先頭をすすもうとするところを、玖須美や杏理に止められる。
「ちょっと、厳島! 本当に一人で行くつもり!?」
「正気の沙汰ではありませんわ! あなたは男なんですよ!」
遮るように止めにくるのではなく、わざわざ接近し、肩や腕を強く掴む二人に動揺する一刀。更に『何故かまるで揉んでいるかのように』掴む力に強弱が入ることで一刀はより困惑し足を止める。その様を見ていた平家は親指で眼帯の周りを掻きながらため息を吐く。
「あーあー、構わん。二人とも、私が許可を出す。行かせてやれ」
「平家先生! いくらなんでも無茶です! 厳島さんは男なんですよ!」
「……そ、そうだそうだ!」
じいっと一刀の身体を見つめていた杏理がワンテンポ遅れて玖須美に同意する。二人に挟まれどうしたらいいか分からない一刀。平家はその様子を見て降参のように両手を小さく挙げて一刀たちに近づいてくる。
「わかったわかった。じゃあ、こうしよう。〈潜影・シャドウダイブ〉」
平家が目の前まで近づいた一刀の足元に跪く。そして、一刀の影を触ると、ぼやあっとした黒い靄状の魔力が生まれ、そのまま平家が一刀の影の中に溶け込んでいく。
「うえ!?」
「平家せんせーの〈潜影〉か」
〈潜影〉は、〈狩人〉の使う上級魔法。自身の身体を影と同化してしまう。
影に完全に溶けた状態では、〈念話〉の出来る者がいない場合は話しかけることを含め、他者に干渉することは出来ないが、聴覚や視覚は働いているため、主に奇襲用に使われる魔法となる。
だが、使い方によっては今回のように護衛の為にも使え、一刀はなんとなく自分の影が生温かいような気がしてむずがゆく感じる。
「何かあれば厳島さんの影から飛び出して助ける、ということですわね。分かりました。厳島さん、先生がついているので大丈夫だとは思いますが絶対に無理はなさらないでくださいまし」
「……え、ああ、うん! ありがとう! 気をつけて戦うよ!」
影に気を取られていた一刀が玖須美の心配の声に慌てて応えると、真正面から一刀の感謝の言葉と凛々しい顔を喰らい胸を押さえる。
「うっ!!!! ……一刀様、必ず生きて帰ってきて下さいましね!」
「九十九里、なんか物語が始まってるって! い、厳島、とにかく危なくなったらアタシら呼ぶんだよ」
「うん、頼りにしてる」
もれなく杏理も胸を押さえ苦しむ。
「うっ!!!!! ……一刀……アタシ、この戦争が終わったらアンタに伝えたいことが」
「赤城さん! 貴方の方がなんか壮大な物語が始まってますわ!」
創作物でしかみたことのないような力強い男の姿に現実と妄想の境界が曖昧になる二人をよそに一刀は感動していた。
(二人とも俺をリラックスさせるために小芝居までしてくれて……あ! いや、今のは流れに乗って俺も小芝居してた方がおもしれー男になれたのでは!? ああ、これだから俺は!)
一刀は頭を掻きむしりながら、小走りで杏理たちから距離を取ると気を取り直し、三度深呼吸を繰り返す。
すぅううううううううう、はぁあああああああああ。
すぅううううううう……はぁあああああああ……。
すぅううう……はぁああああ……。
「ふっ……!」
一刀は、小盾を前に出し、短剣を腰近くに引き寄せ、力強く構えると前進を始める。
だが、進路方向に意識を集中させた一刀は気付いていなかった。その時、既に後方では女子たちがふらつき始めていたことを。
そして、前進を初めて早々に槍を持って一刀に襲い掛かろうとした小鬼を一刀が懐に滑り込みながら一撃で首を狩った瞬間、魔動ドローンを見ていた1人の女生徒が小さく悲鳴をあげながら倒れた。
その後の一刀は圧倒的だった。小鬼の近づいてくる気配を敏感に察知し、流れるように攻撃を躱し的確に心臓を狙う。小鬼が心臓を貫かれるとそれよりも多い女生徒たちが胸を押さえ倒れていく。
戦闘に集中した一刀はそれに気づかずに前に進み続ける。
倒れていく女生徒の方が、支えて進む女生徒の数を越えそうになった時、一刀が立ち止まり、今までになく深く腰を落とし短剣を構える。平家は急な一刀の動作に何が起きたのかと感覚を研ぎ澄ませる。
(急に厳島が止まった? 何が……あれは……!)
一刀の視線の先に現れたのは、小鬼よりも二回りは大きい魔物。一般的に餓鬼と呼ばれるモンスターが頑丈そうな大盾を振り回しながら現れる。
(馬鹿な……餓鬼だと……! ち! さっきの地震でどこか他のダンジョンと一時的に『つながって』しまったのか……! 本来であれば、2年が戦うようなモンスターではない。だが……)
平家は影から出ることを躊躇い、そして、じっと息を潜め影の中から一刀を見つめる。
(厳島一刀……あのダンジョン研修の動きであれば、かつての『彼』を思わせる戦いを見せたお前なら……)
平家はいつでも飛び出せる準備を整えながらも、そのままじっと影に沈んだまま、教え子となった男の動向を見守る。
その男は短剣をゆらゆらと揺らめかせながらタイミングを図る。湧き上がってくる緊迫感と闘争本能にぶるりと体を震わせ、一刀は笑う。
「面白くなってきたなあ……!」
その時、倒れた女生徒の数が支えた女生徒の数を越えた。
残りの女子も悶えに悶え、なんとか必死に倒れるのをこらえている状態で一刀の補助にも行けない。
そんなこともつゆ知らず、駆けだす一刀に餓鬼は大盾を構えて応戦する。逆の手にはこん棒。カウンター狙いだと察した一刀だが、そのまま一直線に餓鬼に向かって進んでいく。そして、ぶつかる数十センチ手前でこん棒を持つ手の方向へ直角に曲がり、膝を深くまげて腰を落とし溜めを作る。
「だらあっ!」
ほぼ真横からの攻撃に餓鬼は僅かに大盾をずらし、一刀の短剣による攻撃を防ぐ。正面ではない横からの攻撃を加え、そのまま通り過ぎる一刀。その速さに餓鬼は追い切れずカウンターのチャンスを外してしまう。
「があ! ぎっ! ぐああああ! ぎゃああ!」
「くっそ! かってえなあ! その盾!」
一刀はフェイントを織り交ぜながら奇襲を繰り返し、餓鬼に攻める隙を与えない。だが、餓鬼の持っている大盾はかなり頑丈なもので一刀の短剣では僅かに傷がつくばかり。
(あの短剣では大盾は流石に無理だったか……しかも、あの大盾。かなりのいいものだ。恐らくB級以上の冒険者を殺して奪った物だろう。魔法が使えない一刀には流石に荷が重いな。出るか)
男は強力な魔法が使えない。何故かはわからない。
だが、強力な魔法が使えるのは女性だけなのだ。
それがこの世界の常識となっていた。ダンジョンでモンスターと戦うには魔法が必須といっても過言ではない。環奈や杏理のような近接戦闘系でも身体に魔力を纏わせる身体強化魔法を用いて戦う。
だが、一刀は魔法なしで戦っていた。
それはそれで驚異的なことなのだが、やはりそれだけでは限界がある。
そう判断した平家が影から出ようとしたその時……バチリと音がした。
「このやろお……全部ぶっこわしてやる……!」
平家は見た。笑う一刀の身体に纏わりつく雷を。
学年でも環奈しか使えないはずの雷が一刀の身体中を奔り回る。
そして、地面を蹴った一刀の姿を見ていた影の平家の視界が一瞬で移動する。影は一刀のものでありついていかざるをえない。その一刀が平家も予想していなかったほどの速度で移動し、餓鬼の前に来ており、一刀がいつの間にか小盾を捨て、両手で短剣を持ち斬りかかっていた。
一刀は気付いていなかった。何故か溢れてくる力の正体に。だが、正体とは別に確信にちかいものを感じていることがあった。
(今の俺なら……!)
餓鬼の大盾に一刀の短剣がぶつかり雷が奔ると、正しく落雷のような轟音がダンジョン中に響き……一刀の予想通り、餓鬼の大盾が破壊されその破片が飛び散った。
その隙を、たった一人で田舎のダンジョンに潜っていた少年は見逃さない。隙を見せれば死ぬ。それが少年にとってのダンジョンでの戦いであり、その隙を見せた餓鬼は死ぬ。それが少年にとってのダンジョンという場所だった。
僅かに残った稲妻が奔るように金色の光となり餓鬼の右目に突き刺さる。
光の消えた餓鬼の右目に残っていたのは、一刀の短剣。
倒れ込む餓鬼と残りの女子生徒。
杏理と玖須美のみ必死に一刀という光に目がくらみそうになるのを耐えて立ち続けた。
この日、倒れながらもなんとか気絶はせずに必死に一刀を見続けた文芸部片桐かたりは、授業が終わると真っすぐに帰宅し、一心不乱にPCに向かって執筆し続けた。そして、夜を徹して描かれた『男だけど強かった件』は、読んだ者をその世界に引きずり込むような描写力と、あまりにも理想すぎる男の活躍が鮮明に描かれ、某物書きサイトでランキング一位を達成した。
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